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第70話:舞犬会館の悩み

「ここに来るのも久々ね」


「ほとんど用事ないもんね・・・」


 鈴乃と共に来たのは、窓咲の2つ南の駅、舞犬。地域名なのだが、かつて野良犬同士の派閥間闘争があったらしく、多数の犬が宙を舞う光景が繰り広げられたという伝説からこう名付けられたのだと言う。


 で、私たちの用事は、その舞犬伝説にまつわる資料や絵などが展示されている舞犬会館である。のだが・・・、


「なんかこう・・・人、少ないね」


 有り体に言って寂れている。無理もない。地域の小さな資料館だし、史実かどうかも分からん伝説だ。実際に犬たちが戦っている現場を見た(?)人が遺したとされる書物や絵は中々にダイナミックなのだが、一度見れば十分な程度だ。


 しかし舞犬町自治会によるとこれが地域の主要施設とのことで、要は舞犬には何もない。そこで私が呼ばれたのは、舞犬会館をもっと賑やかに、ということだ。

 夏休みは地域活性化の仕事が多いねぇ。ぶっちゃけ報酬は割に合わないし今回もちょっと良い肉がもらえる程度なんだが、窓咲を拠点にラボを構える以上、役所や自治会に恩を売っておいて損はない。


 で、今回はこの舞犬会館な訳だが、


「鏡子、これ何とかなるの?」


「いや来ちゃみたけどコレちょっとやそっとでどうにかなるレベルじゃないでしょ」


「だよね・・・」


 こんなところでどう時間を潰せっちゅうんじゃ。そもそもあんまり人が殺到しても捌ききれんだろう。


「どうするの?」


「とりあえず、“舞犬会館を”、じゃなくて“舞犬を”賑やかにする方向で話を着けるわよ」


「あ、それならいいかもね」


 という訳で会議室に到着。無駄に立派で、もうこの会館は貸し会議室として運営すればいいんじゃないだろうか、と思ってたら実際に謎のお茶倶楽部とかヨガ教室の予約が昼間や夕方に入っていた。


 部屋には、既に自治会役員の面々が揃っていた。


「こんちはー」

「こんにちは~」


「あ、ああ」

「こんにちは」


 高校生相手にわざわざ腰まで上げて、よくぞ来てくれましたといったご様子。これだけで舞犬がどんな状態にあるのが透けて見える。もう閑静な住宅街でいいじゃん、この地域。犬が四六時中バトってて殺伐としてるよりマシだろ?


「ようこそおいでくださいました、どうぞお掛けください」


 ここまで歓迎の態度を取られると逆に気持ち悪いな。


「このあいだの花火大会はお疲れさまでした。本当に素晴らしかったです」


「まあ、得意分野ですから」


 挨拶なんていいから本題に入らせてくれ。


「それで今日は、舞犬をもっと賑やかに、でしたっけ」


「あ、いえ、舞犬会館をもっと賑やかに、です」


 えぇ~~~・・・これ譲る気なさそうだな。こんな会館どうだっていいじゃんかよ。しょうがない、プランBだ。


「それでは、この会館で犬カフェ開くというのはどうでしょう」


「犬、かふぇ・・・?」


 あーあー・・・街の活気を気にしてるんだったら世間のことにも目を配っとけよ。


「犬と触れ合える娯楽施設、です。こんな感じで、たくさんのワンちゃんがいるところにお客さんを案内して楽しんでもらおうってコンセプトですね」


 私はタブレットを取り出して画像を見せた。


「なるほど。確かにこれなら若者にも来てもらえそうですね」


「ワンちゃんは・・・保健所から譲ってもらうことができるかしら」


 他の人たちも「ふんふん」って感じで上々の反応だ。だが、顔をしかめてる人もいた。


「ですが、ここは犬同士の闘争によって舞犬と呼ばれるようになった地。みんなで仲良く交流というのは、我々のコンセプトから外れるのでは?」


 何でだよ。様子を伺っていると自治会員側から反論が出た。お前らの中で話つけてくれよ?


