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第67話:夏休みの絵日記

「それじゃあ鏡子ちゃん、すまないけどよろしくね」


「ええ、任せといて。んじゃカケルくん、お姉ちゃんたちと行こっか♪」


「うん!」


 今日は、夏休みの宿題の絵日記のため虫取りに行くというカケルくんに同行することになっている。たまには親以外と出掛けたい年頃なのと、“こういうのは鏡子ちゃんと一緒の方がいい”とのことで私に声が掛かった。で、私1人で小学生の相手はしんどいから鈴乃も呼んだ。


「「行ってきまーす」」

「行ってきまーーす!」


「行ってらっしゃい」


 カケルくんの父親と別れ、出発。向かうのは小学校の裏山で、小川などもあり夏休みは遊びに来る人が結構いる。カケルくんの家から歩けば30分かかるが、それも含めてハイキングさ。


「宿題はちゃんとやってる?」


 と、鈴乃。カケルくんは真面目そうだが、どうだろう。


「もうちょっとで半分かなあ。でもお盆はおじいちゃんとかイトコが来て全然やんないから、いっつも最後に急がなきゃいけなくなるんだよね」


 てへへ、とカケルくん。今日は8月5日で、お盆にやらないにしても半分弱終わってれば十分だろう。最後の1日までほとんどしないような奴もいるし。タカシとかタカシとかタカシとか。


「今日も宿題の絵日記になるんだもんね」


「うん!」


 なんでも、先日の池の大掃除以来は数日“友達と遊んだ”が続いたようで、そろそろ変化が欲しかったそうだ。となれば、善良市民たる私の出番。


 地域の子供との交流を欠かさない高校生がどれほどいることか。日記に書いてくれるみたいだし、私の地域貢献度を公務員たる小学校教師にきっちり伝えておかないと。

 公園の池を綺麗にしただけでは満足しない不届きな大人が多いからな。あろうことか“教育に悪いから発明のお姉ちゃんには関わらないように”とか言い出す輩もいる。


「池の大掃除、ボクも行ったよ! 楽しかったね!」


「お? 行ったんだ。偉い偉い」


「えへへ~~」


「ほんと偉いわよカケルくんは。商品券なんて受け取った鏡子とは違って見返りなしでやったんだから」


 おいおい言ってくれるじゃねぇか鈴乃ちゃんよぉ。そんなん言ったらサクラ参加者以外の正規スタッフには給料出てんだろ。しかも税金から。私がそう反論する前に、なんとカケルくんからフォローが出た。


「鏡子ちゃんがいなかったらお掃除終わらなかったんだから当然じゃないの?」


「え゛」


 おぉぉ~~~! カケルくん良い子~~~!


