第93話:40倍濃縮の夏
「使うのはこれよ」
夏休みの宿題である絵日記を最終日まで白紙のまま手を付けてなかった悪ガキ3人を連れて公園を訪れた私は、ひとつの道具を取り出した。見てくれは、小さなメリーゴーランド。
「何だこれ?」
「聞くなアツシ。どうせヤベぇモンに決まってる。なんせヤベぇねーちゃんが作ったんだからな」
「タカシの言う通りだ。だが俺たちに残された道はもうこれしかない」
「2人とも・・・覚悟決めるの早すぎだろ・・・でも、決めてたもんな。絵日記なんて真面目にやってたら夏を楽しめないから最後にヤベぇねーちゃんに何とかしてもらおうって」
お前ら最初からそのつもりだったのか。来年はそんなことする気になれなくなると思うがな。
「さっきも言った通り、1日で40日分の思い出を作ってもらうわよ。体にも脳ミソにもそれなりの負担が掛かるけど、ホントにやるのね?」
「もちろんだぜ」
(ここで引いたら一生このねーちゃんにバカにされる・・・!)
「さっさとやれよな」
(決意が鈍らないうちに早くしてくれ・・・!)
「フハハハハハ。この程度、軽く乗り越えてやるさ」
(こ、これが武者震いというやつなのか・・・!?)
その引きつった顔からビビってるのがまるわかりだぜ、少年。これからやることが良い修行になることを祈るんだな。
「それじゃあ位置について」
私はスマホを操作し、“ドリーム・ゴー・ラウンド”の起動画面を出した。
「よーーーい」
「「「ゴクリ・・・」」」
「どん」
RUNのアイコンをポチッと押すと、メリーゴーランドが回り始めた。ゆっくり、ゆっくりと、少しずつ速度を上げながら。
「う、うお・・・っ!」
「こ、これは・・・っ!」
「体が・・・!」
「「「吸い込まれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」」」
3名様、ごあんな~~い♪
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「こ、ここは・・・?」
「確か、あのちっこいメリーゴーランドに吸い込まれて」
「でも真っ暗だぞ!?」
【すぐに明るくなるわよ】
「ヤベぇねーちゃん!」
「どこだ! 名を名乗れ!」
【厳木鏡子よ】
「バカ! 名前なんて聞いてどうすんだ!」
「し、しまった! おい! 俺たちをどうするつもりだ!」
【お望み通り、夏休みの思い出を作ってあげるのよ。ほら、周りをよく見て】
「おぉ、明るくなってきたぞ」
「こ、ここは・・・」
「イズミーランド!」
【ピンポーン。あなたたちは夏休み開始早々、イズミーランドに来ました。スプラッシュヘルとビッグサンダーヘヴンを楽しんだあと、迷子を助けてあげてからホーンテッド・アクアリウムとレッツ・ザ・イズミーワールドを堪能。そして最後にアクアティックパレードでキャストたちと水鉄砲戦を繰り広げます】
「へぇ~っ、なんか楽しそうじゃん」
「ははっ,ビビッて損し――」
【40倍速で】
「「「えっ??」」」
【はいスタート】
「うわっ、いつの間にか座ってる!」
「とっ、取れね――」
ゴオオオォォォォォォ!!
「「「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「あぁぁぁばばばば! 速い速い速い!」
「まだ最後の急降下前だろォ!?」
【それもすぐに来るわよ】
「ちょっ待っ心の準――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「「わああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」
ドッボーン。
【続きまして、ビッグサンダーヘヴン】
「え゛! なんかもう別のやつに乗ってる!」
ヒューーーーーン!
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「吐く! 吐く吐く吐く! 誰か止め・・・!」
ピタッ。
「あ、止まった」
「でもこれって止まる時は・・・」
ズゴォォォォォォォォン!!