「いえ、今は闘争も終わり平和が訪れた時代。それを象徴するのに犬カフェは正にうってつけと言えるでしょう」


「いいやここは舞犬の歴史に則るべきです。世間の流行りに合わせるならば、例えば大乱闘スマッシュドーベルマンズなどもできる訳です。きっと白熱した戦いでお客さんを魅了させますよ」


「なんでドーベルマン限定なんですか。それに世の中、あなたのように格闘技好きばかりではありません。あとそのゲームから名前を借りるなら大乱闘ドーベルマンブロイラーズとすべきでしょう」


「何を言ってるんですか。ドーベルマンはニワトリではありません」


「なぜニワトリしかいないゲームからアイデアを借用したのかという話です」


「あのゲームがニワトリである必要がありますか?」


「分かってないですね。ニワトリだからこそ成り立ってきたシリーズなんです。それを軽々しく他の動物に変えようなど言語道断。犬ありきで考えるならば、イヌ娘ラブリーダービーとするなど、やりようはあるでしょう」


 お前ら実は自分たちだけでもアイデア出せるだろ?


「ん゛、ん゛っ」


 自治会長が大きく咳払いをした。役員の人選もうちょっと考えてね会長・・・。


「犬同士を戦わせるというのは、動物愛護団体や世間からの批判が避けられないでしょう。イヌ娘というのも、客層が偏る気がします」


 良かった。会長はまともな人で。


「第一、犬を美少女化するなんて一体何を考えているのやら・・・猫派への配慮が足りないと言わざるを得ませんな」


 ん・・・?


「美少女と言えば猫。猫と言えば美少女! ここは今からでも我々でネコ娘キューティーダービーをば・・・!」


 ピシャッ。


「お3方は黙っててください!」


 締め出された。当然だ。てか役員6人のうち会長含む3人がいなくなったんだが。


「あたし、何のためにここに来たんだっけ・・・」


 鈴乃はもうゲンナリしている。犬カフェを開こうって話から何故こんなことになったのか、私も知りたい。


「ふぅっ、失礼しました」


 3人を締め出した副会長が戻って来た。舞犬会館の一番の悩みの種って絶対あいつらだろ。


「ひとまず犬カフェの方向で進めましょう。やってみないことには始まりません。ワンちゃんについてはこちらで保健所に掛け合ってみますので、オモチャや設備の準備は厳木さんにお願いしてもよろしいですか?」


「そうですね。そのくらいなら」


 やっと話が進むぜ・・・。


「あの・・・」


 今までほとんど言葉を発してない役員が、恐る恐ると言った様子で手を上げた。なんだ? 4人目の締め出しなんて勘弁してくれよ?


「犬カフェをやるとして、店名はどうしましょう・・・?」


 そんなことか。犬カフェを案として持って来たんだ。店名ぐらい用意して来ているさ。


「それならもう決まってますよ。“舞犬快感”です」


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・ぷふっ」


 ぶ ん 殴 る ぞ て め ー ら ぁ !


「・・・妙案が浮かぶ訳でもないのでそれでいきましょう」


 ねえ私帰っていい? この人たちのポケットマネーからもらえるとされる豪華和牛セットじゃ足りないんだけど?



 --------------------------------



 実際話もほぼ終わってたので帰った。


「どうするの? オモチャとか設備って」


「簡単よ。市販されてるやつのコピーを作ればいいんだから。クスリも添えて」


「添えないで?」


「だけどねえ・・・しつけをする余裕もないし、多分全然人に懐かない子もいるわよ? クスリと言っても飲ませる訳じゃなくて、猫にマタタビ使うみたいに人に寄ってくようにするだけだから」