「・・・鏡子といると教育に悪いって話、本当だったみたいね」


「何言ってんのよ。何かをしてもらったことに対して報酬を支払う。世界で一番大切なことよ?」


「そうだよ! あんな凄いことタダでさせる方がおかしんだよ!」


「そうだそうだー」


「はぁ・・・」


(やっぱり純粋な子供は鏡子と関わらせちゃダメね・・・) by 大曲鈴乃16歳


 純粋さを利用されてタダ働きなんて被害に遭わないように、教育するのが女子高生の役目さ。


「今日はママがお弁当作ってくれたんだよー! あと帰りにパフェ食べて来てもいいって!」


「お? やった~。カケルくんのママお料理上手だもんね~」


 カケルママの手料理には、文字通りお金には代えられない価値がある。


「全く・・・」


 とか呟きながら鈴乃も食べるんだろ? お礼を受け取るのもひとつの礼儀さ。

 ちなみにパフェ代はカケルくんが持たされている。親の金とはいえ小学生にパフェをご馳走になるなんて、マッドサイエンティスト冥利に尽きるぜ。



 その後、基本は鈴乃がカケルくんと話す中に茶々を入れながらも足を進め、裏山の麓に到着した。


「とりあえず虫つかまえながら登ってこっか?」


「うん!」


 ここでようやく虫網の出番だ。カケルくんが両手でがっしり胸の前に構える。私の武器は自作のマジックハンドタイプの網で、鈴乃は保護者気取りで荷物持ち。


「そんじゃ、れっつご~」


「れっつ、ご~~!」


 早速、遊歩道は無視して林に入って行く。


「鈴乃ちゃんも早く!」


「はいはい。わたたっ・・・」


 マジの保護者気取りで遊歩道から見てるつもりだったのか? そんな場所からは見えないトコまで行っちゃうから保護者になれないよ、鈴乃ちゃん。


 歩いてるだけでは蚊とかしか寄って来ないので、カブトムシが木に止まったりしてないかチェックしながら進む。


 ジィジィジィジィジィジィジィジィ。


「セミの声すっごいわねー」


 夏だからな。


「でもセミってすぐ死んじゃうから寂しいんだよね・・・」


 嘆くカケルくん。実際に捕獲して帰ったことがあるようだ。


「ま、見るだけ見てってもいいじゃん。日記にはなるでしょ?」


「うん!」


 とはいえ、これだけ木がある中でセミの姿を捕らえるのって中々に難しい。そんな時は。


「バードウォッチングラス~~!」


 オペラグラスタイプの、片手で棒を持ってレンズを目に当てる双眼鏡を取り出した。もちろんタダの双眼鏡ではない。こいつは、色んな方角からやってくる音を見極めて視野内の音源の場所を示してくれる。


「なんで“バード”なの?」


「バードウォッチング用に作ったからよ。虫だけじゃなくて鳥を見るのもアリかもね」


「あ、それは良いかも」


 ま、女子高生には鳥か。男子小学生は虫の方が好みのようだが。


「あ! いたよ! カブトムシ!」


 バードウォッチングラスを渡すよりも先に、カケルくんがカブトムシを見つけた。


「おぉ~、でっかいわねえ」


「え、どこどこ?」


 目がトリになってる鈴乃には見つけられないようだ。


「あそこあそこ! でも高くて届かないなぁ~」


 4メートルぐらいだな。もちろん肩車でも無理だ。


「でもさっそく見つかったし楽しいね!」


 ふむ、確かに純粋な子供というのは良いものだ。なぜ大人になるとああなってしまうのか・・・。


「あっ、クワガタ!」


 今度は低い位置にクワガタ発見。早速カケルくんが捕獲した。


「やった~~」


 網からクワガタをつまんで出してVサイン代わりに向けてきた。


「私も負けてらんないわね。そりゃっ」


 ザシュッ。マジックハンド式ムシ網を発射。背の高い木の枝に向けて真上に放ったそれは、


 ジィジィジィジィジィジィジィジィ!


「わっ、うるさっ!」


 セミを連れて帰って来た。


「ちょっと、早くどっかやりなさいよ!」


 はいはい。

 私はワトソン以外の動物を飼うつもりはないから、早々にリリース。


「夏の風物詩を“うるさい”だなんて、鈴乃もまだまだオチョチャマねぇ~」


「網で虫捕まえてる鏡子に言われたくないわよ・・・」


 何言ってんだよ。生物学者だって自分で捕まえに行ってるぞ。それこそ小学生をタダで使おうものなら怒られる。大学生をタダで使ってる分は・・・知らん。



 歩いてるうちに小川のほとりに出た。


「トンボだ!」


 ありゃオニヤンマだな。律儀にパトロールしておられる。しかし悲しいかな、


「それ~~!」


 あえなくカケルくんの網に捕まった。


「お、上手じゃ~~ん。どんくさい鈴乃には無理ね」


「なんですってぇ?」


「じゃあやってみなさいよ」


「その手には乗らないわよ」


「えぇ~~っ?」


 ノリ悪いなあ。乗ったら乗ったら笑うけど。だが、


「鈴乃ちゃんもやろうよ~~~!」


「う・・・」


 やっぱり純粋な子供がいると違うね。これには鈴乃も乗らざるを得ないだろう。


「しょうがないわねえ」


 カケルくんから網を受け取り、ぎこちなく構える鈴乃。しかし案の定、


「わっ」


「このっ」


「待ちなさいって!」


 トンボに遊ばれる始末。いいぞオニヤンマさ~ん、もっとやれ~。


「ああ゛、もう・・・」


 諦めた様子で脱力する鈴乃。


「カケルくん、今のもバッチリ日記に書くんだよ?」


「うん!」


「“うん”じゃないから!!」


「だっははははは!」


 ナイスカケルくん。お姉ちゃんの教育の賜物だね。しっかしマジで小学生1人いるだけで違うんだな。世のアラサーたちが結婚して子育てするのも頷ける。発明家でもなけりゃ暇すぎて人生見失うだろ。


