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街の味

 ヒカリは胸を躍らせながら、通りを歩いた。

布の袋の重さを確かめるたび、気持ちが少し軽くなる。


(あ、あぶないあぶない………)


 気持ちが大きくなり、いつもより歩幅が広くなっていたようだ。

ヒカリは立ち止まり、そっと息を整える。

形が戻るまで、ほんの少し時間がかかるのも、いつものことだった。

 もち、と内側に収まる感触を確かめてから、もう一度前を見る。

大丈夫、いつものヒカリだ。


 その先に、ふっ、と不思議な匂いが揺れた。

温かくて、知らない匂い。

ダンジョンにはなかった、街の匂い。


(これは……食べ物、だよね)


 ヒカリは歩幅を小さくして、ゆっくりと匂いの方へ近づいた。

気持ちが先に行かないように、体が遅れないように。


「いらっしゃい、おじょうちゃん」


 低くて、丸みのある、優しそうな声。

声の方に顔を上げると、脂の多そうな腹回りの立派な男が立っている。

美味しい物を知っていそうな、説得力のある大きさだ。

 店の前では、丸太のような肉塊が、鉄の板の上で踊っていた。

じゅう、と弾ける音。

脂が落ちて、匂いがさらに濃くなる。

 ヒカリは思わず、もう一歩だけ近づいた。


(なにこれ…すごい……)


 そんなヒカリを見て、男はにっと笑う。


「初めてかい」


 その声に、ヒカリはちいさくうなずく。

たまらない匂いに、体が勝手に揺れ動いた。


「………それで、いくらですか」


 ヒカリが布の袋を開き、金色の貨幣を一枚取り出す。


「これ一枚で、買える分だけ」


 途端に、男の手が止まる。


「おいおい、待て待て」


 脂の多そうな男は、慌てたように手を振る。


「そんなにいらねえよ。その肉一つで、銀貨六十枚だ」


 ヒカリは首をかしげる。


「……多い、ですか?」


 男は一瞬、言葉に詰まり、それからため息をついた。


「……余りますか」

「余るどころじゃねえよ」


 男は苦笑いし、頭を搔く。


「銀六十だから、四十のおつりだ」


 ヒカリは差し出された銀貨を受け取り、しばらく眺める。


(……街のお金は、数が多い)


 その間に、男は大きな肉を紙で包み、きれいに口を折った。


「ほら。熱いから、気を付けな」


 ヒカリは、包みと銀貨の抱えて、深くうなずく。


「ありがとうございます」

「おう、まいど」


 おとこはにっと笑った後、また焼き台へ向かう。

ヒカリは一歩離れると、もう一度だけ包みの中を見る。

中からは、たまらない匂いが、まだ漏れていた。




(よし、お家に帰ろう)


 ヒカリは包みを抱え、来た道を引き換えした。

まだ温かい匂いが、歩くたびに揺れている。


(パパとママ、喜ぶかな)


 街を抜けると、景色が変わる。

石の道は途切れ、湿った岩肌と、脈打つような壁が続いていた。

 途中、いくつもの罠が口を開く。

甘い香り。

人の欲を刺激するように作られた、様々な仕掛け。

 ヒカリはどれにもありを止めない、体は自然にそこを避けていく。


(ここ、揺れる所だ)


 それは注意でも警戒でもない。

ただの、帰り道の感覚だった。

 奥に進むほどに、甘い匂いは薄れていく。

代わりに、馴染んだ気配が強くなる。

そして、ヒカリは広い空間へとたどり着いた。

 闇の中で、いくつもの影が、ゆっくりと蠢く。

太く、長く、床と壁に溶けるような肢体。


「ただいま」


 ヒカリがそう言うと、影が反応した。

 異形の触手が、波を打つように持ち上がる。

その中で、かつて人だった面影を残したものが、こちらを向いた。


 ――パパ。


 さらに、その異形に抱きしめられる形で存在している、まるで一つの装置のような、人の形をしたもの。


 ――ママ。


 ママは目が合うと、ヒカリに触手をゆっくりと伸ばしてきた。


「おかえり、ヒカリ」


 このダンジョンの全ての母が、ヒカリを優しく抱きしめる。

触手に抱きしめられた瞬間、ヒカリの体は、ぐにゃりと形を変えた。

だが、すぐに力はゆるめられる。

いちばん潰れやすいのを、みんなが知っているからだ。


 ヒカリの体は特別だ。


 完全に人間と見間違うほどの擬態能力。

声も、体温も、呼吸さえも似せることが出来る。


 触手生物の中でも、極めて稀な存在。

生まれながらにして、人の世界を歩くための形を持つもの。


 あえて人間の世界に当てはめるならこうだ。


 ユニーク個体触手生物”かわいいヒカリ”


 兄弟姉妹の中で、最も小さく、最も弱く、最も可愛い。

故に、恐ろしい。


 幸いなのは――

人間に対して、”まだ”友好的だと言う点だ。


「……えっと」


 ヒカリは、胸に抱えていた包みを、そっと差し出した。


「街の味です」

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