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第98話:化ける女狐に制裁を

 仁藤里美に扮した間宮璃子が国外逃亡する前に捕まえるべく羽田に向かっており、先行している間宮たちがいよいよ羽田に到着する。


 既に現地駐在の警官が駐車場を見張っており、間宮たちの車を確認したようだ。私のドローンによる追跡はこのまま続け、保安検査場など各ポジションで控える者たちに映像を送る。

 間宮も使用人も車を降りた。使用人は川島蒼子に化けているから成田からミュンヘンに向かう便があるはずだが、乗る気はなさそうだ。


 2人が他の搭乗客と同じように徒歩移動。


「こちらもあと10分ほどで着きます。厳木さん、ご準備はいいですか」


「もちろんです」


 基本は警察に任せるつもりだが、私も参加する。

 相手は元世界的舞台女優というだけで普通の人間のはずだが、何をしてくるか分からんからな。少なくとも、そこまでのぼり詰めただけの何かを、頭脳にせよセンスにせよ持っている。甘くは見れない。


 間宮たちは特に怪しい動きなどなく手続き場に向かっている。会話はないが、キョロキョロしてる様子もない。だが、何かに警戒してる風には見える。こっちが早まって変な動きをすればすぐさま察知されてしまうだろう。


 私たちが空港に着くよりも着く前に、2人が手続き場と思われる広いフロアに着いた。やはり上級会員のようで、それ用のレーンに向かっている。チェックインは多分オンラインで済んでおり、手荷物預けだ。車を降りた時から間宮のキャリーを持っている使用人が対応し、間宮は後ろの方でスマホをいじっている。本業の装飾品販売関係の連絡をしているようだが。


 荷物を預け終えた使用人が間宮の元に戻った。


【では私はこれで】


【ええ。そちらも気を付けて】


 ここから先は搭乗予定がないと進めない領域だ。羽田からの便を取ってない使用人はここまでで、間宮1人で進むことになる。


 ここで、私たちも羽田に到着。運転手が降りる必要はないので、ターミナルへの連絡通路に近い場所まで運んでもらって私と古川が降りる。


「急ぎましょう」


「分かってますよ」


 走ってターミナルの方へと向かう。


「これは、ちょっと遅れそうですね」


 さすがVIP会員、間宮はもう保安検査場に着いた。行列もゼロで、手荷物はX線検査のコンベアに乗せてから間宮本人は金属探知機を通過するだけだ。この後に税関検査と出国審査があるが、この保安検査の直後でとっちめることになっている。


「既に警部を始め、現場には多くの人員が配置されています。やり取りをしている間には辿り着けるでしょう」


 ま、私の出番がすぐに来ることもないだろうし。やり取りを聞く方を優先し、走るのはやめて歩きに切り替えた。既に話が通してある空港職員の案内を受けて、職員用通路で保安検査場の先を目指す。


