れいせいに日常平和を堪能する
「……ふぅ」
いい。実に良い。少しだけ外野がうるさいが空気も茶もうまい。
魔力の満ちる森の住処に帰ってした事といえば、黒鉄魔狼の巨体に戻って駆け回ることだった。
「あら、気に入ったのね。それ後味が残るから、わたしは苦手よ」
「この茶葉は新製品か」
魔狼は人化して、ひとっ走りあとのひと息をいれていた。懐かしい紅茶風味に目を細め、カップをソーサーに戻す。
場所は鬱屈とした森の中だが、揃う面々の見た目は庭でくつろぐどこぞの貴族様を呈していた。
「それはありえないわあ」
「でも計測機器は魔力感知してたし、多軸方へ干渉とかですね」
魔術師ふたりは魔狼が召喚された残渣を調べて研究するなどと言い始めていた。
「そもそも召喚自体おかしくない〜?」
クルフェルは消えていた時間と実際過ごした時間の差異がどうにも理解できないと言っては再々話を振ってくる。
「可能性は竜の雲隠れね。魔力磁場の歪みの影響とか、体験したら記憶障害が起こるとか言われてるのよね」
この大陸でいうそれは神隠しと同義語らしい。短時間から数年にわたり行方不明になる謎の事象だとか。
当事者からすればあれが神隠しとはとても言えないのだが。理論戦は不得意分野。適当に相づちを打つのが無難だ。
「ふーん?」
「体験者がいるから研究課題にもなってるじゃないですか。俺は磁場や自然偶発より人為的におこる何かと考えますね。ループスは召喚されたって言ってるし」
クロウは師匠を超えるほど変な魔力装備の開発と不可解な異世界論にはまっている。持参したカバンも魔狼に渡したコートの様に空間があるようで、ありえない書物を次々に取り出し始めた。
「あー、始まった。やだやだ!」
現実的なクルフェルはまず疑念から入り、興味がなければ頭が拒否るから考えも介入もせず放置を決め込むらしい。
「そんな事言ってるから師匠に研鑽不足とか未だいじられるんですよ」
「うっさい。だってループスの話した大陸なんて地図にもどこにも無いじゃない。歴代魔王は名前が残るけど聞いた事ないし」
「守護竜がいる大陸世界なんてここだけだと思うんで、納得できるまで調べますよ!」
「出た。めんどくさー」
クルフェルは話だけじゃ記憶障害の域を出ないのよと、頬杖をついて魔狼に視線を投げてぼやく。
「物証が少ないという意味か?」
「そんなとこね。たった数時間で数ヶ月ってほんと意味わかんないわ。転移するにしてもそんなズレ聞いたこと無いのよ」
魔狼がふと思い出したのは気が抜けていて忘れていたことだった。何せ今ここに、物証が山程あるのだ。
「コレで何かわかるだろ」
魔狼はクロウに貰った漆黒のコートの空間から次々と物を出して並べ始めた。
「干し肉に珍しい岩モグラ焼きと砂豆に、カルザの実とプーが拾いまくってた小石と、あ。本もあるな」
「食べ物多いわねえ。この色の石は初めて見るわ。これ魔力石っぽいわね〜」
「ちょっ、ループス! この本どこで?? これ、貴重なんですよ!」
愛憎劇の薄い本を貴重と言っているクロウは食い入るように装丁を見つめていた。
トメちゃんが買い足した際、読んでみろと押し付けてきたやつだ。まさか内容から絶版品かと半目疑いの眼差しを向ける。
「このなめし皮ですよ、軽く半世紀前の本です!」
「……は? 買い出しの時は新刊がどうのと言ってたが」
魔狼はそう言って口を噤んだが、その言葉で皆が沈黙して視線を合わせた。
「まさか」
「やだ」
「ホンモノですよ!」
「え?」
そしてメルヘンランドの小動物と戯れて満足したらしいプーがとどめを刺した。
テーブルの上に小さな手でぺんっと置いたのはコートの中に仕舞い込んでいた金貨と、武器にもなると言われた魔輝石だった。
森にいれば金には困らない。魔物は買い物もしないし必要ないからだ。が、人化できると欲しいものがあった。
