後編
後編です。
ティセはモートン侯爵の治める領地の端も端。あまりにも小さな村で村人全員が全員を知っている、そんな村で生まれる予定だった。モートン侯爵はアルノルドが言ったように、実直な男であり、広い領地を自分の目で問題がないか確かめるのが侯爵のやり方だった。そして村に視察に来た際、まだ母親のお腹の中にいるティセに気付いた。
ー膨大な魔力だー
このままティセがこの村で生まれれば、生まれた時に巻き起こる魔力の放出で甚大な被害が出る。貴族の館はそういった魔力の大きい子供が生まれる可能性があるので、魔力を閉じ込めて外に出さないための部屋がある。そこで出産するのだ。侯爵は自分の屋敷にティセの母親を連れていき、その部屋で出産させることを決めた。そして、この小さな村が閉鎖的であることも踏まえ、一家を丸ごと屋敷で雇うと連れていくことにした。
幸い、村人たちは妊娠に気づいていない。ティセの母親すら気づいていないのだ。ここで母親だけ連れていき、出産が終わってから村に帰ると、何があったのかいらない憶測を生んでしまう。生まれた子だって魔力を持っていることがわかれば、貴族のお手付きになったと考えられてしまうだろう。そこまで考慮した侯爵は一家を連れていき、出産が終わった後、自分の領地にある別の村へ住まわせるつもりだった。
侯爵は屋敷へ着くと、母親は妊娠していること、子供は魔力を多く持つこと、平民の間でも突然魔力を持つ子供が生まれることがあることを一家に説明した。侯爵の話によって、生まれてくる子が不義の子ではないことは理解されたが、魔力という自分たちにとって未知の力を持つ腹の子は生まれる前から恐れられた。
そして、侯爵家の一室でティセは生まれた。ティセの魔力は強大で、部屋の結界のおかげで外へ魔力が洩れることはなかったが、その部屋はめちゃくちゃになり、結界も壊れてしまった。その有様を一番怖がったのはティセの母親だった。何度侯爵が説明しても、母親は自分の子供を受け入れられなかった。自分が生んだのは化け物だ、そんなものはいらない。侯爵様が産めと言ったのだ、その化け物は侯爵様のものだ。自分は育てるつもりはない、早くその化け物から遠ざかりたい。父親も兄弟もみんな同じ意見だった。
結局ティセの家族は一度もティセに触ることなく、侯爵の計らいで別の村へ移住した。侯爵は夫人にティセをこの屋敷に置くことを決めたと話したが、夫人は特に何の関心も抱かなかった。侯爵夫妻は政略結婚でうまくいってはいなかった。侯爵夫人は娘を甘やかし、可愛がり、侯爵との時間を持たせず、病で亡くなった。侯爵はそこから娘と会話し始めたといってもいい。ティセは生まれた時から侯爵自ら世話をし、ティセと名付けたのも侯爵だ。実の娘よりも深いつながりになったのは仕方がないことだった。
「お屋敷でも旦那様とお嬢様以外、まともに会話をしたことはありません。お屋敷の方々も私の扱いを測りかねたのでしょう。私を家族に捨てられた可哀想な子供と憐れんでくださいましたが、結界のはってあった部屋を壊してしまうほどの魔力を制御できない私は恐怖の対象でした。たとえ私が魔封じをつけていたとしても、いつ魔力の暴発に巻き込まれるのか気が気ではなく、仕事を言いつけることもしてもらえませんでした。仕方がない事ですが、屋敷内の仕事は見様見真似で覚えたのです。」
ティセは淡々と自分の過去を話した。自分が化け物と呼ばれ、屋敷内の者に距離を置かれても仕事をきちんと覚えられなかったと困ってはいるが、悲しいという気持ちや憤慨する様子は全く見せなかった。
「旦那様にお嬢様付きの使用人にしていただいた時は大変嬉しく思いました。私でも仕事ができると。
ですが、お嬢様のご希望をすべて叶えることは難しく。・・・結局お嬢様にも仕事を言いつけてもらえなくなってしまいました。」
「何か、あったのか?」
何かを思い出すように言葉を詰まらせたティセに、アルノルドは何があったのかと心配になった。
「・・・お嬢様のお気に入りのレースのハンカチが窓から外へ落ちてしまい、すぐに飛び降りて、木に引っかかったハンカチを取ってくるように命ぜられたのです。ですが、2階から飛び降りても死なないという保証がなかったので、お断りしてしまったのです。旦那様はとても真面目なお方です。化け物の私の命と言えど消えてしまえば、そこに何らかの原因があったと調査しなければなりません。そして、お嬢様のご命令が関与していたとなれば、旦那様はお嬢様に他の者と等しく罰を与えるでしょう。それは旦那様にとってどれほど悲しい事なのか、それを考えたらご命令に従うことはできなかったのです。」
