前編
作者にしては珍しくシリアス寄りです。
「嫌よ!絶対に嫌!!何故わたくしがそんな恐ろしい男と結婚しなければならないの!?『花嫁殺しのツギハギ王子』の一部になれというの!?」
美しい金色の髪を振り乱し、妖精のようだと評判の顔をゆがませ、令嬢が癇癪を起こす。ここはとある侯爵家の娘の部屋。家の中とはいえ、誰が聞いているかはわからず、使用人は令嬢に声を控えるよう進言する。
「お嬢様、お相手は王子様です。そのようなことは・・」
「不敬でもなんでも、わたくしは死にたくないわ!・・・そうだわ。お前が行けばよいのよ。お前はわたくしのためならば、喜んで命を差し出すでしょう?お前が殺されても、我が侯爵家は何の痛手も追わないわ。それに、その後はまた別の貴族の娘へ縁談が行くだけ。わたくしに再び縁談が来ることはない。そうね、そうしましょう。」
自分が殺される未来を払しょくできた令嬢は上機嫌になると美しい笑顔で使用人に告げた。
「お父様へ取次ぎを。お父様ご自慢の娘が素晴らしい案を思いついたと。」
・・・・・・・・・・・・
侯爵は使用人と二人だけで話をするため、自分の書斎へと呼びだした。
「・・・娘から話は聞いた。確かに他家でも別の者を養子に迎え入れてその子を嫁がせ、体面を保っているところもある。だが・・・」
「旦那様。私は旦那様に命を救っていただいたのです。ですから、この命を旦那様が必要としてくださるのならば、私は喜んで捧げましょう。」
「ティセ、お前はいつもそう言う。私はお前がお前らしく生きることを望んでいるというのに。いや、今更どの口がそのようなことを言うのかという話だな。だが、お前を利用するつもりはなかったのだよ。」
「利用してください、する価値があるのならば。旦那様のお役に立つために生きているのですから。」
ティセと呼ばれた使用人は悲嘆の表情もなく逆に嬉しそうに当主に微笑んだ。ティセも『花嫁殺しのツギハギ王子』の噂は知っている。
ツギハギの由縁は王子の容姿にある。王子の全身の皮膚の色はまばらだという。日焼けなどではない。明らかに部分部分によって肌の質が違うのだ。直線を用いたようにまっすぐ区切られて、多くの違った肌が存在している。腕一本を見てみても、ある部分は南方の民のごとく黒く、ある部分は北方の民のごとく白く。しっとりとした珠のような肌のすぐ隣にガサガサの老人のような皮膚がある。それはまるで多くの人間から肌を奪い、自らの肌を覆い隠しているかのよう。
ー故にツギハギ王子ー
口さがない者たちから瞬く間に広まった噂と呼び名だ。
この侯爵家の令嬢で花嫁は17人目となる。それまでの花嫁は皮膚を剥がされ殺されたのだともっぱらの噂だ。今までの黒かった肌が、花嫁の肌の色に変わったという証言まである。実際、それまでソバカスなどどこにもなかった王子が、ソバカスのある花嫁を迎えてからしばらくして、顔にソバカスが現れたのは多くの人間が見ている。
「ティセ、私は噂のほとんどが間違いだと思っている。でなければ、王が噂のような残忍な行為をする者に王位継承権を持たせたままにすることはない。噂を放置している事にも何らかの理由があるのだろう。王子の肌については噂通りだが、お前ならば外見に惑わされることなく、王子の本質を見られよう。」
過大評価をされていることにティセは苦笑する。自分はそんな大層な人間ではない。ただ、侯爵のために命を使いたいだけだ。
「ティセもわかっているとは思うが、私は娘を甘やかし過ぎた。あの子では王子と対面した時に粗相をするに違いない。ティセ、私はこのような状況ではあるが、お前を娘にできることを喜ばしく思う。」
「旦那様・・・」
侯爵の言葉に偽りがないことはティセもわかっていた。使用人ではあるが、侯爵には娘のようにかわいがってもらったのだ。それは侯爵と実の娘よりも深い絆になっていた。
「私はティセの幸せを願っている。」
・・・・・・・
