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第66話:頭のおかしくなる帽子屋

 

 それは、頭のおかしくなる帽子を売る店なのか、その場にいるだけで頭のおかしくなってしまう帽子屋なのか。



 その答えが、窓咲にある。



 --------------------------------



 カララン、カララン。


 アンティークな回転扉を回すと、頭上にあるオブジェから高めの金属音がした。右には壁沿いの棚に帽子が陳列されており、左側も同様だ。


「いらっしゃい」


 正面からは、店主のものと思われる渋い声。ドアとカウンターの間に商品はなく、3メートル四方ほどの空間がある。


「なるほど。ここが・・・」


 すぐ後ろからも、また別の渋い声。私の同行者で、名前は時田新 (ときた・あらた)。濃いブラウンの中折れ帽が似合うオジサマである。時田氏は、コツ、コツ、と足音を立てて2歩前に出た。


「店主。ひとつ聞きたい」


「なんでしょう」


 じっと相手の方を見ている時田氏に対して、店主は斜め前を向いて座ったまま新聞に視線を落としている。用件なら、手短に。言葉にせずともそれが伝わってくる態度だ。


「ここで売っている帽子は、普通の帽子か?」


 少々、相手を問い詰めるような口調。しかし店主は、眉ひとつ動かさず答えた。


「普通かどうかは、私の決めることじゃない。お客さんの決めることですよ」


「そうか・・・」


 これ以上は無駄だと判断したのか、またコツコツと足音を立てて、右の壁の方に向かった時田氏。きれいなクリーム色の帽子を眺めている。


「外見だけは、普通のようだな」


 すると3秒ほどの時間差で、店主も口を開いた。


「ならそれは、普通の帽子なのでしょう」


 その帽子に限らず、売ってある帽子は全部普通のように思えた。もちろん多種多様なものが並んでいて、男性向けが多そうだが全体的にお洒落である。見るからにおかしいものはなさそうだ。


「なぜ、そんなことを?」


 店主が言った。当然の疑問だ。客にいきなり“ここで売ってるのは普通の帽子か?”とか言われたら、気にもなる。時田氏は店主に背を向けたまま答えた。


「なに、風の噂で聞いただけさ。この街には、普通じゃない帽子屋があると」


「困りましたねえ、そんな噂が立つなんて」


 店主はわざとらしく、ハァッと乾いた溜め息をついた。


「うちはしがない帽子屋ですよ。変な噂を乗せた風ひとつで、簡単に飛ばされてしまう」


「しがなくは無いさ。この私が訪れている。これだけで十分に、取るに足る帽子屋と言えるだろう」


 どうでもいいんだが、時田氏と話してる方がよっぽど頭がおかしくなりそうだ。


 今日、私が時田氏に声を掛けられたのは駅前でのこと。気晴らしにフラッペでも飲もうかと出掛けたところ遭遇し、「私は君を知っている。行きたいところがあるから付いて来てもらえるかな?」と名刺代わりの万札を渡され、今に至る。


「見ての通り、私は帽子を集めるのが好きでね」


 時田氏は、ようやく店主の方を振り向き、お気に入りであろう中折れ帽のツバを指で軽く下から押した。一方の店主は、まだ新聞に目を落としたままだ。ただしページをめくってはいない。


「お客さん。それひとつだけじゃあ、集めてることまでは分かりませんよ」


「はっはっは。その通り」


 わざとらしく笑う時田氏。


「では、これならどうかな? 今ここにある帽子を、全て買わせて頂く」


 ぴくり。ここでようやく、店主の眉が動いた。更には、新聞から顔を上げて時田氏の方を見た。


「お客さん、それはできません」


「ほう・・・?」


 眉間にシワを寄せる時田氏。あんまり繁盛してなさそうだから喜ぶんじゃないかと私も思ったのだが、そうでもなかったな。


「うちはしがなくても、帽子屋です。ここで全てを売ったら、帽子屋でなくなってしまう」


「なるほど・・・」


 目を閉じて瞑想にふける時田氏。5秒ほどでまた開けた。


「ここが帽子屋でなくなってしまったら、私もいささか困る。もっとも、先ほどのはジョークだがね。買い占めるなど、コレクターにあるまじき下品な行為だ。君もそう思わないかね?」