「ちょっと休憩してく?」


「そうね。せっかくの水場だし」


「お水であそぼー!」


 小川の足場は石がメインだから大して汚れなさそうだ。3人で素足になって、入ってみる。ひんやりして気持ちいい。


「トンボがたくさんだー!」


「これなら鈴乃でも捕まえられるんじゃない?」


「その前に転びそうだからやめとく」


 うん、マジでどんくさいとこあるよな鈴乃って。


「いいじゃない転んでズブ濡れになっても。カケルくんの夏の思い出になるんだし。そうなったら今日の絵日記は鈴乃のセクシーショットで決まりね」


「何がセクシーショットよ・・・カケルくんはそんなの描かないもんねー?」


「ホントに転んじゃったらかくかも!」


「えぇ~~っ!?」


「あっははは!」


 ウケる。確かに小学生からすれば、高校生のお姉ちゃんがドジってコケたシーンは寝るまで覚えてることだろう。アウトドアゆえにハーフパンツだが、どこまでセクシーにできるかはカケルくんの腕の見せ所だ。


「でもボク、お絵かき下手っぴなんだよね・・・鏡子ちゃん、何か絵が上手になるものない?」


「絵を上手に? そうねえ・・・」


 カケルくんの絵は見たことないが、クレヨンでグチャグチャとかか? まだ小学校に上がったばっかりだし気にしなくてもいいと思うが。


「とりあえずこれに描いてみて?」


 紙とペンぐらいは女子高生の嗜みとして持ち歩いている。背中に手を回し、ほぼぺしゃんこのリュックから黒のボールペンとA5サイズのメモ帳と取り出した。


「お題は、川で転んじゃったセクシーお姉ちゃん」


「なんでそれなのよ・・・」


 いいじゃんか別に。


「うん! やってみる!」


 ほら本人も乗り気だ。


「ボールペンかきにくいよ~・・・」


「そこは我慢してね」


 さすがに鉛筆やクレヨンの持ち合わせはない。

 で、カケルくんの手で“川で転んじゃったセクシーお姉ちゃん”が描かれていくのだが・・・。


「「・・・・・・」」


 ザ・子供の絵だった。6歳児ならそんなにおかしくはないが、3歳児でもおかしくない絵。後ろで髪を縛ってる風に描いてるから多分鈴乃をモデルにしているが、実際の絵では頭頂部で縛ってあり、残念ながら“お姉ちゃん”には見えない。

 いずれ自分の絵が教室や廊下に飾られることを考えると、何とかしたいと思う気持ちは分かる。


「ごめんね・・・お姉ちゃんこんなになっちゃって・・・」


「モデルが悪かったから仕方ないわね」


「鏡子でも一緒でしょ・・・」


「そう、だよね・・・」


 落ち込むカケルくん。


「あー! いやいや、そうじゃなくって・・・!」


 慌てふためく鈴乃。


「ひどいこと言うお姉ちゃんだよねー? せっかくカケルくんが一生懸命描いてくれたのに」


「ごめん! 今のはホントごめん!」


「でも、ほんとにへたっぴだったし・・・」


 更に落ち込むカケルくん。あーあ、鈴乃のせーいだっ。だが実際、16歳の小娘をセクシーに描くなんて難しい。17歳ならまだしも。


「うーん、絵が上手くなる薬なんてないから、まずはイメージを絵にする薬を試してみよっか」


「何でそんなのはあるのよ・・・」


 需要があるからだよ。世の青少年・・・意外と乙女からも。


「ま、何事もトライよトライ。やってみましょ♪」


「大丈夫なんでしょうね・・・」


「まーまー、とりあえずこれ食べてみて」


「うん」


 ポケットから取り出した丸薬を渡すと、早速カケルくんはそれを食べた。失敗作はびりりと破って回収して新たなページを開き、改めてペンを握らせる。


「目を閉じて、イメージして。川で転んじゃったセクシーお姉ちゃんを・・・」


「何でまだそのテーマなのよ」


「こういうのの方が薬の効果が出やすいのよ」


「それが何でなのよ・・・」


 人間の本能だろ。文句は私じゃなくて消費者に言ってくれ。私は需要のあるものを作っているだけに過ぎない。


「せくしー、おねえちゃん・・・」


 カケルくんの手が動き出した。


「目をつぶったまま描くのね・・・」


「目を開けてる間に紙の大きさも自分の手にある得物も見てるから脳にインプットされてるわよ。後はそれと、カケルくん自身のイメージを基に手が動かされていくわ」


「でもそれって、“カケルくんが描いた”って言えるの?」


 ごもっともな疑問だ。上手い絵が描ければ何でもいい訳でもないだろう。だが、


「大事なのは実績よ実績。無意識下でやったことだって、自分が描いた上手い絵があれば“もしかしたらできるかも”って自信になるかも知れないでしょ? それに、この時のペンの動かし方を体が覚えるってことも有り得るし」


