第96話:レプリカの道標
一等地のタワマンにお住いの貴婦人・川島蒼子氏から、その場しのぎで友人に返したレプリカと、修理を終えた本物のネックレスの差し替えを頼まれた。本人に気付かれないようにということで、中々に難易度が高い。
川島氏への不信感から、川島氏本人、ネックレスを返すべき相手・元世界的舞台女優の間宮璃子、そして5日後の土曜日に間宮さん宅を訪問予定でドローン侵入に利用させて頂くご婦人・遠藤香純美さんの3人に関して、婦警の古川に情報提供を要求したところ、なんと間宮璃子が連続詐欺への関与で捜査中というではないか。
当然ながら、間宮璃子の情報がもらえた。
29歳、女性。国籍は日本。中学卒業後フランスに渡り、現地の演劇学校へ。そこを首席で卒業すると同時に有名なミュージカル劇団に入り、1年間の裏方や脇役時代を経て主演デビューした作品が大ヒット、本人もその年のありとあらゆる賞を総ナメにした。その後も変わらぬ活躍を続け、年に数回の日本公演でも毎度のごとく満席だったという。
しかし入団から6年後、不幸にも喉の病気を患ってしまい、医師の懸命な治療も虚しく24歳で引退を余儀なくされる。
それから2年ほどはフランスに住んでいたようだが3年前に帰国し、装飾品販売会社を設立、事業は軌道に乗っている。住み込みの使用人は居るらしいが未婚、現在に至る。
「装飾品販売会社、か・・・」
気になる新情報が入ったな。依頼人の川島氏がサファイア付きネックレスの借りた相手が装飾品販売会社経営とは。
商品を貸したのか私物を貸したのか知らないが、“急に必要になった”で返還要求をして “またいつ必要になるか分からない”で貸さないという状況が、いまいち理解できない。どんな事情があればそのシチュエーションになるのか聞きたいのだが、聞けたとして腑に落ちる回答は得られないだろう。
で、装飾品販売会社を立ち上げた人物が、レプリカが返されたことに気付かないなんてあるのか? 本人はともかく専門の鑑定士とかがいそうなものだが。
とんでもないレベルで川島氏を信用していようとも、私だったら宝石貸した相手が親や鈴乃でも返された時に本物かどうか調べるぞ。いくら港区タワマン住まいの貴婦人でも、サファイアの塊がはした金なんてことはないよな? わざわざ“急に必要になった”で返還要求するほどの代物が。
元世界的舞台女優という経歴も無視できない。川島氏からも聞いていた情報だが、連続詐欺事件への関与で捜査中というと知らされて真っ先に浮かんだのが、ウチを訪れた自称川島蒼子が間宮璃子である可能性だ。
不審な点がいくつもありつつも、川島氏の口調や仕草自体は、それはそれは悩みを抱えた貴婦人そのものだった。もしあれが演技だったら相当な演技派だと思えるほどだったが、間宮璃子の経歴なら不可能ではないだろう。
古川からは川島氏と遠藤さんの情報ももらっており、学歴や職歴、転居の履歴や婚姻状態も全て載っているが、特筆すべき点は特になかった。
ドローンに追跡させた川島氏は、古川からの情報に一致するマンションに帰宅した。風呂まで追跡させたが不審な点はなかった。
古川によると、間宮璃子の連続詐欺への関与はほぼ濃厚と言えるほどの確度らしく、あとは証拠を押さえてとっ捕まえるだけだという。なかなか尻尾を出してくれないそうだが。川島氏と遠藤さんについてはノーマーク。これまで捜査線上に上がってこなかったらしい。
さて、川島氏からの依頼と間宮璃子の捜査を並行することになったのだが、間宮璃子が詐欺師だったとして考えられるのは、川島氏が間宮璃子に盗まれたサファイアを取り戻そうとしているか、間宮璃子が川島氏になりすまし私を使って盗みを働こうとしているかだ。
まぁ後者だとは思うが、確認はしよう。私は、古川のもとに1体のドローンを送った。今日訪れた自称川島蒼子の、固いガードの中から採取した生体情報を持つドローンをね。ふふふふふ・・・。この私が作った蚊取り線香が蚊の侵入を許しただなんて、あるはずがないだろう? 私に対する理解が足りないよ、川島さん♪