「はあ・・・」


 いや私コレクターじゃないから知らないけど。


「私は、とある帽子好きコミュニティの代表をしていてね」


 聞いとらんわ。


「会員の1人が言ったんだ。ここで買った帽子を被ったらば、たちまち気分が高揚して自分でも抑えられなくなってしまったと」


 ほーーん。そんなことがあったんだな。でもあんたが代表をしてるコミュニティの人だろ? 安物の量産帽子でも被った途端に人が変わるみたいな奴なんじゃないの?


「そりゃぁお客さん、当然ですよ」


「ほう・・・?」


 はい・・・?


「私はここにある帽子を自信を持って作っとります。帽子好きの人が被った日にゃあ、気分もハイになるってもんですよ」


「ほう・・・」


 マジかよ・・・。


「素晴らしい。そんな帽子屋を、私は求めていた」


 どこが素晴らしいのか。


「それでお客さん、お眼鏡に適うものは見つかりましたかね?」


「ふむ・・・今の話を聞く限り、私はどれを被っても気分の高揚を味わえる。だからこそ、悩ましい」


 もう何でもいいんじゃない? 早く済ませてくれ。というか私を呼んだ意味は? 1万もらったからいいけど。


「お嬢さん」


「はい?」


 え、なに。私に帽子を選べとか?


「ここの帽子に細工の類はないかね? 君に来てもらったのは、そのためだ」


 ああ、そういうこと。私はスカートのポケットからスマホを取り出した。


「・・・少なくとも、電気で動いてるものはないですね」


 陳列されている帽子から電磁波が検出されることはなかった。


「なるほど。つまり、妙な信号が出ているといったことはない、ということだね?」


 時田氏は帽子を1つ手に取った。そこに店主が一言。


「帽子に機械を埋め込むなんて真似、帽子屋としてできませんよ」


 だろうな。しかしそうなると、ここの帽子はただ丹精込めて作っただけで人の脳に干渉してくることになるのだが。


「いい心掛けだ。それでこそ、帽子のみの力が働いたと言えるだろう」


 私に言わせれば、布を頭に乗せただけで気分がハイになる方がどうかしてるんだが。


「特に、」


 店主が私の方を見た。


「そちらのお嬢さんがいるこの街では、何かあるとすぐにお嬢さんの細工だと思われてしまう」


 ほんとだよ。無実の罪を何度着せられたことか。私のせいにする前提で悪事を働く不届き者までいる。


「それは厄介だ。では君は何故、この街に住んでいるのかな?」


 この街で生まれたからだよ。あと、何かあるとすぐ私が疑われるのを誰よりも厄介に思ってるのは、この私だ。時田氏の出る幕じゃない。


「しかし、そんな君だからこそ、頭がおかしいからこそできるものがあると言えよう」


 あ・・・? まさか、私の頭がおかしいって言いたいのか?


「私はこう見えて、品行方正に努めていてね。仕事柄、人と接することが多くて、たまに変な人もいるから気苦労が絶えないのだよ」


 時田氏も普通に“変な人”なんだが。


「だから時として、自分自身がおかしくなって全てから解放されたいと思うことがあるのだよ」


 だからあんた既におかしいから大丈夫だよ。


「君は私が既におかしいと思っているかも知れないが、それは君の主観に過ぎないよ。世界中の誰もがそう思っていても、それも個々人の主観に過ぎない。私にとって私は普通だから、おかしくなってみたいと思うのだよ」


 普通の人はおかしくなりたいなんて思わないのだが・・・それも“他人の主観”で片付けられるだけか。


「では、お客さん」


 店主が聞いた。


「お客さんにとって、“おかしい”とは何ですか?」


 ごもっともだ。


「想像できない。だから、その答えを探しにここまで来た」


 ワケわかんねえ。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 沈黙。もう私1万円分の仕事したよね? 帰っていい? 時田氏さっさ何か喋れやと思ってたら、店主の方が先に口を開いた。


