第56話:浮気相手は誰だ
【山田さんほど優秀な方ですと、社内でも大変ご活躍なさってるのではないですか?】
飲み会が進むと、女の方も普通に話すようになってきた。山田を狙ってるだけなのか、実はもうデキちゃってるのか。
【いえいえ、そんなことは。僕なんかよりも活躍してる人はたくさんいますよ】
【ええ~? でも、社内で人気があったりするんじゃないですか?】
なに合コンみたいなこと聞いてんだよこいつ。まあでも社会人のお酒の場もこんなもんか。
「なんか聞いててムカつくわね・・・」
「鈴乃はこういう機会なさそうだもんね」
「あんたもでしょうが」
「私はその気になりゃこれぐらいのシチュエーション作れるから」
「ビジネスのためなら、でしょ」
「それが問題あるの?」
「問題だと思ってないのが問題なのよ・・・」
倫理的な行動を取ってるだけじゃ人の頼みには応えられないのさ。特に、今回は浮気調査。不道徳には、不道徳をもって対処しないと大きなビハインドを負うんだぜ。
【しかし山田さんなら、浮ついた話の1つや2つぐらいあるのでは?】
女の様子から何かを察したのか、男の方からもそんなセリフが出てきた。文字通り山田はいま浮気の容疑者ですぜ? その相手が隣にいるその女って可能性もあるがな。
【いえいえ、そんなことは・・・】
【えぇ~~??】
山田は彼女がいることさえも伏せ、女は“ほんとですか?”といった反応を見せている。
「どうなんだろ・・・」
鈴乃が呟いた。山田を狙ってて女がいないか確認してるようにも見えるし、自分自身が山田と付き合ってることを隠すためのカモフラージュにも見える。
「さすがに分かりにくいわね。せめて2人っきりにでもなれば・・・お」
【失礼。ちょっとお手洗いに】
AB商事の男の方が立ち上がった。グッジョブだぜ。男が見えなくなる所まで行くと、2人の様子が変わった。
【ふふふふふ・・・♪】
【はは・・・】
ああ、この微笑み合い、女が片想いしてるだけって訳じゃなさそうだな。
「うわ・・・」
鈴乃が、蔑むような目をタブレット画面に向けている。
【おっと、ダメですね。誰が見てるか分からないんですから】
【そ、そうですよね。仕事上の会食の場ですもんね】
女は、キョロキョロと辺りを見回した。三鷹駅のそばの居酒屋だから、同席してる男の他にもAB商事の人間がいたっておかしくない。浮気とは関係なしに、知り合いに見られたくはないだろう。
「クロだったわね。はぁ・・・」
鈴乃は、“こんな人でも浮気するんだ”っていう感じで肩を落とした。まあそう気を落とすなよ。警察官だって浮気する世の中なんだからさ。
「分かんないのは、このAB商事の女に、これが浮気だってのを伝えてるかどうかよね」
「もうどっちでもいいわよ。依頼主さんに動画見せて終わりでしょ」
「そうもいかないわよ。動画じゃ相手に突き付ける時インパクトに欠けるし。それに、居酒屋内で飲んでるだけじゃ微妙。もっと決定的な写真がないと」
古川の目的は、山田に非を認めさせた上で綺麗サッパリ別れることにある。そのためには、この2人にはもう一歩踏み込んでもらう必要がある。
【そ、そろそろ、こういう形で会うだけじゃやだなぁ、なんて・・・】
都合のいいことに、女の方はそのつもりのようだ。だが、
【そ、それは・・・今日も結構強引にこの出張を作ったので・・・】
山田は慎重だ。同棲中の彼女がいるから当然だが。しかし、山田のこの顔の引きつりよう、浮気バレが怖いというよりは、この女との仲を進展させたくないようにも見える。この女を捨てて結局は古川の方に戻られると困るぜ。成功報酬の10万円がもらえなくなる。
「ほんっとムカつく・・・!」
そんな私の想いを知る由もなく、鈴乃は画面を睨み付けている。
