第55話:定番の浮気調査
28話の後ろに2話、37話の後ろにも2話単発回を挿入したので、そちらもぜひご覧ください。
「彼氏が、浮気してるかも知れないんです」
古川は、確かにそう言った。自身も浮気をしており、それが他でもない私にバレて脅されたというのに、その全てを水に流した上でこれである。正直言って、驚いた。ここまでのクズを見たことがない。
だが、金になるんなら、私は悪魔とだって取引する。
「つまり、彼氏さんの浮気を突き止めればいいんですね?」
それで、あくまで被害者ヅラして別れたいんですね?
「ええ、そうです」
古川はキッパリと返事をした。そして自分のカバンに視線を落とし、封筒を取り出す。彼氏か浮気相手の写真か? それとも・・・、
スゥッ。
「ひとまずは10万、交通費や喫茶店での張り込みにご利用ください。別途、成功報酬にも10万を出します」
話が早くて助かる。私は迷わず机の上の封筒を手に取り、中身を確認した。確かに、諭吉さんが10枚あった。思わずニヤけてしまう。
「法人化せずに探偵業なんて、お巡りさんに知られたら怒られそうですね」
「ご安心を。この場に警察官はおりませんので」
あんたみたいな奴は嫌いじゃないぜ。
「何か資料はありますか? 最低でも彼氏さんのお顔、できればよく着る服や行動範囲も分かると嬉しいのですが」
「ええ、こちらに」
古川はまたカバンから封筒を取り出した。今度はA4用紙を曲げずに入れられるサイズのものだ。パッと封筒の口の部分だけを指で広げて中を見る。
「なるほど。これなら何とかなりそうですね」
さすがは警さ・・・おっと、この場に警察官は居ないんだったな。
「そう言えば、下の名前がまだでしたね。古川、茜です」
ふーん、そんな名前だったのか。全国の古川茜さんに謝れ?
「厳木、鏡子です」
「ええ、存じております。私の職場であなたの名前を知らない人はいません。他のオフィスでも知られてるぐらいです」
そうですか。
「とりあえず、この人の女の影を追ってみますね」
「はい♪ よろしくお願いしますね」
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「浮気調査ぁ?」
「そ。どうする? 絡んでみる?」
月曜の放課後。鈴乃が基本私の予定を確認するので、ビジネスを抱えてたら隠し通すのは困難だ。
「うーん・・・男の人の?」
浮気犯の性別によりけりってことか。確かに、女の浮気を暴きに行くのはやりづらいって気持ちは分からんでもない。私は金になるんならやるが。
「そうよ。依頼主は女で浮気の容疑者は男」
ついでに、依頼主の方も大絶賛浮気中。更に言えば、多分この依頼が成功すれば浮気相手と付き合う。だがそれは依頼主の個人情報なので漏らせない。
「んじゃ、やろっかな。浮気男なんてドン底に落としたいし」
その結果浮気女が大喜びすることになるがな。だが私からは言えないから自分で調べてくれ。被害者ヅラしてる奴を疑う目も必要なんだぞッ。
「浮気調査とは、聞き捨てなりませんねえ」
「あ? ・・・ああ、キンダイチくん」
クラス違うのにわざわざ廊下から窓越しに話し掛けてきたのは、金田二郎 (かねだ・じろう)。何かの拍子で縦書きの字を見た時に“金田一一郎 (きんだいち・いちろう)”に見えたため私はキンダイチと呼んでいる。
「何? 私のとこに直接依頼があったんだから、指でもしゃぶって見てなさいよね」
「生憎ですが、僕のもとにも依頼が来てましてね、もうすぐ尻尾がつかめそうなんですよ。どうです、どっちが先に解決できるか、勝負といきませんか?」
「は?」
いやお前、口ぶりからして何週間かやってそうな感じじゃん? こっちは昨日頼まれたばかりなんだが?