 ほどなくして、保安検査を終えた間宮に、警部と思われる人物が部下2人を連れて接近。

 周囲、そして間宮が通ったばかりの検査場側にも警官が立ち並び退路を塞いだ。警部も周りの警官たちも、サラリーマンのようなスーツ姿だ。


【少し、よろしいですかな?】


【・・・何ですかいきなり。こんなに取り囲んで】


 警察呼びますよと言わなかった辺り、予想はしていたのかも知れない。


【間宮璃子さんですね?】


 警部はここで警察手帳を取り出して間宮に見せた。間宮はそれに一瞬だけ視線を向けてまた警部を睨む。


【間宮さんは友人です。人違いではないですか?】


【ではそれを確認するために、ご同行頂けませんかな?】


【航空会社に問い合わせて確認してください。私は仁藤里美です。でなければ、ここのセキュリティチェックを通過できないはずです】


 顔色ひとつ変えずにスパスパ答えていく間宮。舞台女優としての経験値なのか、詐欺師としての経験値なのか。


【全くの別人が仁藤里美さんとして国際線に搭乗する手段なんていくらでもあります。無論それ自体も違法行為ですので、確認させて頂きます】


【ではそちらの荷物をどうぞ】


 間宮は、X線検査後に残されたままのカバンに視線を向けた。


【これから国際線に乗ろうなんて人に身分証での確認なんてしませんよ。署までご同行頂けると有難いのですが】


【国際線に乗ろうなんて人を呼び出すなんて何を考えているのですか? 用事があるからここまで来ているのです】


【ではこの場で調べさせて頂きます。確認が取れるまで、この場で待機をお願いします】


【時間を掛けないでくださいよ。出発時刻は決まっているのですから】


 周囲の警官の厳重な見張りのもと、間宮は用意された椅子に座った。警部と部下2人が、間宮の荷物を調べる。よし、この間に現場に辿り着きそうだ。


 警部たちは黙々と間宮の荷物を調べている。パスポート、財布、その他もろもろ・・・そして、私と古川が到着すると同時に終了。ズラリと並ぶ警官たちの後ろの曲がり角に身を隠し、様子を伺う。


「確かにあなたは、仁藤里美さんとしてこの場に来ているようですね」


「当然です。仁藤里美なのですから。もういいですよね、時間が惜しいです」


「いいえ、まだです」


「あの、いい加減にしてもらえますか?」


「“いい加減”も何も、先ほどの話をお忘れで? 国際線に乗る人を相手に身分証を調べるだけで終わるはずがないでしょう」


「だったらそんな無駄なことをしないでもらえますか?」


 無駄じゃないさ。その間に私が到着したのだから。


「もしそれだけで済むなら、それに越したことはありませんからね」


 イライラを募らせる間宮に対し、警部は淡々した様子だ。


「ですがそれだけでは済みませんでしたので、血液を採取させて頂ければと思います」


「はぁ・・・?」


 これにはさすがの元舞台女優も顔色を変えた。


「意味が分かりません、普通そこまでします?」


「普通ではないですよ。他人になりすまして出国しようとしている人がいるのですから」


「どうして私がそんな容疑を向けられているのかという話なのですが」


「善良な市民からの通報です」


「はぁぁ??」


 何を言ってるんだこいつは、みたいな顔を見せる間宮。さすが元舞台女優は臨場感が違う。


「ただのイタズラのためにここまでするなんて、どうかしてますよ」


「ただのイタズラでないことは確認済みです。何せ、1週間以内にあなたから直接採取された血液が、こちらで保有しているデータベース上の間宮璃子さんと一致したのですから」


「血液? 1週間以内に献血をした覚えなんてないですが」


「蚊に喰われた覚えもないですか?」


「蚊? ・・・あっ」


 “あっ”と言った瞬間に、間宮は“しまった”という表情をした。しかし蚊ぐらいで何だ思ったのか、すぐに戻った。


「心当たりがおありですね?」


「ありますけど、蚊に刺されるなんて誰にでもあることでしょう。それよりも、まさか蚊から私の血液を採取したとは言いませんよね?」


「ええ、蚊からとは言いません。ですが、蚊に刺されたのと同じ症状で一定量の血液を採取する手段があるのです」


 間宮は今並べられた言葉が理解できなかったの一瞬固まった後、親の仇のように警部を睨んで言った。


「馬鹿げてます。捜査のためとは言え、警察が嘘を言ってもいいんですか?」


「嘘ではありません。その道具を作った人物が、ここに来ています」


 その瞬間、私の耳元に“厳木さん、お願いします”と声が入った。出番のようだ。ズラリと並んでいた警官が一斉にザッと道を開けてくれて、警部とその部下2人、そして間宮璃子の姿を捉えることができた。


