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魂の半分 4

 夕刻のエリノルの目覚めはしっかりしたもので、すぐにまた眠りに落ちることはなかった。今はゆったりと枕に背をもたせかけて休んでいる。

 姫は片時も枕元から離れる気持ちはなかった。

「エリノルさまがしっかりと元気になられるまで、ずっとご一緒しますわ。ちゃんと元気になっていただきたいもの」

 姫はさまざまな話をエリノルに語った。昨夜はどれほど胸がつぶれる思いをしたか。

「もしもエリノルさまがあのまま戻られなかったら、今頃わたしの魂もこの世にはありませんでしたわ」

 今朝の召使の愚かな失敗も語ったし、今度侍女に自分のお気に入りの本を持ってこさせるから病床の慰めにぜひお読みくださいと勧めたりもした。辺鄙な田舎の屋敷に追い払われた姫君と彼女を救いに来る異国の王子の、ときめくように素敵な恋の物語だ。

 エリノルはほんのりと微笑んで聞いてくれた。

 だけれども。

 なぜだろうか。

 姫は寂しくてしかたがない。

 話せば話すほど寂しさが増す。

 エリノルさまにはわたしの姿が見えていないような、わたしの声が聞こえていないような、そんなどうしようもない感じがする。

「エリノルさま、わたしのお話はおもしろくありませんか?」

 もう語ることもなくなって、沈黙が耐えられずにきいてしまう。

「いいえ、姫。そういうことはありません」

 彼はやはりほんのりと微笑んだまま、その笑みを一瞬だけ大きくしてくれた。

 よかった。エリノルさまはちゃんとわたしの顔をご覧になるし、わたしの声も届いている。

 でも……何かが、違う気がする。

 何もかもが間違えている感じがする。

 なんだか、本当のエリノルさまがいなくなってしまったみたい。

 こんなにそばにいるのに、わたしはひとりぼっちな感じがする。

「エリノルさまは、なんだかつまらなさそうなお顔です」

「それは申し訳ありません。たぶん、少し……」

「どこかお具合がお悪いの?」

「まだぼんやりとしているだけです」

 わかったわ、喉が渇いたのね。こんなささやかなエリノルさまの不調にだってちゃんと気付くのよ、わたしなら。

「なにかお飲みになりませんか?」

「お気遣いありがとうございます、姫」

「持ってこさせますわ」

 姫は召使を振り返った。

「エリノルさまにお飲み物をお持ちして。暖かいものがいいわ。そうね、ハチミツがたっぷり入った花茶を」

 召使はマデリーネさまと一緒に戻ってきた。

「エリノル、薬を飲みましょうか」

 召使が持ってきたのは、姫の望んだ花茶ではなく薬湯だった。なんだか嫌な臭いの薬湯だ。

 先生からお薬を渡されていたのなら教えてくださればいいのに。エリノルさまのために、わたしは何だって、どんな些細なことだってして差し上げるつもりでいるのに。お姉様だからって、わたしをのけ者にしてすべてを独り占めされなくたっていいでしょうに。

 マデリーネさまの後からクラーエスも入ってきて、エリノルへ会釈をし、姫へも軽く会釈した。

「クラーエス、お城じゃなかったの?」

「エドヴァルド殿下が下がってもよいと許可をくださいましたので。今マデリーネさまのお使いをすませて戻ったところです」

「クラーエスさまにはお世話をかけてばかりで」

 マデリーネさまが言った。

「心からお礼を……」

「いえ、お役に立てて光栄です」

「クラーエス……?」

 マデリーネさまの顔がかすかに曇った。

「体調は、よろしいの?」

 クラーエスは手を挙げ、口に当てた。声がかなりかすれているのだ。

「ああ、これは、なんでもありません。少し喉の調子が悪いだけです」

 おそらくあの夜、雪に濡れ、外套も着ないで馬を走らせ、その後も着替えずにいたからだろう。

 喉がおかしい。しかしそれ以上悪いわけではない。

「エリノルのことは大丈夫ですから、あなたも少しお休みになって。今日は本当は休日をいただいたのでしょう?」

 マデリーネさまがすすめてくださる。

 姫が立ち上がり、クラーエスについてくるようにと手招きして部屋のすみへ移動した。

「クラーエス、こんな時に風邪をひいたりして、エリノルさまにうつしちゃったらどうするの。もっと気をつけなくちゃ。あの方は大変に弱ってらっしゃるのよ。すぐに出て行って」

 こんな愚かな忠告、わざわざエリノルさまのお耳に入れないようにすみで小声で言ってあげるわたしの思慮深さには感謝してもらいたいものだわ。

 クラーエスは一瞬ぐっと眉根を寄せたが、

「申し訳ありません。そういたします」

「それからクラーエス。今夜からわたしもこの館に泊まります」

「いえ、それはなりません」

 クラーエスにきっぱりと言われて、姫はびっくりした。

「なぜよ」

「ここは我が家のプライベートな別邸。広くはない。召使の数も足りません。それに、姫は、城へ戻られるべきなのです。国王陛下もそうお望みです。ここにいらしてはいけない。姫の名誉のためにも」

「名誉? 名誉が何だっていうの。わたしはエリノルさまの看病をして差し上げたいの。お薬を差し上げたり、お食事を差し上げたり、お話し相手になってあげたり、もし突然お具合が悪くなったら、その時はそばにいて差し上げたいのよ」

「ですが姫」

「なんでこれくらいのことがわからないの?」

 こんなにも純粋で気高い思いを、どうしてクラーエスは理解できないの。こんな気持ち、クラーエスは持ったことも感じたこともないの?

 なんて冷たい人。朴念仁でもやさしいところだってあると信じていたのに。わたし、こんな人と結婚させられようとしているんだわ。

 やっぱり嫌。クラーエスじゃダメ。絶対に嫌。

「わたしはここでエリノルさまの看病をして差し上げたいの。それだけよ? どうしてそれをやめさせようするの?」

「姫」

 マデリーネさまとエリノルがこちらを見ている。クラーエスはここで揉めるのはよくないと、判断した。

「わかりました。善処してみましょう」

 クラーエスは姫、マデリーネさま、それからエリノルに会釈をして、静かに部屋を出ていった。

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