ドローンはまだまだ動員が必要だ。川島氏に追跡させたものに加えて、間宮璃子と遠藤さんのお宅に送り込む分だ。おそらくご近所さんということで知り合ったのだろう、2人のマンションはかなり近くにあった。
遠藤さんについては窓を開けた隙に部屋にも入れたが、間宮璃子の方は窓を開ける様子がなく、同じマンションの住人がオートロック解除した時に建物には入れたが部屋の方は無理だった。
マンションの外から見ると明かりは付いているようだが人影は見当たらない、というかカーテンが厚いのか判別が付かない。ただ、深夜1時前に明かりが消えたことだけは分かった。
翌日。停学中なので引き続き学校は休みである。川島氏と遠藤さんに変わった様子はない。間宮璃子は、未だにその姿を捉えることができない。洗濯物がベランダに干してあるので、そのうち使用人が開けてくれるはずだ。
古川から、川島氏が来週から海外に行くことは確かだという情報が入った。普通に旅行会社で予約してあり、パスポートも確認できたという。パスポート写真の方がやや若く見えるが、確かに昨日訪れた“自称川島蒼子”と同じ顔に見える。
昨日の昼間に川島氏から私のもとに届いたメールについて調べてもらったのだが、こちらも“戸籍上の川島蒼子”が契約している通信回線を使ったことが分かった。つまり、間宮璃子がそれを乗っ取るか2人がグルじゃない限り、間宮はあのメールを送れない。
その後も、川島氏と遠藤さん、そして間宮のマンションを張っているドローンの映像を眺めながら過ごした。
川島氏は夫が経営する会社の副社長のようで、打合せや視察のようなものもあるが、貴婦人同士でケーキ食ってることも珍しくない。遠藤さんは専業主婦のようで、子供を保育園に連れて行きママ友の付き合いだったり保護者会だったりだ。遠藤さんは中層階の住人なのだが、さすがは高層マンションの住人、ツラ構えも仕草も口調もセリフも、一般庶民のそれとは一線を画している。
昼の3時頃、間宮のマンションの方で動きがあった。といってもベランダに面する大きな窓が開いて使用人が出てきただけだが。干してある洗濯物を取り込んでいる一方、次のを干す作業はないようだ。旅行にでも出掛けたのかも知れない。
それはさておきコバエ型ドローンは侵入に成功。詐欺師の住処にしては、いたってシンプルだった。もちろん港区のタワマン最上階に相応する広さとオシャレさはあるが。
装飾品は・・・あった。お店のショーケースのようなガラス張りの棚に1つ1つ丁寧に並べられていた。発売前商品もあるためか厳重で、鍵が掛けられるようだ。
ドローンでピッキングは可能だがこのガラス戸を開けないと中には入れないので、開いてる状態を間宮や使用人に見られたらアウトだ。もっとも、すり替えを頼んだ“自称川島蒼子”が間宮璃子だった場合、それをする必要はなくなるのだが。
これについては生体情報の分析結果を待とう。忘れないうちに使用人の生体情報も取っておく。自宅で家事をしてるだけの人間にはガードも何もないが、高層階から出ない住人に川島氏と同じ手段はバレるので使えない。指紋と唾液で警察のデータベースと照合できるだろうか。
結局間宮の家では使用人が家事をしているだけだったのだが、夕方に古川から間宮の居場所情報が入った。友人と思しき20代女性が予約した新幹線で大阪に行っているらしい。その女性が予約したホテルも古川が突き止めたので、まず古川のもとにコバエ型ドローンを5台ほど向かわせ、警察の方で大阪まで送ってもらった。さすがに東京から大阪まではバッテリーがもたない。
夜、川島氏から本物のネックレス受け渡しの連絡がきた。明日の朝7時53分の窓咲駅発三鷹行き電車の、6号車の前から2番目のドアから乗るようにとのことだった。通勤ラッシュに被るのだが、それに紛れてネックレスを渡してくるようだ。
