第3話〜暁光、奮励努力を兆す〜
『貴様に分からせてやる。―――フィーリアの痛みを、孤独を…偽りで塗り固められたお前のその身で。』
誰かの声。かすかだが、確実に聞こえたその声。
その直後、こだますアレクシスの声。
『―――フィーリア・エピスティニ、僕は君との婚約を破棄する!!』
そして、大地を揺るがす轟音と、眩い閃光
ドォォオン―――
はっと目を覚ますと、そこは馴染みのない部屋。
私はゆっくりと起き上がって辺りを見渡す。
そして、壁際に掛かった大きな姿見に映っているのは―――アレクシス。
―――やっぱり、夢じゃない。
私はふらふらとベッドから起き上がり、窓辺に歩み寄って、ゆっくりと分厚いカーテンを開けた。
キラキラと朝日が部屋に差し込み、思わず目を細めた。そして、もう一度姿見に目をやると、やはりそこにはアレクシスの姿があった。
どうして入れ替わってしまったのだろう?
思い当たるのは、やはりあの落雷と―――不思議な声。
雷に打たれた時には気が付かなかったけど、今思い返せば、かすかだがはっきりと聞こえたあの声。
どこか懐かしい声。私は、あの声を知っている気がする。
そして思い浮かぶのは、夢の中に出てくる、黒髪と黒い瞳を持った少年。
―――でも、何故?
考えを張り巡らせてももちろんその答えは出なかった。
そうこうしているうちに、朝の身支度のため、5人の従者たちが部屋に入って来た。私がされるがままに身支度をされていると、従者の1人が今日の予定を報告し始めた。
「本日のご予定は、午前中に議案の承認が3件入っております。内容は、国有地の管理について、都市部の道路整備について、そして王宮の改築についてでございます。」
オホンっと咳払いをしてから更に
「午後は、騎士団の訓練場の視察、その後地政学の講師をお呼びしておりますので、講義を受けていただきます。」
と続けた。
早速議案の承認があるのね…。王妃教育の一環で、コーディカス王国の内政について学んでいるとはいえ、私の知識で対応できるかしら…?
コーディカス王国では、王太子の婚約者に対し、王妃教育を行っている。王妃たるもの、国王を支え、共に国の平和と繁栄を目指すべし。と言われているため、代々その王妃教育はとにかく厳しいことで有名だ。
その厳しい王妃教育を担っているのが、王妃教育のためだけに国中から集められた、最強と言われている講師陣だ。
過去には、王妃教育に耐えきれず、婚約を辞退した令嬢が何人もいるらしい。
そういえば、デルフィン先生の内政と地政学は特に厳しかったわね…。アレクシスの先生は一体どなたなのかしら?
などと考えていると、余程私は難しい顔をしていたのか、予定の報告をしていた従者がふっと笑って
「大丈夫ですよ、アレクシス様。いつも通りで問題ありません。」
と耳打ちをしてきた。
いつも通り、ね…。
あの噂が急に真実味を帯びて来た。アレクシスは本当に議案を適当に処理しているのかもしれない。
私は少し呆れつつも
「あぁ、分かっている」
と、アレクシスの口調を真似して答えることしかできなかった。
従者たちは、私の身支度を終えると一礼して退室していった。
彼らが扉の前で何か言っていた様な気がするけど、恐らく気のせいだろう。
私は椅子に腰掛け、深く深呼吸をしてから、以前受けた内政と地政学の講義を思い返した。
私たちが暮らす、コーディカス王国。その周辺は、エルピダ共和国、タラクシア公国、そしてマギア帝国の3つの国に隣接している。
私が学んだ知識によると、現在のコーディカス王国と隣国との関係は、悪くはないが、良くもない。
そして、現在のコーディカス王国内では、大きな問題こそないものの、隣国諸国と比較するとどうしても総生産力が劣っている。
そのため、この国の課題はもっと全体的に国力を付けること。アレクシスの元へやって来る議案も、直接国を左右するような重要なものではないとはいえ、蔑ろにしていいものではない。
「…もう一度、資料を読み返さないと。」
私は、アレクシスの執務室にある内政の資料を読みに向かった。
「それでは、アレクシス様。我々はこれで失礼致します。」
身支度を終えた従者たちは、一礼してからアレクシスの部屋を後にした。
大きな扉をガチャリ、と閉めるとすぐに
「なぁ、今日の殿下、なんか変じゃなかったか?」
と、扉の目の前で大柄な従者が長髪の従者に耳打ちをした。
「しっ。殿下に聞こえてしまいますよ。口は慎みなさい。」
長髪は神経質そうに答えた。それから
「…私には普段の殿下の様に見えましたが?」
と小声で付け加えた。
「さあさあ、移動しますよ。」
と、先程予定を読み上げていた従者ーーー白髪の従者ーーーに促され、従者の一団は、静かに廊下を移動する。
「殿下は昨日の件もあり、お疲れなのでしょう。」
白髪がそういうと、長髪はなるほどと納得していたが、大柄はまだ渋い顔をして
「だが…なんというか、いつもの尊大さがないというか…」
と、ブツブツ呟いている。
「それならそれで良いじゃないか!俺は良いと思う!」
と赤髪の従者。そして隣の眼鏡を掛けた従者が無言でコクコクと頷く。
「うーん…そうか。なんか引っかかるけどなー。」
と、まだ納得していなさそうな大柄。
すると、先頭を歩いていた白髪が、ピタッと足を止めて
「我々はただ従えば良いのです。深く考える必要はありません。」
そう言って何事もなかったかのように、スタスタと控え室に歩いて行った。
「…まあ、それもそうか。」
大柄はそれ以上考えるのをやめ、白髪に続き控え室に向かった。
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