結婚式はひっそりと行われた。王子にとっては17回目の結婚式。最初から華美な結婚式を挙げてはなかったが、17回目ともなると、祝いの言葉も少なく、葬儀のような式だった。参列している者たちも暗い表情を隠せず、犠牲者となる花嫁を憐れんでいる者がほとんどだった。
式が終わった後、すぐに王子はティセを自分の屋敷へ迎え入れた。結婚式用のドレスから着替えさせられたティセは今、王子と王子の側近と3人だけで王子の部屋にいる。侍女はお茶の用意だけするとさがってしまった。これから何が起こるのか、ティセは緊張して王子の言葉を待つ。実際に見る王子の肌は確かに不気味ではあったが、王子自体は陰鬱のかけらもなく、むしろ堂々とした立ち居振る舞いと口調だった。
「モートン侯爵は忠誠心も厚く、実直な男だと思っていたのだがな。まさか、自分の娘可愛さに養女を仕立てるとは思わなかった。お前は脅されたのか?金を積まれたのか?」
「・・・いいえ。」
「下ばかり向いているな、そんなに俺のこの姿を見たくないのか。」
「・・・いいえ。」
「違うのか?もっとはっきり話せ。」
「・・・恐れながら、王子様。私は目線を同じくするなど不敬に当たるので下を向いて話すように言われております、それと、あまりべらべらしゃべるなと。」
「誰だ、そんなことを言った奴は。話をしなければお互いのことが理解できないではないか。気にしなくていい。顔を挙げて話したいことを話せ。」
ティセは顔を上げると、王子の言葉に従った。
「それではお話させていただきますが、旦那様の悪口はおやめください。確かに旦那様はお嬢様が王子様の花嫁になることは渋っておりました。ですが、お嬢様の身代わりになることは私から言い出したことです。」
「脅しでも金でもないと?」
「はい。私は旦那様に命を救われました。ですのでこの命は旦那様のために使うべきなのです。」
「なるほど、お前は俺の噂を知っていて殺される覚悟でここへ来たということか。」
「私はそのつもりだったのですが、旦那様は噂は噂でしかなく、殺されることなどないだろうとおっしゃっていました。」
王子は複雑な表情になった。侯爵はともかく、目の前のティセは殺される覚悟でここにいるということだ。
「死にたがりなのか。だから、俺の姿を見ても、今、俺と話をしていても全く怯えていないんだな。」
「死にたがりはともかく、王子様と話をすることで、何に怯えればよいのでしょうか。世間知らずな自覚はあるので、教えていただきたいのですが。」
王子はまた表情を変えた。驚きで目を見張っている。ティセは本当に不思議そうな顔をして、演技をしているようには見えない。
「今まで連れてきた花嫁は大概、俺の不気味な体を見て気絶するか、泣きわめきだした。お前のような反応をされたのは初めてだ。」
「確かに、珍しいお姿だとは思いますが、こうして私の意見を聞いてくださる方を怖いとは思いません。」
「・・・そうか。」
「ええ。私を一人の人間として接してくださっている王子様は、全く噂とはかけ離れた方なのだと思います。」
自分の中身を見てくれるティセに出会えた王子は頬が緩む。対して、ティセは悲しそうな表情になる。
「王子様は私の命を取らないのですね。」
「やはり死にたがりか。」
「いいえ、早く死にたいわけではないのです。ただ、旦那様のために命を使うことによって、私の生きてきた意味があったと思いたいのです。」
「死にたがりよりも厄介だな。ティセ、お前にも複雑な過去があるようだ。」
そう言うと王子は深くため息をついた。これまで何人もの花嫁を迎えたが、本当に妻にしたいと思う女性、ティセに出会えた。しかし、王子の体質上、ティセでは駄目なのだ。ただティセには自分の事情を知っておいてほしい。王子は自分のこの気持ちに目を背けることはできなかった。
「ティセの話も聞きたいところだが、先に俺の事情から話そう。」
「アルノルド様!」
今まで二人の話に口を挟まなかった王子の側近が、咎めるように王子の名を呼ぶ。王子、アルノルドは側近を見ると、視線だけで自分の意思が変わらないことを伝えた。側近もアルノルドがこうなったら何を言っても無駄だということは、長い付き合いの中で知っているので、渋々口を出すことをやめた。
