てばさきの中には骨。プーの中には。
ぽかーんと大口を開けているのはプーと俺だ。
ヒリヒリと身にしみる痛さの魔力は元少女から。少女は変化した。紛れもない竜だ。
魔力のモヤはドス黒く、波動は衝撃波と言える程だ。これが視えない者たちはどう感じるのか。変身はモザイクでも無ければきっとエグい。自分の人化も多分同じなのだ。
下を見ての真逆の様相は不思議な感覚だ。竜脚は鳥爪の様に大きく長い。前足は翼形状だが羽はない。顔も細長く、嘴こそないが鳥のようだ。体表の凹凸した部分には、シトリンかルチルクォーツに似た黄色味のある石が付着していた。時折観える長い尾にかけて、結晶化したものが尾ひれのように形作っている。
動くと発色のいい黄色の石ひれは、竜の金色の双眸を思わせた。あれは見た事がある。転移陣にハマっていた魔輝石だ。てことは、
「地岩竜?!」
『フン、我を知っているのか犬っころ。古竜を小馬鹿にするとどうなるか、思い知るがいいのじゃ精霊』
「プー!早くこっちに戻れ!」
巨大さに呆気に取られたのか、動かなかったプーは、俺の声でまた冊子の中に潜ったようだ。山と積まれていた物が崩れて海原の様に広がり続けていた。時折膝が下から見えるその姿はカサカサ這う夏の虫。
コレどうする気だプー。下手したら潰されるんだけど!ほんと古竜相手は無理だぞ!
『なんと小癪な!出てこぬか精霊!』
プーは冊子の下をうにうにと移動する。古竜は冊子が大事な物らしく、踏んだり手払いもしなかった。多分目で追っているのだろう。竜の姿では小きものをどうすることも出来ないことに苛ついて見えたが、段々声がか細くなっていた。
『……なんと、小憎たらしい精霊よ、我の、我の物を、粗末に、するでない』
弱々しい声に停まり、ヒョコと頭を出したのはプー。それを見つけた竜はグルッと喉を鳴らした。
その瞬間床から黒っぽい物にオレンジの線が走るものがメキメキと一気に冊子を掻き分け突き抜けた。
魔力を放出しないこの力は竜の特性能力だった。タイガーアイとも言われる石が冊子の下から隆起したのだ。
バラバラと舞い落ちる冊子。遅れてコテンと転がり落ちてきたのはプーだ。むちむちな頬っぺたが床に張り付いて止まり、そこでやっと俺と目が合った。
「プーもうやめろ、竜が怒ってるのわかるだろ、こっちに帰れるか。聞こえてるだろ?」
額と両手を床にビタッとつけて覗き込む格好になるプーは、にぱっと笑った。全くもって楽しそうだ。遊んでるモード確定だ。
魔獣の頂点である古竜と、その魔力にビビりもしない光球虫。これは普通なのか。個体としてプーが特殊なのか。
炎赤竜のリリーちゃんでさえキレたら広範囲地形変動や更地と化すのに。魔狼の俺だって敵わない。そんな古竜を相手にどうかしてる。見たまま子供なのか、アホの子か。
『聞き分けのない精霊じゃ』
「プー!!」
鋭い爪を持つ足がプーを踏みつけたのは声と同時だった。一瞬で巨体の体重が乗り、ひしゃげたのはプー。潰されてウニッと広がり全身が見るも無残な形になった。
『あははっ。躾けのなってない精霊よの。犬っころ、お前はなんじゃ?喋る大型種とは。魔力を持たぬ魔獣のなり損ないかの?』
俺は目を閉じた。本を掻き乱しただけで余りにも酷い仕打ちだと。敵わないと知っているからこそ何もしない自分の情けなさよ。
床一枚隔てた向こう側のプーに何も出来なかった。プーは……死んだのか?また他人事だと切り捨てればいいのか?