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」」
プス、プスプス・・・。
【ビッグサンダーヘヴン、いかがだったでしょうか。おや、あんなところに泣いている小さな子供が。もしかしたら迷子かも知れません】
「な、なんで小学生の俺たちが迷子なんて」
「というかさっきの雷で体が・・・」
「ってうわ勝手に動き出した!」
「速い速い速い速い! 足が千切れる!」
【40倍速ですから。さあ、迷子センターを目指しましょう】
「う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「目が回るぅぅぅぅぅうぅうぅぅぅ!!」
「どこ歩いてんのか分かんねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
【無事に迷子を送り届けることができました。次はホーンテッド・アクアリウムとレッツ・ザ・イズミーワールドです】
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
【さて、名残惜しくももう夕方。最後にパレードの水鉄砲バトルに参加しよう!】
「ゼェ、ハァ、みず、鉄砲・・・いつの間に、手に。はは、ははははは・・・」
「ひひ、ひひひひひ・・・」
「ヒャ~~ハッハッハッハ♪」
「イィィィィィエ~~~~~~!! どうにでもなれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うぅぅぅらぁぁぁぁぁぁぁ!! だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ヒャッハーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
【(人って極限状態になると、こうなるんだなぁ・・・)】
「あ、れ・・・?」
「ここは・・・?」
「確か俺たちは、イズミーで・・・」
【はい、その日の思い出は作り終えました。日記帳にもバッチリそれぞれの筆跡と文章センスで書かれているのでご心配なく。
さて次の思い出です。皆さんは高級ホテルの日本1号店のオープン記念パーティーに出席することになりました。許された者のみが口にすることができる高級料理の数々を召し上がれ♪】
「高級料理!? うぉぉぉぉぉ!!」
「でも、俺、さっきのイズミーので食欲が・・・」
「むしろ吐きそうなんだが」
【ゴチャゴチャ言ってないで食べなさい。もちろん40倍速よ】
「やっ、だから体を勝手に・・・うわっ、もっ、ごごごご・・・!」
「うわっ、はっ、ほっ、熱っ! もがっ、こっ、これ以上っ、ぐちにっ、入らなっ」
「あががががががが・・・! 味がっ、わからなっ、ばばばばばばばば・・・!」
【おやおや皆さん、高級料理を前に衝動を抑えられなかったようです。時間が限られてますからね。急いで、たっぷり食べてもらわないと♪】
「お、ぉぉぉぉぉ・・・」
「う、っぷ、お゛え゛」
「と、といれ、きゅうけい・・・」
【休んでいる暇はありません。まだまだ長く残ってる夏休みを、今日1日で過ごさないといけないのですから。
次は、窓咲公園の大池の大掃除ですよ。まずは浅く残した池で魚を捕まえて、それから完全に水を抜いたあとゴミ拾い。40倍速で、ゴー!】
「ぎゃああああああああ! 足がぁぁぁ! 手がぁぁぁぁぁ!」
「折れる千切れる光になるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「俺は今! 人間の限界を超えている! どぉりゃあああああああああああああああああ!!!」
ピク、ピクピク・・・。
【素晴らしい! みんなの公園のために立てなくなるほどの力を尽くすなんて! 思い出はまだまだ作らなきゃいけないけど大丈夫! 体ならこっちで動かしてあげるから!】
「あ、がが・・・」
「あと、どれくらい残ってるんだ・・・」
「す、きにしてくれ・・・」
【次はちょっと変わった帽子屋さんです。ここを訪れたキミたちは、それをかぶると帽子の虜になってしまうという不思議な帽子に出会います。もちろんかぶります。これは大して時間が掛からないので、かぶった時の感覚を40倍にしてみましょう♪】
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」」
「夜空にキラリ流れ星! 頭の中に流れ星! 驚異的な吸引力で、雑念を全て取り払う! 頭を巡るストームは、あの日見た真夏のサイクロン!!」
「わっ、はっ、ほっ、、ホーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「誰が呼んだがこの奇跡! もう繰り返さないあの悲劇! 世界が認めた喜劇の王は! 今日は俺らと踊ってる!」
「ヘイユー君は今いくつ!? 個人情報は勘弁だって!? そんなこと言っちゃ始まらない! 今すぐ自分をさらけ出せ!」
「ホーホケキョッキョホーホケキョ! コーコケッコッココーコケコ! カーカーチュンチュンクックドゥルドゥ~~~~!!」
「炊飯器を買い替えたなら! 電子レンジと向き合って! そしたら見えるさオーブンが! ボクも使ってとキミを待つ!」
【(あの帽子、40倍にしたらこうなるのか・・・)】
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
【次は川辺で花火大会! ただ見るだけじゃつまらない? だったら打上げ手伝って!】
「だ、おわ、が、ば・・・」
(あぁ~~~。40倍で体が勝手に動く感覚も慣れてきたなぁ~~。絶対どっか壊れてるけど)
「ボクハ、マシン。キョウハ、ミンナガナツマツリヲタノシメルヨウニ、セイイッパイガンバリマス」
「あ、はは、ははははは・・・」
(俺はもう、鳥をも超えられただろうか・・・)
【舞犬会館に新しく犬カフェがオープン! ペロペロペロリーヌを使って多くのワンちゃんを引き寄せよう!】
ペロペロペロペロペロ・・・!