家まで持って来てほしかったのでちょっとゴネたのだが断られた。紛失したら私の負担にするようサインまでさせておいて何なんだよ。
翌日、水曜日。
さっそく朝から駅に向かう。親に何だと聞かれたが、ビジネスとだけ答えたら諦めたように引き下がった。窓咲市内で厳木鏡子が目立つのは月曜日に学んだ。変装をして、川島氏にも写真を送ってある。
電車に乗り、ドアが閉まって動き出すと、近くにいたスーツの男が私のカバンに何かを入れてきた。ネックレスだろう。
隣駅、北窓咲で私は降りて、戻るべくそのまま南方面への電車を待つ。そこで、
「キョウコーーッ!」
1人の男子生徒が声を掛けてきた。香港からの留学生で人間離れした身体能力を持つクーロン君だ。私が呼んだ。大事な大事な、サファイアのネックレスがあるのでね。彼は遅刻を頻繁にするようなタイプではないのだが、たまにぐらいなら誰も不思議には思わないので護衛に来てもらった。
電車に乗り、窓咲駅に帰還。改札を出て駐輪場に向かうのだが、クーロン君の表情がやけに険しい。
「・・・どう?」
「5人いるゾ。前の駅からずっとつけられてル」
やれやれ、ここまで信用されてないとは。
「このまま家までお願い」
「もちろんダ」
クーロン君を荷台に乗せて、自転車を漕ぐ。彼ならチャリより速く走ることも可能なのだが、現時点で超人的な身体能力を持つ味方がいると知られたくないのでそうしてもらった。
「3人がバイクで追って来てるナ。あとの2人はどこかに行っタ」
見張りを減らしたようだ。全く、何の意味があるのやら。と思ったら、
「そこの自転車、止まれ!」
前にバイクが2台現れ、道を塞ぐように止まった。
「・・・何か?」
「しらばっくれても無駄だ。持っているものを渡してもらおう」
ほう・・・単なる見張りにしちゃ5人は多いと思ったが、第3勢力みたいなのが混ざってたようで、サファイアの受け渡しがあると知って奪いに来たようだ。随分と甘い情報管理じゃないか川島氏よ。それはそうと、コイツらは撒かないとな。
「しらばっくれてるつもりはないんだけど、カツアゲに応じるつもりもないわ」
ボワワ~~ン。
煙玉を使用。
「くそっ! ナメた真似を!」
「さっさと振り払うぞこんなもの!」
振り払うのは諦めてバイクで移動して脱出したようだが、当然ながら私たちも煙の中に残ってはいない。クーロン君の超人的な身体能力により、チャリごと家まで運んでもらった。
「ありがと」
「このくらいお安い御用ダ!」
「お礼は停学が終わってからね」
「ウム! 待ってるゾ!」
それでクーロン君は去って行った。さて、バイクの連中はドローンで監視してるのだが、
【ちっ、見失ったか】
【まぁいい。あれを盗みに来た奴がいると示しただけで最低限の目的は達成だ】
ほん・・・? サファイアの受け渡しがあることを知った第3勢力が奪いに来たと思ったのだが、違うみたいだな。
多分だが“自称川島蒼子”が派遣してきた奴らで、ここで私がサファイアを奪われたら誓約書に基づき弁償させてもう1個ゲットしようという魂胆だったのだろう。益々ふざけてやがる。
川島氏への信用は地に落ちた。そうでなくともこのサファイアが本物かは調べるつもりだったので、ラボに直行。
手汗が付かないよう通気性ゼロのサニメント手袋をして、ネックレスからサファイアを外し、分析装置へ。
まず、ロードロックと呼ばれる小さい部屋に入れて、真空引き。1分ほどで終わるので、常に真空状態の分析室 (チャンバ)との間にある扉 (ゲートバルブ)を開け、サンプルをチャンバに送る。あとはPC操作で測定開始だ。結果は2~3時間ほどで出る。
待ってる間は間宮、川島、遠藤さんの動向チェックだ。古川に託したドローンは無事に大阪署に届いたようなので、開封してもらって私の方で操作。間宮の滞在先とされているホテルに向かわせた。
