29.狙われたのは
第二部/第四章 展開と真実
ぱんっ、と頬を叩かれ、脳天が揺さぶられた。
思考する隙間もないほどの暗闇にいた私は、衝撃にようやく意識を取り戻す。
「いつまで寝ているんだ。起きろ!」
再度、頬を叩かれ、ゆっくりと瞼を上げた。
気を失う前に使われた薬が抜け切れていないようで身体は怠く、目を開けるのだと言い聞かせていなければまた閉じてしまいそうなほど重かった。
まず視界に入ったのは、茶色の瞳。それから顔全体を捉え、茶色の髪と無精ひげを認識した。
「……ここ、は?」
「ようやく起きたか」
声を発した私を見て、男は手間をかけさせやがってと襟首を持っていた手を無造作に離した。
状況についていけない。身体に力を入れることもできずに、ごん、と壁に頭をぶつける。かたり、と飾りピンが落ち、はらりと髪が解けた。
痛みに顔を歪め、頭に手をやろうとし、そこで手が動かないことに気づく。どうやら、柱を背に後ろで手を縛られているようだ。
やけに物事を認識するのがゆっくりだと感じながら、周囲に視線をやりどうしてこうなったのか、いなくなったセラフィーナのことを思い出し、そこでようやく意識が覚醒した。
「セラフィーナ様は?」
「一緒にいた女か? 彼女は違う部屋にいる」
最初から私の質問を予想していたかのように、間髪入れずに伝えられた。それが逆に不安になり、じとりと相手を睨みつけ再度問いかける。
「無事なのでしょうか?」
「今はな。まあ、今後は保証しないが」
私の視線に愉悦を浮かべ脅してくる相手に、これ以上突っかかるのは得策ではないと視線を逸らす。
ひとまず、彼女も無事であるとの情報を信じるしかない。
危険を冒してまで学園に潜入したのだから、私たちどちらかが目的、もしくは両方か私たちの周囲に要望があるのだろう。
少しでも情報を引き出し、セラフィーナとともにここから無事逃れるべく、今は目の前の人物に集中する。
「何が目的でしょうか? 元騎士さん」
目の前の男を見る。
この国に多い茶色の髪に瞳と特徴のない髪型に顔立ち。若干頬がこけ、無精ひげ以外は身長や体格、首の右側に大きめのほくろがあると、先輩騎士から聞いていた同僚の人物と一致する。
「はん。俺を知っているのか。嗅ぎまわっていたから当然と言えば当然だが、兄妹揃って鬱陶しいヤツらだな」
兄妹? 嗅ぎまわるといえば、カーティスと先輩騎士に話を聞きに行ったことか。
「兄を知っておられるのですね。私たちを見張っていたのですか?」
「カーティスと一緒にいろいろ嗅ぎまわっていただろ? うろつかれれば、警戒するのは当然のことだ」
つまり、狙いは私。セラフィーナは私といたことにより、巻き込まれてしまったようだ。
突きつけられた現実に息を呑もうとしたが、緊張で乾ききり喉が締まっているのか呼吸すらままならない。
「狙いは私みたいですが、私が知った情報は騎士の間でも共有されており特別ではないはずです。なぜ、学園に侵入してまで私を?」
私の発言次第で彼女の待遇も変わる可能性もあり、プレッシャーで声が震える。
「計画の一部が変更になったのは、お前のせいだと聞いている」
元騎士は片頬を引きつらせ嫌な笑いをすると、ぎろりと睨みつけ言い捨てた。
「私ですか? 自分で言うのもなんですが、私には何の力もありません」
多少は調べたりもしたけれど、それだけだ。
元騎士を追い詰めるようなことをした自覚もないし、追い詰められたと感じているのなら先輩騎士を含めた騎士たちの活躍だ。
「そうでもないようだぞ。お前はイレギュラーらしいからな」
「イレギュラー……。誰がそのようなことを?」
死に役だったのに生きているから?
イレギュラーとはどういう意図をもって言っているのかすぐにでも聞いてみたかったが、この小娘のどこがと侮蔑を含んだ視線を向けられたので口を噤む。
元騎士は誰かの命令で動いているだけのようだ。その人物とは誰なのか。
私が見た眉尻に傷のある茶髪の男なのか、それとも全く知らない人物なのか。
イレギュラーとは何なのか。
もしかして、私が死に役でありここにいるはずがなかったことを知っていての発言なのか。
自覚はないが回帰したであろうデュークのことを考えると、ほかにもなんらかの記憶を持っている人物がいてもおかしくない。
となると、今回も物語通りとはいかないかもしれない。
もともと物語をあまり覚えていないため私にとっては展開の変化は意味をなさないけれど、物語の展開に加えその人物の思惑が乗って今回のことが動いているのなら話も変わってくる。
事件が解決したとしても、その人物に話を聞くまではきっと私の疑問は解けることはない。
まずはピンクローザを取り戻し、必ずここから逃げ延びる。
それから、その人物に会って真実を突き止めると、これはピンチでチャンスなのだと腹をくくる。
「誰かなんて知る必要はない。兄と一緒だな。目の前にいるのに、その先のものしか見ていない。俺らだって必死に生きているんだ」
一瞬意味がわからなかった。だが、悔しさが滲み出た表情に理解する。
カーティスは向上心があるので常に上を向き、自分を高みに上げるために切磋琢磨しており、自分より剣術が弱い相手は眼中になかったかもしれない。
決して見下していたわけではないだろうが、元騎士にとってはそれが屈辱だった。そして、妹である私の意識がすでに目の前の元騎士よりも、背後にいる人物に向いているのがわかり詰っているのだろう。
私怨も混じった言葉に反論しようと口を開きかけたところで、ぺちっと頬を叩かれた。
「余計なおしゃべりはなしだ。今からの質問に答えてもらおうか」
すでにそこは何度も叩かれ腫れていたのか、さっきまで感覚はなかったがぴりっとした痛みに私は顔を歪めた。




