第3話 勇者、イケメンになる。
ゴブリンを倒した場所を抜ける。
徐々に引き攣れ破けるシャツとサイズの合わなくなっていくズボンが、膝の動きを阻害する。
前髪に横髪。
視界の端にチラつく部分だけでも、髪は既に真っ黒だ。
「チッ……」
舌を打ち、目指すのは森の奥。
間違っても人がやって来ないような薄暗い奥地まで一気に駆け抜ける。途中ですれ違った鳥や小動物は一陣の風を受けてぱちくりと瞬くが、それだけだ。自分で言うのもなんだが、やる気を出した俺はわりと速い。
「ふぁあああ」
再びフラフラと目を回す青ヘビを横目に、ようやく足を止めたのは少し拓けた土の上。
「ふぅ」
上がってもいない息を吐き、被っていたフードを後ろへ落とした。
空を見上げる。
生い茂った木々が空を隠しているせいで時間の経過はわからず、襟足で一括りにした髪を摘む。見える範囲のすべてが茶から黒に変わっていることを確認して、夜かと独りごちた。
「あ、主様、はやいです……」
「おまえが急げっつったんじゃん」
「言ったですぅ……」
にゅるにゅるフラフラと、アクティが地面へ向かっていく。
土に下りた青ヘビを見下ろす。
日中よりも頭一つ分身長が高くなったせいで少し遠くなった。
着ていた服はピチピチの寸足らずだ。
ローブと、所々裂けたシャツを脱ぎ捨てる。割れた腹筋と逞しい腕には今までのヒョロさはなく、ひと目で鍛えられた肉体だとわかるだろう。長ったらしい前髪を払い、伊達メガネを外した。低い鼻用なせいで浮いている。
しゃがみ込み、俺特製の魔法カバンを背から下ろした。
容量が底なしで整理整頓も自動。便利だが、たまに食べ物や飲み物が服を汚したりもする。要調整だ。
「主様、とってもイケメンです。荷物持ちより、誰より一番、イケメンです」
アクティはヒカリモノが好きだ。
面喰いとも言う。
「知ってる」
「目もピカピカ金色です。綺麗です」
「毎晩見てんだろー」
気のない返事をしながら、カバンから取り出した夜用のシャツに腕を通した。
王都近隣の森とはいえ、いつ魔物が襲ってくるかわからない。脛が出ているズボンもさっさと履き替える。自動サイズ調整魔法を付与した手袋とブーツを脱がずに着替えられるのは、なかなか良い。
「早いとこ服も勝手に伸び縮みするようにしとかねーとなー。めんどくせーんだよなー、付与魔法」
「姿変えなきゃいいです。主様、ボクと会う前に呪いでも受けたです?マヌケです?」
アクティが不思議そうに瞬く。
「んなヘマしねーよ。元勇者だぞ俺」
「じゃあなんでわざわざ地味メンになるです?」
「運命を見つけるために決まってんだろ」
「運命」
着替えの仕上げにローブを拾い上げ、羽織った。これだけは元からダボダボサイズ。変える必要がないと、どさりと寝転がった俺の腹の上にアクティが乗る。
見下ろしてくる青ヘビの瞳に映るのは、黒髪に黄金の瞳の鼻筋が通った凛々しい顔立ち。文句のつけようがない美丈夫だ。俺は不満に鼻を鳴らした。
「人間見た目じゃねーんだよ。中身だよ中身。イケメンすぎたらわかんねーだろ、運命が」
折り曲げた片腕を枕に、もう片手で青ヘビのツルリとした胴体を撫でる。
薄暗い森が更に暗くなっていく。
いよいよ陽が沈んだのだろう。
独特な触り心地を楽しんでいたら、考え込んでいたアクティが重々しく口を開いた。
「主様」
「あん?」
「主様は乳が好きですね?」
「デカいのがいいな」
「主様は、赤髪で年上の、吊り目の美女が好きですね?」
「愛してる」
アクティが半目になった。
「中身です?」
「うるせー」
舌がよく回る口を指の腹で押さえると、にゅるんと身体をずらしたアクティが俺の手首に巻き付く。
「主様はバカですが、黙ってたらイケメンです。変身魔法解けば見つかりやすいですよ、きっと」