着く頃には10時を過ぎており、ホテルへの問い合わせは警察にしてもらったが間宮と、一緒に旅行中の友人Aは2人で外出したようだ。本人の希望によりベッドメイクなしとのことで、高級ホテルゆえにドアにはコバエ型ドローンすら通れる隙間もナシ。ということで警察に頼んでもらって通気口経由でドローンを間宮たちの部屋に侵入させた。
【特に変わった様子は無さそうですね・・・】
映像は古川も見ている。他にも息遣いが聞こえるから3~4人いるようだ。2つのトランクケースのうち1つは開かれており、中に洋服が畳んだまま入っているのが見える。2つある化粧台にはそれぞれ化粧道具が置いてあったが、どっちが間宮のものかは分からない。
さすがに詐欺の計画書が置いてあったりホテルの中で話し合ったりはしないか。友人Aは無関係で本当にただの旅行の可能性すらある。大阪に行っている間に東京のメンバーに盗みをさせる可能性もあるが。
大阪へのドローンは5台派遣してある。1台はホテルの部屋に残し、他の4台で2人を探しに行くらしい。大阪署とも協力しつつ防犯カメラの映像と照らし合わせて探すんだとか。ドローンの操作を警察に渡し、私は東京側のウォッチングに戻った。
間宮の住居では、使用人が掃除などをして過ごしているだけだった。間宮が旅行で不在のためか暇になるらしく、ドラマを見たりもしていた。
川島氏は、4日後に控えた海外旅行の準備を始めたようだ。私の家を出てからずっとドローンで追っているので、この人物は間違いなく“私の家に来た自称川島蒼子”だ。
遠藤さんはタワマンに住む専業主婦ママさんということ以外は何の変哲もなかったのだが、ママさんトークの内容から、間宮の住むタワマンとセットで地域の2大巨頭と呼ばれていること、どちらも3年前――間宮の帰国と同時期――に完成したこと、その時に入居予定者の交流会があったようで結構な人数が間宮とお近づきになったこと、が分かった。
間宮が独身で子供同士の交流ができないことを残念がる声もあれば、ヒエラルキーのトップたる間宮が独身で助かったという声もある。さすがに元世界的舞台女優というだけあって、同じ最上階の住民の中でも一目置かれる存在のようだ。
12時を迎えた。他にやることがないとはいえ、ただただ画面を見続けるのも疲れる。それも、詐欺師の尻尾をつかむべく細心の注意を払いながらでは。
東京側の映像も警察は見れるから、私は一旦休憩がてら昼飯を食い、サファイアの分析状況の確認に行った。
「お♪ 終わってんじゃん」
結果がPC画面に出ていた。どの元素が多く含まれているかを分析させていたのだが、
「わーーーーーーお」
その結果が、シリコンと酸素だった。これはおかしい。何故なら、サファイアは酸化アルミニウムなので、受け取ったのが本物であればアルミと酸素のピークが強く出るはずだからだ。これがシリコンと酸素なのだから酸化シリコン、つまりただのガラスだ。
純粋な酸化シリコンなら石英なのだが、不純物として色んな金属も検出されてるから安物のガラスで確定。いずれにしろサファイアではない。自称川島蒼子は、“友人に急場で返したレプリカを回収して本物を置いてきて欲しい”と言いながら、偽物を寄こしてきやがった。
多分これ、“本物と引換えに回収を頼まれているレプリカ”のはずのものが本物なんじゃないのか? 私を使って本物のサファイアを盗み出そうって魂胆だろう。ふざけているにも程がある。ちょっと、マジでキレそうだ。
この時点で、私が自称川島蒼子の依頼に応じる必要はなくなった。ヤツをとっちめるのと、警察に頼まれている“間宮璃子の確保”に移行だ。同一人物の可能性もあるが。
ちょうどこのタイミングで古川から連絡が入り、ついに“月曜日に私の家に来た自称川島蒼子”の生体情報の分析結果が出た。それは、既に警察の方で持っている間宮璃子のものと一致した。
