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秘密の扉 4

 後日、侍女たちと相談し、日取りをよく調整してから、巡ってきた冬に秋のよい日が戻ってきたようなすばらしい日差しが空から降り注ぐ午後、クラーエスは姫を訪問した。

 明るい広々とした部屋で侍女たちがかいがいしく世話をするベッドに、姫はその身を横たえていた。

 白地に薔薇模様を散らした美しく気持ちのよいシーツにくるまれて、大きなフリルのある枕に頭を置いた姫は、クラーエスに気付いても、感情のない瞳を動かしただけで身を起こす様子はなかった。

「お具合はいかがですか?」

 枕辺に用意された椅子を侍女に勧められ、クラーエスはそれに座った。

「姫が臥せっておられると聞いて、お伺いしました。もっと早く来られればよかったのですが、あいにくわたしも……」

 体調を悪くしていて、と続けようとしたのだが、

「お見舞いってクラーエスだったの」

 姫のしおれた声がして、クラーエスは唇を閉じた。

 気まずい沈黙があり、とうとう姫が口を開いた。あなたはこういう時に気の利いた事なんて何も言えないのよ、と言いたげなため息と共に。

「どうしてエリノルさまはいらしてくださらないのかしら。エリノルさまが倒れられた時はわたし、あんなに一生懸命看病したのに」

「おそらくエリノルも」

 臥せっているのでは、と答えかけたが、姫は唇をかんで目を閉じた。

「どうして、エリノルさま……」

 姫の目じりに涙があふれた。

「ああ、姫。本当に、なぜこんなひどいことをエリノルさまがなさるのか」

「わたくしまで涙が溢れてきますわ」

「なんて悲しいのでしょう」

 侍女たちがすかさず、やさしげな声をかけた。

 姫はエリノルが見舞いに来るまではベッドから降りないと決めているのだ。彼は来ない。その傷心のために姫はやつれているのだ。そういうことがクラーエスにも見てとれた。

「エリノルさまのせいじゃないわ。エリノルさまが父に反対されたくらいで諦めてしまわれるなんて、おかしいもの。あの方はそんな方じゃないわ。わたし、エリノルさまのすべてを信じている」

 姫が思い詰めた表情で言った。

「ええ、その通りですわ」

「わたくしもそのように思います」

「もちろん姫のおっしゃるとおりですとも」

 侍女たちが口々に姫に同意した。

「きっと……」

 姫は考えを巡らせた。姫の(さと)い頭はすぐに答えを導いた。

「きっと誰かの企みで脅されて、エリノルさまは動けないでいらっしゃるのよ。恐ろしい陰謀が働いているんだわ」

 すばらしいひらめきに、姫の瞳が生き生きときらめいた。

「ほら、あの夜の──あれはエリノルさまの命を狙う暗殺者だった。黒幕が送りつけてきたのよ。あの時は一緒にわたしも亡き者にできる機会だったから、好都合だったのね。でもそれはちゃんとエリノルさまが阻んでくださったわ」

 クラーエスは口を開きかけたが、姫が続けた。

「あの時クラーエスは何も出来なかった。近衛なのにがたがた震えているだけで、わたしのこともエリノルさまのことも守ることが出来なかった。あの場でただ一人、剣を持っていたのに」

 姫は大きく息を継いだ。

「考えてもみてよ。エイジェルステット家と王家の婚姻は難しいって言うけれど、マデリーネさまのことだってあるのよ。全然無理なんかじゃないわ。マデリーネさまがよくって、どうしてわたしはダメなのよ」

 気持ちが高ぶり、姫の語気が強まった。

「だいたい、マデリーネさまが叔父さまと結婚したのは、他の求婚者たちが煩わしくてそれを追い払いたかったから。誰だってよかった中から叔父さまが選ばれたのは、叔父さまが王族で、お金持ちだったから。それだけ。でもわたしは違うわ!」

「姫」

 侍女たちが気を静めてもらおうと急いで言葉をかけたが、姫は頭を振って拒絶した。せっかく櫛を入れ美しく整えてもらった髪が散らばり乱れた。

「そんなじゃなくて、わたしたちはもっと純粋に心から愛し合っているんですもの。絶対の強さで。わたしはエリノルさまとじゃなきゃ幸せになれない。わたしはエリノルさまにしか幸せにしてもらえない。クラーエスじゃ駄目よ。あなたはわたしのことなんて何とも思っていないもの。だって、クラーエスが好きなのは、マデリーネさま!」

 自分の貴婦人の名が発せられ、クラーエスはびっくりした。

「姫!」

「気がついてないとでも思っているの? マデリーネさまに呼び出された時なんか、仕事を放り出してウキウキ出掛けてた」

「それは……」

「この前だって外苑のテラスでこっそりマデリーネさまとキスしていた。ちょうど叔父様が顔を逸らしていた隙だったわ。わたし、ちゃんと見ていたんだから」

 その言い方はずるかった。クラーエスはマデリーネさまに、騎士として礼儀正しい挨拶をしたのだ。今の言い方は誤解を招き、マデリーネさまの名誉を傷つける。

「姫、それは違います。わたしは」

「言い訳なんかしないで。みっともない」

 侍女たちが姫をなだめようと姫の肩を撫で腕をさすり手を握り、声をかけ続けた。

「エリノルさま。お願いです。姫という牢獄からわたしを救い出して。エイジェルステット家のイェルハルドの領地へ連れ去って。秘密の館で二人きり幸せになるんです」

 エイジェルステット家の力ならば、世界のすべてを従わせることすら簡単なこと。エリノルが姫を選んだ瞬間から、姫を縛りつけるものは一切なくなるのだ。

「ただそれだけのことなのに。それなのに、黒い陰謀のせいでわたしたちのこんなささやかな願いさえ叶えられない。エリノルさま……」

 泣き入り、姫は顔を枕に沈めた。侍女たちのやさしい言葉が次々に降り注ぐ。それでも姫は泣き続け、くぐもった声でエリノルの名前を呼ぶだけだった。

「どうぞ、今はお引き取りを」

 侍女に言われ、クラーエスは仕方なく立ち上がった。

「姫」

 声をかけたが、姫は顔を上げないのだ。

 クラーエスは別れの挨拶を述べると、礼儀正しく辞去した。

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