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なぜか、ふわふわもふもふが、みんな私に使役する  作者: まくのゆうき


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牧場主の老夫婦

店からは羊飼いたちについていくだけだったが、そのうち、セルビアがこれまで出たことのない門についた。

仕事を探し回っている時にこちらの方まで来たことはあるので存在は知っていたが、職探しはあくまでこの街の中だけで行っていたので、野原が見えても出ることはなかったし、サーカスの一員になってここを離れる時も別のところから外に出て、戻ってくる時も別のところから帰ってきた。

もちろん実家のある集落をつなぐ森とも離れた場所だ。

セルビアは思わずあたりを見回したが、羊飼いは躊躇うことなく、そこから街の外に出る。

歩いたことのある街だけれど、団長に確認された時、知ったかぶりをしなくて正解だったとセルビアはその門をくぐりながら考えた。



門を出てからはそこまで距離を感じなかった。

門の外には小山程度の丘のような者が広がり、そこには草花が自生して風に揺れている。

背の高い木がないこともあり、平らではない野原のようだ。

そして門の近くで目を凝らすと、遠くにいくつかの小屋や、動物を囲う策のようなものが見える。

離れた場所に家のようなものも点在して見えるので、いくつかの家族がここで牧場を運営しているということだろう。

足を止めたセルビアたちは、羊飼いに促されて、目の前の野原を歩き出した。

先導してくれる彼のおかげで、目的地が分かりやすい。

グレイは野原が嬉しいのか、背中にハリィとラビィを乗せたまま、少し離れたところを駆け回っている。



そうして見えるけれども意外と距離のある家に向かって歩くこと十分強、ようやく一軒の家に到着した。

羊飼いはその家のドアを迷いなく叩いて来訪を知らせると、持ち主が出てくる前にドアを開けて声をかけた。


「やあ、連れてきたよ」

「いらっしゃい」


勝手にドアを開けられたにもかかわらず、あまり驚いた様子もなく、にこにこしながら彼に答えたのは、しゃんと立っている男性の老人だった。

彼が出てくると、羊飼いは、少し離れた後ろで固まっているセルビアたちを入口まで呼び寄せた。

セルビア達がドアの前まで来ると、そこに老人の奥さんがちょうどやってくる。


「この娘が見学希望のお嬢さんで、こちらがその両親、そこのは、俺の友人で、お嬢さんの上司で、こいつらは、お嬢さんに飼われてる動物たちだな」


羊飼いが雑ながらも動物たちを含め全員の説明を済ませると、奥さんは笑ってうなずいた。


グレイたちは外で待たせるつもりでいたが、出迎えの場面でこの場にいたことで中に入る許可が出た。


「ずいぶんと大人数で。狭いところですが、一度中へどうぞ。動物さんたちも一緒にいらっしゃいな」


グレイはこういうところを外さない優秀な子なのだ。


「ありがとうございます。お邪魔します」


とりあえず羊飼いのすぐ後ろにいたセルビアが最初に上がることになったので、挨拶をしながら中に入った。

次にグレイたちが入って、その後に保護者が続く。

最後に入った団長は、念のため後ろを確認すると静かにドアを閉めた。

そして皆でぞろぞろと中に入っていくのだった。



中に入るとすぐ、人数分のお茶が出された。

奥さんが遅れてきたのはどうやらこれらを用意していたかららしい。

入れ物の形が揃っていないのは、普段からこの人数の来客を想定していないからだろう。

もしかしたら数をそろえるのに手間取っていたのかもしれない。


「たくさんの来客なんて久しくなかったから嬉しいわ」


皆のお茶を出して落ち着いたところで牧場主の奥さんがそう言った。


「そうなんですか?」

「ええ。ここは街からも少し距離があるでしょう。不便だから子供も孫も寄り付かなくてね……」


動物はたくさんいるけれど人は少ないのだと彼女は笑いながら言う。

集落のことを思い返して比較してみれば、まだ日が高いので、子供がいれば騒がしくてもおかしくないがとても静かだ。

つまり騒ぐような年齢の子はこの周辺に住んでいないということになる。


「牧場より、街の方が刺激が多いからね。居心地もいいし、楽しいと感じるようで、本当に様子を見に来るくらいになってしまっていますよ」

「そうですか……」


確かにここから街の入口まで、歩いて来るには距離がある。

門を出れば目視で確認できたが、実際の距離は想定よりあった。

子供が門を出て遊びに行ける距離ではあるけれど、わざわざここに来るのは少々骨が折れそうだから、ここが家で街に行くならわかるが、街に家があって用事もないのにここに来ることはないだろう。

その子供たちの気持ちも理解できなくはないと大人たちが納得しながら話を聞いている。


「元気なうちはこちらから遊びに行けばいいと思っていたんですけどね、この年になるとなかなか……」

「せめて晩年くらい、子供たち家族の近くで過ごしたいとそんなことも考えましてね」


このままでは子供たちと疎遠になってしまう。

動物が嫌いなわけではないし、住み慣れた場所を離れたいわけでもないが、年を重ねていくうちにこのままでいいのかと悩み始めたのだという。

子供たちが来てくれるのなら、牧場を継ぐつもりがあるのなら頑張ってもいいと思っていたが、残念ながらその様子はない。

そうなるとこの牧場は自分たちの代で閉じなければならない。

じゃあそれはいつのことなのか。

今は体が辛くても二人でどうにかやっているからいい。

けれどこの先一人を失ったら、その時考えても遅いのではないかという話になった。

仮に手放すにしてもすぐに買い手など見つからないだろうから、早めに募集だけでもしてしまった方がいいだろうという結論に至り、周囲に相談したところ、思わぬ早さで見学希望者が現れた。

それがセルビアたちである。


「そうでしたか」


彼らの話を聞いた両親がセルビアを見る。

集落はまだ人がいるし、父親の同僚、そして同じ立場の家族がいるから、ここほど人の助けが必要ないわけではない。

でもこのままいつまでも離れて過ごしていていいのかと考えることは多かった。

セルビアが大人になって嫁に出した、という話なら離れて暮らすのも仕方がないと割り切れる。

けれどセルビアはまだ子供で、保護が必要な状態だ。

サーカスの団員として行動している間は、団長をはじめとして多くの大人たちがセルビアたちの保護者替わりを務めてくれていた。

けれどこの状態をいつまで続けなければならないのかとそう考えない日はなかった。

いつかはまた一緒に暮らせる、そう考えながら離れることを選択したけれど、結局、すぐに戻ってこられるよう環境を整えることはできなかったし、今回の話がなかったら、セルビアはずっと旅回りを続けることになるし、何もない集落になど立ち寄る理由もないのだから、そのまま自分たちに寄り付くことすらなくなってしまったかもしれない。



集落にいるより街に行きたいという気持ちが集落の子供たちの中にはあった。

それは彼らだけではなく、当然セルビアの中にもあったはずだ。

事情があるからセルビアが集落に来るのは難しいとはいえ、自分たちだっていつまでも森を越えた先の街に通えるとは限らない。

いつかはこの仕事に見切りをつける必要があるが、生活の為とか、まだ続けるべきだと、自分たちが踏ん切りをつけることができなかったからこの生活になったのだ。

しかし自分たちもいつかはあの集落で暮らすことが不便になる。

そういう日が来るのだろう。

その時、今の家にセルビアは戻ってこられるのかと考えたら、それは難しいとしか言えない。

ならば辿る先は彼らと同じだろう。

両親は牧場主の老夫婦に、自分たちの未来を見せられたような、そんな気持ちになるのだった。

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