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第57話:激写せよ、決定的瞬間

 翌日、水曜日。


「やあ厳木さん。昨日はどうでした?」


「またアンタ・・・」


 キンダイチだ。まあいいや、進捗が良いし付き合ってやろう。


「浮気相手を煽って今日アタックさせるように仕向けたから、もしかすると今日でイケるわね。こっちも時間の問題よ」


「なっ・・・わざわざ浮気を進展させたというのですか」


「黙って見守るのも一緒よ。浮気がダメってんなら目撃した時点で止めに行けばいいじゃない」


「こ、こちらには、依頼主にとってよい形で収める必要がありますから」


「それはお互い様ね。依頼主のためにも、浮気は早く暴いてあげた方がいい。待つだけなんて時間の無駄よ」


「ぐぬぬ・・・とにかく、先に解決させるのはこの僕ですからね。昨日は不発に終わりましたが、今日こそは尻尾を見せることでしょう。こういうのは根気勝負ですから、最後に笑うのは日々根気強く調査している生粋の探偵なのです!」


「はいはい、頑張ってね」


 待ってるだけじゃ何日かかるか知らないけどな。


 --------------------------------


 放課後、早速私と鈴乃は駅へと向かった。


「今日も変装?」


「まあね。昨日とは別人で」


 三鷹に住んでる窓咲高校の生徒が北窓咲に寄る理由なんて皆無だ。人の浮気現場を見に行こうというゴシップ好きぐらいしかいないだろう。


「お待たせ。んじゃ行くわよ」


 変装も完了し、電車に乗り込んだ。北窓咲に着くなり喫茶店に入り、待機。時計を見る。


「4時50分か」


 AB商事の定時は5時15分で、山田の会社の定時は5時半。三鷹からここへは15分じゃ来れないから、私が山田の足止めをする必要がある。とりあえず花屋までは行かせたいから、狙うなら花屋と駅の間だな。200メートルぐらいしかないが。


 しばらくは山田とAB商事の女それぞれの様子をドローン映像で眺め続け、時が過ぎるのを待つ。やっぱり、山田の同僚は山田を狙ってる感があるな。


「まずはこっちが、定時帰りに成功ね」


 AB商事の女は、無事に定時で上がった。なんかもう、仕事が舞い込んで来る前に帰る! って感じでそそくさと立ち去った。そして早歩きで駅へと向かう。


【ちゃんと、会えるかな。って、結局お互いスーツで会うことになるね・・・でも、大事なのは雰囲気。もし会えたら完全にお互いプライベートなんだから】


 落ち着かないのか、ぶつぶつと呟きながら歩いている。


「なんだか、こっちまで緊張してきたわね。浮気じゃなきゃもっと良かったんだけど」


「世の中には何億、何十億もの恋愛劇があるのよ? 浮気劇が同じぐらいあってもおかしくないわよ」


「せめて1/10とかにして?」


 女が電車に乗ってからほどなくして、5時半を迎えた。


「こっちも定時帰りか」


 花屋の店員と微笑み合ってる現場をAB商事の女に見られると不都合だからな。余裕のあるタイミングになりそうで助かったぜ。何も知らないAB商事の女は、電車に揺られながら、思い詰めた様子で「フーーーッ」と大きく息をついている。


「んじゃ、山田の足止め行って来るから」


「はーーい」


 鈴乃には待ってもらって、外に出る。さて、せっかくだし山田と花屋の様子を生で見ることにするか。と思ったら、


「マジか」

<鏡子、これ!>


 気付くと同時に、鈴乃からもメッセージが入った。山田の同僚たちが、山田を尾行していた。アタックする前に山田に女の気配がないか探ろうってことか。ちっ、あっちは止められんな。花屋との意味深なやり取りには気付くだろう。


<そっちはしょうがないわ。予定通り山田を足止めしてAB商事の女に会わせるから>


 女の乗る電車は、北窓咲まであと10分ぐらいだ。山田は、間もなく花屋に差し掛かる。私は既に花屋の見える位置まで来ているので、突っ立ってスマホを眺めるフリをして山田の動きを注視。いつものように、山田と店員の視線が合い、お互いに会釈。が、