「やっぱり、ね」
全く、ふざけた真似をしやがって。この私に“本物のサファイアを返却するために犯罪行為を頼む”どころか、“自分のやる犯罪に私を利用する”だなんて、さすが世界で活躍した舞台女優はやることが違う。初めてですよ、私をここまでコケにしてくれたおバカさんは。
さて、間宮をとっちめねばならんのだが、解消すべき疑問が2つある。1つは、“いま間宮璃子として大阪に行っている人物”は誰なのか。本物の川島蒼子なのか、別人なのか。
もう1つは、間宮璃子が間宮璃子の部屋からサファイアを盗み出そうとしているのは何故なのか。あのマンションの一室が“戸籍上の間宮璃子”が買った部屋だということは確定している。わざわざ川島蒼子になりすましてまで私に盗み出させる意味がない。
【本物の間宮璃子がどこにいるのか分かったのは大きいですね。引続き、“間宮璃子として大阪に来ている人物”の捜査は続けます】
結局、偽の間宮璃子と友人Aは見つからないようで、ホテルに戻って来るのを待つことにしたらしい。一度見つけてしまえばそこからはずっと追える。
夜に2人はホテルに戻って来た。だが、特に何のことはない世間話しかしなかった。風呂までドローンに追わせたが、変装をベリッと剥がすようなこともなく、警察の方で把握してるスッピン顔とも変わりなかったという。まぁ、本気でなりすまそうと思ったら顔なんてどうとでもなるからな。とりあえず生体情報は採取した。外に出歩く人相手には川島氏と同じ手段が使えるので、健康診断を真っ当に受けてるなら警察が戸籍を特定するのは難しくないだろう。
水曜日はその後、特に何事もなく終えた。遠藤さんの生体情報の結果が得られたが、戸籍上の遠藤香純美さんと一致し、なりすまし等はなかった。指紋と唾液しか採取できなかった間宮の使用人については、残念ながら戸籍の特定はできなかった。
これから健康診断は指紋や唾液も無駄に採取して警察にデータベースを提供すべきだね。いち個人の使用人が健康診断を受けるのかという問題は残るが。
間宮が詐欺師なら使用人もどうせグルだろう。少なくとも味方に付けるのは難しい。遠藤さんと友人Aについては、これまで間宮の捜査線上に出てきてないため無関係だと警察は予想しているそうだ。
既に戸籍との一致が確認できた遠藤さんについては警察から聞き取りをしてもらっても良いんじゃないかと思う。もしグルだったら、それはそれだ。スマホやパソコンの画面もドローンで見れるのだから、“警察が嗅ぎまわってる”みたいな連絡をされてもすぐに分かる。
翌日、木曜日。
遠藤さんが間宮の家を訪れるのが土曜日で、川島蒼子になりすましてる間宮璃子が海外に旅立つのが日曜日に迫っている。そして、大阪に行っている偽の間宮璃子は金曜日に帰宅予定だ。間宮の使用人も含め、引き続きこの4人の監視を続けた。間宮と友人Aは、今日の新幹線で東京に戻るらしい。
さてラッキーなことに、遠藤さんがスマホで“間宮さん”で登録してる人宛てにメッセージを送った。中身は、土曜日の訪問の時間変更だった。さて、これに反応するのはどっちになったかというと、
「なるほど」
大阪にいる偽の間宮璃子だった。上手いことなりすましが出来ていらっしゃる。シンプルに時間変更に応じて、やり取りは終了。
【警察の方で遠藤さんに聞き込みを行いますので、ドローンでの撮影をお願いします】
どうやらコバエ型ドローンの操作に慣れてないようで、撮影を頼まれた。まぁいいや、私としても聞き込みの内容は気になる。
子供を保育園に預け終えたところを狙って、私服警官が声を掛けた。古川ではなく、最寄りである愛宕警察署の職員2名が対応している。
ママ友もいる中で遠藤さんだけ呼び出すのは悪いと思ったのかその場にいた4人まとめて、警察署には行かず喫茶店の個室に入った。
【実は警察の方で、間宮さんから相談を受けている件がありまして】
