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第91話:全ては解決できない美少女

【それでねー、タッくんが今度旅行に連れてってくれるって。あっもちろんシングルルームだし人のいる所では出られないんだけど、秘境巡りだから2人っきりで滝とか森とか見られることもありそうで楽しみ~~!】


 翌日。タッくんこと虹元拓が大学に行き、一方の沙綾は休みらしく今日は暇とのことで私に連絡を入れてきた。のろけ話しか出てこないが。

 交際スタートしたその日に旅行が決まるとは何とも早い話だが、沙綾に実体がないがゆえに妙な駆け引きは発生しづらく、お泊まりもすんなり決まったのだろう。


【鏡子ちゃんは研究? あんまり邪魔しちゃ悪いから本でも読んでよっかな】


 近年は女子のオタクも珍しくはないが、沙綾自身にオタク趣味はない。厳密に言えば、オタク趣味が設定されなかった。これは虹元が潜在的に、自分の恋人がオタクであることを求めなかったためだろう。少なくとも“どちらかいえばノー”以下だったことは間違いない。


「そんじゃ、適当にくつろいでて」


 沙綾は画面の中だけの存在という訳ではなく、映像に過ぎないが空間に現れることもできる。端末は虹元が持っているのだが、あれはキーホルダーサイズの“顧客用”であり、もちろん販売元の私は親端末を保有しているため沙綾は出て来られる。宙に浮く形になるのだが緻密なz座標の調整により、実際に歩いているように見える。今はソファーに座っているが。


【ふん、ふん、ふ~~ん♪】


 虹元の心を満たすため存在である沙綾もまた、虹元のような男がドストライクになるため、そんな彼と付き合うことができて心底幸せそうである。


 そんな日が、3日は続いた。


 --------------------------------


 虹元と沙綾が出会ってから4日後、何気に毎日私のもとに顔を出していた沙綾だったが、今日は取り乱した様子で現れた。


【鏡子ちゃん大変! タッくんが、タッくんが・・・!】


「どうしたのよ、そんなに慌てて」


【タッくんが、警察に捕まっちゃいそうなの!!】


「はぁぁ???」



 私は沙綾を(端末に閉じ込めた状態で)連れて窓咲署へ向かった。沙綾によると、いきなり部屋を訪ねて来て、端末に戻らず奥に隠れたために聞き取れなかったそうだがあーだこーだと言い合ったあと、任意聴取に従う形で警察署に向かったらしい。

 幸いにもパトカーには乗せられず自分の足で移動すれば良かったそうで、沙綾は秒で私のもとに来れるのでタッくんもまだ移動中だろう。


 タッくんの交通手段は知らないが私は自転車で移動していると、胸ポケットに入れていたスマホが振動した。連動しているチャリのハンドルに表示された発信元は、古川。窓咲署で”厳木鏡子担当”をしている婦警だ。


「ちょっと止まるわ」


【えぇっ?】


「警察からだから」


【えぇぇっ!?】


 仕方なくブレーキを握って止まり、電話に応じる。


「もしもし」


【もしもし。厳木さんですね】


「何か用ですか? どのみちいま別件で窓咲署に向かってますけど」


【その“別件”はもしや、虹元拓さんのことですか?】


 なにっ。


「・・・まさか、“別件”にならないとか?」


【そのまさかです。そのまま署の方まで来てください】


 マジか・・・。


【何だったの・・・?】


 不安な様子で聞いてくる沙綾。電話の主が古川だと分かった時点で沙綾にも聞こえるようにすれば良かったな。スイッチひとつでセキュリティ設定が変わって沙綾にも聞ける、というか今は画面の中にいるから電子的に伝わるにようにできたのだが。