「ちなみに、どちらから」


「仙台」


 また何とも言えない距離だな・・・近くもなければ、“はるばる”と言うほど遠くもない。


「さて、今こそ目的を達成させて頂こう」


 時田氏は手に取った帽子を店主に見せた上で、黒いクレジットカードを投げた。そしてそれが見事に、店主の持っていた新聞のページの間に突き刺さる。


「カードが使えない、ということはあるまいな?」


「最近はお客さんからの要望が多いものでしてね、対応しましたよ」


「よろしい。一括で頼む」


「1万と、飛んで280円です」


 店主がカードを取り、機械に通した。時田氏が片手で“投げても構わん”という仕草をしたので、投げ返す。慣れてないのか少し逸れたが時田氏が手を伸ばして帽子でキャッチした。

 カードを回収し、帽子を両手で逆さに持って、その内側を見つめる。今、ここで被るつもりなのだろう。しかしその前に時田氏は、独り語りを始めた。


「私はね、こう思っているのだよ。帽子を作る者、帽子を売る者、帽子を被る者。その者らは例外なく、頭がおかしい。何故なら、帽子は頭を覆って、その内側を隠すものだからだ。隠す理由はただひとつ、おかしいからだ。

 それを演説で言ったらば、帽子連盟の会長に怒られてしまったよ。けれどそれも仕方のないことだ。何故なら、帽子連盟の会長こそ誰よりもおかしい人物だからだ。あの御仁を前には、どんなに正しい理屈も否定されてしまう」


 ・・・ねえ、マジで私帰っていい? 1万円じゃ足りないんだけど。女子高生の時間を何だと思ってるの?


「では、私も体験させて頂こう。帽子好きの、帽子好きによる、帽子好きのための帽子を」


 そしてようやく時田氏は、買いたてホヤホヤの帽子を頭に乗せた。


「こ、これは・・・!」


 驚いた様子の時田氏。


「お、おぉ・・・! なる、ほど・・・これは凄まじい・・・! 私でなければ自我を保てないほどだ・・・!!」


 マジかよ。どうなってんだよその帽子。


「フゥ、フゥ・・・ッ!」


 時田氏は呼吸を荒くして、帽子を外した。


「こいつは、慣れるまでに時間が掛かりそうだ・・・」


「お客さん、気を付けてくださいね?」


 どうでもよくないことなんだが、この帽子屋って繁盛してるのか? そんなことを考えていると、目の前に帽子が差し出された。時田氏だ。


「お嬢さんも、いかがかな?」


「はあ・・・」


 今のを見て、私にも被れと? しかし、時田氏の演技だった可能性もある。逆に本物だったとしたならマッドサイエンティストとして放置できるものでもない。いいだろう、受けてやる。


 私は帽子を受け取った。


「もっとも、帽子好きじゃない者が被っても何ともない可能性もあるがね」


 そう言った時田氏に対して、店主がこう返した。


「そんなことはありませんよ。帽子に興味が無い人にも気に入ってもらえるよう、丹精込めて作っとります」


 なるほど、上等だ。私はそのまま帽子を頭に乗せ、ツバを引いて深々と被った。こ、これは・・・!


 頭の中を、流れ星が駆け巡る。なんだこれは・・・! 衝撃、の一言では済まされない何かが、いや、1つではない色々なものが押し寄せてきては脳内で竜巻のように回り、遠心力で漏れるように遠ざかっていく。なんだこれは・・・!!


 何かを吸い込み続けると同時に排気もしていて、かつ常に一定量は脳内でぐるぐる。頭がサイクロン掃除機になった気分だ・・・! これはヤバい・・・!!