なるほど、間宮の捜査としてではなく、間宮からの相談という体で話を聞くようだ。
【みなさま、ご友人に“間宮さん”がいらっしゃるということでよろしいでしょうか】
全員が首を縦に振った。反応から言って全員共通の“間宮さん”で、間宮璃子のことだろう。みんな2大巨頭の住民のようだ。
【実は間宮璃子さんから、詐欺被害に遭っているかも知れないと相談を受けていまして、具体的には間宮さんが所有している宝石付きの装飾品が、貸し出したのちに偽物が返却されてしまうといったものです】
これには4人とも「まぁ、そんなことが」といった反応で、お互いの顔を見合っている。わざとらしく見えなくもないが、表情筋の動きだけでは正確な判別が難しい。
【申し訳ないのですが、もし皆さんが間宮さんから装飾品の貸し借りをしているのであれば確認させて頂きたいのですが、いらっしゃいますでしょうか】
恐る恐る、といった様子で手を上げたのは、2人。遠藤さんではなく、いわば友人BとCだ。
友人Bが言う。
【もしかして私たちは、疑われているのでしょうか・・・】
そりゃそうだ。警察に呼び出されてそんなことを聞かれれば。
【失礼しました。どちらかというと、既に間宮さんが持たされたレプリカが皆さんに渡っている可能性を思案しております。間宮さんは現在旅行で不在のようでして、もしお持ちであれば現物をお貸し頂きたいのです。もし間宮さんに装飾品を貸したことがあるならば、それで返ってきたものも】
【こちらからお貸ししたものも、ですか・・・?】
疑問はもっともだ。もちろん警察は回答を用意している。
【ご存知かと思いますが間宮さんは装飾品販売会社を経営しておられ、様々な装飾品の使用感などの伺うために貸し借りを行なっているそうです。
そのため間宮さんがあなたたちからお借りしたものを別の方に貸与していることが考えられ、それが偽物にすり替えられて返って来ている可能性も否定できません】
【確かに、いわゆる“また貸し”をすることもあるとは伺っていましたが・・・】
友人BとCは半信半疑ながらも、“警察がこう言ってるし・・・”といった様子で、アイコンタクトを取ったあと意を決したように首を縦に振った。
【自宅は近いので、15分ほど頂けばお持ちできます】
【私もです】
【ありがとうございます。ではよろしくお願いします】
友人BとCが一旦店を出た。友人Dと遠藤さんが残る。
【待っている間に伺います。お2人に近々、間宮さんのお宅を訪問する予定はありませんか?】
これには当然、遠藤さんが手を上げた。
【明後日の土曜日の午後に訪問する予定があります。お互いの近況を語らうのみで、装飾品の貸し借りなどはないですが・・・】
【いえ、構いません。ただしその訪問、あなたの代わりに別の者を伺わせてもよろしいでしょうか】
【え、っと・・・?】
【つまり、我々の方で代役を用意し、あなたになりすました者を間宮さん宅に訪問させます】
【えぇ・・・っ!?】
【申し訳ありません、捜査のためなのです。あなたには世間話が成り立つよう、別の場所から指示を送って頂きます】
【え、っと・・・分かり、ました・・・】
遠藤さんも、横で話を聞いている友人Dも呆気に取られた様子だ。“一体なんでそこまで・・・!?”って感じで。
間宮から詐欺被害の相談を受けてるなら別に警察として間宮の家を訪れればいいものを、もちろんそれができない理由が警察にはある。相談など受けておらず間宮が詐欺を働いていないか捜査しているためだ。そしてそれを善良な市民に説明する義理などない。
そこからは遠藤さん&友人Dの間宮との交友関係の話になったが特筆すべきものはなかった。そうこうしてるうちに友人BCが戻って来て、別のドローンに追わせていたのだが、この2人は間宮と同じ側のマンションの中層階に住んでいた。
