1~祈りにも似た願い
「勝者、デュライ・ヴァーレル!」
仮の名前――賢王から借りた名前を叫ばれ、ウェラディアはどうにか、片手を空に突き上げる。
何とか勝てた……。
長い試合の果ての辛勝とあって、はっきり言っていまにも倒れ込みそうなぐらい、体が悲鳴を上げている。
祝祭の朝は、今日になって唐突にやって来たようだった。
もちろん選考大祭はとっくに始まっていたけれど、街の人たちにとっては、楽しみにしていた勝ち抜き戦が始まったこの朝からが祭りだと認識しているのかもしれない。
王都の目抜き通りには漆黒の騎士選考大祭にかこつけて、大きな市が開かれ、人が集まっているばかりか、誰が勝ち上がるかを予想する賭け屋も活気を呈していた。
勝ち抜き戦の初めのうちは、木刀による模擬戦となっている。
とはいえ、さすがに漆黒の騎士を賭けての戦いだからだろう。
ウェラディアの試合は初戦から激しい打ち合いが続く展開となった。最終的には、小手や胴など特定の場所を打ち込んでの得点先取というルールに助けられたのかもしれない。
力では劣るけれど、小柄なウェラディアでも、素早さならまだ見込みがある。
それでも勝ち進めば、最終的に真剣による寸止めの試合にルールが変わる。そうなれば、さすがに重たい真剣で戦うのは不利かもしれない。
もちろん懸念していた文試が終わったいまとなっては、ロードナイトにすべてを託して、ウェラディアは棄権してもよかったのだけれど。
もう少し――せめて、あと一回ぐらいは勝ちたい。
心の底から、祈りにも似た願いが湧き起こる。
誰に認められるためでもない。
過去、剣術指南や家庭教師に聞かされた、『よくできました』という褒め言葉は、もしかしたら、『王位継承者』に対して、お世辞を言っているだけでは――。
ウェラディアはずっとそんな思いを抱いていた。
けれども、王女以外の姿になって試験を受け、剣術で見知らぬ相手と対峙するこの大会では、贔屓目ない自分の実力を確認できる。
自分の本当の実力を試してみたい。
ウェラディアは心の底から、そう切望していた。
それに――。
ロードナイトとカルセドニーと並んで歩いたことを思い出して、心臓がどきんと大きく跳ねる。
すらりと均整のとれた体に、端正な顔立ち。
夜闇の静寂を照らす月光のようなロードナイト。
真昼の陽光に灼きついた濃い影のようなカルセドニー。
対称的な印象を受けるふたりは、ひどく女性の目を惹く相貌をしていたから、両手に花状態で歩くのは、男装しているにしても、ひどく気分がよかった。
でもそれだけじゃない。
これまで気がおける友達のひとりもいなかったウェラディアにとって、王女ではない自分と友達のように話してくれるふたりといると、何故だか、心が疼く。今まで頑なだった何かが融解して、ほんのりと暖かく光る。
お母様がまだ生きていた頃感じていた、光が降り注ぐような暖かさ。
その温もりを――まだ手放したくない。
透き通る蒼穹の瞳の上に、そっと金色の睫毛を俯せて閉じる。
ウェラディアは子どものような我が儘を初めて抱いていた。
「お、その様子じゃ、勝ち残ったようだな。おめでとう! もちろん俺も勝ち残っているけどな!」
鮮やかなほど黒く艶やかな髪に縁取られた鋭い容貌がニヤリと笑って、破顔する。
く……やっぱり格好いい。
ウェラディアが胸に萌えいずる想いを噛みしめていると、カルセドニーが挨拶代わりに軽く手を上げ、長い脚で近づいてきた。
しかも、切れ長の翠玉の瞳を燦めかせて、腕を差し出してくるから、ウェラディアも、まだ籠手がついたままの細い腕を肩の上まであげないわけにいかない。健闘を讃え合うように、右腕と左腕を交互に組み合わせて、最後に手を叩き合った。
「やったな! もちろんまだまだ先は長いけど、やっぱり初戦だからかな? 体が動かなくって緊張した……っと、そういえばロードナイトは?」
「文試十位以内は、結構な特典がついてるからな~。上位から漏れた上に、くじ運がない選手と比べると、二回分、試合が免除されてる計算になるし……手持ち無沙汰にしてるところを向こうで――色々捕まってた」
「色々捕まってた?」
思惑ありげに、大きな親指で差し示された先には、背が高い姿が、艶やかなドレス姿に囲まれて垣間見える。
「さっきは、貴族らしいのにも話しかけられてだけどな……青田買いってやつか? なんといっても、文試一位ってことだったら、途中で負けたとしても絶対に士官の声がかかるだろうからな」
そうなのだ。
この選考大祭は漆黒の騎士を選ぶために開かれているけれど、選ばれるのはたったひとり。けれども、優秀な人材はいつだって、城でも街でも引く手数多だし、始めから、士官を目的に参加している剣士も少なくない。
ひとりの娘が、白いハンカチーフを差し出し、ロードナイトの頬の汚れを取る仕種を目に捉えて、ウェラディアは表情を変えた。
何よ、あれは~!!
