トメちゃん社会復帰する
この大陸の守護竜ならこの状況を打破できる。故郷に帰れる。それは確信だった。
「対価はなんじゃ?」
「対価?」
「タダより高い物はないのじゃ。お前は我に何をくれるつもりかの」
竜は少女の姿で俺を見上げた。
それ相応の物を払えだと?俺は何も持っていない。魔狼は魔物。物欲も人ほど無い。まして竜が喜ぶ物なんて知りもしない。炎赤竜のリリーちゃんなら光り物が好きだとは知っているが、……光り物?
この竜も人臭い所がある。物がある時点で考えつくのはアレだ。俺は床に転がる鞄に入ったコートを出して羽織った。
「なんじゃ。変な波動のする服よの」
「人の世では対価といえばこれだと思うが」
俺は残りの所持金を、コートの裏地の空間からつかみ出した。手からこぼれた物はジャラジャラと転がり落ちる。少し楕円気味だが紛れもない硬貨の現金だ。
足元で転がるプーは降ってくる硬貨に当たっても楽しそうだった。
「人の世の金か。久しく見てなかったが質が良くなったのう。これなんてピカピカと光るし艶がいい。これは……石じゃない?」
興味を惹かれた竜は手に取り検分するように眺めていた。俺はもうひと押しだ。
「それがあれば冊子がまた買えると思うが」
「……そうよの」
微妙な反応だ。押しが弱いのか。大昔聞いた言葉はあれだ。確かプレゼンというやつ。この魅力を十二分に相手にわかりやすく、且つ利潤を伝えるのが交渉のカギ。語るべきことを出来る範囲でするしかないぞ俺!
「約二十万フラある。今の世は食事は二千フラだ。人の定食なら百は食べれる。パンはひとつ三百フラ、つまり六百も買える。本は高くとも五千からとしても四十冊子は買える。それにその硬貨は、練金と言って様々な成分を混ぜて出来ている。人口の宝石の様なものだ。宝石だって買える価値があるぞ」
「……そうじゃのう。でも我は買い物はしないのじゃ。この姿は本を読むためだし、そこらの家具は友が持ち込んだしの。それにこの本は、友を殺した一族への罰で供物のひとつじゃ。まあ内容は色々あるが、人の愛憎劇で涙するのも友への供物。泣くのは大事なことでな。忘れたくもない事実を都合良く差替えその上忘れていく人間は嫌いなのじゃ。だから人間の欲の権化、金銭には然程魅力は感じないのう」
ええぇ……。詰んだ。これ一体どうすればいいんだ。すすり泣く声はこの竜で、まさかそんな意味があったとは。まさに面倒クサイ展開。こんな事考えるから駄目なのか?
何かを思い出しジワリと涙が滲んだのか、目が潤む少女。これは竜だ。いや、獣だとて何かしら感情がある。現に供物だと友だと言ったじゃないか。
それで俺は何ができる。プレゼン撃沈はわかる。対価はもう払えない。詰みだ。
それでも、ふと浮かんだ事が口に出た。
「な、名はどうだ」
「我の、名か?亡き友人に貰ったのがある。トリラメイというのじゃ」
あかーん。これも駄目か!
