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番外・父兄の会

 

「この度はエルピス様ご婚約おめでとうございます。」


 若きメガロ王アネシスの執務室に、侍従長をはじめとする『エルピス様父兄の会』の幹部が集結し、祝いの言葉を述べていた。


「ありがとう。皆のお陰でエルピスの呪いもあと一つとなり、アステルという良き伴侶を見つけることも出来た。」


 そして何より、エルピスと本当の親子になれた。

 自分を父と呼びたいと、エルピスは言ってくれたのだ。


 アネシスはその事を思い出し、しばし感慨に耽る。


 


 エルピスが産まれて以来、怒涛の18年だった。


 当時16歳だった自分は、突然、何の覚悟も心の準備もなく、王太子となり、叔父となった。


 ミシェルが産んだ子が男児だった為、本来世話するはずの女性達が一切近づく事が出来ず、離宮は大騒動だった。


 侍従長がおしめを片手に右往左往し、料理長が哺乳瓶片手に走り回った。

 近衛のむくつけき男達は、その筋肉を鍛える方法は知っていても、赤子を泣き止ませる方法は分からなかった。

 その他の使用人達では、王族であるエルピスを気軽に抱き上げられるはずもなく。

 呆れた事にエルピスの父は、呪われてしまった自分を哀れむ事に忙しく、もっと哀れな我が子を気にする様子すらない。



 ベビーベッドの中で泣き続けるエルピス。


 この子を抱いてやれる人間のなんと少ないことか…。



 アネシスは恐る恐るエルピスを抱き上げ、ゆりかごを揺らすようにあやしてみた。


 何もかもが作り物の人形のように小さい。

 しかし、その小さな手の小さな指の先にしっかりと爪があり、伸び始めている事に驚く。

 人形などではなく、こんなに小さくても懸命に生きようとしているひとりの人間なんだ。

 腕に感じるその重さと温かさを尊いと思った。


 やがて人肌に安心して己の腕の中で眠り始めたエルピスを見て、王太子宮に引き取ろうとアネシスは決めた。


 自分がエルピスを守らねば。


 それが父性から来るものだったかと言われれば、違ったと思う。成人を迎えたとはいえ、己の心はまだまだ未熟だった。


 けれど、エルピスに父と呼ばれたその時、父としての気持ちはエルピスの成長と共に育っていたんだと自覚した。


 エルピスに父と認めてもらえたことが、誇らしかった。

 生まれてきて良かったと言ってくれたことが、なによりの褒美だと思った。


 今後も良き父として、息子夫婦を温かく見守っていこう。


 幸運な事にアステルは血筋的にも魔力量的にも、文句のつけ所がない嫁だ。これでエルピスの地位は磐石なものになる。


 もはや孫を楽しみに待つ祖父のような気持ちで、そんな事を考えていると、侍従長が一歩前に進み出た。

 長い付き合いで分かる、その食えない笑みに不穏なものを感じ、思わず眉をひそめた。


「解呪の目処もついているという事で、『エルピス様父兄の会』の活動は通常時の体制に戻します。という訳で、今後我々は『アネシス様父兄の会』の活動を最優先にして参りますのでご承知おきください。」


「なん…だと…?」



 そんな会いつ出来てたんだ…!



 エルピス様の会と同時発足ですと侍従長はしれっと言った。



「具体的な活動内容としてはズバリ、アネシス様の婚活ですな。」


 婚活…?!


「おや?息子のエルピス様に婚約者が出来たのですから、父親の貴方もいつまでも独り身ではよろしくありませんでしょう?エルピス様と一緒に結婚なさいませ。」


 幹部達がジリジリと近寄ってきて執務机の周りを包囲する。

 近衛達の胸板が暑苦しい!!


「今更結婚などせずとも…。」


「孫を待つじじのような枯れた事言わないでください。」


 ぐぬ。何故分かる…。


「陛下はまだ充分お若いんです。さっさとカテリーナ様にプロポーズしてください。待って下さっているんでしょう?」


「な!何故その事を…!?」


 知ってはいたが、父兄の会の情報網恐るべし!



 カテリーナはその昔、最有力婚約者候補だった令嬢だ。


 エルピスを守ると決めた時点で、私は結婚を諦めた。

 魔術で栄える国だけに、血統よりも魔力量が優先される風潮ではあるが、不義の子であり、さらに呪われているとなればエルピスの立場が弱すぎる。

 もし私が結婚をして男児が生まれれば、エルピスの居場所はなくなってしまう。


 多忙を理由に結婚問題をはぐらかしていた所に、王太子宮に令嬢達が侵入する事件が起きた。それを機にエルピスの呪いが解けるまで結婚しない宣言をした。


 父王は病篤く、既に実権は握っていたし、私の他に次代を継ぐ者も居ない。多少強引な事をしても許される立場だった。



 カテリーナとは結婚を意識して親交を深めていた間柄だっただけに、直接会って真摯に謝罪した。


 カテリーナは怒らなかった。

 言葉で確認した訳ではないが、お互い想いあっていると感じていただけに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 その後、同年代の令嬢達が次々と結婚していく中で、カテリーナは独身のまま。当時の貴族女性としては珍しく事業を立ち上げ、実業家として活躍するようになった。


 お互い多忙になったが、昔と変わらず今でも折に触れて手紙のやり取りをし、彼女が登城した時はタイミングが合えば一緒にお茶をするような関係だ。


 もしかしたら待っていてくれるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。彼女も私も何も言葉にしない。


 それなのに今更プロポーズなんて、虫がよすぎる話じゃないだろうか…?


踏ん切りがつかず思い悩む私は、侍従長の決定的な殺し文句に陥落した。


「畏れながら我々にとっては、アネシス様も可愛いくて仕方ない子であり弟なのです。貴方様も一緒に幸せになってもらわないと困ります。」


 茶目っ気たっぷりにウインクをする侍従長。

 次のテーマは遅咲きの春だなと目を輝かせる料理長。

 男泣きを始める近衛達。


 一端の父親として立派にエルピスを見守り育ててきたつもりの私も、どうやら多くの父兄に見守られ育てられていたようだ。


 このくすぐったい気持ちをカテリーナに聞いてもらいたい。

 それから、これから先の人生を君と一緒に歩みたいと伝えてみよう。


 どうか彼女が受け入れてくれますように。



ひとまずこれにて終了です。

お読みいただきありがとうございました!

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