第1話 勇者、旅に出る。
──俺が魔王を討伐してしまってから、ひと月。
「おめでとうございます!」
「ご結婚おめでとうございます、姫様!勇者様!!」
城下で一番大きな広場、城を取り囲む立派な塀の外。
魔女の魔法により編み出された色とりどりの花びらが舞い、集まった群衆は誰も彼もが笑顔で祝いの言葉を叫んでいる。
「っけ」
そんな中、一人ヤサグレた俺は建物と建物の隙間にいた。
猫が好みそうな狭い路地だ。ホコリ臭い上に陽射しを遮られて薄暗い。大通りから一本外れたそこに両膝を開いてしゃがみ込み、中肉中背の身体を丸めて地面に文字を書いていた。
そんな俺の服装はありきたり。周りの人々のような、祝いに乗っかった華やかなものじゃない。
ヨレたシャツにどこにでも売っている黒の綿ズボン。ベージュのマントは古びて所々擦り切れているが、手袋と脛の中腹まであるブーツだけはケチらず良い物を選んでいる。俺なりの拘りが詰まったオシャレだ。
でもまぁ、パッと見は地味な茶髪メガネ。
改めて鏡を見るまでもなく、十人いたら十人の印象に残らない容姿のおかげで誰も俺を気にしない。
「あーあ」
人々の視線の先を辿る。
遠く離れたバルコニーから人々へ向かって手を振っているのは、元パーティーメンバーだ。
「めでてえな、ホントによ」
「ちっとも気持ちが入ってないです、主様」
ペッペッと唾を吐きつつの祝辞に、背に垂らしたフードからツッコミが入った。にゅるんと出てきたのは青いヘビだ。俺の肩に腹を乗せ、正面に頭を置いて覗き込んでくる。
「聖女と荷物持ちの結婚、反対です?荷物持ち、いい人です。ボクにたくさんオヤツくれました」
「わーってるよ、そんなん」
「じゃあ、勇者の称号譲ったの、後悔してるです?」
「してねーよ。王女と結婚すんならあった方がいいだろ」
称号なんてものはただの呼び名だ。呼び名を譲ったところで俺が勇者なのは変わらない。
再びペッと吐き捨てた俺は、地面に刻んだ字の羅列を流し見て頷いた。
「まあ、こんなもんか」
手のひら程度の範囲に書いた細かな字を雑な丸で囲む。
途端に滲み出したのは淡い光。
丸に沿って文字が浮かび上がり、黄金の輝きがヒラヒラと高く舞い上がっていく。
音はない。
色こそ金であれど、目に優しく非常に地味だ。
「守護の陣ですね?」
一緒になって眺めていた青ヘビが器用に首を傾げた。
「魔王倒したんですから、魔物弱くなりました。必要です?」
「弱くなったって無害じゃねーだろ」
完全に目の前の光が登っていくまで見届けてから、手袋についた土を払う。王都全体を覆った格子型の光は、この先、一、二年くらいなら魔物の侵入を弾くだろう。
俺の固有技で効果は抜群。ただし、描くのに多少時間が必要なのが微妙だ。
あちこち跳ねている茶髪にフードを被せ、青ヘビの位置調整を待ってから立ち上がった。
「聖女と魔女がなんとかするですよ。称号あげる提案呑んだの、あの二人です。意地でも荷物持ち守るです、きっと」
「いいんだよ。祝い代わりだ」
「称号あげたですよ?陣は多いですよ?」
「うるせー」
度の入っていない丸メガネを押し上げた俺は改めて城を見る。
仲睦まじく身を寄り添わせているのは、聖女である王女と荷物持ち。金髪美少女に爽やかイケメン。実にお似合いで、傍らで魔法の花びらをバラ撒いている茶髪魔女も笑顔だ。
(じゃあな)
口には出さなかった。
両手をズボンのポケットに押し込んでから背を向けた。
ノソノソとした歩みでも群衆にぶつかることはない。生温い風にマントを揺らし、猫背を丸めて隙間を縫うように歩く。
「お祝いパーティー行かないです?」
にゅるにゅると顔の横に下がった青ヘビが不思議そうな声を出した。片眉を持ち上げて目を合わせる。
「俺が行ってどうすんだよ。勇者の証もねーし門前払いだろうが」
「聖剣あげる勇者は主様くらいです。バカです」
「仕方ねーだろ。勇者ー!ってかんじの証が聖剣しかねーんだよ」
「招待状あるですよ?ローラン殿へってきたの、ボク見ました」
「捨てた」
「捨てた」
復唱した青ヘビがヘビのくせに目を丸くした。
「バカです」
「うるせー」
広場から抜ければ一転、人は疎らだ。
肩にヘビを乗せ、腰に下げた古びた長剣を揺らし、背中に肩掛けカバン一つ背負った俺に、目が合った人々が気味悪そうに顔を歪める。大きく避けて、子どもを抱えて家に逃げ込む者もいる。