「別にいいでしょ鈴乃が浮気されてる訳じゃないんだから」
「でもムカつくでしょこれ!」
まあな。だが、浮気するような奴がいるお陰で私は金儲けができるんだ。無下に切り捨てることもできん。私の10万円のためにドン底に落ちてもらうことにはなるが。
2人は割と普通の会話をしていたが、そこに男も戻って来てまた3人での会食が続いた。
「とりあえず、明日三鷹行ってけしかけてみるか~」
「けしかけるって?」
「もちろん2人の仲を進展させるのよ。あの女を北窓咲に行かせて山田に会わせるのが手っ取り早いわ」
「わざわざ浮気を進めさせるの?」
「進んでもらわないと証拠写真がゲットできないでしょ」
「でもそしたら彼女さんが可哀想・・・」
「了解は取ってあるから大丈夫よ」
「そお?」
うっそぴょーん。でも古川自身も浮気してるんだし、今さら彼氏が他の女とキスしようが構わんだろ。
「てな訳で、明日の放課後は三鷹ね」
「はぁ・・・」
タブレットに映る3人の会食も、その後は特に大したことはなくお開きを迎えた。
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翌日。
「厳木さん」
「何よ。毎日進捗報告しろっての?」
学校でキンダイチくんが話しかけてきた。
「対戦相手の動向を気にするのは、当然でしょう」
脳内で私と対戦するのは勝手だが、脳内だけにしてくれ。
「浮気相手っぽい感じの人が見つかった段階よ。全部片付いたらちゃんと言うから」
「ふふふふ、そうですか。僕はですね、昨日は実に惜しいところまで行ったんですよ。あと少しで決定的瞬間を捕らえることができたんですが、いいところで職務質問が・・・僕は悪事を暴こうとしてるだけなのに、警察に邪魔されるなんて!」
「知らないわよそんなの。だいたい、やってることは週刊誌と一緒なんだから」
どうせ夜にカメラ構えて街をウロついてたんだろ? 職質されるに決まってる。
「しかし、ターゲットも軽率な行動を取るようになってきましたからね。時間の問題ですよ」
「そ。上手くいくと良いわね」
しっかしこいつ、よくボランティアなんかで探偵業できるよな。今まで何度職質されてきたんだ? まあいいや。私は私で、自分のビジネスをやるとしよう。うまく行きゃ追加で10万円だからな。
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放課後。
「んじゃ、着替えて来るから待ってて」
「はーい」
変装すべく、鈴乃を待たせて駅のトイレへ。私の顔が三鷹でどれくらい知られてるかは分からないが、警察官の彼氏である山田はほぼ確実に知っているので、関係者への接触は変装せざるを得ない。
「おっ待たせ~」
「ふーん・・・ほんと、別人みたいね」
「誰が変装してると思ってるのよ」
なお、変装は田邊さんやぽんぽんさんようなギャル調に寄せている。女の方からアタックすべきだと煽りに行くから、これぐらいがちょうどいい。
「三鷹に着いたらどうすんの?」
「あの女の退社までは喫茶店で待つわよ。歩いて15分ぐらいのトコに住んでるっぽいから簡単に追い付ける」
「その間は、ドローンでウォッチングね」
「そゆこと」
もちろん山田や、その同僚たちに花屋もね。
電車移動中もウォッチングはしており、三鷹に着く前ぐらいに山田が花屋の前を通った。
「やっぱりなんか微笑み合っておじぎしてるよねぇ。何なんだろ」
「さあ? 既に浮気してるんだから三股四股やっててもおかしくないけどね」
「え、それどうすんの?」
「誰か1人との証拠写真が取れれば十分よ。依頼主は山田と別れたいだけなんだから」
「え、そうなの?」