 この、圧倒的なまでの圧倒的パワー! この、完膚無きまでの徹底的徹底力! 逆らう気すらも失せる忠誠的忠誠心! 人の頭を酔わせるスカイハイシンフォニー! これが、帽子か。 これが、帽子か!! 帽子ってすげぇ!!



 帽子ってすげぇ!!!



「か、ぁァ、ア゛・・・!」


 確かにこれは、自我を保てなくなる人が現れてもおかしくない。私じゃなきゃとっくに野生動物になっちゃってるねと言いたくもなる。このままじゃ1時間は帽子と格闘することになるだろうから、自分で手を動かして頭から帽子を外した。


「はぁ、はぁ、ハァ・・・」


 掃除機のスイッチを切ったように、頭の中がキュゥゥゥンと静かになる。荒れていた脳内が、落ち着きを取り戻していく。


「ほう・・・今のに耐えるか。お嬢さんも、只者ではないようだな」


 そりゃ、どうも・・・。しかし、なんて恐ろしい帽子だ。ここに並んでるやつ、みんなそうなのか? そう考えただけで、被っていなくても頭がおかしくなりそうだった。魔境だよ、この帽子屋。


「そりゃぁお客さん、この子は我が街の“マッド才媛”。只者なはずが有りはしませんよ」


「素晴らしい」


 お褒めにあずかり光栄だが、ちっとも嬉しくないな・・・。というか、私からすればこの帽子屋の方がタダモンじゃねえ。


「お嬢さん」


「・・・何でしょう」


「予定になかったものだが、君を見込んでの頼みだ。私に1つ、帽子を作ってはくれんかね? どこまでもおかしくなれる、とびっきりの帽子をね・・・」


 そうきたか。


「無論、機械仕掛けでも妙な信号を出しても構わない。帽子であればね。君の持つ全てを出し尽くした帽子を、私のコレクションに加えたい。君なら十分に“珍しい帽子”を作れるだろうからね」


 時田氏は背広の内ポケットから万札を抜き取り、私に握らせた。10枚あるな、これは。


「明日の正午、もう一度ここに来る。待っているよ」


 そう言って時田氏は、回転扉を押して店を出て行った。それを見届けた私の背中に、店主からの声が掛かる。


「これは帽子屋としても、非常に興味深い。見届けさせてもらいましょう」


 --------------------------------


 翌日、私は再び帽子屋へ向かった。その手に、1つの帽子を持って。

 昨日は素晴らしい体験をさせてもらったからな。きっちりとお返しはせねばならない。マッドサイエンティストたるもの、帽子の1つに負けては居られない。


 10万円と一緒に受け取った、彼の帽子コレクターとしての名刺を眺める。仙台帽子好き倶楽部会長・時田新。名刺まで作ってるとは、単なる趣味には留まらないほどに力を注いでるようだ。そのような人物から帽子作りを頼まれるとは、光栄なことだな。


 はっきり言って、とびっきりのものができた。これには時田氏も舌鼓を打つ、いや逆にきっと打てなくなるだろう。機械に電波、何でもありと言われれば私にできないものはない。時田氏よ、引き返すなら今のうちだぞ。


 カララン、カララン。


「来たか」


 回転扉の向こうには、既に時田氏が待ち構えていた。カウンターには店主の姿もある。今日は新聞を持っていない。2人の視線が、私の持つ帽子に注がれる。


「ほほう、それだな?」


「はい」


 シュルルルッ。私は帽子をフリスビーのように投げた。外見は普通に布でできた中折れ帽で、頭と接する部分も布だ。内側に色々と仕込んである。私が投げた帽子は、無事に時田氏のも手元に到着。


「先に言っておきます。帽子コレクター生命を賭ける覚悟で被ってください」


 時田氏は一瞬だけ眉をピクリと動かした。


「そうこなくては、つまらない」


 だろ?