「“タッくん”のことで私にも話があるってさ」


【えぇぇ~~っ!!? なんだろう・・・】


「さあ? 着いてみてからのお楽しみね」


【全然楽しみじゃないよ~~~~!!】



 窓咲署に着くと古川がいて、裏口へと案内された。警官用の自転車しか並んでない駐輪場に停めさせてもらい、中へ。通された部屋には、既に虹元が来ていた。


【タッくん!!】


 隠れる様子もなく声を上げる沙綾。虹元の向かいには既に1人の男性警官が座っている。


「沙綾・・・」


 虹元も不安げな表情だ。なぜ自分が警察署に呼ばれたのか、まだ聞かされてないようだ。


「厳木さんもお座りください」


 古川の指示に従い虹元の隣に座る。古川もドアを閉めたあと、私の向かいに座った。しかし聴取は男性警官が担当するらしく、口を開いたのはそっちだった。


「まず虹元さんに伺います。そちらの“沙綾さん”を、金銭を支払うことで購入したのは事実ですか?」


「えっ・・・」


 虹元は魂が抜けたように固まったあと、キッと睨むような目を向けて反論した。


「購入だなんて、そんな!」


【そうです! 私たちはお金だけの冷めた関係じゃありません!】


 会話は当然沙綾にも聞こえている。警官に言われたことが頭にきたようで、画面から飛び出して現れた上で虹元に便乗した。映像とはいえ3次元空間に飛び出してきたことに驚いたのか、男性警官も古川も1~2秒ほど目をパチパチさせた。しかしそこは警官、すぐに取り調べモードに戻る。


「あなたたちの心持ちは関係ありません。お金の動きがあったかどうかを聞いています。どうなんですか?」


「それは・・・」

【っ・・・・・・】


 警察相手に嘘は付けず、2人とも黙ってしまった。


「何も仰らないのであれば、肯定と受け止めます」


 そう言われてもなお2人はしばらく何も返せなかった。6~7秒ほどしてようやく、絞り出すように虹元が口を開いた。


「・・・あの、誰が言ったんですか。お金で買っただなんて」


 そこが最大の疑問だ。私がホログラム美少女を作って金銭を対価に虹元に提供したことはバレてると考えた方がいい。しかし、金は手渡しだしホログラム美少女の存在はハッキングでもしないと分からないはずだ。まさかこの場で“ハッキングしました”とは言わないだろう。


 男性警官の回答は、至ってシンプルなものだった。


「善良な市民からの連絡です」


 おいおい・・・そんじょそこらの奴にハッキングできるほど甘くはないぞ。しかしその疑問はすぐに解決した。


「そんなっ、沙綾のことは友達にしか・・・ハッ、まさかっ!」


 そのまさかだろうな。ハァァァァァ~~~ッ。乾いた溜め息を出そうだぜ。数少ないであろう友達に自慢しちゃったか。どうせ、私のことを嫌ってる商店会保守派の息子か甥っ子でもいたのだろう。奴らの息のかかった人間がどこにいるかなんて分かったもんじゃないからな。


 愕然とする虹元を余所に、男性警官は私の方を見た。


「次に、厳木さん」


「はい」


「虹元さんに“沙綾さん”を販売したのは、あなたですね?」


 警官がこう言うと、虹元と沙綾はすがるように私の方を見た。2人を助けるためという訳ではないが、新たなビジネスを簡単に潰される訳にはいかない。


「販売というのは、少し違いますね。見ての通り、“沙綾”は人工知能で持っただけの映像に過ぎない存在ですが、私は恋人を欲している2人を引き合わせ、仲介のお礼として“お小遣い”を受け取ったに過ぎません」


 実際は月額5万なのだが、まだ1回分の支払いしか発生していないので単発と言い張ることができる。


「そういったサービスをしているならそれも問題ですが?」


「定常的に行っている訳ではありません。大学生の恋愛の手助けを高校生がしたのですから、ちょっとお小遣いをもらうぐらい構わないんじゃないですか?」


「あなたの場合、多くの人からもらっている“お小遣い”の総額も問題ですが・・・今はそれに目を瞑るにしても、男女の出会いの仲介というのも、とても見過ごせるものではないですね」


「ちょっとそれは理解し兼ねますね。知り合いのお兄さんとお姉さんが1人ずついて、この2人なら上手くいきそうだと思って会わせてみたら意気投合。これぐらい高校生も普通にする範囲なのでは?」


