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鬼畜迷宮を攻略した俺、ループ能力【死甦の加護】が仲間にバレる  作者: 真嶋 青


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第6話 義妹との日常

 王都の大教会でのやたら厳重な療養生活を経て、俺はようやく自分の家へと帰還することを許された。

 王都の居住区にある、こぢんまりとした一軒家。

 平民出の冒険者である俺と、同じく平民であり義妹のミラが、二人で暮らしている家だ。

 

 玄関の扉を開け、住み慣れた木の香りと埃の匂いを嗅ぐと、ようやく「日常に帰ってきたのだ」という実感が湧いてくる。

 あの迷宮での狂気じみた死のループが、まるで悪い夢だったかのように。

 

 俺の身体はすっかり元通りに回復していた。

 

「お兄ちゃん、そのままそこに座ってて。動いちゃダメだからね」

 

 家に入るなり、ミラが玄関先の椅子を指差して厳しい声を出した。

 彼女は俺の荷物をひったくるように受け取ると、急ぎ足で奥の部屋へと片付けに向かってしまう。

 

「おいおい、そんな怪我人みたいに扱わなくたって平気だぞ? もうピンピンしてるんだからさ」

 

 少し前は俺にあれしろこれしろと世話をさせていたくせに、ミラは迷宮から戻ってからというもの、やたらと俺の面倒をみたがる。


 まあ、兄貴としてちゃあ妹が優しくしてくれるのは嬉しいんだけど。なんか過保護なんだよなぁ。

 

 俺は苦笑しながらリビングへと向かった。

 

 せっかく二人で過ごす休日の午後だ。退院祝いも兼ねて、ミラの好きな紅茶でも淹れてやるか。

 それに、俺はミラと紅茶を飲む時間が待ち遠しかったんだ。双頭狼を殺すことに躍起になっていたとき、ふとミラと家で過ごす日常を思い出して泣きたくなったもんだ。みんなに涙を見せたら心配させると思って、必死に堪えていたけど。

 

 キッチンに立ち、戸棚から茶葉を取り出す。ミラの好物の、少し甘みの強い果実系の茶葉だ。

 無限に続くかと思われた地獄のループを経験した俺の体感では、この家で過ごしていた時間が遥か昔のことのように感じている。それでも、いざ家に入ってみれば、頭というより身体が勝手に家の中の物の位置を思い出して動き出す。

 それからやかんを手に取り、水を張って魔導コンロの上に置く。

 

 俺は魔術が使えないから、火をつけるには魔力石の着火具を使わなければならない。

 カチッ、カチッ、と石を打ち合わせ、火種を作ろうとした、その瞬間だった。

 

「――なっ、何してるのお兄ちゃんッ!?」

 

 リビングに飛び込んできたミラが、血相を変えて悲鳴を上げた。

 

「え? いや、紅茶を淹れようと……」

「ダメェェェェェェッ!!」

 

 バシャアンッ!!

 

 ミラの黒水晶の杖から放たれた水球が、俺の手元に直撃した。

 着火具はおろか、魔導コンロごとずぶ濡れになり、やかんがひっくり返って床に水がぶちまけられる。

 

「うおおおおおい! 何してんだミラ!?」

 

 突然の奇行に仰天する俺から、ミラは着火具をひったくるように奪い取った。

 彼女の肩は激しく上下に揺れ、大きな黒い瞳には涙すら浮かんでいる。

 

「火なんて、危ないでしょ……ッ! もし火傷でもしたらどうするの!? そこから傷が化膿して、熱が出て、最悪の場合……死んじゃうかもしれないんだよ!?」

「いやいや、いくらなんでも大袈裟すぎるだろ。ただお湯を沸かそうとしただけで……」

「大袈裟じゃないっ! お兄ちゃんは今の自分がどれだけ脆くて壊れやすいか、全然わかってないんだからっ!」

 

 ミラは俺の胸ぐらを掴む勢いで詰め寄ってきた。

 その必死な剣幕に、俺は思わず言葉を呑み込む。

 教会の神官によると、意識を失っている間の俺は非常に危険な状態だったらしく、ミラたちはそんな俺を交代で付きっきりになって見守っていたらしい。そのせいか、ミラは退院したいというのに未だに俺を心配していてくれている。

 

 いくらなんでも過保護すぎるとは思うんだけど、心配をかけすぎた俺に問題があるんだろうな。可愛い義妹からの心配を無下にするのも、兄として良くないか。

 

「悪かったよミラ。心配してくれてありがとな」

「……ううん。ミラこそ、ごめんなさい。大声出して。でも、本当にお願いだから、危ないことはしないで。お兄ちゃんには、もう指一本怪我してほしくないの」

 

 ミラは杖を振るい、生活魔術であっという間に水浸しの床を乾かしてみせた。

 それから、魔導コンロを使わず、自身の持つ高度な魔術で一瞬にしてお湯を沸かし、手際よく二人分の紅茶を淹れていく。

 いつもは自分でやった方が早いくせに、あえて俺に湯を沸かせて、自分はリビングから俺を楽しそうに眺めていたのに。

 