「う゛・・・ほどほどにしてね・・・?」


 鈴乃は私のスーパーマタタビで猫にもみくちゃにされたことがあったんだっけか。安心しなよ、客として行かなきゃそんな目には遭わないからさ。



 --------------------------------



 1週間後。無事、舞犬会館内の犬カフェ“舞犬快感”が開店できるに至った。


「「「ワイワイ、ガヤガヤ・・・」」」


 実は窓咲市内には、猫カフェはあれど犬カフェはない。舞犬駅はもちろん窓咲駅にも宣伝看板を置いたこともあり、列ができる程度には客が集まった。


「あんたも今日は頑張って、人間たちを癒してね」


「これは高くつきやすぜ、鏡子の旦那ァ・・・」


 保健所から借りれたのは6頭と連絡があったのでワトソンに頼んで野良犬を招集してもらった。ワトソン自身もボーダー・コリーで人気の犬種なので入ってもらう。

 なお犬カフェの運営としては、週末のみの開店で普段の世話は保健所で見るそうだ。この町の自治会に動物の面倒を見る余力はないから妥当なところだな。


「ささ、行った行った。間違っても喋っちゃダメよ?」


「人間たちがどんな反応をするか見物だな」


「ったく、どこでそんなジョーク覚えて来るんだか」


 そんなこんなで営業時間となりオープン。


「わぁぁぁっ。かーわいぃ~っ」


「ね。舞犬にもやっと遊べるトコできたって感じ」


 接客キャストの出身が保健所と野良犬なのだが、半分ぐらいは人懐っこいので犬カフェとして形にはなっている。どうしても警戒心が強かったり、捕まえてもすぐ逃げる子もいるが、


「ほぉ~らおいでおいで~」


「あんた根っこが猛獣か死神みたいな奴だって見抜かれてるのよきっと」


「そぉんなことないわよぉ。ね~?」


 なかなか懐いてくれない子がいるのも1つの楽しむ要素になっている。さてワトソンだが、


 カララララン。


「そんな・・・超天才プロボウラーと言われる予定のこの私が・・・」


 オモチャのボウリング対決で客に勝っていた。


「そう落ち込みなさんな。プロだってみんな挫折を経験し・・・って、え・・・!!」


「どうかしたの? って、え・・・!?」


 2人の視線の先では、ワトソンが倒れたピンを綺麗に立て直していた。そしてボールも回収して客のもとに戻るオマケ付き。あいつ・・・。


「すっごーーーーい!!」


「プロへの道は険しそうね・・・少なくともあの子には勝たないと」


 ワトソン、毎週勤務決定。報酬は会館の人にねだってくれよ?


 開店から20分。店内の賑わいは問題なく続いている。


「普通に盛り上がって良かったわね」


「当然でしょ。突貫とは言えこの私が準備したんだから」


 全く、苦労したぜ。マットやらクッションは自治会が用意したが、テーブルやイスは買うと高いからってんで、廃木材だけが支給された。あとは家にある材料も使ってボールや骨型棒なども作った。

 あと私の趣味で照明はシャンデリアに変え、天井からはいくつも風鈴をぶら下げている。秋には紅葉、冬は星のオーナメントかねえ。


「あたしも早く入りたーーい」


「待たなきゃダメよ。順番順番」


 壁も一度ぶっ壊してガラス張りに変えたから、待ってる間もワンちゃんたちに癒されることができる。時間潰しになると考えるか余計に焦らされるだけと考えるかは人による。


「ねえねえ、あれやってみようよ。ペロペロペロリーヌ」


 客の誰かが友達に提案。ペロペロペロリーヌとは、私が用意した小道具で、香水みたいなものなんだが犬がペロペロしたくなるような成分がふんだんに入っている。


「えぇ~~っ? でも課金だよ~~?」


「イイじゃん200円ぐらい。どんだけペロペロされちゃうのかも気になるし」


「それはそうだけど・・・“本当にすごいペロペロされます。どうなっても責任は取れません”って書いてあるよ? しかもあそこ、スタッフルームにいるのマッド才媛で有名な子だし、ヤバいんじゃないの?」


「ヤバそうだからやるんじゃ~~ん。ささ、やろやろ。奢るからさ」


 と言ってその人はカバンから財布を、財布から小銭を取り出した。500円玉だ。


「2人分で、お釣りは要りませぇ~ん」


 箱にカランと500円玉が投入され、いよいよその人はペロペロペロリーヌを手に取った。


「ほんとに大丈夫なの~?」


「不安ならそこの着替え借りりゃイイじゃん」


 着替えというのはもちろん、ペロペロペロリーヌ用に準備したものである。試着室風のカーテン仕切りもあるので着替えた上でペロリーヌに臨める。


「着替え用意されてる時点で大丈夫じゃなさそうなんだけど・・・着替えるから待っててね」


 3分後、その人は対ペロリーヌ用衣装で出て来た。何のことはない、普通のTシャツにハーフパンツだ。


「それじゃあ、いっくよ~」


 プシューーーー。


 まず自分自身にペロリーヌを吹きかけて、


「それーー」


 プシューーーー。

「きゃあぁっ」


 友達にもプシュー。


「さぁ準備はできたよ。カモン!」


 その人は膝をついたまま、大の字に手を広げて受け入れ態勢に入った。ペロリーヌ挑戦者の登場に、他の客も、外で待ってる未来の客も、鈴乃やスタッフたちもその様子を見守っている。そして・・・


「クゥゥゥゥン」


 まず、一番近くにいた子が飛びついた! 無論押し倒される!