 そう答えると、男性警官は反論するではなく古川の方を見た。バトンタッチのようだ。


「では、質問を変えます。この“沙綾さん”は、虹元さんの前で裸になることはできますか?」


「なっ・・・!」

【えっ・・・!?】


 なるほど、これを聞くために女性警官に交代したのか。私が返事をする前に、虹元が吠えた。


「ふっ、ふざけないでください! 俺っ、僕がっ、そんなことのために沙綾と付き合ったと思ってるんですか!!」


【そうです! 私たちはお互いに支え合う約束までしていますし健全なお付き合いで、あなたたちが邪推しているような関係ではありません!】


「私は厳木さんに聞いています。“沙綾さん”は、虹元さんの前で裸になることはできますか?」


「っ・・・」

【っ・・・!】


 古川に相手にしてもらえず、唇を噛む2人。仕方ない、正直に答えよう。


「それは“沙綾”と、虹元さん次第です。なにせ人工知能ですからね。もちろん一般的な貞操観念はありますから、心を開いていない相手の前で裸になることはありません。

 それは古川さんも同じですよね? いくら交際相手とは言えいきなり“裸が見たい”なんて言われて服を脱ぎますか?」


「・・・なるほど。では“沙綾さん”には購入者の前で裸になる機能が付いているのですね?」


「っ・・・」


 クソが。攻略さえすれば裸が見れるゲームだという解釈をするつもりだな。


「となると厳木さん、あなたは、あなた自身が未成年でありながら、未成年には提供できない性的描写のあるサービスを提供したことになりますが」


「・・・・・・」


 最初からこっちで追及することが目的だったようだな。初っ端から裸がどうとかは言いづらくて最初は虹元に“金で買ったのか”なんて質問をしたのだろう。いつまでもだんまりはできないので、返事をせねば。


「誤解があるようですが、私は男性に提供することを目的に“沙綾”を作った訳ではありあせん」


 もちろん嘘だ。だが建前を通すことさえできればそれが真実になる。


「始めにお答えしたように、私がしたことは以前から個々に知り合いだった虹元さんと“沙綾”を、それぞれ恋愛願望があると相談を受けていたことで、“この2人ならよい交際になるかも”と思って会わせたことです。

 “沙綾”が私の作った人工知能であることもご存知の通りですが、目的は個人的な趣味に相当する技術研究で、私自身の“友達”として作りました。私が女ですから、友達として作った人工知能が女性でも不自然ではないですよね。

 服を脱いで裸になれることについてですが、女同士なので抵抗はないですし、人工知能の学習のために温泉旅行に行ったことなどもありますから、さすがにそれでモザイク等の処理があるとその方が違和感が大きいでしょう。下着も含めた服飾デザインについての学習を“沙綾”自身が望んだということもありますし、もちろん私も1人の女子高校生として参考にしています。

 結果として“裸の姿を見せることもできる女性の人工知能”を実在の男性に提供した形になりましたが、経緯を時系列で追うと今述べたようになるので、そこはご理解頂きたいと思います」


「「・・・・・・」」


 2人の警官は数秒、私の言葉が止まったのを確認するかように黙ったままだった。虹元と沙綾は、警官に対する苛立ちは隠さないままだが不安も隠せてない神妙な面持ちだ。


 そして、古川が口を開く。


「経緯は分かりました。ですが、“沙綾さん”を虹元さんに提供するに当たり、裸にならないように設定することもできたのではないですか?」


「そこまで考えが及ばなかっただけです。大人の人は簡単に邪推しますけど、虹元さんが“沙綾”の裸を見たがるなんて想像もしてなかったですよ。古川さんから先ほどの質問を受けるまでは」


 そういう可能性を一番に疑うなんて、警察官殿の方が心が汚れているのではないかね? もっとも、警察は警察で私を追及できる建前を探してるだけなのかも知れないが。


 しかしそれぞれの思惑はどうあれ、話は“実際に発せられている言葉”によって進む。


「それは失礼しました。ですが、浮気の相談を受けることもあるあなたならば、そういった可能性も容易に想像できたのではないですか?」


 よく言うぜ。一番最近で私に浮気調査を持ち込んだのはお前だからな? それも、自分自身も浮気していた状態で。


「そこは、“沙綾”は人工知能ですから。生身の女子大学生を紹介するならまだしも、実体を持たない映像の存在となると無意識のうちに除外されますよ、そんな可能性。古川さんも言うように、私は未成年ですし」


 純粋な女子高生がさ、大学生とはいえ男女を引き合わせるにあたってそんな下心を前提にする訳ないじゃん? 私はね、2人の幸せを願って引き合わせたのだよ。


「っ・・・・・・」


 古川は目を閉じて考える仕草を取った。いまいち見えてこないんだが、こいつらの要求は何なんだ?