アルノルドは侯爵の娘に激しい怒りを持ち、ティセが自分を化け物などと呼ぶことが悲しかった。自分も化け物とは呼ばれていたが、自分を知らぬものが呼ぶこと、そして自分の魔力を奪うという能力が恐れられることを踏まえ、気にしていなかった。だが、ティセは魔力が多いだけであり、対策として、魔封じもきちんとしている。化け物などと呼ばれる筋合いはないのだ。怒り、悲しみ、色々な感情が織り交ざり、アルノルドはティセの隣に座りなおすと、ティセを抱きしめた。
「え?あ、あの、王子様!ど、どうなさった」
「ティセはそのお嬢様とやらの言葉に従えなかったことが悲しい、いや、悔しいのか?」
「・・はい。せっかく私に与えられた仕事でしたのに」
「仕事などではない。その命令は命じる者がしてはならないものだ。だから、ティセが悔やむ必要などない。俺のところに嫁に来たのはそのお嬢様の命令もあったのではないか?」
「はい。そうです。」
「なら、きちんと命令を理解し、遂行できたぞ。」
「本当ですか?」
「ああ。俺が保証してやろう。」
ありがとうございます、その涙にぬれた言葉は抱きしめているアルノルドにしか聞こえない、小さなものだった。
・・・・・・・・
ティセの話を聞き、ティセが落ち着いたのを見計らって、アルノルド達は部屋を移動した。この屋敷にも作られていた、魔力の放出を押さえる部屋だ。
「ティセ、俺にお前の魔力を取らせてほしい。それには、魔封じを取ってもらわなければいけない。」
その言葉を聞き、ティセは青ざめた。てっきり魔封じはしたままで良いと思っていたのだ。魔封じをしているからこそ、こうしてアルノルドと話をしたりアルノルドの屋敷に入っても大丈夫だと心配などしていなかったので、目に見えるほどうろたえた。そんなティセを安心させるように微笑み、アルノルドはティセの頭を撫でた。
「この部屋なら魔力の暴走を抑えられるし、今取ってもらうのは片方の魔封じだけだ。何の影響もない。俺を信じてほしい。」
「・・・はい。」
ティセはアルノルドの言葉を信じ、部屋のソファに促されて座った。魔封じを触られ、ビクッと体が動く。
「ティセ、心配するな。魔封じを取ったらすぐに俺が魔力を奪うから。」
アルノルドの言葉を聞いてほっとする表情を見せるティセに苦笑する。奪うなんて言葉を聞いてこんな顔をする奴は見たことがないな、とまた愛しさがこみ上げてくる。
左手首の腕輪を外し、ティセの左手をアルノルドは両手で包み込んだ。今まで、魔力に何も感じたことのなかったアルノルドは驚いた。ティセの魔力は暖かい、それになぜかとても甘いのだ。口を通っているわけではないのに甘さが伝わる。それを疑問に思いつつ、夢中でティセの魔力を吸っていると、側近の声に呼び戻された。
「アルノルド様!!」
しまった。随分と魔力を奪ってしまった。ティセは大丈夫だろうか、慌ててアルノルドはティセの左手を包んでいた自分の両手から視線を移すが、ティセは特に何も変わっていず、むしろ、側近とアルノルドの慌てた様子を不思議そうにしていた。
「何か、駄目でしたか?魔力を取れなかったとか」
「いや。その、取りすぎてしまったと思ったんだが、ティセは何ともないか?」
「はい。先程と何も変わっていないので、魔力が取れなかったのではないかと思ったのですが。」
「それはない。」
そう言うとアルノルドは自分の右腕の袖を肩までまくった。肩から指の先まで、右腕は全てティセの色に変わっていた。
「これは!!」
今まで何度も主が他人の魔力を摂取したところを見てきた側近は、その違いに驚いた。丸々右腕一本分色が変わったことなど今まで一度もなかったのだ。
「ティセの魔力は強い上に俺の魔力と馴染みやすいんだな。だからこんなに広範囲に影響が出ているんだ。明日はもう片方の魔封じも取ってもらおう。今日はもう遅いし、一度に魔力を奪ってしまってティセにどんな影響があるか心配だからな。」
その後、夕食を取り、風呂で侍女たちにこれでもかと磨かれ、通された寝室で今日が『結婚初夜』ということをティセは思い出した。色々ありすぎて忘れてしまっていたのだ。アルノルドが寝室に入ると、ティセがベッドに腰かけたまま固まっていた。その様子を見てアルノルドは笑う。
「ティセ、そう固くなるな。今日のところは一緒に眠るだけだ。まだ魔力が安定していないからな。」
その言葉にホッとしてティセはぎこちなく動き始めた。
「あ、あの、王子様」
「アルノルドだ。俺たちはもう夫婦なんだ。名前で呼べ。」
「で、ですが」
