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1~揶揄いの戯れは危険な香りを漂わせ

翌々日、文試通過合格者の発表の朝。


発表の掲示板には、順位は出ないって話だったけど……。


ロードナイトが文試一位だなんて。

本当に本当なんだろうか。


聞かされたときは有頂天になってしまったけれど、父王と話したときにも、特にそんな話は持ち出されなかった。といっても、こういった大祭の間でも、王というのは忙しいらしい。ウェラディアが城に滞在しているというのに、ふたりきりでゆっくりと言葉を交わす時間はほとんどなかった。しかも、ほんのわずかなやりとりさえ人前で簡単に話しただけでだから、文試の話がないのも仕方ないのかもしれない。


そんなわけで、ウェラディアはつけ毛を外し、これまでのように男装に身をやつし、城の中庭に出向いた。

浮き上がる気持ちと渦巻く疑念とに心が揺れるままに笑ったり顔を顰めたりする姿は、、傍目には大分異様だ。うっすら遠巻きにされているのも気づかないまま歩いていると、掲示板の前に人だかりができているのが見えた。すると、たくさんの人にまみれ、目当ての本人が掲示板に目を向けている姿がぱっと目に飛びこんでくる。


いた。ロードナイトだ。

すらりと背の高い姿は、背筋がぴんと伸びて姿勢正しく、どこか品がよく映る。


軍装長上着の裾を脚が捌くような、ほんのちょっとした立ち居振る舞いや、髪を掻き上げる仕種。それに均整のとれた手足の長い肢体は、筋骨隆々とした体の大きな剣士や、ざわざわと知り合いと話している庶民的な参加者とは一線を画して、ひどく人目を惹いている。


悔しいけど、やっぱり格好いいわ……。

ウェラディアは柱の影に身を隠して、灰水色の背中をじっと観察していた。


「一九八番のロードナイトとかいう参加者って、誰の推薦なんだ?」


「さぁ、そこまでは……おい、札持ってるあいつじゃないか? あそこの灰水色の服の……」


周囲を歩く人々の口から、知った名前が聞こえてくると、どきりと鼓動が跳ねてしまう。

その言葉は、当の本人にも聞こえているのだろうか。ロードナイトが怪訝そうな顔をしてあたりを見まわした。

一九八番と書かれた木の札――大祭参加者全員に配られている参加証代わりの札を握りしめながら。


「なんで注目されているのかって、思ってるんだろう?」

いまだとばかりに、ささっと近づいて話し掛ける。平静を装って声音を抑えてみても、心の中では、気が昂ぶって仕方ない。


さて、このやさしい顔立ちをして冷静な青年は、どんな反応するのかしら。

勿忘草色の瞳に鋭く睨み付けられたところで、怯んで覚めてしまうような軽い興奮でもなかった。


「とりあえず、おめでとうと言っておこうか。文試に通ってよかった。おまえに推薦状を発行した方も、大変喜んでいらっしゃる」

はしゃいでいらぬことをしゃべってしまわないように、出来る限りとりとめのない話題から口にしてみせる。

ところが、それがロードナイトの気に触ったらしい。


「それで? いったいどういうことだ……なんで見知らぬ連中が俺に注目している? 知っているなら、とっとと話してもらおうか。悪いがおまえの余分なおしゃべりにつきあう余裕はない」