「どうしたんです、負けるのが怖いんですか?」
「同じ件を追ってる訳じゃないし比較にならないでしょ。1人でやってなさい」
古川が私以外に頼むとは思えないしな。
「くっくっくっく、そうですか。あなたに勝つのが楽しみですね」
「はいはい」
それでキンダイチくんは去って行った。
「金田君、相変わらずね・・・仕事奪い過ぎたんじゃないの?」
「知らないわよ。客を奪われたパン屋が自分たちのパンを見直さずにビービー喚くのと一緒よ。そんなことより、今日からさっそく浮気容疑者の監視をするわよ」
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放課後、寄り道せずに真っ直ぐ帰宅。
「やっぱりドローンを使うのね」
「まあね~」
こっちには脳内の指示だけでで操作できるコバエ型ドローンがあるんだ。追跡だの張り込みだの、警察みたいなことはやってられないね。古川の意思次第では最終的に現行犯を取り押さえに掛かるが。
「とりあえず彼氏の会社の場所は教えてもらってるから、そこに送り込むわよ。顔はこれね」
ピラリ。
古川から受け取っている写真を見せた。
「ふーーん。結構誠実そうな人なのにね」
「だからこそ、窮屈さを感じてるんじゃないの?」
増して、交際相手が警察官なら尚のこと。
「だからって浮気が許される訳ではないけどね」
それを古川にも聞かせてやりたいもんだ。
「あ、いたいた」
隣駅、北窓咲から徒歩5分のところにあるオフィスビル。10階建てぐらいで、中々に小綺麗だ。警察官の彼氏だけあって良いトコ勤めようだ。でも浮気犯。てか警察官さえ浮気犯。
「見たところ、職場の女性社員とは普通に接しているようね」
「浮気相手って、会社なんだろ? プライベートなんだろ?」
「さあ?」
部屋の位置が分かったので、とりあえずドローンをトイレの窓から中へ。これで音声が聞き取れる。
【それじゃあちょっと、AB商事さんのとこに行って直帰しますね】
【あ、もうこんな時間だ。お疲れさまでしたぁー】
もうすぐ5時だというのに、これから出張らしい。同僚たちの見送りを受けて、古川の彼氏が退室。
【ねえねえ、山田さんって彼女いるのかな】
ガールズトークが始まった。古川の彼氏は山田というらしい。確かに第一印象だけなら、そういう話の対象になるぐらいの人物ではありそうだった。
【いるに決まってるって女の1人や2人。私らの付け入る隙なんて無いんだから、うつつ抜かしてないで仕事するか男のレベル下げるかしなさいよ】
男のレベル下げれば仕事しないでいいのかよ。
【そんなこと言って自分が山田さん狙いなんじゃないの?】
【ち・が・う・わ・よ。私は世界中の男と3年前に別れたの】
何があったんだよこの人。
それにしてもこの人たち、周りに普通に男性社員もいる中でよく職場のそんな話できるな。んなもん女子トイレでやれよ。
「山田って人を追わないの?」
「そうね。ここにいても仕方ないみたいだし」
シャレオツなガラスのドアには隙間があるので、そこから脱出。ちょうどエレベーターが来たところのようで、山田と一緒に乗り込んだ。他には誰も乗っておらず、フゥッとひと息ついて腕時計を見る山田。
【・・・よし、今日もいけそうだな】
「お。怪しいセリフが出たわね」
それとも、浮気容疑者という先入観から来るものか?
「どっちなんだろ」
呟く鈴乃。だがこういった、どっちとも取れるようなセリフが出る時には、クロであることが多い。
ビルを出た山田が、駅へと向かう。
「すました顔して歩いてるわね」
「これで浮気してるって言うんだから、世の中わかんないわよね」
全くだ。警察官でさえ浮気するってんだから世の中わからないぜ。
「ん?」
駅に着く手前、個人営業っぽい花屋のところで山田は歩くペースを落とした。そして何やら、花屋の方を見ている。単に花を眺めてるだけにも見えるが・・・?