 虫取り遊びに来た急場で言われたんだ。用意できたのはこれだけだ。


「科学者の割にはあんまり根拠のないことを言うのね」


「セールストークは大事だからね」


「騙そうとしてる自覚はあるんだ?」


「ないわよ。結果が出るんだから嘘にならないもの」


「またそんなこと言って・・・って、え・・・!」


 鈴乃が固まったのも無理はない。いつの間にかスラリスラリと動くようになっていたカケルくんの手で描かれていたものは・・・。


「これって・・・」


「ふふん」


 私は得意げに笑った。


 一言で言えば、清涼飲料水の広告だった。濃淡を付けられないボールペンでこれでもかという程に表現された水の透明感。踊るように飛び交っているトンボの躍動感。細かく書き込まれた小石や植物などの背景の臨場感。それらが演出される中で、ひざ下ぐらいまでの浅い川で虫網片手に尻餅をついて笑いながら天を仰ぐ鈴乃の姿が、そこには描かれていた。


「すご・・・なんか服が変わってるけど」


「広告のワンシーンで見覚えがあるわね」


 転んだ拍子で首の後ろに回った麦わら帽子に、清楚な純白のワンピース。この転んでる姿勢も広告まんまだった。多分カケルくんがそれを何度か見たことがあって、“川で転んじゃったセクシーお姉ちゃん”を連想した時に記憶から出てきたのだろう。元が広告だから少々色気には欠けるのは仕方ないが、小学生が描いたものとしては十分だ。


 私らが“もう完成なんじゃ?”と思ってからも細部の書き込みが数分続き、ようやく手が止まってカケルくんが目を開けた。


「ん、ん・・・」


「終わり? 凄いのができたわよ」


「ん・・・わぁぁぁぁぁぁっ・・・!」


 驚いて目を見開くカケルくん。


「これ、ボクが描いたの?」


「そうよ? ほら」


 本人が信じないことを想定してコバエ形ドローンで動画を撮っていた。それをスマホで見せる。


「ほんとだぁ~。催眠術にかかってるみたいだけど」


「それはどうしようもないわね」


「こんな絵がかけるようになりたいな~」


 絵が描かれた手帳を持った両手を前に伸ばして眺めるカケルくん。確かに、絵が上手くなる道具というのは今後も需要が出てきそうだな。なんか作っとくか。


「ねえ、これもらってもいい!? 見ながら特訓する!」


 私は返事するよりも先に鈴乃を見た。描いてあるのは鈴乃だ。


「いいわよ? こんなに綺麗だと自分じゃ飾りにくいし」


「やったー!」


 確かに、“近所の子供が描いてくれた似顔絵”のレベルは超えている。もっとも私には、有名な画家が相手でも似顔絵を頼むというのがあまり理解できず、それは鈴乃も同じなのかも知れない。


 さて、本物の100倍上出来になった絵はカケルくんが持ち帰ることに決まった。だが、


「絵はもらってもいいけど、ノートは返してね?」


 17歳淑女として、手帳ごと持ってかれるのは困る。紙とペンは常に持ち歩いてないと落ち着かない。


「うん! じゃあこのページだけもらうね!」


 カケルくんがノートの真ん中に手をかけ、端っこから丁寧に千切っていく。


「できた!」


 無事に取り出せた。と思ったその時、


 ビュオン!