抑揚のない声で強く先を促されると、声以上にその表情にも鋭く詰問する様子が込められいた。


どうやらご機嫌斜めの模様――ウェラディアはもったいつけて、やれやれといわんばかりに、鼻孔を膨らませ、細い肩をすくめる。


「世間話ぐらいさせろよ。せっかちだな。しかも注目されて機嫌が悪いだなんて、変わってるよな」

はぐらかそうとしているのは、からかっているというより、自分を抑えるためだった。


推薦者でもないのに、男装してここにいる『デュライ・・ヴァーレル』が抱きついてありがとうと大声で叫ぶ――それはおかしい。

おかしいとわかっているけど、そんな衝動にいまにも駆られそうなのを必死に堪えている。なのに。


ロードナイトは、そんなウェラディアの葛藤など知る由もなくて、明らかに苛立っていた。


「なんだかわからない理由で注目されても、気持ち悪いだけに決まってる。どうやら、少し痛い目にあいたいようだな?」

低い声音で脅しをかけると、有無をいわさずウェラディアを中庭の片隅まで引っ張って行く。

痛い目にって何を――そう問いかけようと思ったけれど、強い力に抗う間もなく、気がつくと、ばんと手をついて、壁際に追いつめられていた。


「ちょっ……何をす……」

苦情をいおうとして、目の前に近づいた端正な顔に、心臓が跳ねた。


品がよく頬骨の高い甘やかな顔が、眉根をよせて怒りを露わにしている。状況はともかく、これはこれで、白金色した睫毛の一本一本がはっきり数えられる間近で見ると、心臓が壊れたかと思うほど高鳴り、視線を繋ぎ止められてしまう。


やっぱりこの人、綺麗な顔をしている。

月光に浮かび上げる無人の廃園を思わせる静謐な相貌が、怒りを滲ませ、険を強める。


これはこれで、なんて目の保養かしら――。

期せず、蒼穹を映す瞳は、恍惚に蕩けていた。


「何が、あったと聞いているんだ……推薦状を融通してもらったことには感謝しているが、いまは揶揄からかわれて遊びにつきあう気分でもない」

ウェラディアが何を考えてるのか知っているわけでもないだろうに、ロードナイトはさらに鋭く詰問してくる。


もちろん経験上、ウェラディアにもよくわかっている。

ユーレガーのような女慣れした色男ならともかく、『あなたの顔、綺麗ね。素敵だわ!』といって喜ぶような男は少ない。いきりたっているところに、そんなことを告げたら、この端正な顔がさらに険しく顰められるだけに違いない。


とはいえ、この状況はどうしたものかと途方に暮れる。


両腕を掴まれ、頭の上で押さえつけられたまま、身動きがとれない。

胸の膨らみを隠すように、お腹に折り畳んだ布を厚く入れ、厚い革でできた胸覆いのコルセットをつけているけれど、まるで無防備な胸を眼前に晒しているような心地がして、自然と頬が上気してしまう。


「う、ば、か……離せ……」


不敬罪で訴えてやる。


いまにもそう叫びたいのに、月のやわらかな光を編んだような髪に、優麗な花弁が花開いた様を思わせる整った相貌を見ていると、何故だか戦意が削がれるから、どうしようもない。


ダメだ。

直視してしまうと、心臓がおかしくなってしまう。


この青年が、ウェラディアの騎士となって跪いてくれたら、どんなに麗しいだろう――こんな状況なのに、不謹慎にも長年の憧れを思い描く妄想が湧き起こって止められない。


そうじゃなくって! 


ウェラディアが必死に理性を呼び起こそうとしていると、今度は不意に青年の大きな手が自分の額に当てられた。


な、に、こ、れ――。


片手はウェラディアの動きを封じるように、顔のわきで壁につけられ、片方の手は耀く金髪の前髪を避けて、窺うように額に触れる。しかも至近距離に勿忘草色の怜悧な双眸に覗き込まれて、心臓が一瞬、止まったかのような錯覚を覚えた。


「顔が赤いが……熱でもあるのか?」


おまえのせいだ、馬鹿ー!


近い。

近すぎるだろう、馬鹿!!


真っ赤になったまま、大きな瞳が潤んでしまう。上目遣いに睨みつけてみても、涼やかな顔は、幾分表情を和らげたけれど、動揺する気配もない。


なんでそんなに、冷静なのよ!!


わかっているけど。こっちがこんなに動揺しているんだから、男だから女だからとか関係なく、もうちょっと、怯んでくれてもいいんじゃないのー!?


動揺しきっているところに、追い打ちをかけるように鋭い声が襲いかかる。


「おい、その方を放せ! 不敬罪で訴えるぞ!?」

しばらくは毎日22時更新の予定です。

今日はこの後もう一度

多分24時くらいに

もう一度更新にあがります~。


【次回予告】

第四章-2 泉のごとくつきせぬ謎

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