番外編 ジャクリーンの恋愛事情 前編
祝コミカライズ連載開始!なろう限定SS!
ジャクリーン・モンティスは公爵家の次女として生まれた。
六歳の時に王宮で行われたお茶会で、王家に次ぐ身分と同じ歳ということもあってクリストファー殿下の婚約者候補になった。
事前に両親からその可能性を示唆されていたため、驚きはなかった。
誰かといずれ婚約するなら、王太子殿下は見目もいいほうだし性格は悪くない。それくらいの気持ちだった。
王族の婚約者は、候補の段階で妃教育もあり覚えることが増えるが、もともとじっとしているよりは様々な知識を得ることが好きなジャクリーンは苦ではなかった。
最終的にそれらに耐えられ力を発揮できる優秀な者、王族と家の利点、クリストファー殿下と相性がいい者、さまざまなバランスを見て決定される。
将来の国母の立場は重要だ。
そのためこればかりは個人の力や気持ちで決定するものではないので、そういうものとしてジャクリーンは気負わず自分のできることをしていた。
候補から外れた際は得たものを活かせばいいし、婚約者となったならその知識を存分に発揮し支えていけばいいだろうくらいのものだった。
クリストファー殿下は五人いる婚約者候補を平等に扱いながらも、家門の権力に対して配慮しているので常にジャクリーンは優遇されていた。
それはありがたいというよりは雑務と心労が増えるだけであったが、公爵家に生まれたからには立場を理解し、ジャクリーンは常に最善を心がけるようにしていた。
クリストファー殿下に恋をし、または家門の圧力から必死になりジャクリーンに嫉妬してくる候補の女性はいた。
けれど、嫉妬されたところでどうしようもなかったので適当に相手をしてきた。
クリストファー殿下との関係や立場が嫌なわけではない。
けれど、最近は友人たちといる時間が充実しすぎて、王太子の婚約者候補でなければもっと自由に動けていたのにという気持ちも出てきてどうもいけない。
キプボワーナ国との騒動後、クリストファー殿下は五人のうち三人は候補から外し、私ともう一人、侯爵家の令嬢のみとなった。
――ま、なるようにしかならないわね。
そういった相手の動きと呼応して、どっちつかずの関係をそろそろはっきりさせたいと思うのかもしれない。
夕日が部屋を赤く染め、ジャクリーンはそこでゆるりと笑みを刻んだ。
真っ赤ではなくてこれくらいの色味のものもいいかもしれないと、現在何かが物足りなくて完成していないアクセサリーのことに思考がいく。
「殿下、今日はこれで失礼いたします」
「ああ。楽しい時間だった」
本日の逢瀬と話し合いも終わったので暇の挨拶を告げると、クリストファー殿下が静かに頷き笑みを浮かべた。
いつもならここで席を立ってジャクリーンをエスコートしてくれるのだが、殿下はいっこうに席を立とうとしない。
ジャクリーンは笑みを浮かべたまま、物言いたげにこちらを見てくる相手に首を傾げた。
「クリストファー殿下?」
話しかけると、クリストファー殿下は小さく息をつきどこか不機嫌そうな声を上げる。
「何も聞かないのか?」
「候補の方を絞ったことですか? すべてはクリストファー殿下の決断に従うだけです」
甘いだけの人ではない。
だからこそ、ジャクリーンも婚約者候補がいる中でそれを言及したことも急かしたこともなかった。
選ばれなかったら違う道を。
選ばれたのなら寄り添い協力を。
「そうか」
そこで考えるように視線を伏せたクリストファー殿下をジャクリーンは見つめた。
金の睫毛に縁どられた向こう側には、王族特有の金の瞳。
ジャクリーンの視線に気づいたクリストファー殿下が顔を上げる。
絡まる視線。
すべてを呑み込んでしまいそうな広大さを感じるこの瞳はいつ見ても美しく、今日みたいに夕日を映し込んだ黄金の瞳はどんな宝石よりも神秘的だ。
そこでふと思う。
――そっか。殿下が決めてしまったらこの関係も終わるということなのね。
もちろん続く可能性もあるけれど、動き出したということは終わるものもあるということだ。
そう思うと、この関係、距離感、すべてが愛おしく、終わりが近づくと寂しささえ伴う。
この先はこの双眸を親しい距離で見ることがもうなくなるのか、それともさらに近くで見ることになるのか。
――不思議なものね。
十年以上続いたこの関係が終わるかもしれないと思うと、途端にこの瞳が一層美しく感じた。
終わっても続いても形は変わる。
六歳の時から、同年代の異性の中で一番近くにいたと自負している。ずっと見てきた。
常に澄ました顔をし、何でも簡単にこなしているように見えるが、実は負けず嫌いなのを知っている。
