19.怪しい影
第二部/第三章 迫る物語と加速する想い
この日はやけに冷え込んでいた。
びゅう、と吹いた風に煽られ、冬は本当にもうすぐそこに来ていると澄んだ空の下、わずかに乱れた髪を直した。
今日はジャクリーンたちと事業の拠点となる店で話し合いだ。約束の時間まで少しあったので、これまで被害に遭った店の傾向から狙われる可能性が高い宝飾店へと立ち寄る。
ドアノブに手をかけたところで、カラン、とドアに設置されたベルの音と同時に店から男性が出てきた。
「すみません」
「こちらこそ。申し訳ない。お怪我は?」
ぶつかりかけ謝罪を述べると、男性は驚いたように目を見開き、それから軽く頭を下げた。
「ありません」
「それはよかった。では、失礼します」
男性にしては細身なほうだがよく見かける茶髪に茶色の瞳のその人物は、私の顔をじっと見ていたが、吹き付ける風を防御するように帽子を深くかぶり直し出ていった。
しばらく店内を見て、店主とも話をしたがこれといって収穫もなく街を歩いていると、前方から目立つ集団が歩いてくるのが見えた。
シルバーの髪に今日も気合の入ったお洒落な服装。引き連れるメンバーも含め、豪華な集団は見間違いようもない。
近づいてくる相手をその場で待ち、私はカーテシーをした。
「フェリシアさん! 外で会うなんて奇遇ですね。どこに行かれる予定ですか?」
イレイン王女もすでに私に気づいていたようで、笑顔で話しかけてくる。
「休日にお会いするとは思いませんでした。ご機嫌いかがでしょうか? 私はこれから店のほうに顔を出しに行く予定ですが、その前に用事を済ませてきたところです。イレイン殿下たちはどちらまで?」
「わたくしたちは展覧会に再度足を運んできたばかりなの。今日も変わらず宝石は美しくて目の保養でした。この後は、予約してあるパティシエの店へと行く予定なんですよ」
店舗も開店時間が違い遅めの店も先ほどオープンしたばかり、イレイン殿下はすでに一つ目的を達成してきたようだ。
相当展覧会の展示品、宝石が気に入ったようで、興奮した様子で話を続ける。
「何度見ても美しかったわ。この勢いで宝飾店を回りたかったのだけど、今日は展覧会の余韻を美味しいもので浸るほうが数倍いいと提案され、ゆっくりと満喫することにしたの」
褒めてとばかりに宣言するイレイン王女に、セラフィーナが笑みを深め頷いた。その背後で、ユリシーズが小さく肩を竦めてみせる。
ユリシーズの話通り、セラフィーナがイレイン王女の要求と周囲の様子を見てうまくやっているようだ。
お互いに楽しい一日をと挨拶をし、イレイン王女たちと別れ、私は店へと足を運んだ。
◇ ◇ ◇
「もう。許せませんわ!」
「本当ですよ! 危うく師匠が怪我をするところでした」
ジャクリーンが声を上げると、ケネスも同じような声量で同意した。温和な彼だが、珍しく目が据わりかなり怒っていることがわかる。
「怪我がなくてよかったですが、本当に物騒ですよね。早く犯人が捕まってほしいです」
朝早くにドミニクが出勤した際に、名前を呼ばれ振り向くと拉致されそうになった彼は、ポケットに忍ばせていた護身用ナイフで男を撃退した。騒ぎを聞きつけ人が集まってきたので、男はそのまま逃亡したが危うく連れ去られるところだった。
店に着くなり事の顛末を聞いた私は、本当に危なかったと憤りながら告げると、ジャクリーンが、ばん、と机を叩き、その勢いで席を立った。
「まさかドミニクさんが狙われるなんて! 店の警備を強化していたけど、その職人まで狙われるとは。これも宝石が盗まれていることと関係するのかしら?」
「わかりませんが、可能性はありますよね。フェリシア嬢が護身用ナイフを持つように師匠に提案してくれていて助かりました」
ドミニクの名前がイレイン王女側から出た以上、何があるのかわからないとドミニクたち職人にも護身用に何か持ち歩いてほしいと伝えていた。それを聞いてしっかり対策してくれていたと、今回のことを聞いてほっとした。
騎士たちの巡回も増えている。その上、宝石の窃盗事件を受けて警備を強化していたが、今回は出勤時にドミニクが狙われた。
宝石を加工する職人の誘拐未遂。これまでとは違うけれど、どちらも宝石絡み。身近でそのようなことが起こり肝は冷えた。
「お怒りはとてもわかります。ドミニクさんが怪我をしていたらと思うと私も非常に腹が立ちます。幸い被害はありませんでしたが、一刻も早く犯人が逮捕されてほしい。そのためには、少しでも情報をまとめることが有効ではないかと」
物語の展開に関係しているのかは定かではないが、起きてしまったからには被害を最小限に抑え迅速に解決するべきだ。冷静に判断し、しかるべきところに情報を提供することが事件解決の早道である。
私の意見にジャクリーンはふぅっと息を吐き出し、続いてにっこりと笑うと再び席に着いた。
「そうですわね。私たちの店を狙ったことを後悔させるような状況にしてあげましょう」
「二人の意見に賛成です。宝石だけではなく、職人もとなると犯罪の匂いがしますね。例えば、盗んだ宝石を加工させるとか」
同じ組織の犯行ならば、その線は濃厚だ。むしろ、そうとしか思えない。
すでに知らないところで、無理やり加担させられている職人だっているかもしれない。そう思うと、一刻も早く犯人を捕まえないと被害が拡大しそうだ。
「どちらにしろ、盗みや危害を加えることは許されません。ドミニクさんの話によれば、髪色は帽子をかぶってわからなかったけれど、瞳は茶色だったとか。よく見る色でこれといった特徴はないとなると、そこからたどるのは難しそうです」
ジャクリーンの言葉に、私は目を眇める。
「撃退した際に相手は傷を負ったとか」
「そんな感触はなかったようですよ。向こうも刃物で抵抗されると思わず、すぐに引いたみたいですし」
「そうですか。抵抗の際に傷がついていたらわかりやすいかと思ったのですが、そんなうまくはいかないようですね」
茶色い瞳と聞きさっきぶつかりかけた男性が思い浮かんだが、なんでも絡めればいいものではないと首を振った。
ジャクリーンが言うように、茶色の瞳はこの国に限らず一般的で道を歩けば必ず見る色で、特に珍しくもない。
「窃盗事件がしばらくなかったからもう諦めたのか、移動したのかと思っていたのだけど、まだこの辺りを潜伏しているのかもしれません。護衛がいるとはいえ、お二人も気をつけてください」
ケネスが物騒だと眉をひそめ、女性である私たちを気遣う。
彼には、窃盗団が展覧会を狙っているかもしれないという話はしていない。ジャクリーンとともに神妙に頷き、私はまとめるようにゆっくりと言葉を発した。
「ケネス様も気をつけてくださいね。わざわざ警戒の厳しい王都にいるということは、相手は大きな目的がある可能性があります。犯人が逮捕されるまでは気を抜かず行動しましょう」