「ん?」

<あっ!>


 会釈だけにとどまらなかった。山田は、まるで元から花屋に用事があったかのように、何やら声を掛けながら流れるように店員の方に向かって行った。

 同僚の女2人も、少し驚いている様子だ。ガン見していれば山田と花屋が顔見知り以上であることは明らかだったし、何より、男が花屋に立ち寄っている。これだけで女の気配を感じ取ってしまうだろう。現に、山田を狙ってる方の女は、ため息をつきながら肩を落とした。


 さて、山田が花屋のそばまで来た。さすがに声はここまで聞こえないから、音声はドローンで確認しよう。


【いつもお仕事、お疲れさまです】


【いえいえ、そちらこそ、お仕事帰りですよね】


 なんかもう、見てらんないぐらいに甘い空気が漂っている。山田の本命はこっちと見てよさそうだな。しかし花屋の方は、中々にガードが固そうだ。さすがの山田も相手には合わせるだろうから、証拠写真のゲットまでに何週間も掛かる恐れがある。


【そ、その、明日は、定休日、ですよね】


 山田がそう切り出すと、花屋は一瞬ピクッとして、すぐにまた自然な動きに戻り、


【は、はい】


 と照れくさそうに返事をした。これは、期待しておられるな。なんてこったい。その反応を見た山田は、少し安心したような強気な様子になった。


【では、お食事でも、いかがかと思いまして・・・】


 普通に誘ったな、こいつ。同棲しててもここまで出来るもんなんだな。つまりあれか? 古川と同棲しつつ、営業先の女性社員とも良い雰囲気を作って数ヶ月キープを続け、本命の花屋を落としにかかったってことか。古川の彼氏なだけあって、古川に負けず劣らずのクズだな。今更だが、古川と山田のカップル、お似合いだと思うぞ?


 そして、花屋の反応だが、


【はい・・・】


 そうなるよね。山田は、心の中でガッツポーズしたような表情を見せた。


【ですがその、隣の花街道駅でということで、よろしいでしょうか。会社の人に見られるのは、恥ずかしいので・・・】


 まあ、デート現場を会社の人に見られたくはないよね。いま花屋の店員を口説いてる姿は見られてるけどな。同僚の女はもう、ずぅぅぅぅぅん、といった様子だ。山田たちが何を話してるかは聞こえてないだろうが、傍から見てるだけでも諦めるには十分なほどには良い雰囲気を醸し出している。アタックする前に分かって良かったじゃないか。浮気男と付き合わずに済んで良かったじゃないか。


 しかしデート場所のチョイスが、自宅のある窓咲駅ではなく反対の花街道とはね。古川に見られたらマズいもんね。


【は、はい。お時間も、山田さんのご都合に合わせて頂いて大丈夫です】


 名前も知っていたのか。多分、以前ここで花を買ったんだろうな。それが古川宛かは知らないが。


【では、18時に花街道駅にしましょう。待ってます】


【はい。こちらこそ、よろしくお願いします】


 ぺこり、と大胆に花屋がおじぎをして終了。そして山田は、カモフラージュと言わんばかりに花を買った。お椀サイズの容れ物に土ごと入った小さなもので、パンジーだ。パンジーなら、AB商事の女に見られても山田なら誤魔化すだろう。花屋と上手く行きそうだから明確にフる可能性もあるが。

 同僚の女2人は、もはや生気が残ってない方を、もう1人が慰めるように背中をポンポンと叩きながら、飲み屋街の方に消えて行った。やけ酒でもするようだ。


 会計を終えた山田が、駅のあるこっちに向かって歩き出した。足止めは、もうちょっと必要か。さすがに、花屋からは見えない位置にしといてやろう。山田がこっちまで来て、曲がり角を曲がった直後に声を掛けた。