(そりゃそうだ)
横目に青ヘビを見た。
腕の長さほどの相棒は使い魔だ。ペラペラ喋り、歌って、人化するだけで何もできない。非力で無害だし使い魔自体は魔物じゃないが、魔物に似ているのも事実。
戦えない人々の嫌悪や恐怖に、俺は納得している。
「主様?」
「やー、だっておまえ、考えてもみろよ」
歩きやすくて堪らない道を進む。
目指すは王都の外だ。
「最初は俺と聖女って話だったじゃん、結婚。けど魔王倒したのにフラれてんじゃん、俺。どのツラ下げて行けっての?」
かれこれ三年続いた旅は、俺と荷物持ちの男二人と、聖女、魔女の女二人だった。
共に苦難を乗り越え、支え合った。
二組のカップルが誕生して然るべきだ。
なのに俺が得たのは女性陣からの「なんかホッとする」という評価と、荷物持ちという親友。ちょっとエッチなご褒美アクシデントは全部荷物持ち行きで、正確にいうならフラれてすらいない。
ノーマーク、対象外、家族枠。
トキメキに恥じらい合う仲間達を背に庇い、魔物を倒していた俺。魔王との決戦でも背後ではラブハプニングが展開されていた。重症は負わなかったけれど血涙が流れた。心の中でだ。
「仕方ないです。荷物持ちは今の主様よりイケメンです」
使い魔は公平だった。
あまりにも容赦がないと、唇を尖らせる。
「男は顔じゃねーだろ」
「荷物持ち、背も高いです」
「十センチくらいしか変わんねーじゃん」
「荷物持ち、主様みたいに乳見て鼻の下伸ばしたりしないです」
「巨乳はロマンなんだよ!」
思わず声を上げたせいで、斜め先で開店準備で酒場の看板を出していた女が露骨に嫌な顔をした。つい胸元に目が行く。大きすぎず、小さすぎず。
「ふつう」
「主様、そういうところです」
顎に片手をあてて頷いたら青ヘビが呆れた。
「聞こえるようには言ってねーだろ。つかよ、魔王倒したらモテる、ハーレムウハウハって聞いたから頑張ったってのによー」
「聖女も魔女も、荷物持ちにウハウハしてます」
「世の中理不尽だ」
酒場の女はとっくに店内に引っ込んでいる。
胸の谷間を強調する服を着ているから余計に目がいくのに、いざ見るとゴミを見るような目を向けられる。理不尽極まりないが、それでも見るのはやめられない止まらない。女という生き物は魅了魔法を使わずして男を魅了してくるのだ。魔王なんかより余程手強い。
「通行証は?」
「はいよ」
のんびりと辿り着いた門の前。
欠伸を噛み殺す兵士に手首に巻いた紐型の通行証を見せると、すんなりと外に通された。肩に乗った青ヘビを見られたのも一瞬だけ。兵士は仕事柄使い魔に見慣れているから手間がなくていい。
扉が解放された門を踏み越える。
一歩進んだ俺は城を振り返った。
閉じていく門の隙間。
さっきよりもずっと遠くなった姿に、今度は唇に音を乗せる。
「幸せにな、荷物持ち」
「お人好し」
「いーんだよ」
ヘビのくせにため息を吐いた青ヘビの頭を指の腹で撫でた。ひんやりとした温もりが心地良い。
空を見上げれば、一面の青。
風は生温いが良い天気だ。
背を向け、閉まっていく門の内側は平和そのもの。
良い日だ。
(見つからなきゃいい)
淡々と願った。
次代の勇者を見つけ出せるのは、勇者だけ。
称号や聖剣に飾り以上の意味はない。だから俺が探しに行かなければならない。次の勇者と出会わなければならない。
(俺がジジイになるまで、見つからなきゃいい)
青ヘビを見る。
「お、お、オヤッツぅ~はぁ~、な・あ・に~い?」
青ヘビはユラユラ揺れて歌い、チラチラと俺を見てくる。音痴だ。
「出て来る前にたらふく食ったろ」
「小腹が空きました」
「おまえの小腹は小腹じゃねーんだよ」
言い合いながら足を運ぶ。
門の外は広大な森と適度に舗装された道だけが広がっている。一般人が気軽に出歩けるのは近場だけだ。強い魔物はそう出くわさないが、弱い魔物ならその辺にいる。
「──……!」
「……あん?」
使い込んだブーツで土を踏みしめ、たいして進まない内に足を止めた。悲鳴が聞こえた気がした。
「主様?」
青ヘビが首を捻る。
高い声だったから聞こえなかったんだろう。ヘビは高音域が苦手だ。そう思いながら耳を澄ます。
「……れか……っ……──けて……!!」
「ッチ……!掴まってろ、アクティ!」
「ひょ!?」
森の中だ。
舌を打ち、腰にある剣の柄を握った俺は地を蹴った。