 今さら虹元に返金して沙綾を返してもらえば終了なんてことはないだろう。金なんて個人的に徴収すりゃあバレないから“お小遣い”をもらいまくってることを、古川は他のどの警官よりも知っている。何なら月額のサブスクにしていることも、滞納されたら沙綾の強制送還ができることも想定内だろう。


 話の流れも金の動きじゃなくて“沙綾の裸を購入者が閲覧可能かどうか”だ。沙綾が脱がないように設定すれば許されるんならそれが一番楽なので、その方向でいこう。実際想定してなかったし、それを削ったところで“話し相手になってくれる美少女”というだけでも十分ビジネスになるだろう。


「それで、“沙綾”が裸になることがなくなればいいんですか?」


「え? まあ・・・正直なところお咎めなしというのは甘すぎる気もしていますが、想定していなかったということなので厳重注意にとどめ―――」


「ちょっと待ってください!!」


「あ??」


 せっかく話がまとまりそうだったのに、それに待ったをかけたのは虹元だった。お前まさか、沙綾の裸が見たかったなんて言わないだろうなァ? その欲望があるにせよそんなのは後にしろ。沙綾もベタ惚れなんだから頼めば見せてくれるかも知れないぞ。


「さっきから黙って聞いていれば、“提供”だの“人工知能”だのって、あなたたちは沙綾を何だと思ってるんですか!!」


「「え」」

「は」


 はぁぁぁぁ?????


【タッ、くん・・・?】


 いや、お前、何言ってんの? 2人の警官はもちろん、沙綾ですら唖然としてるぞ? 彼女も大学生なのだから、さっきの流れでいけばこの場が穏便に片付いたことぐらい理解してるからな?


「沙綾は機械なんかじゃない! 心を通わせることができる、1人の立派な人間なんだ!!」


 はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?????


 何バカなこと言ってんだよバカ! 警察相手にそんなことが通用する訳ないだろ! というか通用してしまったらその方が色々と問題が発生しちまうだろうが!


「・・・・・・こちらとしては、女性の姿をした“会話ができる人工知能”と捉えざるを得ないのですが、仮に“沙綾さん”を普通の人間と解釈した場合、お金の動きがあったことに改めて目を向けると、厳木さんは男性の顧客に対して金銭と引換えに女性を引き渡したことになりますがよろしいですか?」


 うおぉぉぉぉぉぉぉおおい!! 言わんこっちゃねえ! 人身売買疑惑かけられちまったぞ! それだけは絶対に阻止せねば。


「“沙綾”は私が作った人工知能です」


「厳木さんは黙ってて!」


 ええぇぇぇぇぇぇ!! いやいやいやいや、お前を助けるためにも言ってんだからな虹元?

 沙綾も、ビックリするような目で虹元を見ている。この場を乗り切って家に帰ればいくらでも愛してもらえるのだから、警察を前に人工知能だの何だの言われることぐらいどうってことないはずだ。


「僕は、沙綾をプログラムや機械だなんて思いたくない。だって、これまでたくさん言葉を交わして、思いを伝え合って、愚痴も聞いてもらったりして支え合ってきたし、これからもそうしていくつもりだから。

 あなたたちが思ってる以上に僕たちは心で通じ合っていて、お互いに人生に欠かせない大切な存在なんだ。決して、疲れを癒すためだけの美少女ゲームキャラクターのような存在ではないんだ!!」


「「「・・・・・・」」」


【タッくん・・・】


 大学生にもなって何言ってんだこいつ。この手の需要に応えるための沙綾であることは間違いないのだが、今は建前を使ってでも突破しなければならない取り調べだぞ。その主張が通ったら“人生に欠かせない大切な存在”と引き裂かれてしまうことを理解してるのか?