「こんにちは!」


「はい?」


 パンジーの入った紙袋を下げた山田が、素っ頓狂な声を上げた。


「見てましたよぉ~? 花屋のお姉さんといい感じだったじゃないですかぁ~」


「は、はは・・・」


 山田の顔が少し引きつった。本人からすれば浮気現場だからな。


「デートに誘ったりしないんですかぁ~~?」


「はは・・・大人には、大人のペースがあるので」


 彼女と同棲中に他の女をデートに誘うのが“大人のペース”ってやつなのか。随分と回転が早いじゃないか。


「でもあんまりモタモタしてると、女ってのは待ちきれないんですよ」


「じ、じらすのも、駆け引きの1つですから」


 私との会話をさっさと終わらせたいって感じだな。スマホをチラ見すると、AB商事の女が北窓咲に着く頃だった。オッケー、もうワンクッション入れてから適当に話を締めるか。


「大人の恋ってカンジですねぇ~。でも最後は男らしく、ガツンといっちゃうんでしょぉ?」


「ま、まあ、頃合いを見てって感じですね。では僕はこれで」


 それで山田は、私をかわすように通り過ぎた。おっと逃がすか。


「あ! そのお花、何ですか?」


「こ、これは、僕自身の趣味ですよ。お花屋さんをやってる方へのプレゼントを、本人のお店で買ったりはしませんから」


「ですよねぇ~。プレゼントと言えば、やっぱり指輪ですよねぇ~~」


「そ、それは、おいおい、ですよ。それじゃあ」


 今度こそ山田は、逃げるように立ち去った。ちっ、あと15秒ぐらい稼ぎたかったんだがな。でもこれなら、AB商事の女との鉢合わせは駅のそばってことになるな。女は山田を探しながら歩くだろうから、見つけられるはずだ。


 なお、今のやり取りもドローンで録画してある。後で古川に見せてやろう。


<AB商事の人はどうするの?>


 鈴乃からのメッセージだ。花屋との浮気現場を押さえればいいんじゃない? とでも言いたげだ。


<このまま行ってもらうわよ。というかもう本人が止まらないでしょ>


<だよね・・・>


 山田が花屋を急接近するという不測の事態があったが、こっちはこっちで動き出してしまったので成り行きを見守るしかない。決定的瞬間の写真さえ撮らせてくれれば浮気相手なんて誰でもいいからな。


 私は、スマホでAB商事の女の動きを確認しつつ、山田の後を追った。女は改札を出るなり、キョロキョロしながらゆっくりと進んでいる。よし、これなら確実に山田を見つけきれるはずだ。


 駅の入口には、1分で着いた。


「山田さん!」


 オッケー。女は山田に気付き、声を掛けた。


「えっ、なん、なんっ、どう・・・」


 え、なんで、どうして。そんな山田の様子が見て取れる。そりゃオメー、自分が色んな女にちょっかい出したツケってモンでさぁ。


「その、山田さんに会いたくて・・・迷惑、でしたか・・・?」


「あっ、いえっ、そんなことはっ」


 と言いつつも、内心は冷や汗ダラダラだろうな。こんなところを古川はともかく花屋に見られる訳にはいかないだろう。女の視線が、山田の持つ紙袋に向いた。


「その、お花は・・・?」


 パンジーとは言え、気になる男が花を持ってたら理由を知りたくもなるだろう。


「こっ、これは自分の趣味です。ほらっ、人にあげるようなものではないですし」


 山田はバッと紙袋を開いて見せた。普通に土までセットのやつだからな。大切な人へのプレゼントって感じには見えない。


「そう、ですね・・・」


 女は、自分用じゃなくて残念なような、他の女用じゃなくて安心したような、複雑そうな表情を見せた。


「とっ、とりあえず、場所を変えましょう」


「あ、はい・・・っ!」


 2人っきりで話ができる。その流れになったためか女の表情が明るくなった。


「こ、この近くだと、会社の人に見られてしまうので・・・」


 山田は、改札の方を指差した。花屋とのデート場所と同じ理由で、移動するらしい。


「そう、ですよね。すみません・・・」


 女の方は、突然押し掛けたことを後ろめたく思ってるらしい。重い女だとは思われたくないだろう。一方の山田はビックリするぐらい軽い男だが。


「ちょ、ちょっと、お手洗いに行ってもいいですか」


「はい。待ってます」


 改札を通過後、山田はトイレに向かった。はっは~ん。古川に連絡を入れる気だな?


