雪の跡 sideデューク
「ん……」
淡い光が強烈なものに変わり、眩しさに目を眇めている間に急速にしぼむ。あまりの白さに眩暈で崩れ落ちたところで、デュークは目を覚ました。
ここ最近ずっと開けっ放しのカーテンから漏れ入る太陽の光が室内を照らし、久しぶりにすっきりした目覚めに身体を起こした。
珍しく、悲しみが薄れている。夢を見ていたはずだけれど、これまでのように苦しさを伴う記憶はおぼろげだ。
窓から見える外は白い雪が羽のようにふわりふわりと落ち、地面を白く染めていた。
「本当に積もったな」
王都では滅多に見ることのない景色。フェリシアが楽しみにしていたのを思い、心が躍る。
まだ物語の終わりは見えておらず懸念は残るが、未来だけではなく、今をフェリシアには楽しんでもらい、思い返した時に少しでもいい思い出があってほしい。
窓を開けると、夢とは違い冷たい雪が頬を撫でる。
その冷たさが夢との区別を示し、今ならどれだけ吹雪こうが無敵になれる気さえした。
――フェリが幸せならばそれでいい。
もう二度とごめんだと、守ると誓ったのに、一年も経たずして危険な目に遭った愛しい恋人の声にきゅっと胸が詰まる。
失うかと思った。でも、失っていない。
怖い思いをさせたこと、助けられたこと、すれ違いや喧嘩、夢と現実の境目もなくなり、もう二度と届かないところに行ってしまいそうで恐ろしかった。
温もりを感じていないと、フェリシアが夢のようにすっと消えてしまいそうだったが、ようやくしっかりとフェリシアの手を握ることができた。
あとは、このまましっかりと手を繋いだまま離さずにいるだけだ。
好きだからこそ、愛しているからこそ、どうしようもなく手放せない想いは膨れ上がり、積み重なっていく一方で、どうやったら軽くなるのかわからない。
それらを降ろすなどと考えたこともない。すべてのことはフェリシアだから感じるもの。
フェリシアがいるからこその、今。
フェリシアをこの腕に抱け、美しいエメラルドの双眸にデュークを映し出し微笑まれる幸せは、誰にも、何にも奪わせるつもりはない。
「物語なんて、くそくらえ」
デュークは、とん、と胸を叩いた。
この想いは作られたものではなく、ちゃんとここにある。
後悔も、苦しみも、嬉しさも、すべて自分のもので、フェリシアと過ごした思い出とともに消えることは決してない。
しばらく外を眺めていたが、出かける用意をする。
今日は朝からフェリシアと一緒に観劇に行く予定だ。外に出て、フェリシアのもとへ向かう。
侯爵邸に着くと、すでに待っていたフェリシアはデュークを見て嬉しそうに駆け寄ってきた。
「フェリ。走ると危ない」
「デューク様。雪が積もりましたね。可愛いのが作れましたよ」
慌てて駆け寄るが、フェリシアは興奮しているようで手のひらサイズの雪だるまを見せながら、輝くような笑顔を見せた。
本当に楽しみにしていたのだなと、その笑顔を見るだけで嬉しくて、この瞬間が愛おしくて仕方がなくて、思わずフェリシアを抱き上げ、その場でくるくると回った。
触れる空気の冷たさで、自分たちの吐息が白く上がっていく。
フェリシアの重みと温もりをもっと感じたくて、ぎゅっと抱きしめた。
「ふふふっ。デューク様も楽しみだったんですね」
「ああ」
自分の名を呼び、エメラルドの瞳が愛おしげに細められる。
感じるものすべてが、今が、奇跡のようで。だけど、確実に自分たちで掴んできた今。
何より、この腕にフェリシアを抱くことができる。それだけでデュークは泣きたくなるほど気持ちが溢れそうになった。
「デューク様、一緒にここを歩きませんか?」
「ああ。いいな」
可愛い提案に、大きく頷く。
目の前は真っ白なキャンバスが広がり、どこまでも続いていた。
「行きますよ」
「ああ。行けるところまで行こう」
「そうですね。もったいない気もしますが楽しみです」
せーのと掛け声とともに、手を繋ぎながら同時に一歩足を進めた。ときおり、きゅっと軋む音がして、そのたびに滑らないように繋いだ手の力は強くなる。
そうやってしばらく足を進めていたが、雪が少し深くなったところで一度振り返ると、白い大地に二人の足跡が消えることなく並んでいた。




