落花狼藉とまで言わずもがな
「っ、こんな重い拳は、今まで食らったことがないぞ。は、はははっ。勇者、お前は何者だ。いや、勇者なのか。ふ、はははっ」
男は高らかに声をあげたが目が笑っていなかった。
試合は明らかに一方的な肉弾戦になり、セブが幾度も体重を感じさせないほど軽く吹っ飛んで行く。
結果ありきの試合なのに、己の力の限界か底力でも試す気なのか、セブは膝をつき倒れても倒れてもなお男に向かう。
「っぅぐ! さすがに強いな」
ゆらりと立ったセブは何故か楽しそうだ。
「ははっ、人間が弱いだけだ。騎士だけに地を這うまで戦う気か? 逆に勇者とやらはやる気がないな。守りだけか」
「俺は名ばかりの勇者役だからな。それよりちゃんと加減しろ。拳が重過ぎるぞ」
「してるさ。そろそろお開きにするか」
魔狼は半刻も続けた近接戦がようやく終わることに小さなため息を吐いた。
そんな会話がされているとも知らず、観衆は魔族の容赦ない攻めとセブの負傷に悲痛な声をあげるのだった。
「人間が魔国に勝つなど無理な話だったな。勝利を魔王に! 勝利を魔国に!」
勝利の雄叫びをあげる男に、ほぼフィネリア国民の観客は決着に静まり返っていた。
そんな清寂を咎めるように、戦の締めとも言えるラッパが競技場に響き渡る。
魔狼とセブは場内で天を仰いで屍のように転がっていた。
八百長試合なれど負けは負けなのだ。
並んで担架に載せられたふたりは視線を交わしニヤと笑って見せた。
「相手怒らせて悪かった。すまん」
「気にすんな。ぶっ飛んで参ったけどな。あとは旨い酒が待ってるしっいたたた、お先」
セブは多分骨折もしてるだろう。先に運ばれて行くのを魔狼は横目に見送った。
俺は負傷してないんだけどなと思いつつ、同じように担架で退場させてもらうことにしたのだった。
役目を終えた魔狼は、運ばれながら雲ひとつない空を見て港町とグルガナの森に思いを馳せていた。
「ほっほっほ、やってくれたの勇者殿」
「見事な負けっぷりだったな。しかし本気を出してなかったか? 動きが見えなかったあれはどうやったんだ」
会場にいた国民は負け戦となったことで通夜のように落ち込むか、終戦の区切りだと酒に走る者にわかれていた。
試合の本当の意味を知らない者たちは、魔狼を噂通りの裏切り者で闇堕ちの勇者だと悪態をつき、負けた事で城内の者でさえ悪意と嫌悪を露わにした。
魔狼は会場から城の医務室へ運ばれたが、無傷だとわかった途端客室で軟禁のような状態にいる。
諸々のことを恐らく気にしないヒュッテとウォークはひと仕事終えた安堵からか、とにかく良く喋るのだ。
「お宅ら目が悪いんじゃないか。俺は何もしてないぞ。セブがやったんだ。怪我もなく済んだのはヒュッテのバフのお陰だろうな」
「そうとも、そうであろう! セブは嫌がっての、大怪我しおって言わんこっちゃない」
ヒュッテは魔狼の返事に満足気に頷いた。
王女シュリの労いは、安否の確認をするでも無く「お役目ご苦労様です。後日国に帰るのを手伝いましょう」と、謁見もなく臣下からの言伝で終わりらしい。
あれだけ熱い視線を送っていたのに負け戦には褒賞もない冷遇。勇者は用済みだと言わんばかりの分かり易さだった。
「これで俺は帰っていいな?」
「勿論だ。諸費用は国から出す。渡船場はこのフィネリアにもあるが魔国側から乗船じゃないと駄目なのか?」
「地図を見ただろう。あそこが最短なんだ」
「そうか。ならばそこまで乗れる羽鳥を手配するとしよう。また後で」
ウォークは魔王と女王の会談警護があると言って退室する。
お役御免となった勇者は引き留めもされず帰郷への準備が着々と進むのは嬉しくもあり馬鹿らしくも感じていた。
が、魔狼は足りないものを思い出す。
「プーとトメちゃんはどこだ」
思えば会場で魔力を感じなかった。
面白がって見に来ると踏んでいたのだが、魔狼はからかわれるネタを防げたとしてそれは不問とする。
