ゴトフリートの夜祭 4
「ヤットルッド、いったいどういうことなんだ?」
アルノルドは困り果てて姫の部屋に一人でいた妹を問いつめた。
「お約束をしたのです。だから訊かないでください、お兄さま」
ヤットルッドは今は姫付き侍女たちの控え室に連れて行かれ、兄と二人だった。
「わたしにも役目がある。今はお前の兄ではなく、王家の近衛なのだ。これだけは答えてくれないか。姫はどちらだ?」
姫の姿がない。
侍女や召使たちを下がらせて、伯爵令嬢と二人きり自室で過ごしているはずだった姫が、いない。部屋にいたのはヤットルッド嬢一人だった。
妹君を問いただすのは兄であるアルノルドにまかせ、クラーエスたちは他を探した。定刻を迎え今日の勤務を終えるはずだった者たちも、今夜は約束をした同士で祭りへ行くはずだった者たちも、すべてが城に残って心当たりを探し回った。だが城のどこにも姫の姿は見あたらず、夕暮れにヴェステルベリ家の令嬢の馬車が確かに門を出て行ったことだけが確認できた。その後がつかめない。
そしていつもはおっとりとおとなしやかなヤットルッド嬢が、今夜は懸命に首を振って答えを拒絶した。
「お兄さまたちもお約束や決まりは守るのが近衛とおっしゃっているでしょう? わたしもお約束は守らなくてはならないんです」
「姫との約束は大事かもしれないが。なあ、頼むよ、ヤットルッド」
アルノルドにはとても妹を説得できそうになかった。
「すまないが、もうちょっと時間をくれ」
様子を見に来たクラーエスたちに、アルノルドは頭を下げた。
だが、もう外は暗い。遅くなるほど時間が経つほど心配がつのる。国王陛下にはすでに報告がされていて、急いで探すようにと命じられた。多くの衛士と近衛たちが王都に散ったが、クラーエスたちはヤットルッド嬢から話を聞き出してから動くために城に残った。
「ヤットルッドは姫と約束をされたのか。どこへ行くかは誰にも喋らない、と」
「どうやらそのようだ」
「仕方がない。ヤットルッドさまに無理強いはできない。諦めよう」
「おいおい、クラーエス、本気か?」
マグヌスが脇から言った。
彼はクラーエスたちからは少し離れていて、そのためその遠慮のない声は鮮明にヤットルッド嬢にも届いただろう。そのくらいの声の大きさだった。
「ちょっとした冒険も姫にはいい経験だろう。しかしな、今夜っていうのがまずいんだよ」
「他を探す」
クラーエスは背を向けた。
「あてもないのに、どこを探す。今夜はあんた方上流の方々にはお上品な恋人たちの夜かもしれんが、庶民にとっては無礼講なんだぜ」
クラーエスが何を言い出す、と振り返った。マグヌスはにっと笑い、窓の外を見やる。
「今夜は貴族や庶民の垣根もない。みんな酒も入るしかなりいい気になってる。牢にぶち込まれる不届き者も出る夜だ。警邏の連中は大変だろうな。そういう夜なんだ。しかも今夜は新月。暗い夜道で相手が姫と気がつかない不届者に、うっかり目を付けられたりしたら」
マグヌスは不穏な表情をクラーエスとアルノルドに向けた。
「やばい連中もいるんだぜ。なにしろ今夜はゴトフリートの日。恋の夜なんていったところで、相手は誰でもかまわない男も多い。かわいい女の子が一人でふらふらしているところを、そんな連中につかまって、取り返しのつかない目に遭わされてなければいいが」
「マグヌス!」
喋りすぎなマグヌスを止めたのはアルノルドだ。兄として、大事な妹の耳に下々の不道徳な話など入れたくはない。襟まで掴んで廊下に追い出そうという勢いだった。
「あの」
椅子に座って口をつぐみ続けていたヤットルッド嬢が立ち上がっていた。
「今夜は、そんなに、危険なのですか? 姫は、危ないのですか?」
「とても、危険です」
すまん、と兄アルノルドに表情であやまっていたマグヌスが、伯爵令嬢へ大まじめに頷いた。
「わたしの身分は庶民に近い。近衛になる以前はほとんど庶民と同じようなところを出歩いたものです。だから不心得な連中のことも、かなりの程度、知っています。姫はとても危険な夜遊びをされているのです」
「ブレンドレルの柊樫の林です」
ヤットルッド嬢が青い顔で大急ぎに白状した。
「ありがとうございます、ヤットルッドさま」
マグヌスが念入りにお辞儀をした。クラーエスは駆け出していた。
「後で話そう」
兄のアルノルドは妹に言い残すと、同僚たちの後を追った。