心配だってした。可愛いし友達だと思っていた。面倒はゴメンだ。それは根底にあるのは変わらない。旅をする事で再々起こる事象には対応するしかない。避けられないのだ。
さっきだって俺はプーに呼びかけてたじゃないか。それでこの結果は?呼びかけるだけだった事に後悔してないと言えるのか。
考えてもそれはもう起きたこと。
何も変わらない。
戻れない。
『犬っころ。聞いてるのかえ?』
「うるさい!」
『なんじゃ、急に強気じゃの。精霊の力で迷い込んだんじゃな?ここに用はなかろうて、野たれ死ぬ前に出してやろうぞ』
何を言ってんだこの竜は。それは優しさのつもりなのか。そんな余裕があるのならプーにもそうできなかったのかと、沸々と怒りが湧き起こり、鼻シワを寄せ唸った。
グルルルゥッ
「俺は魔狼。そのプーは友。お前の泣き声が聞こえたから来たまでだ。それにそちら側へ引き込んだが為に起きたことだ。踏み潰すこと無く対処できただろう!弱き者を無為に殺すとは古竜もただの獣だな!」
ゆっくりと目を開けて早口に言い切った。
『あはっ、あははっ。殺すとは何のことなのじゃ。魔狼とな?魔力の微塵も感じぬ犬っころよ。確かに成りはそうじゃの、狼じゃ。して、なんじゃ?何もできないのよな。そちもタダの獣じゃろうて。あはははっ。精霊だって獣じゃ、結界も抜けれぬ者が大口を叩くのかの』
「結界?プーが抜けれたじゃないか」
『精霊にできても、犬っころには出来まい。何せ魔力も無いからの』
鳥顔をグッと下げてくる古竜は馬鹿にしたように見降ろしてくる床下の世界。
クソ。クソ竜だ。ただ腹が立つ。プーが大きな足に踏み潰され、潰され?
「え?」
見たくは無い惨状が視界に入った。そこに歪に残るプーは、ウニウニと蠢いて亀裂から腕らしきものが出ていた。
生きてる?!思わず近寄りその腕に噛みつき引っ張りあげた。引き抜いたと言ってもいい。それはビヨーンと伸びたあと、勢いよく抜けた。すぽんって音が確かに聞こえて床に転がった。
『逃げたのじゃ!犬っころ何をする!』
「……は?」
『精霊はスライムなのじゃ』
「それは知ってるが」
『スライムは潰れても死なないのじゃ』
「……」
『……』
「そうだっけ?」
『精霊は思うがまま動くし遊びといたずら好きじゃからの。言うことを聞かない時は固定して大人しくさせるのが一番じゃ』
「……プー」
咥えて転がしたプーは、そこに転がっていた。むっちり見慣れた幼児で、大の字で仰向けのまま俺を見て、にぱっと笑顔になった。
「こ、この、プー野郎!」
心配させやがって!また泣きそうだったじゃないか!このっ、変な魔獣が!
俺は耳をしんなり後ろに倒し、腹が立つけど嬉しいような、色々考えた自分が恥ずかしいのを誤魔化すようにプーを睨み付けた。
『して、殺したと誤解は無くなったのじゃ。その精霊が大人しくするのなら色々善処するが、どうじゃ』
「善処?」
『出れぬじゃろ?それに我には勝てまい?』
「……わかった。頼む」
それはそうだ。ここに入れてもプーが出口を知っているとも限らない。そして竜には勝てない。ここは乗るしかない。
今この地岩竜との出会いが、後にこの世界の鍵になるとは思いもしなかった。
「……これでいいか。プー、そこ崩すなよ」
「ほほー、これはまた早かったの。真っ黒な犬っころより見目がよいのじゃ。最初から人型でくればよいのに。それでじゃ、約束通り地へ戻そうかの」
あれから床下の世界に入り、散らかした冊子の山積み整理をさせられて終わった所だ。子の責任親にありか?俺は親じゃないぞ。
プーは積むのが楽しいのか、それはもう集中して載せ、冊子を抱えて次に次にと遊びの一環としてか、鼻息荒くフンフンしながら整理整頓やり切ったのだ。
互いに魔力を隠蔽している魔狼と、山の地下深くに住む大陸の守護地岩竜だとは名乗ったが、それだけだ。
人の様に物に囲まれている場合は、人化した方が作業効率がいい。ここはその対象だった。俺も竜も人化していた。
床下のこちら側の世界も奥行きは無限に見えるが、少し離れた所に本棚がある。その奥にはソファーセット。その奥には何故か緑豊かな清流が見えた。入って来たはずの床下は向こう側を透過していない。
さあ、相手が地岩竜だとわかったからには本題に入ろう。
「聞きたいことがある」




