30.変異点
私が痛がるのを見て楽しそうに口元を歪めた元騎士は、私の前に屈みこむと前髪を掴み私の顔を上げた。
「なぜ、あの場所で店を開いた?」
「私たちの店のことですか? どうしてそのようなことを知りたがるのですか?」
ドミニクが襲われたことと関係するのだろうかと訝しむと、ぐいっとさらに髪を引っ張られた。
「質問に答えろ」
「たまたま便利な場所に売り出されたからにすぎません。職人を襲ったのはあなたですか?」
「ああ。生意気に護身用のナイフを振り回してきたから拉致し損ねたがな。邪魔ばかりしやがって」
私が見た茶髪の男ではなかったらしい。
「宝石を加工させようと思ってですか?」
「よくわかっているじゃないか。あの職人は腕がいいと聞いたから、あの男だけでも取り戻せとの指示だ」
「取り戻すも何も……」
「ああ!?」
またぐいっと引っ張られ口を噤む。
痛みを我慢しながら、これで窃盗団とドミニクの誘拐未遂は繋がり、宝石を加工させるために職人を確保しようとしたとの証言は取れた。
私たちの店兼工房は、物語の変異点となってしまったようだ。
転生か回帰かはわからないがこの国で起こる展開を知っている人物が関与しているとすれば、私が生きていたことで変わってしまったことが、相手の計画の邪魔をしたのかもしれない。
ぶるり、と身体が震えた。
ただ、生きたかっただけだ。私の人生なのだから好きにしようと動いていたことが、このような形で変化をもたらしていた事実。
渦巻く感情を押し込めるようぎゅっと唇を噛み締め、息を深く吸った。緊張のせいか、あまり息をうまく吸えない。
それでもここで思考停止させてはならないのだと、少しでも気丈にと元騎士に話しかけた。姿勢を変えるふりをして、先ほど落ちた飾りピンを手繰り寄せお尻の下に隠す。
「襲ったところで、素直に職人たちが作業するとは思えませんが」
「その辺はやりようはあるからな。ただ、失敗した。これまで当たっていたから方針を合わせていたが、生温すぎるんだ。なぁにが怪我人を出さずだよ。これだけの騒動を起こして、犠牲もなく逃げられると考えている時点で甘すぎる」
どうやら、指示を出す者と元騎士の方針は分かれているようだ。
物騒な発言から、自分の置かれた状況の危うさを理解し身体が震えた。
ヒロインの立ち位置が私にスライドしただけ。そういう強制力とも考えられるけれど、『死に役』である私にとって捨て置けない要因だ。
「どうやって侵入したのですか?」
「それを知ってどうする?」
「ただの好奇心です。学園は厳重に警備されているはずなのに、どうやって入ってきたのでしょうか?」
私が戻ってこないことに気づいたデュークは、今頃必死になって私を捜しているはずだ。
痕跡を見つけるまで時間がかかるとしても、デュークなら見つけ出してくれると信じている。そのためには、私は少しでもこの状況を引き延ばす必要があるのと、可能性を計っておきたい。
「王族も知らない秘密のルートがある。それも教えてもらわなければわからないルートだ」
「あの庭園に繋がっているということですね」
なら、きっと大丈夫。ぎこちない時期も続いたが、前回と違い一緒に過ごすことが増えたので断然に互いについての情報量は違う。その分、推測できることも違う。
イレイン王女の話もこれまでしてきたし、あの場所も視野に入れてくれるはずだ。セラフィーナのブレスレットがあのまま落ちていれば、さらに何かあったと気づいてくれる。
デュークは決して私を諦めない。そう思えるから、私も強くあれる。
「助けを期待しても無駄だ」
「それはどうでしょうか? 私は周囲の人たちを信じています」
そう。私を思ってくれる人たちを信じている。そして、私は私でできることはするつもりだ。
嫌な可能性に心は竦みかけたけれど、物語の進行や展開などは生きていたらどうでもいいことだ。
話しながら、飾りピンの蓋を外した。無理な角度で動かすため、縄が手首を締め付けこすられる。
ひりひりと手首が熱を持ち出したが、両手さえ自由になれば全く対抗する術がないわけではないと、細かく動かし縄を切っていく。
「信じるなら勝手にすればいい。人の物を盗んだんだ。それ相応の代償を支払ってもらおうか」
「私たちは正当に買い取りました」
「だが、あそこは俺たちの物になるはずだった。しかも、工房丸ごと雇い入れだとか、どこまでも俺たちの邪魔をした。そのせいで俺は正当な報酬を受け取れないままだ。本来ならとっくに国を出ていたはずだ」
そんなことを言われても、私には関係ないことだ。
「つまり、あの場所で宝石の加工もさせようと考えていたんですね」
「世間知らずの嬢ちゃんかと思ったが、察しはいいじゃないか」
王都で堂々と加工までしようとしていたとは大胆だが、灯台下暗し。捜査が入らない限りわからないし、ばれないように売るルートなども確立していたとすれば、なかなか大がかりである。
王都で職人を確保しようとしたということは、まだ宝石は王都にある可能性は高い。下手に移動して見つかるよりはと、どこかに隠しているのかもしれない。
ここがどこかはわからないが、案外この近くにある可能性もあるのではないか。
私は希望を胸に元騎士との会話を続けた。
「代償と言っても、私を攫ったところで何か変わるとは思えませんが」
「俺の任務はフェリシア・オルブライトを学園から連れ出すこと。理由などどうでもいい」
連れ出すことが目的とはどういうことだと、私は眉を寄せた。何がしたいのかまったく意図が見えてこない。
「いったい何が目的なのですか? 事態を悪化させるだけで誘拐は悪手だと思いますが」
「さあな。俺は報酬さえもらえたらそれでいい。誘拐した後のことの指示は受けていない。あんたの処遇はどうすべきだと思う?」
ぐいっと髪を引っ張られ、また上を向かされる。
元騎士の手にはナイフが握られ、ライトに照らされたそれは怪しく光る。時計が視界に入り、目を眇めた。
――確か、窃盗事件があった二軒目のお店にあったものと似ている。
先日、デュークとユリシーズとともに訪れたお店の一つで、先輩騎士が怪しい男が出入りしているようだと話していた。
先輩騎士の捜査と私たちの行動が無駄ではなかったことを示す証に、不安と恐怖の中に期待が膨れ上がる。
何もしてこなかったわけではない。それこそ、デュークが何もせずにいるわけがない。デュークならば、必ず気づいてくれるはず。
手探りながらも築き上げてきたデュークとの関係は、目の前の元騎士にも、その背後にいる人物にも、物語にも壊すことはできない。
――それに、まだすべてを話せていない。
耳を澄ませば、階下で物音がする。すぐそこにいる。見えないけれど、デュークの気配を感じる。
「何を笑っている」
私の大好きな人がもうすぐそこまで来ている安心感に頬が緩んでいたのか、さらに乱暴に髪を引かれた。
「……っ」
そのはずみで縄が切れたが、ここにきてバレるわけにはいかないと飾りピンを落とさないようにぐっと手に力を入れる。
「どうやら、天は私たちの味方のようです」
好きにしたせいで襲われたけれど、好きにしたからこそ築き上げたものがある。
私は、えいっ、と元騎士の膝に飾りピンを振り下ろした。