「もし浮気してたら、諦めて他の男を探すってさ」
その“他の男”は既にいるんだがな。
三鷹駅に着き、AB商事のある方の出口から出て、適当に喫茶店に入った。後は、あの女の退社を待つだけだ。
「山田って男の会社の方はどうなの?」
「どんな会話してるか聞いてみましょうか」
AB商事の方は画面だけ見れればいいので、音声は山田の会社に送り込んだドローンに切り替えた。イヤホンを山分けして、中身を聞く。幸いにして、山田の近くの席の女性社員2人がロッカーに行ったところだった。
【ねぇねぇ、どうすんの。山田さんのこと。気になってるんでしょ?】
【えぇっ? でも、女の1人や2人ぐらいいるって昨日自分で言ってたじゃん】
【そんなのは可能性の話よ。私の調査じゃ、社内にはまだいないっぽいし】
ほう。どんな調査をしたのかは知らないが、現状で山田の浮気相手が社内にいる可能性も低いってこったな。
「この人も、まだ狙おうてしてるだけって感じよね?」
「でしょうね」
どう見ても、デキてるようには見えない。
【あんたが一番近いトコにいんだから、もうちょっと攻めてみなさいよ。他の女に取られるわよ?】
【えぇ~~? でも山田さんいつも定時に帰ってるし、外にいるんじゃないの?】
仕事上で山田と一番近いのはこの女ってことか。もう1人の方は世界中の男と3年前に別れたらしく興味なさそうだし、こっちだけマークしてればいいや。この女がアタックを掛けた場合、節操無しの山田がどう動くか分かったものではない。
そうこうしているうちに、AB商事の女が帰り支度を始めた。
「んじゃ、行って来るから」
「行ってらっしゃーーい・・・」
何だよその冷めた返事は。
タブレットは鈴乃と一緒に置いて来たので、スマホ片手に女の動きを確認。ビルを出たな。このまま突っ込むか。
「あぁーーっ! あなたは昨日の!」
「へ?」
女は足を止めた。“昨日の”って何だ? って顔をしている。
「見ちゃいましたよぉ? 居酒屋でイケメンと良い感じだったじゃないですかぁ~」
このこのぉ、と言わんばかりに肘で小突いた。女子高生パワーで押し切るに限るぜ。
「え? あ、あぁ~~・・・。見られちゃいましたか」
女は右手を頬に当てながら答えた。めっちゃ嬉しそうだな。
「どうなんです、上手くいってます?」
ぐい、ぐいっ、と私は肘を押し付ける。
「そ、それがぁ・・・」
よし、言え。でないとけしかけにくい。
「ちょっと一線を引かれてる感じで、なかなか前に進めないんですよねぇ・・・」
女は、視線を落としながら言った。これは、山田が古川と付き合ってることは知らなさそうだな。浮気相手にされてるのは気の毒だが、私にもビジネスがあるので真実は教えられない。警察官相手に不義理を働きたくないんだ、許してくれ。
「だったらその一線を越えに行かなきゃダメですよ! 女なんて山ほどいるんですから、モタモタしてたら取られちゃいますよ!」
さあ、一線を越えようぜ? 記念写真を撮ってあげるからさ。
「そうですよねぇ・・・」
どうしようかな、どうしようかな! といった感じで体を揺らしている。さっさとしろや。
「お互いにスーツ着たままでしか会わないなんてダメですよ! オシャレして、こっちから会いに行きましょうよ! 明日!」
「え、明日!?」
「そうです! 善は急げです! 来週に回す理由がありますか!? 週末に誰かとデートするかも知れませんよ!? その場で告白されるかも知れませんよ!?」
「う、うぅ~~ん」
(確かに明日は定時で帰れそうだけど・・・)
「行きましょう! 私も応援しますから!」
グッ、と私は親指を立てて見せた。
「じゃ、じゃあ、考えて、みます・・・」
「絶対ですよ!」