今ある姿もクリストファー殿下が努力してきた結果だということを、ジャクリーンや側近たちはそばで見てきた。
周囲に求めるものも多い人であるが、自分も自身の理想に近づけるよう努力する人なので、周囲もそれに合わせて能力を高めていく。
地位に胡坐をかいて何もせず口だけの男は嫌いなので、ジャクリーンはクリストファー殿下のそういった気質も好ましく思っていた。
クリストファー殿下の次の行動を待つ。
崩れぬ姿勢と笑顔を浮かべ貴族子女として見本のような姿のジャクリーンを見て、クリストファー殿下はふっと重い息を吐き出した。
「最近、工房に通っているようだが」
「はい」
殿下の様子が少しいつもと違いおかしい気もするが、話しかけられたのでジャクリーンは軽やかに返事をした。
もう工房に通っていることを隠すつもりはない。
学生という時間と自由がある今、やれるときにできることを楽しまなくてはもったいない。
やるなら思いっきり楽しんでこそだとキプボワーナ国とのこと、大事な友人が危ない目に遭って考えるようになった。
今を疎かにするつもりはないが、この学生の時間をもっと楽しんでもいいのではないかとの気持ちはこれまで以上にある。
「周囲にはそういった話をしていなかったのに、どういう心境の変化が?」
大っぴらにしたというだけで完全に隠しておらず、そもそも王家に隠し通せるものとは思っていない。
クリストファー殿下は知らなかったとしても、候補である時点で殿下の情報機関は把握しているはずだ。
ただ、興味がなければ殿下は訊ねないし、王妃には伝えられているだろうけれど情報共有されているかまでは把握していなかった。
ジャクリーンから話すことはなかったし、これまで話題に上がったことはない。
そのため殿下は知らない、つまりジャクリーンのプライベイトまで興味がないものと思っていた。
だから、ジャクリーンはクリストファー殿下の言葉に驚いた。
「知っておられたのですか?」
「君は、私のことをなんだと思っているのかな?」
目を見開いていると、じろりと睨まれる。
「言葉足らずで申し訳ありません。もちろん、殿下側が把握していることは承知しております。ですが、優先事項として報告に上がるものでもないと思っていましたので」
ただの趣味である。だけど、王太子殿下の婚約者が大っぴらにするにはアクセサリー作りにはまりすぎている。
だから、言っていないだけ。
これまで話題にも出さなかっただけ。
正直、そういうのは暗黙の了解というか、関係に支障をきたしていなければそれでいい。
婚約者候補として、公爵家の子女としてジャクリーンはうまくやれている自信はあった。
「そういうことではない」
「では、どういうことでしょうか?」
不備はないはずだと首を傾げると、クリストファー殿下の眉間にしわが寄った。
本当にわからない。
礼儀に反することはしていないと視線で訴えると、クリストファー殿下ははぁっとあからさまな溜め息をついた。
「……後で説明する。それよりも先にどのような心境の変化なのか教えてくれないか?」
「わかりました。殿下も察してはおられると思いますが、キプボワーナ国とフェリシアとの間であったことが一番の要因です。彼女の悩みや抱えていたもの、ウォルフォード様に対して揺れ動くものを身近に感じ、今という時間の大切さを改めて考えさせられました。何より、実際にあった騒動はあまりにも衝撃的で、自分の身に置き換えて考えた者も多いと思います」
ジャクリーンの交友関係は広く、貴族としてそれなりにうまくやっている。
ただ、吊り目気味の顔立ちときっぱりと言い切る性格からきつく見られがちなこと、そして公爵家子女と王太子の婚約者という立場から一歩距離を置かれることは多い。
フェリシアはジャクリーンが話しかけてくれたから、良好な関係を持つことができたといつも感謝してくれる。
けれど、彼女が色眼鏡で見ずに好意的に受け入れてくれたからこその今の関係で、ジャクリーンのほうこそフェリシアと親しくなれて嬉しかった。
人見知り気味のフェリシアは守ってあげたくなるような柔らかさはあるけれど、決して弱いわけではない。
婚約者を一途に追ってはいたが、決して寄りかかっているわけではなかった。
自立しようとしながらも主張しすぎず、フェリシアの中での一線はしっかり守っている。
そのバランスが健気で可愛らしいと感じるもので、フェリシアの魅力なのだと思う。
そんな強さを持つ人物だったからジャクリーンはじっくり話してみたくて、仲良くなって好きになった。
親友と呼べるほど親しくなった相手の揺れる心や危機は、ジャクリーンの心を揺さぶった。