「・・・虹元さんの主張は分かりました。それを踏まえて、改めて厳木さんに伺います。“春谷沙綾さん”は、人間ですか? 人工知能ですか? 先ほど、ご友人だと仰っていましたが」


「人工知能です」


「厳木さん!!! あなたには愛がないんですか!!!」


 いやフザけんな。人身売買を認める訳ないだろうが。というかどんな解釈をもってしても沙綾は人工知能だ。


「承知しました。では厳木さんは厳重注意とします。今後、映像付きの人工知能を他者に提供する場合には、年齢制限の発生するような服装はできない設定にすること、金銭の授受を行わないことの2点を、必ず守ってください」


「分かりました」


「次に、春谷沙綾さん」


【はい】


「わたくしどもに、あなたをどうこうすることはできません」


【はい】


 そりゃそうだ。現行法で人工知能に罪を問うなんてことはできない。


「そして、虹元さん」


「はい」


 さて、沙綾が今後も虹元に会うことができるかどうかが、ここで決まる。


「もう一度だけ、確認させて頂きます。あなたが“沙綾さん”を、人間と解釈しているか人工知能と解釈しているかです」


「“解釈”という言葉を使わないで頂けませんか」


 ダメだこりゃ。沙綾はもう今にも泣きだしそうだ。


「申し訳ありませんが、警察の中では人工知能として扱うしかありませんので、解釈の問題となります。最後まで遮らずに聞いてから回答をお願いします。

 “沙綾さん”は人間だと仰る場合、あなたは人身売買行為を働いたことになります。性的サービスの有無は関係ありません。あなたは自らの意思で金銭を支払って“沙綾さん”を買い受けたのですから。当然ながら罪に問われますので、“沙綾さん”と暮らすことは二度と叶わなくなります。

 “沙綾さん”は人工知能であると仰る場合、あなたが購入したのは“女性の姿をした人工知能”です。服を脱ぐなども可能だった点については厳木さんの過失であり、金銭の動きがあった点についても、虹元さんは成人ですが厳重注意に留めておこうと思います。“沙綾さん”との生活は、これまで通り可能です。

 以上を踏まえ、回答をお願いします。“沙綾さん”は、人間ですか? 人工知能ですか?」


「・・・・・・」


 虹元は、目を閉じてしばらく沈黙した。だが、とても迷いがあるようには見えない。やがて開かれた目は、覚悟しきっている男のそれだった。


「僕には、“沙綾は人間じゃない”なんて言うことはできない。たとえそれで引き裂かれることになったとしても」


【タッくん・・・! どうして・・・!!】


 なんてバカな奴なんだ。ここまでのバカを見たことがない。その言葉が、愛する沙綾のためになるとでも思ってるのだろうか。


「分かりました。本人が容疑を認めたということで、立件いたします」


 古川はそう言って男性警官に目配せをした。男性警官が立ち上がり、虹元に近付いて移動を促す。虹元も、抵抗する様子もなく歩き始めた。


【そんなっ、いやっ・・・! タッくん、タッくん・・・!!】


 沙綾の叫びも虚しく、虹元は去っていく。


【どうしてっ、どうして・・・っ!!?】


 ついに部屋の外に出てしまうというところで虹元が足を止め、振り向いた。その顔は、実に晴れやかなものだった。


「ごめん。やっぱり、できなかった。平穏を守るためでも、君が人間じゃないなんて認めることは。周りがどんなに人工知能だと言っても、俺だけは、沙綾を人として愛していたいから」


【そんなこと、後からだって・・・!】


「できないよ。公的には人工知能だなんて言っておいて心から愛するなんて。だけど、警察の前でも認めた今は胸を張って言えるよ。沙綾、愛してる」


【っ・・・うぅぅぅぅぅぅ・・・】


 泣きじゃくる沙綾を穏やかな笑みで見送って、虹元は前を向いて再び歩き出した。その姿は、部屋の中にいる私たちからはすぐに見えなくなった。


【タッくん、タッくん・・・! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・】


 誰よりも感情を露わにする人工知能を、私と古川はただ見守るしかなかった。本人が警察の前で“そうだ”と認めてしまったものはどうしようもない。美少女の涙ですら、彼の固い意志を覆すことはできなかった。

次回:夏休みの捏造日記

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