「えっ・・・」


 私の方を見た間宮は3秒ぐらいフリーズした。我に返ってからも黙って私の方を見続けていたが少しずつ表情が険しくなり、私が警部の近くに着く頃には普通に睨んでいた。


「“初めまして”、と言えばいいですか? その様子だと、比較的直近でお会いしたようにも見受けられますが」


「っ・・・・・・」


「さて本題です。今あなたから採取できた血液が、仁藤里美さんのものと一致しなければ、あなたは飛行機に乗ることができません」


「何を・・・まさか」


「お気づきになりましたか? たった今、血液を採取させて頂きました。見てください、こんなにも」


 私はドローンから受け取った試験管を見せながら言った。ドローンは蚊型ではなくハエ型なのだが、本体は接触せず細い管を刺すだけでよく、吸った血は四次元空間にしまえるので気付かれずに実行するぐらい造作もない。


「先日お会いした川島蒼子さんからも同じ方法で採取しまして、そちらが間宮璃子さん、あなたと同じだったということも分かっています」


 あの時稼働させていた蚊取り線香は本物だが、あれはマジもんの蚊の侵入を阻止するためだ。蚊がいて川島氏に見つかるとドローンも見つかるリスクが上がるので対策した。

 この私が作った蚊取り線香が稼働してる部屋で蚊に刺されたら、窓咲市民なら間違いなく私による採血を疑ってくるが、さすがの元舞台女優も経験不足でその違和感を感じ取ることはできなかったようだ。


「ふざけるのも大概にしてください。こんな子供が“自分で作った”と言っている機械で、採取したらしい液体を、警察が信用しているのですか?」


 これには警部が返事をした。


「実際に警察の方で調べてみたところ、川島蒼子を名乗る人物から採取したと言われ送付された液体が、本物の人体の血液で、それが間宮璃子さんのものと一致したのです。信じる以外にどうしろと?」


「そもそもが、子供に送られてきた液体なんて相手にするほどですか? 警察もそこまで暇じゃないはずですが」


「得体の知れない液体が警察に送られてきたのですから、調べるに決まっているでしょう。危険な化学物質を子供が所有している可能性を放置はできませんからね」


「っ・・・」


 まぁそれ以前に、厳木鏡子が“人の血”だと言って送ったものを警察が信じないなんてことはない。窓咲に住んでない間宮には分からないだろうが。


「それで、今私から採ったとされる血を調べるそうですけど、そんなの警察が“間宮璃子のものだった”と言えば決まりですよね。こんなに私に不利なことってありますか?」


「では、どんな照合をしているかお見せすることもできますよ。言い逃れができなくなるだけだとは思いますがね」


「それですら、私に見えないところでいくらでも誤魔化せますよね」


 警部は呆れたように、フーーッと深いため息をついた。


「仮にあなたが本物の仁藤里美さんだったとして、このまま出国させる訳にはいきません。ここからが本題ですが、間宮璃子およびその友人多数に、装飾品販売会社を隠れ蓑にした詐欺の容疑が掛かっていますから」


「・・・・・・」


 そもそもがそれで追われていたことを認知している間宮が、特に表情を変えることはなかった。


「何を言い出すかと思えば、今度は詐欺ですか。警察にはシナリオライター専門の部隊でもあるのですか?」


「現実は小説より奇なり。わざわざ話を作らなくても、あの手この手の事件が犯罪者から提供されるのですよ」


 ホントだよ。私もまさか、詐欺の片棒を担がされるなんて思ってなかったぜ。


「未成年を巻き込んだ事実も見過ごすことはできません」


「巻き込んだ? まさかこの子を、なんて言いませんよね」


 おいおいオイオイ・・・この期に及んでシラを切るのかよ。


「私から警察に相談したんですよ。友人に気付かれずレプリカと交換して欲しいと渡されたサファイアが、ただのガラスだったんですから」


「ガラス? 何を根拠に」


「調べました。元素を」


「ハッ、何を。仮に学校に分析装置があったとして、あなたは停学中のはずです」


「それは川島さんしか知らないはずなんですけどね」


「なっ・・・」


 まぁ、今更だが。


「持ってるんですよ、自宅に。分析装置を」


「はぁ? そんな訳が・・・」


「それについては警察の方で保証できます。現物を確認し、メーカーも立ち合いのもと分析した結果が、ガラスだったのです」


「え・・・・・・」


 もちろん警察もメーカーも来てないので嘘だが、装置は本物なので問題ない。


「そして調べていくうちに、あなたが同じマンションの住民から借用した装飾品の宝石が、レプリカにすり替えられて返却されていることが分かったのです。被害者および現物の確認も取れてます」