「じゃあ、俺が新しい友になるのは駄目か」
「友、じゃと?」
「地岩竜はもう数百年外に出てない、見た事がないと聞く。長年一人でここにいるのか?友が亡くなったのなら、新しい友はどうだ。確かに俺は獣だし魔獣だが、話し相手くらいは出来るぞ。プーだってそうだ。口はきけないが一緒にいれる友だ」
「……友」
竜は、ふにゃと表情を崩した。泣きそうでいて、それは笑顔だった。
「お、お前はおもしろい事を言う奴じゃの!対価として認めるのじゃ。よし、おまえは今から友なのだ。名はあるか」
「ループス。ルーだ。トリラメイ、って言いにくいんだが……トリー、ト、リラ?」
「我はメイと呼ばれてたのじゃ」
「あー、新しい友だから昔の呼び方を変えるのも良いんじゃないか……トメちゃん?」
竜ことトメちゃんは、みるみる両頬が膨らみ吹きだした。
「ぶはっ、あはははっ!トメちゃんか!これはイイ。よし、ルーとやら。我に何を聞きたいのじゃ!バジリオが生きていればお前もアレの友になれたろうにの!あははっ!」
「バジリオ?」
「我の亡き友じゃ。して、ルーよ。聞きたいのは我のことか?」
「トメちゃんのこと?まあ、多少なり」
「ふ、…あははっ!いや、その名は響きが面白いのじゃ、はははっ」
プーはトメちゃんの笑い声にニコニコしてペチパチと拍手をし始めた。
「次はどうなるのじゃ!」
「いや、今ココだから。これノンフィクション。続きないし!」
取り敢えず質問する前に、現状を説明する為、勇者とか召喚抜きで旅をして家に帰るところだと話した。この大陸に来て起きたことを、トメちゃんは冒険旅行のようだとワクワクして聞いていた。
「なんと!それに粛清の年か。いよいよ地下に引きこもりすぎたかの。要するに、ルーは港に行けたらいいのじゃな?」
「粛清?」
「戦争のことじゃ。して、港よな?」
「え、まあ。取り敢えず目先の目標は港だ。トメちゃんはグルガナの森を知っているか?守護は炎赤竜のリリーちゃんだ」
「知らんのう。名前は気に入ったものを使うし、特性の違う竜とは生まれも住処も違うのじゃ。それにな、守護竜になるのは世代交代の折に子を成した最年少のものが引き継ぐのでな。我は意外と世間知らずなのじゃ」
「そ、そうなんだ。そうか、知らなかった」
期待は駄目だとは思っていたが。俺の確信はハズレだった。
少し離れた床で転がっているプーは遊び疲れたのか何も着ないまま爆睡していた。もうここで服なんかどうでもいい。俺も面倒で着たのはコートだけ。ちょっと変態臭がするのは気のせいだ。
「どうしたのじゃ?その森が家か?」
金髪少女に下から上目遣いに見られるのは悪くない。ちょっと口調が微妙だが。
肯定する前に、コートの内ポケットから地図を出し広げて見せた。
「見てくれ。ここが住処の島だ」
「なんと。遠いのう」
「知人のいる大陸の方が近い。ココなんだ。だから港から向かいたい」
「ここに行きたいのか?」
「……転移、出来るか?」
「出来ぬこともないが。我は個体が大き過ぎる故マーカーが必要じゃ。生憎自分以外に使ったことが無い。今行けるのは確か、えーとこの辺じゃったか?地岩竜の住む我の故郷には行けるが、近くなら飛ぶ方が早いかもしれん」
やっぱりそうなるか。故郷だと指差したのは大陸の東側。目的地とは反対だった。
「結局港に向かうしかないか」
「面白そうじゃ!我も一緒にいくのじゃ」
「……は?」
「我も冒険するのじゃ!」
「……港までひとっ飛び?」
「それじゃ冒険にならんではないか!この大陸の守護となっては大陸からそう離れられんが、港までなら余裕じゃ。久しく外に出ておらんし、友が一緒なら我は嬉しいのじゃ!」
「え?港までってこと?」
「なんじゃ。駄目か。友だろう?」
「……トメちゃんは友達、デス」
「友じゃ!」
くりくりの金の瞳で上目遣いはやめて欲しいわ。その顔は最早遠足前の子供だ。
「俺はまだ聞きたいことを聞いてないぞ」
「冒険しながらでも聞けるのじゃ。転移したい程先を急ぎたいのよな?我は最強の古竜じゃ。役に立つと思わぬか?」
「……帰るだけの旅なんだが」
「ルーは魔狼とな。獣では強いと知っておるが、この大陸のことも我の方が上じゃ」
どうだ、参ったか。と聞こえそうな程ふんぞり返るトメちゃん。港までならトラブルも少なく何とかいける?もう山を越えたも同然だから。
「港までだな」
「そうじゃ!」
「因みに山を越え帰郷しているエルフと獣人の連れがいる」
「魔族か?山にいるのなら近くに出るかの。ルー、我の尾に捕まるのじゃ!」
俺はまた予想外の展開で、目先のことに囚われ超絶大事なことを忘れていた。