「あぁ、癒される・・・お前たちは、俺らのことを愛してくれるんだな・・・」
「コレガ、カワイイ・・・ハジメテシル、キモチ・・・」
「俺はもう疲れたよ・・・このまま、天使が大空へと連れてってくれるのを待とう・・・」
【めんつゆ作ってる会社が駅前でゲリラ販売するらしい! 人手が必要だから手伝おう】
「らっしゃーせー! らっしゃーせー! 美味しいめんつゆ揃ってるよー!」
「“オイシイ”ハ、セカイヲカエル。ボクガ、ショウメイスル」
「めんつゆ~、ぶ~ら~~ざ~~ず~~~~!」
【地学部恒例の夏合宿! マンモスの化石との戦闘! 水の球体に閉じ込められた仲間! みんなで突破した闇夜の迷宮! 冒険尽くしの合宿だ~~!】
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
【(ウソだろこいつら・・・あの合宿を、40倍速の中で淡々と乗り越えやがった)】
【今日は暑い! でも夏と言えばバーベキュー! 炎天下の中でも結構だ!】
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
【あぁっ~と! 冷却スプレーが暴発! 一気に氷点下になってしまったぁ~~!】
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
【(顔色ひとつ変えやがらねぇ・・・まぁいい。体の方はしっかり急激な温度変化のダメージを受けてるはずだ)】
【着ぐるみだらけの水泳大会! 地域の代表はキミだ! 優勝目指して頑張ろう!】
バシャシャシャシャシャシャシャシャシャ・・・!
【(まぁ、今更着ぐるみ着て40倍速で泳ぐぐらい屁でもないわな。体にだけは負荷が掛かってると信じよう)】
【夏の終わり。キミたちはまだ経験してないものがある・・・そう、それは青春。美少女と、夏の甘酸っぱいひとときを、今度こそ】
「タカシくん、はい、あ~~~ん」
「アリガトウ。メチャクチャオイシイヨ」
「あたし、ケンジくんのことが本当に大好き。ケンジくんは、あたしのこと、好き・・・?」
「スキ・・・コレガ、コイ・・・ヒトガヒトト、ココロヲカヨワセル、ステキナモノ・・・・・・」
「アツシくん・・・これからもずっと、一緒だよ・・・♡」
「モチロンサ。キミガボクカラハナレナイカギリ、ボクガキミカラハナレルコトナンテ、ゼッタイニナイカラネ」
【しゅ~~~りょ~~~~~~! 皆さんお疲れさまでした。これより現実世界へ帰還します。今日の思い出を胸に、2学期からも学校生活に精を出しましょう♪】
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ヒュォォォォォォォォォォオオッ、と、3人が元のサイズに向かって大きくなりながら現れ、どさっと倒れた。
「明日までに目覚めんのかこれ・・・?」
しょうがない。私の方で学校まで運んでやろう。自動で完成された絵日記はもちろん他の宿題も全部回収して持って行けば、本人が目覚めなくても誰かが集めるだろう。と思ったら、
「う、う・・・」
「え?」
目覚め、た・・・!? 声のしたタカシの方を見ると同時に、他の2人も動き始めた。
「う゛、お゛・・・」
「お、れたちは・・・」
記憶が曖昧なようだ。無理もない。
「お、おぉ・・・」
「おおぉ、お゛・・・」
「か・・・あ・・・・・・」
突然、その時は訪れた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
3人の脳内に、筋肉に、骨に、神経に、今日1日で過ごした40日分の夏休みが一気に押し寄せたのだ! ただでさえ40倍速で体験したものが、眠りから覚めた直後の一瞬で、満杯のゴミ箱に強引に圧縮されて押し込まれるように、フラッシュバックされながら心身に刻まれる! 脳の負荷も体の負荷も、成人男性ですら立っていられなくなるボーダーを軽く40倍は超えるものになるだろう!
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・!!」」」
3人は尚も悲痛の表情で叫び続けている。後は待つだけだ。フラッシュバックが終わって倒れるのを。こっちに視線を向けている近隣住民が通報して警察が駆けつけて来るのを。救急車が来て3人が搬送されていくのを。
それらは、10分もしないうちに現実のものとなった。救急車が3人を連れ去ったあと残されたのは警察と私だ。私担当の婦警の古川も来ており、救急車を見送ったまま視線を変えず黙っていた私に声を掛けた。
「ひとまず、署の方で話を伺います」
今日は、8月31日。既に決まっていた明日からの1週間の停学が、2週間に延ばされた。
次回:停学日和