<鈴乃、見てるでしょ。私たちも追うわよ>


<今そっちに向かってるわ>


 待つ間に、古川にも連絡しておくか。


<お宅の彼氏、駅で取引先の女に声を掛けられて2人でどっか行くみたいです>


<たったいま連絡がありました。職場で飲みに誘われたから遅くなると>


 まあ当然真実は語らないわな。


<ちなみに明日は別の女と花街道で食事するみたいです。自分から誘ってましたよ>


 今度の返事までには、10秒ほどの間があった。


<明日は私も向かいます>


 おぉっとぉ~。古川、ついに動く。自宅も会社も最寄りじゃない駅で他の女と会うってんだから、その現場を押さえるつもりだな。にしても、今の10秒ほどの間。さすがの古川も浮気相手が複数だとは思ってなかったようだ。私にとっては警察官が浮気してたことの方が驚きだがな。


<了解です。明日は花街道駅に、夕方6時です。今日のことはお任せください>


<よろしくお願いします>


 古川とのやり取りを終えた頃に、鈴乃がやって来て山田もトイレから出て来た。2人が向かったホームは、山田と古川の愛の巣がある方とは反対の、三鷹行き。


「ねえ、これって、まさか・・・」


 鈴乃の予感は的中し、山田たちは花街道で降りた。場所までも、明日の花屋とのデートと同じかよ。浮気するんならもっと丁寧にしろよ。


 2人はしばらく駅周辺をうろつき、イタリアンな雰囲気のある店に入った。


「お酒のお店かぁ・・・どうするの?」


「OLに変身よ」


 花屋のことは想定外だったが、この2人が食事に行くことぐらいは想定内だ。高校生じゃ入れないような店でも、高校生じゃなくなれば入れる。古川からもらった前金もあるし、ピザでも食うか。


 一旦駅に戻ってトイレで着替え、再出発。


「結構サマになってんじゃない」


「鏡子は腹黒そうな感じが滲み出てるわよ」


「腹黒くなきゃ浮気調査なんてできないのよ」


「でしょうね」


 という訳で、山田たちの入った店に私たちも入った。運良く、山田たちがバッチリ見える席になった。音声はコバエ型ドローンで拾うことにしよう。


【その、今日は突然すみません。どうしても、お会いしたくて】


【いえ、大丈夫です。僕としても、嬉しいので】


 んなこと言っちゃって~。花屋とのデートが上手く行ったらその女のことは捨てるだろ?


【お仕事の調子は、いかがですか?】


【お陰さまで、順調ですよ】


 当たり障りのない話から始まった。


「なんかじれったいわね」


「飯食う前からアタックしたりはしないでしょ」


 女が仕掛けるとするなら帰り際であろう。それまでは私らもピザ食ってるしかない。アルコールを頼まなかったことには店員に不思議そうな目を向けられたが。


【花街道で飲むの初めてなんですけど、ここ美味しいですね】


【ええ。僕も滅多に来ないんですけど、いいお店ですね】


 お前は明日もここに来るだろう? 店まで一緒にしたら笑うぞ? でもその前に古川に見つかるのか。


【山田さんは、ワインはお好きですか?】


【そうですね。日本酒とか焼酎よりも、好きかも知れません】


【良かった。私もなんです】


【そ、そうでしたか。気が合いますね】


 もう普通の世間話って感じだな。しかし山田の様子が、明らかに月曜とは違う。2人になった瞬間に揃って顔が綻んだあの甘ったるい感じはどこへやら。もしかすると、この女にアタックされそうな予感を察知して花屋の方を攻めたのかも知れないな。花屋にフラれたらこっちと付き合えばいいし。