「言いたい放題だな、ホントによ」
「ボクは素直です」
「うるせーよ」
巻き付いたアクティはそのままに、俺は生い茂った葉で見えない夜空を見上げた。
「よく聞けよ?あれは十歳の時だ」
「語りだした」
瞬くアクティは無視だ。
「すこぶる美少年なローランくんは度々誘拐されかかった。シバいた」
「その頃から勇者の素質があったです」
うんうんと頷くアクティは誇らしげだ。
俺は淡々と回想する。
「貴族やら金持ちやらに次から次へと目をつけられた。鼻息荒くしながら、自分好みに育てるっていう女ばっかだった。逃げた」
「おぉ……」
アクティが少し身を引いた。
ドン引きだ。
俺は構わず続ける。
「村じゃ同年代の女達に厠や風呂までついてこられた。泣いた」
「……つまり?」
ごくりと息を呑むアクティに、ふっと笑った。
「イケメンすぎていい思い出がまったくない」
「それはもう、女性恐怖症です」
アクティが深々とため息を吐く。
(そんなイイモンじゃねーよ)
返事をせずに目を閉じる。
だが、よくよく思い返せば、だ。
コレのせいもあり、勇者としての旅の間、聖女や魔女を助け起こすのは荷物持ちの役目だった。ラブが発生しないのも道理だ。
「おまえが年上赤髪巨乳吊り目美女ならなー」
「年下青髪ぺったんこ美少年です」
「いらね。ヘビでいーわ」
「ボクも肩に乗ってる方がラクです」
「主人を乗り物扱いすんな」
拾って育てて三年目。
いつの間にこうも生意気になったのかと少しだけヤサグレた。
「まあ、聖女も魔女も俺の運命じゃなかったんだろ。この国にはもう用がねえ。次行くぞ、次」
「え?」
訝しむ声に瞼を持ち上げる。
アクティは呆れた様子だ。俺の耳下に頭を埋めて、寝る体勢に入る。
「懲りないですね」
「世界中回れば一人くらいいんだろ、地味顔好きの年上赤髪巨乳の吊り目美女!」
「イケメンの無駄遣い」
「いーんだよ。運命ってのは気長に探すもん……」
俺はそこで言葉を切った。
アクティの背を指先で叩く。
「ボク、眠いですよ」
「掴まってろ」
「ふぇあ!?」
面倒臭そうに頭を擡げたアクティに低く言い放つと同時、カバンを片手に引っ掛けながら跳ね起きた。青ヘビの悲鳴は無視だ。勢いは殺さぬまま三歩後退し、片膝を着いて、闇を見据える。
瞬きは数回。
暗さに慣れてきた目が捉えたのは、デカいウサギだった。
「キュピイィイイ!!」
出会い頭にいきなりブチ切れている魔物は、俺と同程度のサイズで二足歩行。四肢の爪が非常に鋭い上に、高音の鳴き声を上げて仲間を呼ぶのが厄介な点。
強くはないが、とにかくうるさい。
単独や威力の低い武器使いが手こずる相手とも有名だったなと、軽く記憶を攫う。
「オヤツ!」
ローブのフードに滑り込んだアクティが、撤退しようともう一歩後退った俺の頬に頭突きをしてきた。
「オヤツですよ!主様!!」
弾んだ声は大興奮だ。
「狩れってか」
「ボクは腹ペコです!!」
「ギュビ!!」
「おまえにゃ聞いてねーよ」
タイミング良く吠えた魔物に剣を抜く。
ギュビギュビ鼻息荒い魔物が左右と背後に一体ずつ追加、合計四体だ。アクティに絡まれたせいで囲まれた。
「俺、食えねーのに……」
「オヤツ!!」
兎をデカくした見た目の魔物は、肉が非常に臭い。
最初に出てきた正面の一体を始点に、時計回りにうんざりと残りの三体を流し見ていた俺は、左手にいた魔物で顔を顰めた。長い爪に布の切れ端が引っかかっている。
汚れ、土がついた白い生地。
「……おまえ、それ、どこで手に入れやがった?」
喋れない魔物相手だ。
答えは元より、求めていない。
持っていたカバンを落とす代わり、柄を握る手に力がこもった。
「ギュビアァアア!!」
咆哮した口の中。
鋭い牙にべったりと付着した鮮血に気がつくと同時、地を蹴った。