「ほら、お兄ちゃんはソファに座ってて。ミラが持っていくから」

「わかった。ありがとな」

 

 俺は大人しくリビングのソファに腰を下ろした。

 ほどなくして、甘い果実の香りを漂わせたティーカップを二つお盆に乗せて、ミラがやってきた。

 テーブルにカップを置くと、彼女はそのまま俺の隣に座る。


「え?」


 思わず隣に座ったミラを見て驚く。


「ん? どうしたのお兄ちゃん?」

「いや、それは俺のセリフなんだけど?」


 ミラは俺の右腕に自分の両腕を絡ませ、身体の側面をぴたりと密着させるようにして座り込んできたのだ。肩と肩、太ももと太ももが触れ合い、彼女の体温と柔らかな感触がダイレクトに伝わってくる。

 そもそもいつものミラは俺の隣になんて座らない。ちょっと離れた場所で一人でゆっくり紅茶を楽しんでいた。

 俺は俺で、ソファでまったり本を読んだりするんだが、こんな状態じゃとても本なんて落ち着いて読めない。

 

「おいおい、ミラ。いくらなんでも近すぎないか?」

「お兄ちゃんがまた勝手にどこかに行かないように、ミラがこうして24時間監視するの。エルティとレイナにもしっかり見守るように頼まれてるから」


 嘘みたいな話だが、ミラの目はガチだ。

 一切の曇りのない――いや、純粋なまでに曇り切った(まなこ)で微笑んでいる。

 

「監視って……家の中なんだし、そこまで気合入れて世話しなくても」

「信用できない。お兄ちゃんはすぐ自分を犠牲にする前科持ちの常習犯なんだから。それに、これまでのミラはお兄ちゃんに甘え過ぎだったって反省しているの。だから、これからはミラがお兄ちゃんにしてもらった分、い~っぱいお世話(管理)するから」


 なんか、今口にした言葉とはまったく違う意味の何かが聞こえてきた気がするんだが?

 気のせい、だよな?

 

 ミラは俺の腕にすりすりと頭を擦り付けている。匂い付けする猫みたいだ。

 そのまま、彼女は自分のカップを手に取り、冷ますようにフーフーと息を吹きかけると、それを俺の口元へと差し出してきた。

 

「はい、あーんして」

「何言ってんだ?」

「ミラがフーフーした方が安全でしょ?」

「俺、自分のがあるんだけど」


 自分の手元にあるカップに目線を落とすと、ミラはまたしてもおかしなことを言う。


「そっちはお兄ちゃんがミラに飲ませてくれたらいいじゃん」

「……本気か?」

「なんで本気じゃないと思ってるの?」


 わ~、すっごい。俺の義妹がありえないほど真剣にふざけたことを言っている。


 だが、ミラの真剣な瞳で見つめられ、俺は抗うことを諦めた。

 ここで意地を張れば、また水をぶちまけるような奇行に走りそうだ。

 俺は少し口を開け、ミラの差し出すカップから甘い紅茶を啜った。

 

「ん……美味しい」

「えへへ……でしょ? お兄ちゃんが美味しいって言ってくれるなら、ミラ、一生お兄ちゃんのために紅茶を淹れ続けてあげる」

 

 だいぶ異常な光景ではあるが、嬉しそうに微笑むミラの顔を見ていると、俺の胸の奥に温かいものがじんわりと広がっていくのを感じた。

 

 なんだかんだ、妹にこんなにもストレートに甘えられるのは、兄として素直に嬉しい。

 彼女の柔らかな髪を撫でてやると、ミラは気持ちよさそうに目を細め、さらに俺の腕へと深くしがみついてきた。

 

「お兄ちゃん……ずっと、ずっと一緒にいようね。ミラを置いていったら、絶対に許さないんだから……」

「わかってる。ずっと一緒だ」


 だが、俺の腕に縋り付くミラを見ていると、ふと、昔の記憶が脳裏に蘇ってきた。 

 あれは、俺がまだ駆け出しの冒険者だった頃。

 

 それは、薄汚れた小さな女の子を拾った日のことだ。

 

「こうしてると、昔のことを思い出すね」


 まさか俺と同じことを考えているとは思っていなかったから、驚かされる。

 

「俺も……お前と初めて会った日のことを、少し思い出してたとこだよ」

 

 俺がそう呟くと、ミラはパチリと瞬きをして、うっとりとした目で微笑んだ。

 

「ふふっ。あの日、お兄ちゃんがミラを見つけてくれなかったら、今のミラはいないよ」

「どうだろうな。お前は俺がいなくても、立派にやってたと思うけど」

「ううん。絶対にそんなことない。全部、全部お兄ちゃんのおかげ」

 

 俺の肩に頬ずりするミラの頭を優しく撫でながら、窓の外の曇り空を見上げる。

 あの日も、こんな天気の一日だった――。

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