「なんかもう、今すぐあいつが浮気男だってバラしたいんだけど」


「まあまあ待ってなって。明日にはお楽しみが待ってるんだっから取っとかなきゃ」


 焦りは禁物だぜベイベ。


 その後も山田たちは核心に迫るのを避けるような無難な話ばかりで歓談を進めた。そして、二時間半余りが経過した午後9時前、


【いい時間になってきましたし、これくらいにしておきましょうか】


 山田がお開きを切り出した。なんかもう、見るからに早く解放されたいって様子だな。きっと、花屋のようなおしとやかタイプが好みなのであろう。


【は、はい。あ、あの・・・】


【・・・なんでしょう】


【いえ、何でもありません。失礼しました・・・】


 女の方としてはこのまま解散は避けたいだろうが、一旦引き下がった。仕掛けるのは外に出てからでも遅くないからな。


 カランカラン。


「ありがとうございましたー」


 会計を済ませた2人が外に出た。


「よし、行くわよ」


「うん」


 私たちもすぐに立ち上がった。会計してる間はドローンで追うしかないが、


【あの、少し、酔いを醒ましたいので、遠回りでも、いいですか・・・?】


 おぉっとぉ。まずはジャブと言ったところか。駅直行ルートだけは避ける戦略できた。


【はい、まあ、そうですね】


 山田もそれを無下にはできず、応じた。2人は、駅とは90°違う方向に進み始めた。あっちの方角には、


「公園か」


 スマホで調べてみると、ちょっとした公園みたいなのがあった。トイレに行った時にでも調べたのか、女は山田を公園の方に誘導しているようだ。


 カランカラン。


「ありがとうございましたー」


 私たちも外に出た。


「追うわよ」


 山田たちはトロトロした足取りなので、早歩きで行けば追い付ける。


【すみません、ちょっと飲み過ぎたみたいで・・・】


 女は、微妙にふらつきながら歩いている。確かに、月曜と比べると酒の量が多かった気がする。アルコールの力も借りて仕掛けるのだろう。


【あっ】


【おっと】


 狙ったのかどうかは知らないが、女がバランスを崩し、それを山田が支えた。さすがの山田も、とっさに支えに行くぐらいの良心はあったらしい。


【ありがとう、ございます・・・】


 女は、山田の腕を両手でつかんだ。たじろぐ山田は、振り払うことはできないでいる。古川はともかく、あの花屋のようなタイプはそうそうお近付きになれない。だからこそ、攻略には時間が掛かる。一方、目の前の女は即オッケーだ。さあ、どうする山田。


「あ、いた」


 2人の姿が肉眼で捕らえられた。頼りない足取りの女を山田が支える格好で、ひとけのない方に進んでいる。花街道は、駅前こそ結構な人通りがあるが、ちょっと離れれば閑静な住宅街だ。その一歩手前の、公園を女は目指している。


「すごい。浮気じゃなかったら“このまま行っちゃえー”って言うトコなのに」


「いやいや、浮気調査してるんだから“このまま行っちゃえー”って言うトコでしょ」


「あんたね・・・」


「いいの? あの花屋さんが、手を出された後で捨てられても」


「それは・・・」


 古川が明日待ち合わせ場所に突撃するみたいだから大丈夫だとは思うが、やはり、決定的瞬間を捕らえた写真は欲しい。花屋には酷な話だが、山田とのデートが決まった時点で多少のことはもう避けられない。

 本人の知らないところで古川と山田を別れさせるのも手だが、あの花屋が山田と付き合ったところで奴は浮気をするだろう。だったらもう、明日パーッといっちゃうしかないよね。絶対に租の方が面白いし。


 2人が、公園の前に差し掛かった。学校のグラウンドぐらいの広さで、2/3を占める広場と端の方にはポツポツと遊具、そして残りの1/3は遊歩道付きのちゃっちい林だ。林の方に誘導するつもりだろうかと思っていると、


