騎士の誓い 3
さて、マグヌスの貴婦人はどなたであるか。
いつもは物事を軽々しくもくどくど口にするマグヌスだったが、これについては巧妙に口を閉ざしていた。
彼の貴婦人は、みだりに口にはできないお方なのだ。
というのも……。
話をさかのぼって、クラーエスやマグヌスたちの騎士の誓いが行われてから数ヶ月後の出来事。
その日は皇太后さまの誕生日だった。孫もいらっしゃる女性に年齢を訊くのは失礼なので、はっきりとした数字は控えさせていただこう。
「プレゼントでございます」
侍女が花束を持ってやってきた。
およそ皇太后さまの誕生日というもの、本来なら華やかな晩餐会がもよおされるのだが、この年は国家の英雄の喪中で、会はなかった。
だがもちろん様々な方々からひかえめながらも贈り物があって、その花束は、皇太后さまにお贈りするには少々こぢんまりとしていたけれども、アーネの花はこの季節にはまだ早く、なによりもこの花こそ皇太后さまを象徴する花とされているのだ。送り主の心くばりがしのばれる。
「ありがとう」
花束には小さなカードが添えられていた。
〔あなたの騎士より〕
「騎士? まあ、奥ゆかしい贈り物ですわ。いったいどなたからですの?」
「それは言ってはならない約束よ。わたしとわたしの騎士さまとの、秘密です」
皇太后さまは、口元に手を添えて楽しげに笑った。
「あなたにもあなたの騎士さまがいらっしゃるでしょう? ほら、聖シャルロッタの日の礼拝堂で、誓われたでしょう?」
マデリーネはゆっくりと視線をさまよわせた。
「ええ、はい……」
聖シャルロッタをお祀りする特別な儀式は五年に一度の式年の、聖シャルロッタの日に行われる。集まるのは王室の既婚女性のみ。王家に生まれた女性ならば降嫁された方はもちろん、王家に嫁いだ女性たちも参加する。
前回の儀式の時はちょうどマデリーネもエドヴァルド殿下に嫁いで最初の聖シャルロッタの日で、もちろん彼女も礼拝堂へ足を運んでいた。
「すてきな儀式だと思わないこと?」
マデリーネはほほえみを大きくしてうなずいた。
「わたし、こんな儀式があるとは知りませんでしたわ」
「これは王家と騎士たちとの、ささやかな秘密。秘密といえば、エイジェルステット家の方がお得意でしょうけれど」
皇太后様はそこで柔らかくまぶたを細めて、遠くへ目をやった。
「今では魔法使いを志す者の前にはいよいよ濃く青霧が立ち込めているとか。そのため、魔法はエイジェルステット家のものだけになってしまった」
マデリーネも窓の外へとたおやかに眼差しを投げて、つぶやいた。
「その昔、魔法の心得のある武の王が、自分以外の魔法使いを粛清しようとしなければ、今も青霧の晴れることは多かったでしょう」
皇太后様はかすかに目を伏せたようだった。マデリーネはすぐさま話題を戻し、
「わたしも騎士様との秘密を守らなければなりません?」
「もう一族の方にもらしたりなさったの?」
「いいえ、一言も」
皇太后さまは朗らかに、それでいて重々しくうなずいた。
「この誓いには公的な力はありません。もうずいぶん昔に、近衛たちが一方的にはじめたことと言われています。けれども今では諸侯に王家への忠誠を捧持させ、国の安泰をはかるからくりともなっています。存外に法では及ばない効き目があるのですよ。わたくしが幼かった頃は、戦場で死を逃れ得ないと悟った騎士は、我が貴婦人のために、と叫んで敵陣ただなかに飛び込んでみせるのが美しいとされていたのですが、そんな時代が去ったことには心が休まります」
皇太后さまはしばしアーネの花束に目を落とし、
「ともあれ、あなたも騎士たちの夢を破ることのない淑女でいるようご自分を律していらして。あなたの騎士さまとは生涯良好な関係を築いてちょうだい」
皇太后さまはそこで気持ちを軽くするよう微笑まれると、
「さあ、そのような難しいからくりはさておき。わたしには今ではもうおじいちゃんになってしまった騎士の方もいるのだけれど、やはりお若い方に「騎士として一生を捧げます」と申し出られて、誕生日にはちゃんとこうして花を贈られたりすると、華やいだ気持ちになれて嬉しいわね」
「ええ。本当に、そうですわね……」
にっこりと答えて、マデリーネは深く考えるように皇太后さまに贈られた花束に見入った。
なにやらめまぐるしく思いを巡らせているようで、皇太后さまは彼女の思いが落ち着くのをしばし待ってから、花束を侍女に渡した。
「花瓶に飾ってちょうだい。そちらの花台がいいわ」
侍女が花を持ち去るのを見送り、皇太后さまはあらためてふっくらと笑まれると、
「それで、あなたの騎士さまは、どなたです?」
マデリーネもすぐに朗らかに、
「それはもちろん、わたしとわたしの騎士さまの秘密ですわ」




