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鬼畜迷宮を攻略した俺、ループ能力【死甦の加護】が仲間にバレる  作者: 真嶋 青


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第2話 累累累累累累累累累累

 何度も、何度も繰り返した死の記憶――。

 

 

 重厚な黒曜石の扉が、耳障りな軋み声を上げてゆっくりと開く。

 途端に、冷たく湿った空気が頬を撫で、鉄(さび)のような匂いと圧倒的な死の気配が肺を満たした。

 広大なボス部屋の中心。そこに鎮座するのは、漆黒の体毛に覆われた巨躯を持つ双頭の狼、双頭狼。

 この迷宮の最奥にて、幾多の冒険者を(ほうむ)ってきた生ける絶望だ。


 奴の足元にはしばらく前に王国から派遣されたであろう冒険者や騎士の遺骸(いがい)が無数に転がっている。

 密閉された空間このフロア全体に沁み込んだ哀れなる被害者たちの血肉が、訪れた者の臓腑を凍り付かせる死臭となって留まっていた。

 

 俺だって、王都でそれなりに名を馳せた冒険者だ。目と耳の良さ、足の速さ、気配を殺す技術にかけては右に出る者は少ないと自負している。一般兵が数十人束になってかかってきても、無傷で立ち回り、全員の首を掻き切るだけの身体能力は備えている。

 

 だが、アレはダメだ。

 

 生物としての次元が違いすぎる。人間が一本の短剣を握りしめて、暴れ狂う竜巻や落雷に立ち向かうようなものだ。

 

 ――これで、六度目の挑戦。


 だが、俺には双頭狼(オルトロス)を殺しきるビジョンがまったく見えていない。

 

「散開ッ!」

 

 レイナの指示出しと同時に、双頭狼が雷鳴のような咆哮を上げた。それだけで空気がビリビリと震え、全身の骨が軋む。

 

(せつ)が引き付ける! 魔導師殿、詠唱を!」

 

 銀の軽鎧を輝かせ、レイナが前線へ飛び出す。彼女の剣術は王国騎士団でもトップクラスであり、その身のこなしは芸術の域にある。

 だが、双頭の右の顎が、レイナの渾身の一撃をいとも容易く噛み砕き、左の顎が彼女の華奢な胴体を――。

 

「レイナッ!」

 

 鮮血が舞い、美しい銀髪が赤に染まる。俺の絶叫も虚しく、次いで俺の視界も双頭狼の巨大な爪によって真っ暗に塗り潰された。

 

 ――グチャ、メキッ。

 

 もう一度――もう一度――――もう一度――――――。



 

 

 あのバケモノが待つ門の前で目を覚ます度、俺は仲間に笑いかけ再び扉を開ける。

 

 ――三十四回目の挑戦。


 開戦と同時にミラに最大火力の魔法の詠唱を開始させた。

 威力が高いぶん長い詠唱を必要とする魔法は、本来敵との距離が近い迷宮の戦いには適していない。

 しかし、俺はミラに無理を言って頼んだ。彼女を必ず守ると約束して。

 

「お兄ちゃん、下がって! 〘猛る炎の竜よ在れ(サラマンディア)〙!」

 

 詠唱を終えたミラが叫ぶ。彼女の黒水晶の杖が輝き、極大な炎魔法が双頭狼を包み込んだ。


 いけるか?


 そう思った瞬間、炎を突き破って漆黒の巨躯が飛び出してくる。奴は無傷だった。強固な魔力障壁で完全にミラの魔法は防がれている。

 着地の勢いそのままに、双頭狼は詠唱直後で隙だらけのミラへと跳躍した。

 

「ミラッ!」

 

 俺は持てる全ての脚力を使い、ミラを突き飛ばす。代わりに、俺の身体は双頭狼の二つの顎に上下から食いちぎられた。

 

「おにぃ――」

 

 ミラの悲痛な絶叫は最後まで聞こえてこなかった。俺の意識がプツリと切れる寸前、彼女もまた鋭利な爪で薙ぎ払われるのが見えた。

 ごめんミラ。守ってやれなくて……。

 

 

 ――百回目。

 

「アルト様! わたくしが、結界を――!」

 

 エルティが祈りを捧げ、純白の光がパーティを包み込もうとする。しかし、双頭狼の動きは俺たちの思考速度すら凌駕している。結界が展開しきる前に、奴の尾が太い(むち)のようにしなり、エルティの細い首を()ね飛ばそうとした。

 俺は短剣を放り捨て、自ら肉の盾になるように飛び込む。

 背中に凄まじい衝撃。背骨が粉砕され、内臓が破裂する感覚。口から大量の血を吐き出しながら、俺はエルティの真っ白な聖衣を赤に染めて崩れ落ちた。

 

「あ、あああ……アルト様ぁぁぁッ!!」

 

 エルティの壊れたような悲鳴が聞こえた。

 ごめんエルティ。泣かせちまって。

 


 ――百五十。

 

 ――――四百。


 ――――――…………。

 

 それから、俺は幾度死んだだろうか。

 右腕を食いちぎられ、失血死。

 胴体を真っ二つに引き裂かれ即死。

 双頭狼の火炎ブレスを浴びて、全身の皮膚が焼け爛れのたうち回って焼死。

 罠に嵌めようとして失敗し、踏み潰されて圧死。

 

