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第36話:龍の混乱と騎馬の戦

 午後の部も後半戦に突入したところで、生徒会の依頼で私が乗り物を作った新競技、“ドラグーンパニック”の出番が来た。龍の形をしたキャタピラ付きのもので、4人でチャリと同じペダルを漕ぐのが動力だ。


【では早速、ドラグーンの登場で~~す!】


 ボワ~~~ン。


 アナウンスのあと、グラウンド中央で実行委員が何か投げて煙が出て、そこから4体の龍が姿を現す。


「「「おおぉ~~~っ」」」


 美術部員監修のデザインと塗装なので見栄えは申し分なく、観衆からもまずまずの反応が得られた。キャタピラはもちろん見えないようになっている。

 あと、ちゃんとチームごとに色分けもした。赤・青・黄・緑の4色であるが、ビビッドとパステルのちょうど中間といった色合いに落ち着いている。「私の好みです」by 美術部員17歳。さすが17歳、その辺よく分かってる。


【こちらの新競技は、くっ、2年2組の厳木さんのご協力により実現する運びとなりました。まあ、普段あれだけ迷惑かけてますからね、これぐらいのことはして欲しいものです】


 オイてめぇケンカ売ってんか。あぁ~ん?


【ではこのドラグーンが入場門まで移動しまして、1年生より競技開始となります。4人乗りでして、ペダルを漕いでトラックをぐるりと回ってゴールまでを競うのですが、応援席からソフトバレーボールを投げつけての妨害が可能となっております。ドラグーンに乗る選手は操縦を、応援席に残る皆さんは妨害を、それぞれ頑張ってください。コース後半では一般の応援席からもボールを投げ込むことができますので、皆さまぜひご参加ください】


 いつの間にか乗物名が“ドラグーン”になってるが面倒なのでそれでいいとして、入場門まで運ばれたドラグーンに1年生が乗り込む。ここからだと遠くて見にくいが、楽しんでそうな雰囲気なので発明家冥利に尽きる。

 コースは、200m走と全く同じ。入場門から直進でトラックに突入し、トラックに沿ってU字カーブしてその後は真っ直ぐにゴールまで突っ切る。その仕様上、私たちボールによる妨害ができるのは前半のみだが、後半は一般の応援席から保護者や近隣住民の皆さんもボールを投げ込んで妨害できる。さすがに本部席や来賓の人たちはやんないらしいが。


「位置について、」


 トラックの外側のチームはやや前からのスタートとなるのは200m走と同じで、


「よーーい、」


 しかし考えてみると外側にいるほど妨害を受けやすかったりもするが、


 パァン!


 その並び順もクジ引きだからそれは気にしないことにして、スタート。まずは緑組の応援席があるので、緑以外の3チームが狙われる展開で始まった。


「それっ、いっけー!」


「オラオラオラオラァ!」


「うわっ、やめろー!」


【さぁ始まりました”ドラグーンパニック”! クジで一番外側を引いてしまった黄組が集中砲火を浴びているーーっ!】


 赤組の主砲・クーロンくんにボールをぶつけられることになる実態に合わせて頑丈にしてあるので傾くことさえもないが、ボディが衝撃を受けることにより失速する機構になっている。

 それと、運転手の上半身が龍の上に出るようにしてあり、そこにボコボコとボールをぶつけらることでペダルを漕ぐ運転手たちの動きも鈍る。ハンドル操作も不安定になるようで、蛇行する感じにもなっている。


 スピードは、妨害無しで4人が全力で漕いでも時速10キロぐらいで、妨害を受ける状況だと早歩きと同じぐらいになる調整になっている。かっちょいいドラゴンの見た目の割にトロいが、あんまり速くするとスイスイ駆け抜けて行ってしまうので仕方ない。


【おぉーーっとっ、黄組が遅れてきたことで前に出た赤組や青組も狙われ始めたぞぉ~~っ】


 外側にいる黄色が遅れ始めると内側のチームが前に出て来て、緑組の生徒はそっちも狙い始めた。たまに流れ弾が緑にも飛んでいるが、一応は赤と青を狙えているようで、緑が先頭に出ていく。


 ボールをぶつけられながらも、ドラグーンに乗っている生徒たちはペダルを漕ぎ続ける。さすがにボールをぶつけられることに慣れてきたのか、あまり大きく体勢を崩す事態にはなっていない。


【さぁ~てここから黄組の応援席前に入って行きます! 緑のドラグーンが狙われ始めるぅーっ!】


 やがて黄色の応援席前にも到達して、緑も狙われるようになった。そこに赤や青もやって来て、やはり狙われ、黄色が追い付いて来る。


 意外と競るんだな、と思いながら見ている間に青組の応援席前に突入。トップは黄色だ。自チームの保護の受け、スタート直後の遅れを取り戻した。だが青組に徹底的に狙われて、その青組に追い付かれてくる。


【さぁいよいよここからカオルーン君のいる赤組テント前です! 彼の大砲のような攻撃に耐えられるかぁ~っ!】


 私もビジネスマンなので、車体が受ける衝撃による失速の具合には上限を設けた。そうしないとクーロンくんにぶつけられ続けると進めなくなっちゃうからね・・・。設計通り、


「ヤッ!」


 ボーーン!