そして私は、嵐が去るように走ってその場から離れた。さて、駅に戻るか。あの女が明日アタックしに行くか分からないから、ポケットから取り出したコバエ型ドローンを送り込み、女を尾行させた。さて、駅に戻ろう。
「たっだいま~」
「おかえり」
鈴乃には連絡を入れておいたので、喫茶店を出てもらって駅で合流。私の猫かぶりっぷりを見てただろうから冷めた様子だ。
「明日あの人が北窓咲に行くようなら、私らも行くわよ」
「・・・鏡子ってさ、人間関係ひっかき回すの好きだよね」
「それは否定しないけど、金儲けの方がもっと好きよ」
事実として、金にならないんだったら人の浮気を進展させたりはしない。
「山田の方はどうだった?」
「特になんにも。普通に家に帰ってったわよ」
「そ」
ドローンは私の操縦パターンを記憶させた自動運転で山田を尾行させていた。鈴乃は古川の顔を知っているが、特にコメントがなかったということは玄関口で古川が映ったりはしなかったのだろう。古川の家を見たこともなければ同棲してる事実も知らないはずだ。依頼主が古川だって知られても問題ないが、わざわざ言うことでもない。
電車で移動しながら、スマホでAB商事の女の動きを確認する。
【はぁ~・・・どうしよ。さっきの子もこの辺に住んでるならまた会うことになるだろうし・・・】
とぼとぼと歩きながら、そんなことを呟いていた。私に遭遇した時のことを考えてるとは、律儀なものだ。山田みたいな浮気男はやめといた方がいいぜ。
「なんか、ストーカーしてる気分ね・・・」
カメラを搭載したドローンで20代女性を尾行だからな。女がやったってバレりゃ警察のお世話になる。もっとも、警察官である古川のためにやってるんだが。
電車が窓咲に着く前に、女が家に着いた。
【はぁ~~~~。どうしよ】
ぼふっ、とベッドに倒れ込んだ。
【いつかは、前に進まなきゃいけないよね・・・なんで、仕事の場でしか会ってくれないんだろ・・・】
浮気してるからだね。
「なんか、今更ながら申し訳なくなってきたわね・・・」
「でも、山田を依頼主と別れさせれば、こっちと付き合うかも知れないわよ?」
「あ、そっか」
古川としては自身の浮気がバレずに山田と別れることができれば良いんだから、そのあと山田がどうしようと構わないだろう。
【だめだめっ!】
パチンパチン、と女は自分の頬を叩いた。“だめだめ”、とはどっちの意味なんだろうな。
【あの子の言う通りよ。もう何ヶ月もこのままなんだから。いい雰囲気になってるのは絶対なんだし、行ってみなくっちゃ。会えるまで何度もトライよ】
決まりだな。
「明日、北窓咲に行くわよ。山田の足止めをして2人を会わせてあげないと」
「何だろう・・・恋の応援をしてるはずなのに、めちゃくちゃ後ろめたいんだけど」
気のせいだろ。
にしても山田のやつ、何ヶ月もこの人をキープしていたのか。私のビジネスの結果として付き合うことになるかも知れないけど、マジで山田なんてやめといた方がいいぜ? そのビジネスのためにアタックはしてもらうけど。
「フラれたらどうすんの?」
「その時はその時よ。フるぐらいなら証拠写真になるほどのことはしないんだから一緒よ。花屋か同僚が本命なんじゃないの?」
「本来の彼女が本命って可能性はないのね・・・」
ないに決まってるだろうそんなもの。いずれにせよ、AB商事の女にちゃっちゃと手を出してもらいたいものだ。同棲していながら他の女にちょっかい出すような奴だから、女の方から仕掛ければ欲に流されるはずだ。そこを、確実に激写する。
「私たちにとっての本命はAB商事の人よ。明日、楽しみね」
「・・・・・・」
何とか言えよ。
まあ、何はともあれ、明日は証拠写真ゲットのチャンスだ。楽しみだぜ。
次回:激写せよ、決定的瞬間