「何から話すか、そうだな・・・この国が王家の結界に守らていることは知っているか?」
「はい。王家の初代様が作られた結界によって、我が国は魔獣などの脅威から守られている事、更に他国も容易に攻めてこられず、私たちが平和に暮らしていられるのは王家の方々のお力があってこそと学びました。」
「ぷ。・・あはは。授業を真面目に受けている生徒のようだな。」
ティセのまるでお手本のような返答がおかしくて、アルノルドは笑った。自分でもこんなに感情が表に出るのは珍しいと思いつつ、話を進める。
「その初代の結界は現王族の魔力で維持しているのだ。その魔力も王の血筋を引く者から均等に結界に取られるわけではない。いい加減だ。」
「いい加減、ですか?」
意味をよく呑み込めず、ティセは首をかしげてアルノルドに言葉を返す。
「ああ。魔力の多い者から一番結界に魔力が取られればいいと思うだろ?そういった事情はお構いなしに好き勝手な量を結界は持っていくんだ。」
「それは・・何とかならないのですか?」
「どうにもできん。」
随分効率の悪い結界だと、ティセでも思う。
「でだ、俺の話になるんだが。」
そう言うとアルノルドは侍女の用意していった飲み物の中からグラスと水を持って来て、テーブルに置いた。グラスの中に水を半分ほど注ぐ。
「俺は魔力の器が大きい。魔力が多い訳じゃない。器だけが大きいのだ。普通にしていると、こんな具合に容量の半分くらいが自分の魔力であと半分は空だな。」
そう言うとそのコップを手に取り、水を飲んだ。そしてまたテーブルに戻す。水はコップの底にうっすらと残っていた。
「これが今の俺の魔力だ。ほとんど結界に持っていかれている。魔力は生命力とも関係してくるからな。正直俺はこの状態で生きるのも精いっぱいだ。」
そこで言葉を区切ると、アルノルドはひどく言いづらそうに自分の魔力の器が大きい訳を語った。
「俺は、他人から魔力を奪うことができるのだ。だから、俺は自分の生命を維持するために他人から魔力を奪っている。」
そう言うと少しだけ水を注ぐ。コップの十分の一くらいの水の量だ。
「他人から魔力を奪ってもこのくらいだ。これだと本当に生きているだけで、王子として何の役にも立っていない。そして、この体だが、相手から魔力を奪うことでこうして皮膚が変わる。噂はそう間違ってはいないということだ。」
アルノルドのその言葉を聞き、ティセはまじまじとアルノルドを見る。顔だけでも本当にたくさんの色がある。これが全身ということはたくさんの人間から魔力を奪ったということだ。それはつまり、多くの人間から少量ずつしか魔力をもらっていないということ。
「噂は、大間違いではないでしょうか?それだけたくさんの方が王子様に協力してくださったということでしょう?それに王子様は相手の方を気遣って少量しか魔力をもらっていないですよね?それなのに、花嫁殺しなんて。皮膚をはぐなんて恐ろしいことまで言っている者もいます。噂で合っているのは王子様の外見がたくさんの色で溢れているということだけだと思います。」
「協力とは随分と優しい言葉を使ってくれる。この不気味な外見の表現も。そうだな、王宮では魔力のある者が自主的に差し出してくれたな。」
王族の魔力を必要とする結界の話は、王宮にいる者ならば全員が知っている。別に秘密にしていたわけではない。ただ、国民まで知れ渡っている話ではなかったというだけだ。そのため、王宮にいる者たちは幼かったアルノルドから大量の魔力が奪われていることに心を痛め、少しだけでも自分の魔力が役に立つならとアルノルドに魔力を提供してきたのだった。
だが、アルノルドは王位継承権を持っているとはいえ、5番目。いずれ王宮は第一王子が住まう場所となり、いつまでも王宮で暮らすことはできない。だから、アルノルドは王宮を出て自分の屋敷を持ち、そこに移り住んだのだ。