【少し、休んで行きませんか・・・?】


 女は、ベンチを指差してそう言った。保護者用だろうか、遊具の割とそばなので、この公園の端の方だ。夜に遊ぶ人がいるのは想定していないようで、外灯はそれなりに離れている。道路からだと注意して見なければ分からないし、近付かない限りは顔までは見えっこない。

 しかし近付こうものなら警戒されてしまうので、私たちは公園には入らず、スマホゲームをやってるフリしてドローン映像を眺めることにした。ここまで来れば、写真さえ手に入れば問題ない。さて、山田の反応だが、


【えっと、帰りが遅くなると、明日に響きますよ・・・】


 まあ、そうなるよな。あんな暗がりのベンチまで付いて行ったら、女が次に何をしてくるか分かったものではない。明日には花屋とのデートが待ってるんだ。山田からすれば、この女との関係に決着を着けるのは花屋の後でいい。


【少しだけで、いいですから・・・】


 女は、山田の腕にしがみ付いたまま足を止め、動こうとしない。さすがの山田も、振りほどいてまでは逃げないようだ。


【えっと、じゃあ、そっちを歩きながらでも・・・】


 山田は、遊歩道付きのちゃっちい林の方を指差した。あれだと、どんなにトロトロ歩いても2分で終わる。明るさは、ベンチの場所よりは明るいが、木もあるので公園の外からはよく見えないだろう。


【・・・・・・】


 女はしばらく黙ったまま俯いていたが、


 コクリ。


 と首を縦に大きく振った。あの女が勝負を仕掛けるなら、あの林の中ということになるだろう。歩き出した2人を、コバエ型ドローンで追う。


「あの男、よくもまあ彼女がいる状態であんなことできるよね」


「誘われてやってるんだけどね」


「キッパリ断るべきなのよ。あんな生殺しみたいなキープしちゃって」


 それは山田に言ってくれ。アプローチを受けたらノーと言えないタイプなのか、好みの女が言い寄って来たらとりあえずキープするタイプなのか。でも、花屋に対しては絶対自分から行ってるよな、あいつ。まあいいや、私の10万円のためにドン底に落ちてくれ。


 たかだか50メートルの距離に、たっぷりと1分は掛けて2人は林の入口に着た。女が、更に歩くペースを落とす。山田は、これに合わせるしかない。


【・・・・・・】


【・・・・・・】


 2人の間に、言葉はない。山田としてはまだ進展させたくないだろうし、女の方も、さっきベンチを断られたことでそれを察知してるはずだ。しかし、今日アタックしなければ他の女に取られるかもと思ってるはずだから、どう出るか分からない。


 一方で、あの女は知らないが明日は花屋とのデートがあり、それを古川がブチ壊すはずなので、実は今日は退いておいた方が後々山田と付き合える。だがそもそも山田と付き合うこと自体お勧めできないので、今日撃沈して新しい男を探すのがベターだとは思う。なお私としては、強引なアタックにより証拠写真を提供頂けるとありがたい。


 一歩、また一歩と林の中を進む2人。ちょうど真ん中の辺りに着たところで、女が足を止めた。それにつられて、山田も止まる。


「来たわね」


「どうするんだろ・・・」


 女は、山田の腕にしがみ付いたまま俯いている。


【・・・・・・】


 山田は、困ったように女の方を見ている。だがその顔は、どうやって乗り切ろうかと考えているようにしか見えない。お困りのようだが、自分の行動が招いた結果だ。明日警察官がぎったんぎったんにしてくれるだろうから、今日は早く帰って首を洗った方がいいぜ。


【・・・・・・】


【あの・・・・・・】


 なかなか動かない女に、山田が声を掛けた。そのままじゃ風邪ひきますよ、か? だったらさっさとフるか抱きしめるかするんだね。


【・・・他に、気になってる人がいるんですか・・・?】


【っ・・・・・・】


 そりゃあ、この山田の態度を見れば察しがつくだろう。もっとも、あの花屋とは別に同棲相手もいるんだがな。


【・・・私じゃ、ダメですか・・・?】


 あぁー、泣かせちゃったよ山田の奴。


【いえ、そんなこと、は・・・】


 まあ、ダメってことはないんだろうな。山田の場合、同時に複数の女と付き合えるんだから。ただ、本命たる花屋とのデートが明日に決まったばかりだから、このタイミングでこの女に手を出すのは後ろめたいのだろう。しかし、迷っているということは、この女を捨てるのももったいないと思っているはずだ。


