番外編 オルブライト家
祝コミカライズ連載開始!なろう限定SS!
「フェリ!」
帰ってきて早々、私は次兄カーティスに抱き上げられくるくるとその場で回った。
あまりの勢いに下ろされ足をふらつかせると、すかさず私を屋敷まで送るため一緒にいたデュークが支えてくれた。
その様子を見たカーティスは、ははっと笑い目を細めた。
「目が回ったか? フェリが軽すぎて思ったより勢いがついたようだ」
「カーティス兄様の力が強いだけです」
「そうかそうか。どれどれ。顔色はよくなったな」
上から顔を覗き込むと、カーティスはにかっと笑いぽんぽんと私の頭を叩いた。
私と同じプラチナブロンドの髪とエメラルドの瞳なのだが、その快活な性格のせいか私のものより明るく感じる。
「心配をおかけしてすみません」
「ああ。心配した。現在進行形でしっかり報復はしていると聞いているし、何より無事でよかったよ」
キプボワーナ国との交流会で起きた騒動を、カーティスもとても心配をしてくれた。
次兄の勤務先はここから離れていたこともあり、こまめに連絡は取っていたが久しぶりに会う。
騒動後とカーティスの帰宅予定がちょうど重なり、その時は隣国に乗り込む勢いでカーティスは怒っていた。
それを両親と長兄ミチェルが合法的にしっかり報復するからと説得し、しぶしぶ、本当にしぶしぶ戻っていったのは記憶に新しい。
その時は王都とは遠く離れた場所に勤務していたが、来年度から勤務地は比較的近くなる。
そのため、それに合わせてようやく長期休みが取れたと帰ってきた。
「カーティス。お久しぶりです」
「ああ。デュークも久しぶり。フェリと仲良くしているようだな」
私たちの様子を見てそこでデュークが頭を下げると、「おうっ」とカーティスは手を上げた。
「はい。おかげさまで。しばらくこちらにいると聞きました、また稽古をつけていただけたらありがたいです」
「相変わらずだな」
カーティスはエメラルドの双眸を眇め、デュークの姿を上から下へと視線を投じた。
「守る術は多いに越したことはないので」
「……そうだな」
私をじっと見つめながら告げたデュークに、カーティスは神妙に頷いた。
二人はベリンダの騒動を思い出しているのだろう。
騒動の余波に苦笑していると、デュークがぐっと私の腰に回していた手に力を込めた。
見上げると、わずかに目尻を下げたデュークは小さく口の両端を引いた。
「もちろんフェリシアとの時間を優先しますが」
その言葉に目を見開くと、当然だろうとデュークは頷く。
デュークもカーティスも剣に関してはとことん追求するタイプなので、手合わせできるとなったら優先させるものだとばかり思っていた。
それよりも私が優先とは驚きだ。
二人の稽古している姿を見るのは好きなので、この件に関して全く何も思っていなかったから不意打ちを食らってしまった。
デュークの中での自分の位置が、かなり上にあるのを実感させられる。
「そこは変わったな」
同じように思ったようで、そこでカーティスが私たちを交互に見た。
「ま、兄としてはフェリを大事にしてくれる男が強いに越したことはないから、時間が合ったら稽古をつけよう」
「ありがとうございます」
デュークが小さく口の端を上げると、カーティスはデュークの肩に腕を置いた。
「せっかくなら、久しぶりに本気を出そう」
結局、なんだかんだ言ってカーティスもデュークの手合わせが楽しみなのだろう。
年齢は四つ違うが、子供の時から切磋琢磨してきた仲。
私も二人が剣を合わせている姿を見るのは楽しいし、久しぶりに見たいなと二人が話しているのを聞きながら笑みを浮かべた。
その日の夜、久しぶりに家族揃っての団らん。
ステーキを豪快に口に入れ、カーティスが話を切り出した。
「デュークが短期間で変わったな。実直なところは一緒だがなんていうか一皮むけた」
「そうだな。以前よりは頼もしくなった」
「そうそう。前が頼りなかったわけではないけど、芯が太くなったという感じだな。大事な妹を預ける男が成長してくれて嬉しいよ」
カーティスの言葉に頷くと、ミチェルが口元を布巾で拭きながら私のほうを見た。
父とよく似た濃い緑の双眸は、厳しさと穏やかさを綯い交ぜたような複雑な色味を帯びた。
「一度はどうなるかと思ったけれどな」
「今回はかなり心配したわね。だけど、うまく収まってよかったわ」
母が同調して深く頷いた。
「ごめんなさい」
「いいのよ。悩むからこそ気づくこと考えることに幅ができるのよ。その時は苦しくても今は得るものがあったのでしょう?」
「はい」
婚約解消の話をし、家族には心配をかけた。