思わずこぶしを握りしめて、チュニックを纏う身を震わせてしまう。
どうやら、文試一位という成績の噂は、ウェラディアが思っていた以上に広がっているらしい。つまりそういうことなのだ。
四大貴族クラスになれば、ロードナイトを推薦したのが王女ウェラディアであると知っているから、滅多な声はかけない。けれども、貴族であっても大部分は知らないだろうし、そうでなくても娘たちにとっては、出世が見込めそうな男に早めに声をかけておくに越したことはない。
意識しないまま眉毛が寄せられた顔を、カルセドニーが軽く小突いて、意地悪そうな笑顔を浮かべる。
「……声かけるなら、揶揄ってやろうぜ」
その言葉にすかさず応じて、気付かれないようにと背後から近づいてみると、
「悪いが、贈り物は結構だ。第一、もらう理由がない。第二に、見知らぬ人間からただものをもらうのは、気持ちが悪い」
「ロードナイトさま、そんなことおっしゃらないで……わたくし、やっとの勇気を出して話しかけているんですのよ?」
「だから話しかけてこなくて結構……」
絶対零度の冷たさで、すげなく断ろうとしたロードナイトの言葉は、けれども野太く高い作り声に遮られる。
「まぁまぁ、そんな冷たいこと言わないでさぁ、ロードナイトさまぁ~」
「そうそう。女性の心を無下に断るなんて、そのうち呪われても知らないぞ」
「な……」
振り向こうとしたところで、がしっとカルセドニーの右手に首回りを押さえつけられ、端正な顔から、「ぐわっ」と潰れたカエルのような声が漏れる。
哀れな……。
カルセドニーに羽交い締めにされるんロードナイトを見て、少しばかり同情の念が湧き起こった。
「あら、カルセドニーじゃない。この方と知り合いなの? 今度わたくしの屋敷に一緒にいらしてくださらない?」
令嬢は真っ赤な唇を見せつけるように艶やかな笑みを浮かべ、カルセドニーにも流し目をよこす。
「そうだなぁ……この選考大祭が終わる頃に、もし時間があったら考えておくよ」
「ふざけるな、誰が……ぐ」
ロードナイトが抗いの言葉を口にしようとすると、カルセドニーはさらに腕に力を籠めて抵抗を封じ込める。
これは、これで……なんて美味しい……。
やってることはやや惨いと思うけれど、ふたりが絡んでいる様子を見るのは、目の保養――あるいは、男装しているウェラディアにしてみれば、目の毒かもしれない。
自然と緩んでしまう口元をさっと隠し隠して、私は男。私はいま男なんだから。と自分に言い聞かせる。
「じゃあ、この後も試合があるので、失礼」
カルセドニーはロードナイトを引きずったまま、中庭の奥の方へ歩いていってしまう。
ウェラディアも慌ててあとを追いかけると、人目に付かない壁際で、ロードナイトは明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、カルセドニーを睨みつけていた。近づいてきたウェラディアにも、剣を強めた眼差しを向けてくる。
「おまえら、どういうつもりだ! しかもカルセドニー、俺はあんなわけのわからない女の屋敷になんて行かないぞ。行くならおまえ一人で行け!」
地を這うような低い声で脅しつけられるのに、カルセドニーの方は動揺の欠片もなく飄々と言ってのける。
「そうはいっても、あれで伯爵家の令嬢だからなぁ……もし本当に漆黒の騎士になるなら、結局はある程度つきあいをすることになると思うぞ」
うん。カルセドニーの方が一枚上手だ。
苦虫を噛みつぶしたようなロードナイトの顔を見て、ほんの少しだけ、ウェラディアは憐れみを抱いてしまう。といっても、あの程度のことなら、ウェラディアだって軽くあしらうことができる。
とどのつまり、ロードナイトは上流階級の駆け引きめいたやりとりに慣れてないのだろう。
例の――おじさまが言ってらした民間の学校の出なのかしら? それなら、少しはわかるけど、あるいは……。
頭に浮かんだ考えを音にして吐き出す。
「……もしかして、ロードナイトは女嫌いなの……か? いつもロードナイトは言い方がきついけど、よくよく考えてみると、女に対して言う方がよりきついよな?」
「あ、なーるほど。このやさしげな風貌に寄ってくる女は絶えなくて、いつもやっきになって追い返しているうちに、だんだん本気で女嫌いになったと、そういうことか。デュライ、お前なかなかいいとこ見てるな」
そりゃあ、それなりに気になってますから。
とは言えない。
もし自分が女だとばれれば、あんな仕打ちを受けるというなら、この秘密はどうにか隠し通さなくてはならない。
「誰が女嫌いだ。ああいう少し出世の見込みがある男と見れば言い寄ってくるような女はうるさいから厭なだけだ! 人のこと根掘り葉掘り聞いてきて、しかも勝手に話を始めて鬱陶しい」
眉間にしわを寄せて話す様子からは、かなり嫌がっている様子が窺えるものの、いったいどこが、より嫌だったのかはよくわからない。
鬱陶しいって――貴族の女なんて、みんなあんなもんじゃないか?
ウェラディアは、どう思うとばかりにカルセドニーと目線を交わし合ってしまう。
「聞きました奥様? やっぱり女嫌いの様子ですわよ」
「そのようですわね、奥様……この顔で女性の歓心を買うのがいやだなんて、嫌味でしかありませんわ」
「おまえら……それ以上、俺をからかって遊びたいなら、せめてどこか見えないところでやれ!!」
どうやら奥さまごっこは、お気に召さなかったらしい。
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【次回予告】
第五章-2 一抹の不安と一抹の期待
次回ももだもだもふもふ~