「わっ!」

「きゃっ・・・!」


 突風に襲われた。そして、


「あ!」


 風のいたずらか、写真では絶対に不可能なほどに絵になる鈴乃の絵は、ひらひらと飛ばされてしまった。


「え、嘘!?」


「ホントね」


「早く追いかけなきゃ!」


「なんでカケルくんよりも必死なのよ」


「描いてあるの私よ!? 知り合いに見られたら恥ずかしいじゃない!」


 言うほどでもない気もするが・・・まあ、鈴乃の顔を知ってる人が見れば誰しもが鈴乃だと分かるほど上手く描かれている。街中ではなく山なのは不幸中の幸いだが、カケルくんの特訓用お手本でもあるから回収しよう。


「待って~~~!」


 風に流される紙を3人で追いかける。これまた幸いなことに、森へは入らずに川沿いを飛ばされている。


「ちょっと鏡子早く道具使ってよ! って、きゃあっ!」


 どってーん。


 鈴乃、デカい石に足を引っ掛かけて転倒。


「いった~~い」


 体を起こし、カケルくんの絵と同じような姿勢で天を仰いでいるのだが、全然絵にならねぇ・・・これが現実か。


「2人とも早く!」


 おっと、そうだった。しょうがない。もうロボットアームを伸ばして回収するか。と思った矢先、


「ん・・・?」


 人がいるのが見えた。4人家族のようだ。中学生の兄と小学生の妹と、父親が川に入っていてそれを母親が微笑ましく見守っている。

 そしてちょうど、絵が描かれた紙はその家族の方に向かっていき、導かれるように母親の足元に落ちた。当然、拾い上げられる。


「まあ・・・」


 突然飛んできた絵をじっと見ている。


「おばさーーん! それボクのーーー!」


 絵を拾った母親に向かってカケルくんが声を掛けた。


「あら、ボウヤの? すごい上手ねえ」


「ううん。鏡子ちゃんの道具でかいたんだぁ。これで特訓しようと思って」


「鏡子ちゃん?」


 母親は、カケルくんの後ろにいた私たちを見た。“鏡子”、“道具”と言われれば大抵の窓咲市民は状況を察することができる。


「そう・・・モデルは、そっちのお姉ちゃん?」


 顔を向けられたのは、鈴乃。


「うん! とっても綺麗に描けちゃった!」


 本物よりもな。


「へえ・・・さすがは噂に絶えない高校生発明家ね」


 そりゃどうも。


「お母さんもいかがですか? こちらの丸薬ひとつで、あなたの理想を1枚の絵に収めることができますよ」


「何を売り込んでるのよ」


 商品を売り込んでるんだ。


「ふふ」


 母親は声も出して微笑んで、それから川で遊ぶ家族の方を見た。記念の絵を残すには、子供が大きくなっちゃってるか。写真を撮ってる様子さえないし。


「魅力的な話だけれど、いま興味があるのは・・・」


 母親は、再び鈴乃の方を見た。それから、動く気配がない。


「え・・・あたし?」


「わたくし、市の公会堂に勤めているのですけど、エントランスに展示する絵が少なくて困っているのですよ。テーマが、“今を生きる若者”。子供たちには、“かーちゃんの手伝いなんて嫌だ”と断られてしまって」


 それもそうだな。タダでさえ絵画の宿題があろう小中学生がそんなものを引き受けるとは思えない。しかも展示されるなんて。そもそもその展示を秋に回せば宿題から作品を選べるんだが、愚かな公会堂だ。


 母親は、おもむろにカバンを手に取り、そこから財布を出した。よし。公会堂が愚かなお陰で私の商品が売れるのだから、許してやろう。


「3000円でよろしいですか? 生憎、持ち合わせがなくて」


「いいでしょう」


 喜んで、お代を受け取った。


「え、何してんの?」


「商売」


「だから“何をしてるの”って聞いてるのよ」


 目の前のご婦人が欲しいものを、私は持っている。これ以外に理由が必要なのかい? 私の教育を受けたカケルくんも、


「そんなに変なコトなの?」


 と聞き、これには鈴乃も頭を抱えた。てか鈴乃、そんなことを気にしてる場合なのか? 母親は、私への3000円とは別に、窓咲の駅ビル“ニャルイ”で使える5000円分の商品券を取り出していた。


「モデルを、あなたにお願いしたいのだけれど」


「え、えぇっ!?」


「あら、これだけじゃご不満?」


「そ、そうじゃなくって!」


 公会堂ともなれば、知り合いが訪れる可能性は十分にある。何なら親が訪れるかも知れない。そこに、自分が実物以上に魅力的に描かれた絵が飾られるなんて、私なら5万はないと引き受けないね。