「っ・・・・・・」


 ようやく、間宮の顔に焦りの色が見え始めた。それとも演技か? いずれにせよ、鑑定に出せば分かるようなレプリカで何年も続けるなんて、大して頭よくなかったな。それとも国内の鑑定業者はあらかた買収済みか? それにしたって芸がない。


「そのレプリカを、私がすり替えたという証拠がどこに? マンションの住民が私を陥れるために、自分で用意したレプリカとすり替えて被害者の振りをして警察に相談に行くこともできますよね?」


「「ハンッ」」


 私と警部は2人そろって鼻で笑った。ここまできて言うことがそれかよ。そっちこそチーム内にシナリオライターを準備した方が良かったんじゃないのか?


「往生際の悪い・・・その持ち前の往生際の悪さで、喉の病気が悪化してからも舞台に上がり続けたのですか?」


「な・・・ッ!」


 警部殿も性格が悪い。あるいはそれが仕事なのか。喉の病気が原因で早期引退を余儀なくされた元舞台女優にそんなことを言うなんて。


「さすがに引退から5年もすれば、演技に綻びも出るようですね」


「この・・・・・・!」


 えげつねぇ追い詰め方するじゃん。この警部とは仲良くなれそうだ。


「いずれにせよ、他者になりすましてからの出国未遂もありますから署まで来て頂きます。よろしいですか?」


「そんな訳・・・」


 間宮は荷物を諦め、人員の少ない検査場側の突破を図ろうと振り返ったがその瞬間、


「えっ」


 ガクリと、膝から落ちた。


「か、体が・・・」


「血を吸うだけじゃなくて、痺れさせることもできるんですよ、私の道具」


「なっ、こ・・・の・・・」


 ついでに、手も床につき、それもすぐに崩れてうつ伏せになり、頑張って首だけ動かして私を睨む間宮を、警官たちが取り押さえにかかる。そこに警部が近付き、頭の上から声をかけた。


「間宮さん・・・病気が元で引退を余儀なくされた悔しさは、分かります」


「あんたたちに何が・・・!」


「人生はまだ長い。活躍する手段も、いくらでもある。まずは自分の行いをしっかり反省して、新たなスタートに臨もうじゃありませんか」


「ふざ、け・・・!」


 一度はトップまで上り詰めた人にとって、ここまで屈辱的なことはないだろうな。せっかくなので私も声を掛けてあげよう。近付いてしゃがみ込み、目線を合わせた。体が動かない状態でそこまで敵意を維持できるとは恐れ入る。


「若輩者の私は、あなたの活躍を知りません。ですが少し調べた時に、痺れ薬に歯向かって立ち上がるシーンが絶賛されてたんですけど、あれは演技だったんですか?」


「この・・・!!!」


 科学を侮った結果のこれだ。もし、真のエンターテイナーは科学になんか負けないというのなら、今すぐ立ち上がってもらいたいものだな。


「それじゃあ、あとは警察でお願いします」


 立ち上がると、呆れてる古川以外はちょっと引いていた。大半が窓咲署以外の人だろうけど、以後お見知りおきを。


 間宮の確保と同時に使用人と川島の方も確保したようで、事態は無事に収束へと向かうようだ。警官の肩を借りても立ち上がることができなくなった間宮が担架に乗せられ、連れて行かれるのを古川と共に見送った。

次回:爆発前のパン屋さん

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