「本当は『旦那様』でもいいかと思っていたんだがな。お前が『旦那様』というとまず思い出すのは侯爵だろ?」
「はい。」
「別の男を思い出されるのは気分が良くない。」
「・・・」
「それに、侯爵はもう『旦那様』じゃないだろ?呼ぶなら『お父様』だ。」
「・・・お、『お父様』」
自分の名前を呼ぶのは躊躇したくせに、侯爵のことをお父様と呼ぶのはためらいがないのか。しかも、真っ赤にはにかみながらだ。アルノルドの機嫌は悪くなった。
「何もしないと言ったのは訂正する。」
「はい?」
自分の方を向いたティセに、結婚式ではしなかった深いキスをした。慣れていないティセが苦しそうにすると、機嫌が上昇してくるのがわかる。
「口で息をするんじゃない、苦しいだろ?」
等と、ティセに少しずつ教えながら深く貪る。息も絶え絶えになってきたティセを見てふと思い出した。
「何か言いたいことがあったんじゃないか?」
涙目でアルノルドを見上げるティセにまた欲情してくるが、抑え込む。話し合いは夫婦円満の秘訣だと両親が良く言っているからだ。しばらく待っていると、息を整えたティセが話し出した。
「あの、私が魔力をおう、、アル、ノルド様にお渡しできるのならば、妻には私などより相応しい方が沢山いるのでは?」
「結婚をなかったことにしたいと?」
アルノルドは自分でも気づくほど低い声が出た。上昇していたはずの機嫌が急降下していく。ティセもアルノルドを怒らせたことはわかったので、慌てて言葉を紡ぐ。
「いえ、あの、その、なかったことというか別の方がいいのでは」
「言っておくがティセ、今のは序の口だ。」
「はい?」
「夫婦はもっとすごいことをする。それはわかるな?」
「え、はっ、はい。」
何が序の口かわからなかったティセは首をかしげたが、続くアルノルドの言葉に真っ赤になった。
「今日はティセの手から魔力を奪ったが、あれは俺がティセの魔力に慣れて行く為と、ティセが俺に魔力を取られるのに慣れていく為に軽い接触で終わらせただけだ。最終的に安定した魔力をティセから奪うには、定期的にその、もっとすごいことをする必要がある。」
「て、定期的」
「まあ、毎日だ。」
「毎日!?」
「別の奴を妻に迎えて、ティセにそういう事をしろと?俺はそんなにも無責任に見えるのか?」
この世界は一夫一妻制である。愛人を持つ者もいるが、アルノルドは否定派だ。確かにアルノルドはそんないい加減な人ではないとティセも思う。
「いいえ。ただ、私がアルノルド様に相応しくないのではないかと」
「誰より相応しいだろう?ティセの色に俺は染まるのだから。」
このままティセの魔力がアルノルドに定着すれば、アルノルドの肌はティセの色になるのは間違いないが、普通は花嫁が花婿に染まるのではないか?と首をかしげながらティセは続ける。
「私のようなものが妻になることを、ご家族は」
「まあ、大喜びだろうな。やっと妻を見つけられたのだから。」
「お、大喜び、ですか?」
「ああ。言っておくが、誰もティセを妻にすることを反対などしないぞ。言い出しそうな奴らはいるが、そいつらは自分の利益が欲しいだけだからな、無視してかまわない。」
そう言うと、アルノルドはティセをじっと見つめ改めて求婚した。
「ティセ、俺はお前が欲しい。魔力のこともあるが、俺の内側を支えてくれるのもティセしかいないと思っている。今日会ったばかりだが、この先俺の隣を歩くのはティセしかいない。少しずつでいい。俺を好きになってくれ。」
「・・・本当に、私でいいのですか?」
「ああ。」
「・・今まで私を望んでくれたのは・・・だ・・旦那様しか・・いらっしゃらなかった・・ですよ?」
「そうか。俺と義父は間違いなく気が合うな。」
目に涙を溜めたティセの頭を撫でながら、アルノルドは優しくティセの言葉に答えていく。
「わ・・わたし・・いろいろ・・わからない・・し」
「そうだな、ゆっくり覚えていこう。手取り足取り教えてやる。」
「ある・・のるど・・さまの・・妻・・にな・・ても・・いい・・ですか?」
「ああ。妻になってもらわないと困る。」
もうティセは涙を抑えることができなかった。泣きじゃくるティセをアルノルドは抱きしめる。
「ティセ、生まれてきてくれてありがとう。俺の前に現れてくれてありがとう。」
アルノルドの言葉にティセは泣きながらアルノルドにしがみつく。今は泣いていて言葉にできないけれど、泣き止んだら自分も伝えたい。
私が生まれた意味はここに、貴方の隣にあったのだと。
前後編にしたのに、書き忘れた話があるので、続きが増えるかもしれません。
お読みいただきありがとうございました。