【こちらです。数としてはもう少しあるのですが、覚えているものだけ・・・】
友人Bは3つ、Cは5つの装飾品を、それぞれ“間宮から借りているもの”と“間宮に貸したことがあって返ってきたもの”に分けて置いた。その全てに宝石が付いている。さすがに見ただけでは本物かどうか分からない。後で分析させて頂こう。
【ちなみにお2人は、間宮さんから装飾品の貸し借りのお願いはよくされているのですか?】
【そうですね・・・多い方ですと3ヶ月に一度はされていると思います。間宮璃子さんともなるとお断りすることもできず・・・】
だろうな。間宮が独身ゆえに子供への影響は少ないだろうが、それでも普段の居心地にかかわりそうだ。同じタワマンの人が3ヶ月に一度は、か・・・。
帰国時に新築マンションに入ったのは、カモを捕まえるためか。交流会があったようなので、そこで運悪く、あるいは間宮璃子のネームバリューに惑わされて親交を深めてしまった人が、装飾品の貸し借りをさせられてしまったのだろう。
当然ながら間宮から借りる方が高級なので最初こそ楽しかったそうだが、2回目からは“販売前商品ゆえに機密保持が必要”だとかで誓約書にサインさせられ、高級品でもあることから怖さの方が増したそうだ。身に着けることなく金庫で保管するのみになっていたんだとか。正解である。なんせ私はバイクに乗った悪漢に盗まれかけたのだからな。
そこからは長話になることもなく解散。
古川含めた警察と、グループチャットで通話。
「借りた装飾品を、レプリカとすり替えて返してるってトコですかね」
【その可能性が濃厚です。さきほど受け取ったものを分析頂いてもよろしいでしょうか。こちらで手配すると3日は掛かるので】
「そこのドローンに渡してください」
こんなこともあろうかと、コバエ型ではなく4次元収納機能をもつハエ型ドローンも派遣してある。友人BCから警察が預かった装飾品を受け取り、帰宅指示を出した。
予想される間宮の手口はこうだ、新築タワマン入居時に知り合った人に“自社商品の感想が欲しい”などと言って装飾品を貸しつつ、“マーケティングの参考”などの建前で借りる。そしてそれのレプリカを作ってレプリカを返却。
装飾品販売会社を経営してる人間がレプリカなどこしらえられないから、そっちは川島蒼子が担当。そして第三者に本物とレプリカをすり替えさせて、間宮璃子は“すり替えられた事実すら知らない被害者”として貸主にレプリカを返す。
今回私は、すり替えを行う“第三者”に選ばれたのだ。しかも、“レプリカ渡しちゃったから本物とすり替えて欲しい”などという名目で。
更にその本物は間宮のものではなくタワマン住人から借りたものだった。そしてレプリカと引換えに手にした本物を、川島蒼子として私から受け取れば終了。ぐぅの音よりもグーパンチを出したいぐらいだ。とにかく警察に相談して良かった。ここまで彼らに感謝することもない。
川島蒼子と間宮璃子についてだが、多分あれは長いこと、戸籍上の川島は“間宮璃子”として、戸籍上の間宮は“川島蒼子”として生活してるだろう。どっちともとっちめれば良いからもう関係ないが。さて、どうやって追い詰めようか。
「おや・・・?」
解散後も遠藤さんと友人B~Dをコバエ型ドローンに追わせていたのだが、友人Dは帰宅せず別の喫茶店に入るなり、“マコ”というアカウント相手にチャットメッセージを書き始めた。そのスマホが見える位置にドローンを移動させると・・・。
<警察が嗅ぎまわっているようです。明後日の遠藤さんの訪問、警察が用意した影武者が来るようなのでキャンセルなさったがよいかも知れません>
おぉっっとぉぉ!!
友人Dがまさかの“お友だち”だったぁ! 初めから、詐欺仲間にも一緒に入居してもらっていたようだぁ! マジで警察からコンタクトを取った瞬間に、主犯格に連絡を入れるなんてな。
次回:舞台女優へのスポットライト
 




