グレイの帰還
「グレイはこれまでも夜中に出かけていただろう?」
団長に言われてセルビアはうなずいた。
「はい。聞くまでは私は知らなかったですが……」
セルビアは一度寝たら起きない上、グレイは気を使って静かに出て行ってしまっていた。
だからテントに来るまで知らなかったし、ニコルと一緒に宿に泊まって起こしてもらわなければその様子を見ることすら叶わなかったくらいだ。
あのままの生活をしていたら、ずっと知らないままだっただろう。
「あれはたぶん、獲物を狩るだけじゃなくて仲間に会いに行っていたんじゃないかな。そうして繋がりを維持していたことで、今回、グレイは仲間に助けを求めることができた。おそらく今、私たちに害のないよう、敵からここを守ってくれているんだろう」
グレイはセルビアの番犬だということでずっと一緒に行動してきた。
実際グレイがいれば変な人に絡まれることはなかったし、いるだけで役目を果たしてくれていた。
でも外にいる敵と戦って無理して守ってほしいとは思わない。
そして今回のことで分かったことがもう一つある。
グレイに仲間がいたということだ。
これにもセルビアはかなり同様していた。
「私はグレイが集落までついてきたからてっきり迷子だと思って飼うことにしたんです。でも仲間がいたなら、グレイを仲間から引き離すことになっちゃったってことなのかな……」
「セルビアちゃん……」
不安そうなセルビアを二コリが心配していると、団長が言う。
「少なくともグレイにはセルビアちゃんと一緒にいたいという意思がある。それは間違いないから、心配しなくても大丈夫だ」
「そうでしょうか?」
「ああ。だってグレイはいつだって帰ろうと思えば帰れたんだからな。夜中に毎日抜け出せてるんだ。本当に帰りたいと思ったら逃げることができるのに、わざわざ帰ってきてる。しかもセルビアちゃんを起こさないように気を使って。むしろグレイがセルビアちゃんのそばにいたくてそうしているんだと思うよ」
夜中にうるさくして睡眠を妨げたらセルビアに追い出されるかもしれない。
だから静かに出て行ったし、戻ってきていた。
一緒にいたいから番犬の役目を積極的に果たした。
団長がそう言うと、ニコルがそれに同意する。
「確かにそうだよね。そもそもグレイをつないだり檻に入れたりしてないんだもん。オオカミってそもそもあんまり人に懐かないんだよね。だから誰でもいいってわけじゃないし、グレイがこうしてここにいるのはセルビアちゃんが大好きだからだよ」
確かにグレイを拘束するようなことは過去に一度もしていない。
逃げようと思えば逃げ出せたが戻ってきているのも事実だ。
グレイが気を使ってくれているだけだとしても、そばにいてもいいくらいには思ってもらえている。
そう考えてようやくセルビアは安堵の息を吐いた。
「そうだよね。団長、ニコルちゃん、ありがとう」
そして落ち着いたところでマダムが言う。
「そういうことだから、私たちがあの子たちの気をそらすようなことをしちゃだめさ。そして、こちらはまだ状況を把握できていないが、敵が目視できるようになったら、こちらも攻撃開始だよ」
マダムが言うと、話を聞いていた団員たちは、セルビアたちを安心させようとそれぞれ武器を構えて見せた。
「もしかしたら敵はここに姿を現すことなく、森の中でグレイたちが撃退しちまっているかもしれないがね。もしグレイが無事に戻ってきたら、その時は朝日が昇ったら森に確認に行けばいい。逆に今我々が行くと、グレイ以外のオオカミたちがこちらに気を取られたり、警戒心を持ってしまうかもしれない。それで連携が乱れたらここを守ってくれている狼たちに申し訳ないだろう。テントは大人が交代で見張るし、ここにもいる。だから心配でも飛び出していくのはやめた方がいい」
団長の言葉をきいたマダムがつぶやく。
もちろんグレイたちが勝つことが前提の話だ。
「そうなると、獲物は一応ここを貸してくれてる羊飼いと取り分を相談することになるだろうが、交渉は団長の仕事さね。グレイや仲間たちにもお礼を考えないとならないね。そういうことだから何も心配することはないよ。二人の言う通り、グレイはよっぽどセルビアちゃんが大事なんだろうからさ」
こんな話し合できるくらい、テントの中が落ち着いているのは、外でグレイたちが攻防してくれているおかげだ。
「マダムもありがとう。落ち着いたよ。私にできるのは、ここでおとなしくしてることなんだね」
外からは獣の声が多く聞こえる。
まだ動物同士の戦いが続いている証拠だ。
とりあえず自分の身は安全ということはわかったけれど、グレイがどうなっているのか気にならないわけではない。
セルビアはグレイの無事をただ祈り続けるのだった。
テントの中が落ち着いてしばらくすると、外から遠吠えが聞こえてきた。
飛び出していきそうになったが、ぐっとこらえたセルビアに団長が言った。
「終わったようだな。おそらくグレイたちの勝利だ。戻ってきたら誉めてやらないとな」
「どうしてわかるんですか?」
外を見ていないのに見えているかのようにグレイが大丈夫だと言う団長にセルビアが尋ねると、団長はそれに答えた。
「少なくとも、吠えられるってことは、元気な証拠だよ」
「あ、確かにそうですね」
言われてみれば怪我をしていたら遠吠えしている余裕はない。
焦りが先行してそんなこともわからなくなっていた。
でもセルビアの心配は尽きない。
そこに一匹の汚れたオオカミ、グレイらしき動物がテントに向かってきていると入口から声が上がった。
「グレイ!」
セルビアはさすがにいてもたってもいられなくなり、入口に向かっていった。
そう声が上がったということは、外が安全になったということでもある。
団長もニコルもセルビアに続いて入口に行く。
グレイに怪我はなさそうだった。
元気だけど、薄暗いライト越しでもわかるくらい汚れている。
いつもはふわふわの灰色の毛が固まったりしているのは、きっと返り血を浴びたからだろう。
「グレイ、よかったよぅ」
グレイの汚れにかまうことなくセルビアがグレイに抱きつくと、グレイはされるがままになっていた。
本当は自分もすり寄りたいところだが、汚れていることを気にしているらしい。
「くぅ~ん」
グレイは嬉しそうにしながらも、セルビアが汚れてしまうことを心配して、ちょっと困ったように鳴くのだった。