「この時代は石鹸かシャンプーって売ってるか?」
隣で座ってせっせと動いているプーは呼んだ?と首を傾げる。
狩りついでの換金と戦の報酬、釣銭になった小銭はコートの中に山ほど有ったが、基本森で過ごす魔狼には無用の長物でしかなかった。
クロウとクルフェルに使い道もないので貰って欲しいと伝えたが、あまりに巨額らしく慄き辞退されてしまった。
しかし貨幣とは大陸や各国で違うもの。これを辿れば転移召喚された国が特定できるという現実的な証拠だった。
「いつこんなに放り込んだんだ」
じゃらりと音を響かせてテーブルの上に金貨を並べて遊ぶプーは、拾い食いしていたはずの小石をコートに放り込んでいた。しかも金貨以上の量だ。それをせっせと金貨に重ね並べているのだ。
「……それ意味あるのか?」
微力ながら竜の力に長年あてられ魔力が入った物の総称は魔力石と教えて貰った。小さな小石に価値はないが、魔獣の魔力補給になるらしい。魔力の保険か味をしめたか、ただの遊びなのか不可解なプーから知る由もない。
「俺も食えば魔力が満たされるってか?」
手を伸ばすとプーにベシッと鈍い音を出してはたかれる。なんと生意気な。
フフンと偉そうな鼻につく笑い方は俺の真似だということもわかった。なんと腹の立つ。
「大きいやつはやっぱり宝石の類か」
古竜から贈られたとなれば、他人が持つものじゃないらしくクロウもクルフェルも引き取りを拒否るから無造作にテーブルに置いている。
「それ食うなよ。へんな魔力使うのもなしだからな」
少しも育たない不思議な光球虫は魔狼を見て人化したままウンウン頷いてみせる。
森にあるものは全てプーのおもちゃに成り下がるのだった。
「ありましたよ〜! ループス〜!」
数日たった頃、金貨を持ち帰り、ラズ師匠の書庫に帰っていたクロウがやってきた。
相変わらず昼寝時間を計ったように来るのが小憎いこの男の主語が時々抜けるのは、訊き返されるよう仕向けた意図的な会話術だとわかってきた。ならば訊いてやるのが筋だ。
「何が」
「見てくださいこれを!」
クロウは虫喰いされた皮紙をテーブルに広げていく。魔狼の形ではかなりのカビ臭さで鼻シワが寄る。もう一枚は見慣れた最近の地図のようだ。
「金貨の時代から該当する古地図を探したんです。古竜の生息分布とされるのが新地図がこっちです。確かに地岩竜は存在するんですが古地図と比較できますか」
竜の分布は古地図には無く新地図にある。各地の種族や特色が記入されたガイド地図だが古地図は地形を描いただけのものだった。
「時代はあってるのか」
「時代も何も、ずっとこの地形なんですよ」
「俺が見た地形と全く違うな」
「持ってましたよね、行ってた大陸の地図」
「ああ」
フィネリアと魔国移動の際使用した地図もコートに収納していた。
それらを並べて判るのはクロウが持参した地図と全く違う大陸の形であり、フィネリアや魔国があるはずの地岩竜守護大陸は岩山だらけの離散した島々で、どうやら人が住む平地は殆どないことだった。
「どういう事だ」
「異世界説じゃないですか?竜の雲隠れって言うくらい説明がつかないことなんですよ。平行世界とか聞いたことありません?」
いやいや、待て。転生して魔物で既に自分からしてここが異世界だし、その上また転移で異世界だとかパラレル的だとか考えるのも面倒と、かえって魔狼は狼姿ながら真顔になった。
「別に過去が知りたいわけじゃない。行ってたのは現実で、ただ、場所がどこだったのか興味が少しあっただけだ」
「そう言うと思いました。とりあえず物証から当てはまる場所を探したんですけど」
薄情かもしれないが別に出会った人たちがどうだとか、また会えるかという気持ちで探してはいなかった。
だからきっと知る意味は無いのかもしれない。そんな事を考えつつクロウの説を聞き流していた。
「ちょっと!!これ見てーーっ!!」