【他に気になる人は、いないんですか・・・?】


【っ・・・・・・】


 この質問に即答できない時点で、山田の負けだ。


【もう、我慢できません】


【え・・・っ!?】


 決まったな。女が顔を上げたと思ったら、そのまま山田の唇に自らの唇を重ねた。


「おー・・・すごい・・・」


 鈴乃は、驚いた様子で両手を口に当てて、私のスマホ画面を眺めている。山田は、困惑した様子だったが、抵抗することなく受け止めている。


【ん・・・ふぅ・・・】


 10秒経つか経たないかぐらいで、女は一旦顔を離した。2人は、しばらく見つめ合っている。しかし山田は、やはり困惑したような表情だ。

 山田に“気になる人”がいることは、女も気付いたはずだ。しかし、山田が浮気をするような奴だとは知らないために、既に彼女がいることさえも知らずに、勝負に出た。そして、もう一度。


「うっはー・・・」


 鈴乃は、感心した様子で眺めている。大の大人が、夜の公園で、おアツいこった。山田も、最初こそ“強引にキスされてる感”を出していたが、やがて、女の動きに応じるようになった。おーい、2人ともー、高校生が見てるぞー。


 今度は30秒ほどで、2人は離れた。1回目の時とは違い、女は完全に山田の体から手を離した。


【その・・・すみません・・・】


【いえ・・・】


 妙な沈黙が、2人を包む。やはり山田の中には“気になる人”、つまり花屋の面影がまだあるようだ。それでも今は、ここにいる女のフィールドである。


【つ、続きが、したい・・・です・・・】


「わーーーーお」


「ちょっと鈴乃静かにしなさいよ」


「ごめんゴメン」


 さて、ここまで来たらもう道は1つしかないと思うが、山田の反応はと言うと、


【えっと、それは・・・】


 このチキン野郎。どうせ既に浮気してんだからいいだろうがボケ。さすがの山田も、大事なデートの前日にできることには限度があるってことか。だったらもう、ここまでやった以上はこの女をフるしかなくなるぞ。


「え、でも続き行くってなったらどうすんの?」


「撮るに決まってんでしょ。浮気相手とどこまで行ったか依頼主に伝えなきゃいけないし、当然行くとこまで行った写真の方が依頼主に有利になる。もう散々盗撮してきたんだから、つまんない理由で依頼主の不利になるような行動を取るのは私の正義に反するわ」


「盗撮自体は正義に反しないの?」


「ビジネスのためならば」


「正義って、何なんだろうね」


「自分だけでも、それが正しいと信じることができるもの」


「それ自体が間違ってるような気がするわ・・・」


 ところがどっこい、私だけはそれが正しいと信じているから問題ないのさ。そういう定義にしちゃってるからね。


 さて、山田たちの方だが、


【1時間だけでも、いいですから・・・】


 当然女としては、今日いかなければ次はない。ここまでやっといて突き放されたら、それはもうフラれたも同然だ。しかし、


【っ・・・・・・】


 山田の表情は険しい。目の前にいる女の、全てを捨てる覚悟の告白を前に、明日のデートのことが気になっているようだ。もちろん女は、山田に“気になる人”がいるのは分かってもデートの約束があることまでは知らないから、この山田の迷いは相当こたえるものだろう。


【・・・・・・】


【・・・・・・】


 女の目に、再び涙が溜まる。唇を使っても山田の意識の全てを自分に向けることができなかったことを、察したようだ。こっちも、決まったか。


【ごめん、なさい・・・】


 山田も、女の方が察してくれたことを把握したようで、ついに返事をした。


「最、低・・・」


 鈴乃は、怒りに近い目をスマホ画面に向けている。彼女と同棲している状態でありながらこの女を突き放すことなく数ヶ月にわたりキープし続け、期待までさせておいて、唇まで奪ってサヨナラ。その上で、明日は花屋の女とデートだろ? マジでシャレになんねえ。