「わっ! このっ、こらっ。あははっ」


 何とも微笑ましい光景だ。絵に描いたように頬をペロペロされている。


「ほら、大丈夫だって言ったじゃん。そっちも来るわよ!」


「え? あ、きゃっ!」


 友人の方も押し倒された。


「きゃっ、あぁん、くすぐったい」


「でも楽しいっしょ?」


「う、うん」


「こんなもんなんだって。いくらマッド才媛つったって、ちゃんとした施設のやつで変なの置いたりしないって」


 って思うじゃん?


「クゥゥゥゥン」

「クゥゥゥゥン」

「ワオーーーーーーーン!」


 部屋は大して広くない。ペロペロペロリーヌを使おうものなら部屋中の犬が集まってくるぞ。全部で10匹だから2人で5匹ずつ、頑張れ☆


「え、ちょっ、そんなに!? 待って待って順番! アタシがペロペロしたいぐらい魅力的なのは分かるけど!」


「そんなこと言ってる場合!? どっどど、どうするの!?」


 ペロペロされるしかないんじゃない? ワンちゃんたちは躊躇することなく次々と2人に飛び掛かっていった。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃあああああああああ!!」


 2人の姿は、すぐに見えなくなった。いや、ジタバタしてる足と小刻みに震えてる手だけは見える。そして声は、しっかりと聞こえてくる。


「ちょっ、そこはダメだって! あっ、こらっ、またっ、だからダメっ」


「んっ、んんっ、んんんん゛~~~~~~~~~!!」


 この光景を見て、羨ましいと思えるのは余程の犬好きかドMだろう。ライト層ならばドン引き間違いなし。事実この場は、凍り付いたお茶の間のようになっていた。


「・・・あたし、あれやるのやめとこうかな・・・・・・」


「あ、そ、そういえば、今日はお腹の調子が悪かったような気が・・・」


「やべーな。なんか、見ちゃいけないもの見てる気分だぜ・・・」


「ママー、あのお姉ちゃんたちだいじょうぶ?」


「ぐ、ぐふっ。想像しただけで鼻血が・・・直前に輸血の準備もしてもらおうかしら・・・」


 一部の例外を除いて顔を引きつらせながら見守る中、2人の挑戦者は未だに犬たちにもみくちゃにされている。当然ワトソンもいるのだが、奴は無駄に紳士で、言い出しっぺの方の足の裏を舐めているだけだ。


「・・・鏡子、あれいつまで続くの?」


「2~3分もあればみんな我に返ると思うけど」


「彼女たちにとっては体感30分はありそうね・・・」


 まぁ心配すんなよ。そろそろ何も考えれなくなる頃だろうさ。事実2人はもう、ジタバタするのをやめて身を委ねる感じになっている。


「う、あ・・・あっ・・・」


「んっ、ハッ・・・ハァ・・・ッ」


 うわ~~・・・。こりゃマジでお茶の間じゃ放送できないぜ。とりあえず終わるのを待つか。


 予想通り2~3分ほどで、犬たちは2人から離れ始めた。動かなくなった2人が残されたのだが、


「あ、は・・・はは・・・・・・」


「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」


 ありゃダメだ。1時間は動けそうにないな。しょうがない。


 フュ~~イッ!


 私は指笛を鳴らして、サインを出した。こんなこともあろうかと、ワトソンと野良犬たちはしつけてある。私がスマホを操作してプロペラ付き担架を送り込むと、彼らで力を合わせて2人を乗せた。このまま医務室に運ぼう。


 さて通常の触れあいモード再会なのだが、室内に残っている客は依然固まったままだ。どのみちもうすぐ退出の30分を迎えるが、このまま出ていかれては次の客が逃げ兼ねない。担架の2人は会館のスタッフに任せて、すぐさまワトソンたちには戻ってもらい近くにいた客の膝に乗ってもらった。