「確かに王宮ではそうだった。しかし、今は違う。俺は魔力を奪う相手が必要だった。貴族ならば魔力を持っている奴がほとんどだからな。だから、『王族の俺と婚姻』という餌で『花嫁』という俺の餌を釣っている。俺は今までの花嫁たちから魔力を勝手に無理やり奪ったのだ。」
「ですが、この国の平和を維持する結界のためですから、王子様に魔力をお渡しするのはこの国に生きる者の義務だと私は思います。それに、この話は私よりも前の方々にはお話なさらなかったのでしょう?」
「まあ、話をするどころではなかったからな。」
「でしたら、王子様がお気になさる必要はないのではないかと。・・・だって、その分酷い噂になってるじゃないですか、花嫁の方々は恐らく全然影響ないくらいの魔力しかとられてないのでしょう?なのに、王子様は酷く心を傷つけられてるじゃないですか。私なんかが話を聞くだけで喜んでくださるくらいに。」
段々とティセは悲しくなってきて、せっかく学んだ貴族らしい言葉遣いが乱れてしまっていた。今までの花嫁が生きていることはアルノルドの話す感じでわかっている。ならばなぜ、その花嫁たちは殺されてなんかいないと出てきてくれないのか。そうすれば少しはマシな噂になっていたかもしれないのに。そう思いながら、ティセはもう一度口にする。
「私は、相手の方を気遣う王子様を怖いとは思いません。王子様が魔力を必要としているなら、私からたくさん取ってください。」
ティセとアルノルドの会話を見て側近は主の判断が正しかったことがわかった。先程アルノルドの話を止めようとしたのは、結界の話ではなく、アルノルドの魔力を奪う能力の話をやめさせようとしたのだ。そんな話を聞けばティセもアルノルドを怖がり、せっかく対話ができる花嫁だったティセが態度を変えてしまうことを心配したからだ。だが、この分なら何も心配はない。主の花嫁も彼女で終わりだろう。そう側近は考えていたが、アルノルドは違った。
「ティセ、私はお前を妻にするわけにはいかない。ティセは貴族ではないだろう?魔力は・・・少しはあるようだが、よっぽど神経を集中させないと気づかない。そんな状態の相手から魔力を奪ったら、ティセが死んでしまう。」
ティセの魔力をほんの少し感じ取ったアルノルドはそう言った。確かに平民には珍しく、魔力はあるようだ。だが、それは微々たるもの。アルノルドが傍にいるだけでも減っていってしまいそうな頼りないものだった。
「魔力はあります!嫌になるくらいに・・・今度は私の話を聞いていただいてもよろしいですか?私は命を捨てなくても生きてきた意味が得られそうです。この嬉しい気持ちを、溢れるほどの喜びを、王子様にお話ししたいのです。」
ティセが嘘をついているようには思えないが、本当に魔力はほとんど感じない。魔力があることがわかればアルノルドはティセをこのまま妻に迎えることができる。アルノルドは先にこの初めて胸に抱いた想いを捨てなくていい確証が欲しかった。
「ティセが話してくれるなら聞こう。その前に、魔力を感じない原因が知りたい。」
「魔封じをつけているのです。私は自分の魔力を制御できないので。」
そう言うとティセは服の袖をまくり、両手首につけている腕輪を見せた。これはアルノルドも見たことのあるものだった。王家の中で今一番魔力を持っている叔父がつけているものによく似ていた。叔父もあふれ出てしまう魔力を外に出さないために片腕に腕輪をつけていた。
そう、叔父は片腕だけだった。ティセは両手首だ。きっと叔父よりも魔力があるのだろう。平民で叔父を上回るほどの魔力を持って生まれたティセが普通に生きてこられなかったことくらいアルノルドには予想がついた。
「ティセ、俺はお前の話を聞きたいと思っている。だが、お前は話すことが辛くはないか?」
「いいえ。王子様。私は今とても幸福なのです。この、私ではどうすることもできない煩わしい魔力が、王子様のお役に立てるのならこんなにも嬉しいことはないのです。」
「そうか、ならば話してくれ。ティセが私の前に現れた幸運を。」
長くなったので、前後編にしました。
ご指摘があったので『適当』から『いい加減』に表現を変えました。