【っ・・・ひっ・・・1人に、してもらってもいいですか・・・】


【はい・・・その・・・すみません・・・】


 山田の返事のあと、女はゆっくりと首を横に振った。


【私が、勝手にしたことですから・・・思い出になって、良かったです・・・】


【・・・・・・すみません・・・】


 そこで、山田は立ち去って行った。こんな所で女を1人にするのかとも思うが、女からすれば自分をフった相手がそばにいるというのも酷な話だ。


「え・・・行くよね?」


「暴漢に襲われても困るしね。せっかくだし山田の行いを全部教えるわよ」


「あ、それいいかも。あー・・・でもなんか、可哀想な気もしてきたわ」


「教えた方が、明日に有利に働く。だから、教えるわ」


「あくまでもビジネスのため、なのね」


「そ」


 公園の中に入り、林へと向かう。


「っ・・・。っ・・・・・・」


 女は、林の真ん中で、地面にへたり込んで泣いていた。


「大丈夫ですか?」


 たまたま通りかかった、という風に声を掛ける。


「だい、じょうぶ、です・・・」


 大丈夫じゃなさそうだな。


「今の男の人、さっき北窓咲で見ましたよ」


「はい・・・あの人、北窓咲で、っ・・・働いてますから・・・」


「女の人と話してましたけど」


「それ、わたし、です・・・わたしが誘って、ここまで来たんです・・・」


「話してたのは、お花屋さんでですか?」


 ピクリ。女が、固まった。


「お花、屋さん・・・?」


 始めて出て来るワードに、疑問が浮かんだようだ。しょうがない。証拠動画を見せてあげよう。


「これです」


 私はスマホ画面を女に向け、動画を再生した。


【では、18時に花街道駅にしましょう。待ってます】


【はい。こちらこそ、よろしくお願いします】


 良い感じの雰囲気で、山田と花屋が話している。それを、女は涙で濡れる目を少しずつ開きながら見て、最終的には驚愕の様子で目を見開くに至った。


「これは、いつの・・・?」


 さすがに、今日の出来事だとは思えないようだ。


「今日ですよ? 夕方の5時半過ぎ、ぐらいだったかな」


「え・・・」


 駅で、自分と会う直前。それが頭をよぎっている風だった。もうちょい煽ってみるか。


「あとこの人、既に他の人と同棲してるみたいですよ?」


「え・・・・・・」


 女は、もはや石のようになった。私が何を言ってるのか信じられないといった様子だ。見せるしかないな。こんなこともあろうかと、山田と古川と自宅での様子も動画に収めてある。お互い浮気してるだけあってイチャイチャはしてないが、2人での生活に慣れてる感はものすごく出ている。


「・・・・・・」


 これには、二の句が継げないようだ。


「ちなみにそれは、昨日の映像です」


「・・・・・・」


 女は尚も固まっていたが、やがて、ぐ・ぐ・ぐ・ぐ、と首を下に下げ、プルプルと震え出した。ようやく、山田の非道な行いを把握できたようだ。


「ちなみに、さっきの花屋さんとの映像は、同棲相手にも見せてます。明日の6時に、花街道駅に向かうそうですよ。もちろん、私たちも行きます。あなたも一緒にどうですか?」


「・・・・・・」


 女は、スマホ画面に視線を戻し、夫婦間まる出しで暮らす2人の映像を見たまましばらく固まっていたが、やがて顔を上げ、泣き晴らした直後とは思えないほどに強い目を私に向けてきた。


「はい、喜んで」


 これで明日、花街道駅には、山田と花屋、古川に、AB商事の女までも集結することになった。そろそろ、山田のヤローにも涙を見せてもらわないとな。

次回:集結、山田を3人の女たち

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