それでも今は、城内のどこかにいると感じ取れるのだ。
「聖霊様は先程廊下で見かけたが、少しばかり困っておる。どこかしこ食べるので壁や飾り石に穴が開いておりましての。聖霊様はその、人の言うことを聞いてくれましょうか」
あれは自由なスライム魔獣だからと口から出そうになるのを飲み込み、魔狼は澄まし顔で断言した。
「聞くわけないだろ」
「なんと。そりゃまずい。急いで聖霊様を連れ戻して来ましょうぞ」
ヒュッテは魔法陣の惨状を思い出したのか退室しようとして青褪めた顔で振り返る。
「それとあの少女は魔王の顔を拝んでやるとか言ってましたぞ。部屋で待てと伝えておりましたが居ないからには突撃したんでしょうな。扉前の衛兵に制されるだろうし、その内戻るでしょう」
「……あれは術を使える」
魔狼は新たな問題に、ソファーに踏ん反り返っていた姿勢から考える人になり頭を抱えた。
「魔族だから、ですかな?」
「両国間が更にややこしくなる可能性大だ」
「それはいかん。あっちもこっちも様子を見てくるので、勇者殿はここで待たれよ」
あたふたとしつつ顔を引き締めたヒュッテは足早に部屋を後にする。
「安定の問題発生」
魔狼はガクリと項垂れた。
「今まで通りは不満かい?」
「ええ。いつまでも管理下にいるのは耐え難いですわ」
会談となった晩餐の席で、女王シュリは戦の勝敗と負けたのに豪華な食事にも何もかも不満を感じていた。
そのうえ、魔王フィブは国同士の関係も交易も例年通りで継続という。
戦の勝敗の結果を踏まえ、増税や国土没収などとは言わないだけマシだと思いたくもなかった。
「戦も結果も納得してないようだね」
「対等の関係を望みます。領主を殺されては地方再編も人手と資金不足でままなりません。国民を殺めるなんて犯罪でしょう?」
「腐敗と堕落の塊が罪を犯すから排除した。粛清の全貌を知っていて今更だろう? それに敗者の城も破壊する予定だよ」
悪びれもせず爽やかに笑うフィブを、シュリは怒りの表情を隠さず睨みつけた。
「一方的な蹂躙ではありませんか!」
「そもそもの始まりを忘れてないかね。下らぬ王制で同族の死者を出し続けるのはこの国だろう? 対等な数で死者を出さない試合をしたのに何が蹂躙かな。被害者意識甚だしくて笑えてくるね」
少女のあどけなさを残して成人したシュリと、成熟した落ち着きを見せるフィブは見た目だけでは歳が倍近く離れていた。
「貴国こそ力が総てでしょう。それも我が国と然程変わらないと思いますが。私は変革をしたいと言っているのです」
「理想と現実は違うのだよ。この数百年変化がないのに大きく出るのは浅はかじゃないかな。国内の事が出来てから考えたまえ」
シュリは返す言葉が見つからなかった。
色々思案したが今の所考え過ぎて実現可能な具体案はない。属国を脱して独立がまずありきだったのだ。
「黒い闇堕ちの勇者が見れて満足だよ。いい者を召喚したのに惜しかったね」
勇者がいれば勝つはずだった。
史書にだって綴られていたのだ。
光の王バジリオと共に竜ありき。強き者は勇者と呼ばれ竜を従え国を護る。
亡き父から逸話のように数百年置きに起こる粛清という史実を学んだはずだった。
自分の代で起こった口惜しさと負け戦の悔しさから、シュリは顔を逸らして唇の端を噛みしめる。
「粛清は当たり年なんだ。ただ属国としての戒めを与える暴挙だけじゃないんだよ。バルテル王は切っ掛けを与えたと思いたまえ。王の手腕で改革が進む再興の時代となるんだ。わかるかい?」
「え……」
「王国の改革は王次第でどうとでもなる。それは粛清があってもなくても同じ事だとわかってないのかね」
シュリは自分が思いもしなかったその言葉に驚きフィブに向き直った。
が、その横に見知らぬ少女が座っていたことに更に驚いて勢い良く立ちあがった。
「何者!?」