「怪しいわね」
ドローンを花屋の方に向けると、淡いイエローのエプロンをしたローポニーテールの店員がいた。山田の視線に気付いたのか、店員は作業を止め、振り向き、少しにこやかに会釈をした。ただの客に向けるような顔ではない。
「山田は!?」
「落ち着きなって」
山田の方を見ると、こちらも軽く笑みを浮かべて会釈。こりゃ、知り合い以上であることは間違いないな。
「もしかして浮気相手ってこの人?」
「どうだろ。これだけじゃ何ともね」
いずれにせよ、今の映像だけでは浮気の証拠にはならない。
山田が駅に到着。
「三鷹行きか・・・」
山田は、三鷹行きの電車に乗った。AB商事とやらがそっちにあるのだろうが、北窓咲から三鷹行きに乗れば、古川と同棲中の家や窓咲署のある中心地から離れる方向だ。浮気をするにも便利だな。
結局山田は、終点の三鷹まで行った。JRへの乗り換え駅でもあるがそっちには行かず外へ。特に途中で足を止めることもなく、オフィスビルに入った。
「さすがにこっちはただの仕事で来てるみたいね」
鈴乃が呟く。
「わっかんないわよ~? AB商事とやらに浮気相手がいるかもだし」
「受付の人は違ったみたいで良かったわ」
受付係は変わった様子もなく山田を応接室に通した。山田の様子からしても受付係はシロだろう。ほどなくして、打合せ相手と思われる人が入って来た。
「あちゃー・・・」
「うわ・・・」
男女1人ずつやって来たのだが、女の方が明らかに山田を意識してる様子だった。浮気の真っ最中かどうかは別として、少なくとも山田を意識してるのは間違いない。
【お問い合わせ頂いているこちらのサービスですが・・・】
打合せ自体は、普通の商談だった。これは終わるまで待つしかない。
「どうするの?」
「とりあえず容疑者は、花屋とAB商事の人ね。念のため山田の会社の方もしばらく様子を見ましょ。ドローン増員ね」
「見てるだけしかできないのかぁ」
「いや、明日は私自ら三鷹まで出向くわよ?」
「え、何すんの?」
「ちょっと探りをね」
「どうやるのよ」
なんでそんな疑うような目をするんだよ。
「直接、普通の女子高生のフリしてAB商事の女と接触を図るのよ。そしたら、絶賛浮気中なのかただの片想いなのか聞けるでしょ?」
「あたしも近くまで行くからね」
「どうぞどうぞ~」
さて、まだ山田たちは商談中だ。とりあえず適当に、
商談は、30分ぐらいで終わった。
【どうです山田さん? この後クイッと】
AB商事の、男の方からそんな提案。浮気容疑者たる女の顔が明るくなる。山田も少し表情が綻び、迷う素振りさえも見せずに、
【はい。では、ぜひ】
首を縦に振った。同棲してる癖にサラッと飲みの誘いに乗るとはな。だが、山田の方が売り込みに来ててAB商事が客っぽいからそれほど不自然ではない。
【すみません、ちょっとお手洗いに・・・】
【ああ、どうぞどうぞ】
山田はトイレに行った。が、用を足しつつスマホを操作。これはあれか、古川に連絡を入れてるのか。すかさずこっちもスマホを取り出した。
「どうしたの?」
「あれ絶対接待が入ったこと彼女に連絡してるでしょ。こっちからも聞いてみるのよ」
チャットアプリSHINEの古川のIDは入手しているので、打ち込んだ。
<お宅の彼氏、出張先で誘われて飲みに行くみたいですよ? 相手方の女性社員も一緒です>
既読はすぐに付いた。
<たったいま連絡が入りました。女がいることは伏せてありますけどね>
<偵察用のカメラがあるので見張ってますね>
<お願いします>
まあぶっちゃけ、接待の場に女がいるかなんてわざわざ言うほどのことでもないだろう。だが、お酒の場ともなれば山田たちの気も多少は緩むはず。ウォッチングさせていただこう。
「あたしも見たいからちょっと晩ご飯買って来るね」
「いってら」
別にウチにあるもんで適当に作りゃいいのに、妙なところで律儀な奴だ。さて、山田たちが移動してる間に私もメシにしとくか。
チャーハンを作り終える頃に、ちょうど山田たちも居酒屋に着いた。
「おっじゃまっしま~・・・あ、鏡子。どんな感じ?」
「ちょうどこれからよ。部屋に戻ってから見るわよ」
「オッケー」
私はチャーハンとタブレット、鈴乃はコンビニ袋も持って部屋へ。
【いやはや、いつもお世話になってますよ~】
【いえいえこちらこそ。AB商事さんにはご贔屓にして頂いて・・・】
男2人の挨拶でスタート。女は、山田と同席できてホクホクの様子だ。とりあえずまずは、花屋の方にも目を向けつつ、この女がシロかクロかを確かめる方に注力だな。
次回:浮気相手は誰だ