「私が、どこまでおかしい私になれるか、とても楽しみだ」


 時田氏はまず自分の帽子を外し、ゆっくりと手を動かして、私が作った帽子をその頭に乗せた。


「ぬ・・・・・・?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 私と店主が見守るなか、時田氏は目を閉じて静かに佇むのみ。しばしの間、沈黙が続いた。


「お嬢さん、これは・・・?」


「今に分かりますよ」


 さようなら、時田氏。せめて、仙台までは無事に帰ってくれ。


「・・・・・・」


 2~3分は動きのなかった時田氏だが、ついにその目を開いた。


「ここ、は・・・?」


 今まで気を失っていたかのように、ゆっくりと辺りを見回す時田氏。


「帽子、屋・・・?」


 屋内で、帽子が陳列されてる姿を見れば誰だってそう思うだろう。しかし時田氏、自分がなぜここにいるのか分からない様子。


「ん・・・?」


 自分の頭に帽子が乗っていることに気付いたようだ。時田氏は、迷いなくそれを外した。


「お客さん・・・?」


 店主が心配そうに声を掛ける。時田氏は、カウンター越しにいる人物を店主と捉えたようで、答えた。


「これは、このお店のものですか? それとも、もう買ってしまったとか・・・」


「お客さん・・・!?」


 困惑する店主。


「すみません、記憶が曖昧で・・・」


 時田氏も、何が何やらといった様子だ。無理もない。


「お客さん。その帽子は、あなたがそのお嬢さんから買ったものです。あなたが昨日この場で、そのお嬢さんに頼んで・・・」


 店主は事態を呑み込めたようだ。もちろん、単に時田氏の記憶がなくなっただけではない。


「私が、帽子を? なぜ・・・」


「っ・・・・・・」


 店主が、苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。時田氏は、帽子に対する興味を失ってしまった。


「・・・ひとまず、仙台の自宅にお帰りになることを勧めます」


「仙台・・・そういえば私は、なぜ東京に・・・」


 東京に来たという記憶は残ってるようだが、帽子関連は一切残っていないから目的だけが空白になったみたいだ。

 家に帰れば帽子コレクションが山ほどあるだろうけど、どうなるか。下手すれば不要品として全部捨ててしまうだろう。再び帽子に興味を持つかどうかは彼次第だ。


「私から言えることは、お客さんはその帽子を、そのお嬢さんから買ったということです。見届けた身としては、返品などは考えて欲しくないですね。お嬢さんはお客さんからの頼みにきっちり答えました。これ以上ないほどに・・・」


 私としては帽子は手放してもらっても構わないが、確かにお金は返せない。


 彼は、おかしくなりたいと言った。既におかしい人な気もしたが、彼にとっては普通で、彼は彼の基準でおかしくなりたいと言った。

 帽子に興味を持たない自分など、これ以上ないほどにおかしいと言えるだろう。彼はめでたく、おかしくなれたのだ。とびっきりの“おかしい時田新”に。


 せっかくの商売客を失ってしまったが、彼からの初依頼に本気を出した結果だ、仕方ない。願わくば、その帽子に打ち勝って再び私に帽子作りを頼みに来て欲しいものだ。それでこそ、マッドサイエンティストとしての腕が鳴る。


 店主の方を見ると、顔が青ざめていた。すまないね、この店の客も1人減らしてしまって。


「そう、ですか・・・分かりました。帰宅してから考えることにします。店主さん、そしてお嬢さん、ありがとうございました」


 時田氏はビジネスマンのごとく深々と頭を下げて、丁寧に回転扉を押して店を出て行った。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 残された私と店主の間に沈黙が走る。それにしても時田氏、恐ろしいほどに礼儀正しくなってたな。昨日までの時田氏が嘘のようだ。もっとも、帽子コレクターとしての面を除けばそうだったのかも知れないが。


 さて、私も帰るとしよう。足を一歩前に踏み出すと同時に、店主の方を振り向いて別れ挨拶を投げかけた。


「必要ならもう1つ作りますけど、どうですか?」


「ふ・・・」


 店主は軽く俯いて笑い、ひとしずくの汗をこめかみに垂らしながら答えた。



「やめておくよ。私は帽子屋でありたいからね」


次回:夏休みの絵日記

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