「いーじゃんイーじゃん! 鈴乃ちゃんかわいいんだから!」


「え、ええ?」


 乗せるのが上手いなカケルくんよ。


「大人の人がかいた鈴乃ちゃんもボク見たーい!」


「えぇ~~っ・・・、う~~~ん・・・・・・」


 悩む鈴乃。


「完成品を見てから決めるのはどうでしょう」


「はい?」


 素っ頓狂な声を上げる鈴乃。


「厳木さん、この丸薬の用法は」


「飲むだけです。嚙み砕いてもいいです。そして後は、イメージすればそのイメージが絵になります。ですが、服用前にキャンバスと筆は視認しておく必要があります」


「なるほど・・・では帰宅後にやるしかないですね。明日、お見せすることでよろしいですか?」


「はい・・・」


 断言しよう。実際に絵を描いてしまった後でお人好しの鈴乃が断ることはほぼ出来ない。



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 ところが、翌日になってもご婦人から連絡が入ることはなかった。その代わりに・・・、


<鈴乃すごい! めっちゃすごい鈴乃の絵が展示されてるよ!>


<リンリンまじぽよ~!! 誰にポヨってもらったの!?>


 田邊さん、ぽんぽんさんからチャットメッセージが入ったのである。早速、(ひそかにカケルくんも呼んで)公会堂に向かうと、それはあった。


 タイトル:情熱の丘。


 油絵で、まるでヒマワリ畑で散歩中かのように、両手で麦わら帽子をつまんで振り返っている様子の鈴乃が描かれていた。しかしそこはヒマワリ畑ではなく、燃え盛るように真っ赤なバラが咲き乱れる丘だった。いくつも飛び交っている花びらが火の粉のようにも見える。空は夕方なのか、真昼間だけどこうなった設定なのかは分からないけど赤の強いオレンジ色だ。

 景色に合わせてか、麦わら帽子の色も赤く、あまり濃くはないが紅色じみた赤さだ。ドレスはバラにも負けないほど真っ赤。刺繍の書き込みも凄まじく、リアルにどこかで売ってそうなものだった。

 そして描かれている鈴乃の表情だが、ヒマワリ畑にいるような爽やかなものではなく、“今を生きる若者”というテーマに合った自信と決意に満ちたものとなっている。作者コメントに書かれている言葉は、こうだった。


 “若者はいつも、燃え上がる大地の上を、地に足を着けて歩いている。いつの世も、社会は若者にとって身を焼かれるほど苦しいものであるが、その炎の中で、今を生きる若者は、何よりも熱い情熱を胸に、燃ゆる大地を歩き続ける”


 絵に匹敵するほどアツい文章だな・・・。いずれにせよ絵の方はホンモノで、モデルが鈴乃であることがもったいない程だ。当の鈴乃はというと・・・、


「何なのよこれ~~~」


 ムンクの“叫び”に出てる人もビビるレベルで自分の頬を両手で挟んで潰している。まあ、完成品を見てから許可するか決めるって約束を無視されたからな。かなりの出来になったのは幸いだが、だからこそ無視されたのかも知れぬ。


「鈴乃ちゃんカッコいい~~っ!」


 絵の中の鈴乃を見て、カケルくんがはしゃぐ。絵の外の鈴乃は、相変わらずショックで顔を上げられない様子だ。

 普通に考えれば、本人の意向を無視して展示されたものだから文句言えば下げてもらえる。しかしもう、多くの人がこの絵に魅入っており今さら下げられない状態だ。他の絵もそれなりのクオリティなのだが、やはりこれが注目を集めている。


「嘘でしょぉ~~・・・」


 これが現実だよ、鈴乃ちゃん。あのご婦人は誠実そうに見えたのだが、意外だったな。自分の描いた絵にビビったのだろう。

 こうなった以上、鈴乃がどんなに叫んでももみ消されちまうな。ここは窓咲だから尚更だ。これもまた、若者のサダメか。確かにこの絵の説明の通り、若者というのは苦しい社会に生きてるらしい。強く生きるしかないね、鈴乃ちゃん。



 こうして、2日連続でカケルくんの絵日記のネタができたのだった。日記は結局ザ・子供の絵で描かれたのだが、8月5日は虫取りのワンシーン、8月6日は自分の絵が無断で展示されてショックを受けている鈴乃とそれを笑う私、絵を見て目を輝かせているカケルくんという構図にしたようだ。


 それと後日、鈴乃の家に5万円分の商品券が届いたと言う。


次回:打ち上げ花火、真上に打つか? 真横に打つか?

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