あの時、真っ向から否定せず最終的には私の考えを尊重してくれると母が言ってくれたから、私は家のことや立場に縛られず、自分の気持ちとデュークに向き合えた。
『死に役』であることも含め考えることやわからないことが多くて逃げ出したくなったけれど、踏みとどまれたのは家族の存在は大きい。
デュークとのことは大事だし自分たちで動いた結果ではあるけれど、家族が大らかに見守ってくれているからこその今でもある。
愛妻家の父シルヴェスターに、可愛いもの好きの母エレローナ。
ほんわかした雰囲気だが怒ったらこの家で一番怖いのではないかと思うミチェルに、武闘派でこの家のムードメーカーのカーティス。
私は彼らに愛されて育った。私は胸を張ってこの家に生まれて心から幸せだと言える。
「いい顔しているものね! 母としてはそれが一番よ。私は二人が納得しているならそれでいいわ」
「二人とも積極的に話すほうではないからね。今回のことは向き合うきっかけになったのだろう。だからといって隣国がしでかしたことを許すつもりはないが」
そこで父が厳しい声で告げた。
「ええ。そちらはあなたに任せるわ」
「ああ」
そこで両親は顔を見合わせ、大きく頷いた。
「それでデュークだけど、あれはいつだったかな? あなたたちが子供の頃にケーキが足りなくなったことがあったじゃない」
「ああ。あったね。あれで意外と気が利くというか、これまでとは違った意味でもいい子だなって思った」
兄たちはデュークについて話を続けるようだ。
二人が話しているのは私が八歳の時のことだ。
その日は同年代の子息令嬢が集まるお茶会が我が家で開かれた。
多めに準備されていたケーキだけど、崩れたり落ちたりといろいろハプニングが重なり、数が少なくなってしまった。
それでももともとの数に余裕があったので大きな問題にはならなかったが、お客様優先で好きなものを選んでもらい様子を見ていたら、私が食べたかった物がなくなってしまった。
期間限定の物だったのでちょっと残念だと思っていると、それを見ていたデュークが先に取っていたものを、「ん」と渡してくれたのだ。
「どうして?」
「俺はどれでもいいから、フェリシアが好きなのを選んでおいた。これ、好きだろう?」
訊ねると当たり前のように告げられる。
私の性格と行動を把握し、誰かに取られる前に私が好きそうなものを取ってくれたようだ。
私はケーキよりも、デュークの気遣いが嬉しかった。
「ありがとうございます。このケーキ、食べてみたかったんです。よくわかりましたね?」
「ああ」
私が礼を告げると、ふっとデュークは笑うとお皿を渡し戻っていく。
結局、どうして種類が多くあるケーキの中から私が食べたいものが当てられたのかは言及されなかったが、その時食べたケーキがそれまでで一番美味しかったと感じたことは今でも鮮明に覚えている。
そのことがあってから、私は生クリームのケーキがさらに好きになった。
懐かしいなとその時のことを思い馳せていると、カーティスは思い出すように窓の外へと視線を向けた。
「あれを見てデュークなら妹を任せても安心だと判断した」
「本人、無意識かつ無自覚だったがフェリシアのことを見ている証拠だからな。たかがケーキ、されどケーキ。そのちょっとに気づけて動けたのはポイントが高い」
ミチェルの解説つきの意見に、私は眉尻を下げた。
「懐かしい話ですが、お二人とも見ておられたのですね」
「当然だ。我が妹をいじめるヤツがいたら容赦しない」
「そういうことだ。ま、デュークがいるからあまり心配していなかったが、女性同士の問題はまた別だしな。フェリシアはその日はとても緊張していただろう? 心配だったんだ」
思ったよりも過保護な兄二人だ。
出しゃばって何かをするわけではないけれど、可能な範囲で見守ってくれている。
そういった点でも、デュークも幼い頃からとあまり変わりない。
今回はすれ違いもあり、そこに物語の強制力がどこまで適用されたものなのかはわからないけれど、私と二人きりのときは会話が少ないながらにまっすぐに視線は向けられていた。
気づいてもらえなかったこともあったけれど、それはお互い様。
私が話さなかったことも要因の一つであるし、物語を思いデュークを諦めようとしていた私にはあの時はあれで精一杯だった。
実際にベリンダの妨害もありタイミングが悪く、二人の時間をなかなか持てなかったことからさらに拗れていった。
どちらか一方ではなく、お互いに気持ちを話さなかったことがすれ違いを大きくした。
今はそのことがあったからこそ向き合う大事さを知り、愛されていることに満たされる。
家族にも囲まれ好きな人がいる温かな空間を前に、この優しい時間がいつまでも続きますようにとこちらを見るデュークに笑みを浮かべた。