 痛覚は毎回、新鮮に俺の脳を焼いた。死の恐怖は決して麻痺してくれない。

 あの重厚な扉の前に戻るたびに、心がバキバキと折れる音がする。恐怖で発狂しそうになる。泣き叫んで、仲間を捨てて、ここから一人で逃げ出したくなる。

 

 俺は弱い。

 もう無理だ。

 

 どうせ俺は冒険者だ。今いる国の仕事を捨てて逃げたって、何処かに渡り歩けばやっていけるさ。

 魔法も、神聖術も使えない。人間の中では多少剣の腕と身のこなしに優れているが、あんな規格外のバケモノに、正面から勝てるわけがない。

 そう思う度、俺は目が覚めてすぐ目の前にいるエルティたちを見つける。

 俺が逃げても、彼女たちは戦いに行くだろう。俺みたいな根無し草の冒険者とは違い、エルティとレイナは国の中で大きな役割を持つ身分の人間だ。俺と同じく平民出身のミラも、今となっては王国魔導師団の若きエースとして民衆から信頼を得ている。俺が説得した程度で、この戦いから身を退くはずがない。

 

 俺が逃げたって、ミラの生意気な笑顔が、レイナの凛とした横顔が、エルティの慈愛に満ちた眼差しが、すべて永遠に失われる。

 無くなってしまう。

 

 それだけは、絶対に嫌だった。


 だから――。

 

 思考を切り替えろ。

 感情を殺せ。

 痛みを無視しろ。

 

 俺は歯車だ。仲間たちを生かすための、ただの血肉でできた捨て駒だ。

 どうせ【死甦の加護】がある限り、俺は無限の試行回数を重ねられる。

 

 コンマ一秒のタイミングをズラす。

 立ち位置を数センチだけ右にずらす。

 双頭狼の右の頭が火を吹くタイミング。

 左の頭が噛み付く癖。

 尾が鞭のようにしなる予備動作。

 

 その全てを、俺の『死』という代償で記録していく。

 俺の肉体は死の痛みを記憶し、精神は摩耗していく。

 しかし、脳内には膨大な戦闘データが蓄積されていった。

 

 レイナの剣戟で時間を稼ぎ、その隙にミラが魔法を放ち、エルティの結界で防ぐ。俺は隙を縫って、双頭狼の死角から後方へ回り込み、目を潰す。

 言葉にすれば簡単だが、それを実現するためには完璧な誘導と連携が必要だ。俺が仲間たちの動きを完全に先読みし、敵のヘイトをコントロールしなければならない。

 敵だけでなく、仲間の無数の行動パターンすら、すべて情報として蓄積していく。

 

 失敗すれば、死ぬ。

 仲間が死にそうになれば、俺が身代わりになって死んで、やり直す。

 一人でも仲間が欠けたら、その時点でリセットだ。万が一、仲間が死んだまま双頭狼の討伐を成功させてしまったら、もう仲間が死ぬ前に戻ることができなくなるかもしれないから。

 だから、俺は自らの首に短剣を突き立てて掻き切り、あの扉の前に戻る。

 自分で自分の命を絶つことへの恐怖と躊躇(ためら)いは、百回も繰り返したころには完全に消え失せていた。

 また、エルティの体が鋭爪に薙ぎ払われるのを見て、機械的に自分の首を刎ねる。


「お兄ちゃんっ!? 何してッ――!?」

「斥候殿ッ!?」


 ミラとレイナの驚声。


 ――ヒュー。

 

 そして、もはや聞き慣れた自分の首から息の漏れる間抜けな音。

 次第に意識が闇に飲まれた。


 

 もう一度。

 

 

「よっしゃ! いっちょ迷宮攻略といきますか!」

 

 俺は明るく笑って仲間たちを先導する。

 そうすることが、最も彼女たちの士気を上げるとわかったから。

 だから、ぐちゃぐちゃになった心を丸くこねくり直して、死ぬ度に笑みを貼り付ける。


「…………お兄ちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「ふんっ! 俺がビビってるように見えるのか妹よ! この、天才冒険者アルト様がよぉ!」

「わたくしも、アルト様が無理をしているように見えるのですが……それに、何か…………」

「斥候殿、少しばかり腰を落ち着けてからでも良いのではないか? 双頭狼めはこの門の奥から動くことはありませぬ」


 何故か、途中から俺が笑っても仲間たちが笑ってくれなくなった。

 ループを重ねる度、彼女たちの表情に戸惑いが、(かげ)りが差していく。

 

 どうしてだ?

 笑っていてくれ。

 俺は君たちの笑顔が大好きなんだ。

 この場所から、皆で笑って帰りたいんだ。

 

 お前たちの笑顔を守れるなら、俺があと何万回肉片に変わろうが、安いものだ。

 

「俺は大丈夫だ――さあ、行こう」

 

 もはや正確な数は覚えていない。

 だが、俺の魂をすり潰して得た幾千万の死の山の上に、ついに導き出した。

 全員が生き残り、あのバケモノの首を討ち取るための、針の穴を通すような完璧な最適解を。

 

「ゴアァァァァァッ!!」

「散開ッ! レイナは三歩前進して右へ! ミラは四秒後に〘氷結(フリージア)〙の詠唱開始! エルティは俺の後ろから離れるな!」

 

 ループを重ねる中で幾度となく繰り返した俺の指示には、もはや焦りも恐怖もない。

 機械的な響きを持っていた。

 

 今度こそ、帰ろう。

 みんなで。

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