「きゃっ。えっと・・・あ、だいじょう、ぶ・・・?」


「クゥゥゥゥ~~ン」


「ホッ」


 オッケー。これで、ペロリーヌさえしなければ問題ないと外の客にも伝わっただろう。それでも引きつった表情だけはすぐには戻らなかったが。



 その後もペロリーヌ挑戦者は1時間に1人いるかいないかで、挑戦者が出る頃には前の光景を見た人がいないので何度もあの異様な雰囲気に包まれることになった。

 医務室に運ばれた挑戦者は、シャワーを浴びたのち青ざめた表情のまま出て行ったんだとか。一部「幸せ・・・」とか呟いた猛者もいたようだが。


 そんな調子でつつがなく犬カフェ営業が続いていたのだが、


「なんか、外が騒がしいわね」


 冷房が動いているので窓は閉めてあるのだが、それでも何だか騒がしい声が聞こえてきて、立ち上がって窓から外の様子を見た。うん、見た。この世のものとは思えない光景を。


「外で何か起き・・・え・・・・・・」


 鈴乃に返事はせずに窓を開けると、騒ぎの様子はハッキリと聞こえるようになった。


「うぅわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「アオーーーーーーーーーン!!」


 外では、闘牛が街に溢れ返ったのではないかというほどパニックになっていた。実際に溢れ返っていたのは野良犬だが、誰も彼も猛ダッシュで、赤信号など無関係なのはもちろんのこと、壁を走ってのぼるわ建物の間を飛び移るわでやりたい放題だった。下から見れば犬が宙を舞ってるようにも見えるかも知れない。かつてあったとされる犬同士の闘争も、こんな感じだったのかね。


 ひとつ違うと言えるのは、決して今は犬同士が争ってる訳ではないということだ。どっちかというと人に襲い掛かってるのがチラホラいるように見える。というか実際に押し倒してペロペロしてるのもいる。


「・・・ねえ? 鏡子」


「なんだね、鈴乃くん」


「あのスプレーの効果って、2~3分って言ってなかった?」


「ペロペロペロリーヌのこと? 2~3分って言ったのは、匂いを嗅いだワンちゃんが理性を取り戻すまでの時間よ」


「・・・じゃあ、そのあと別のワンちゃんに会っちゃったら?」


「さあ? ペロリーヌが体に残ってたらまた襲われるんじゃない?」


「体に付いたペロリーヌは、いつ落ちるの。それにシャワーじゃ落ちないの?」


「これは目の前で起きてる結果を踏まえての推測なんだけど、簡単には落ちないみたいなのと、結構空気中にまき散らされるみたいね。あと多分だけど、割と遠くからもワンちゃんを呼び寄せてしまう」


 スーーーッと、しばらく外の様子を見ていた鈴乃が、こっちを向いた。目を細めているのが、わざわざ見なくても分かる。


「なんとかしなさい」


「それより自分の心配をしたら?」


「え?」


「窓、開けちゃったから」


「は・・・きゃあ!!」


 今日この部屋で何度ペロリーヌが使われたと思ってるんだ。3階なんて奴らにはもう関係ないぞ。


「ちょっ鏡子、早く閉め…」


 もう遅い。


「ワオーーーーーーーン!!」

「クゥゥゥゥ~~~ン」


 開いた窓に何頭もの犬が押し寄せて来た!


「わあああああああっ!!」

「きゃあああああああっ!!」


 館内もパニック! 幸運なことにキャストが増えたぜ。てかもうわざわざ犬カフェをやんなくても舞犬地区全体が犬カフェと化したな。まあ、新規キャストは制御不能だが。

 鈴乃も今いる客も自分自身にペロリーヌを吹きかけた訳じゃないのだが、これは人間特有の匂いにも惹きつけられるよう成分調整した結果かな? 貴重な実測データが得られて良かったぜ。


 さて、私もタダでは済まないな。


「ふぎゃっ!」


 顔面にダイブを受けた。このまま、自然に収まるのを待つとしますかね。押し倒されながら見えた窓の向こうでは、まだまだ多くの犬たちが宙を飛び交っていた。


「きょぉうこぉ~~っ!! 早くなんとかしなさぁ~~~い!!」


 この日の出来事は、新たな舞犬伝説として歴史に名を遺した。ひとつ悔やまれるのは、ペロリーヌがこの日以来使われなくなって1日限りの出来事で終わったことだろう。

次回:めんつゆオールスターズ

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