 クーロンくんにボールをぶつけられても、ビクリとはするが傾くことはなく、失速の具合も“それなり”といった程度だ。しかし、


「ハッ!」


「うわぁぁ!!」


 運転手本体が受ける影響については私にはどうしようもない。1人、サドルから転げ落ちて消えたぞ。


【あぁーーっと! さすがにカオルン君の攻撃は強力だーーっ! 選手たちがたまにドラグーンの中に姿を消してしまうぅーーっ!】


 その影響がことのほか大きく、赤組が前に出て他3チームが遅れる展開になった。これは・・・うん、ごめん。どうしようもない。さすがに運転手にボールが当たらない構造にしたらつまらんから、こうするしかなかった。クーロンくんも私と同格の“四天王”なんだ、許せ。そもそもクーロンくんがいることを知っててこのコンセプトの競技を考えたのは生徒会だ。許せ。てか、一番最後に妨害できる場所に応援席がある赤組が普通に有利だしね。許せ。


 結局、赤組が1位で後半エリアに突入した。他3チームには未だにクーロンくんを始めとした赤組の面々から妨害が入る中、その3チーム所属の生徒の家族や近隣住民、他校から見物に来てる生徒などから赤組への妨害ボールが飛んで来る。単独1位だから、狙われちゃうね。


「お姉ちゃんが緑だから赤は勝っちゃダメなのーーっ!」


「青が好きだから赤は負けちゃえーっ!」


 幼い子供たちも積極的に参加してくれて、生徒会の思惑通りに事が運ぶ。


【さぁ応援の皆さん! バンバン投げ込んじゃってください! 合言葉は、厳木の赤をやっつけろ~~!!】


 お前マジ覚えてろ? まあ? 私の場合? 街中が敵に回っても怖くないけど?


【赤組は現在総合得点でも暫定1位! この先の競技を盛り上げるためにも、他のチームが勝てるように赤組を攻撃して行きましょう!!】


 点差が分からないのだが、体育祭総合でも1位であることから、放送席はオーディエンスを味方に付ける作戦に出た。


「差ぁ付くとオモシっくないから赤組落とそうぜー」


「私は大混戦をこよなく愛する者。恨みはないが、妨害させてもらおう」


「うわー!」


「くそっ、耐えろ! とにかくペダルを漕げ!」


 暫定1位の知らせが効いたのと、そもそもまだ赤組しか後半エリアに入ってないことから集中砲火を浴びる。


 やがて他の3チームも後半エリアに入り、赤組生徒の家族からはそっちに妨害が入り始めた。しかし赤組1位の状態が続いているからか、赤組をストーキングする近隣住民や他校生も少なくなく、赤組への妨害が多めになっている。それでも、


【あぁーーっと! このまま赤組が逃げ切ってしまうのかぁーーっ!?】


 クーロンくんのように運転手を撃墜するようなパワーの持ち主はおらず、そのまま、


【赤組、1位でゴーーール! 悔しい! これは悔しい!!】


 結局、勝った。まあ、こうなるか。とりあえず他の3チームがゴールするのは見届けるが、このまま2年や3年の分をやっても結果が見えている。という訳で、


【えー、実行委員会にて協議させて頂きましたところ、次のレースでは、先ほど1位だった赤組の妨害チャンスを一番最初に、4位だった青組の妨害チャンスを一番最後にすることと致しました】


 ま、それが妥当だな。そうすれば、最初こそ赤組が1位なるが、3/4周以上を残して徹底的に赤組を攻撃できるから、逆転の目がある。という訳で、スタート地点に一番近い緑組テントに移動。他のチームも、さっきの順位に従って移動を始めた。


「なんだか大変ねえ、新競技」


 移動しながら、鈴乃が話し掛けてきた。周辺もガヤガヤしている。


「最初はこんなもんでしょ。規格外のパワーを持った子もいるし」


「だね」


 やりながら調整していくしかないさ。生徒たちの移動が終わり、2年生の運転手たちがドラグーンに乗るのを待つ。


「赤組の諸君! 1位だからと言って遠慮は無用! ハンデが設けられたのだから全力でやるぞ!」


「「「おぉーーーっ!」」」


 応援団長の言葉に一同が反応。もちろん手を抜く理由などない。のだが・・・、


「「「紗々羅の姉御ーーーっ!!」」」


 なにぃぃぃぃ! 八雲さんが乗ってるだとぉぉぉぉぉ!


「ちょっ、あれ・・・!」


 緑のドラグーンの最後尾に乗っている八雲さんに、赤組メンバーが気付き出す。


「おい反則だろあれ!」


 どう頼み込んだのかは知らないが、ここでまさかの八雲さん登場。もちろん、八雲組の皆さんが目を光らせているので、彼女にボールを当てるようなことがあれば明日の私たちに指はない。


「あれハ、強いキのチカラを放つもノ・・・!」


「ちょっ! クーロンくんストップ!」


「わっ、キョウコ、何をする!」


 さすがにロボットアームを召喚させて頂きましたよ?


「おい! 鈴乃も手伝え!」


「分かってるわよ!」


「みんな、カオルーンを止めろぉ!」


「カオルン君、ごめん! これだけはダメなの!」


「みんナ、何をすル、放せーーーッ!」


 放す訳ないだろ。私らの全指(ぜんゆび)が懸かってんだよ。勝利よりも大事なものが、世の中にはあるのだ。


【あぁーーっと! 赤組、開始前から何やら混乱模様だーーっ! 一体どうしてしまったというのかーーっ!】


 てめぇら事情知ってんだろうが。


【しかし! 応援席がどうあれドラグーンに乗る選手の準備ができればスタートです!】


「てっ、手の空いてる人だけでもボール投げの方をやるぞ!」


「ただし緑相手には、車体の下半分のみを狙うように! 決して上の方は狙わないように!!」


「もう緑狙わなくてよくない!?」


 そうしてくれ。ソフトバレーボールなんて大きくコントロールが難しいんだから、下手すりゃ指チョンパだぜ?


「位置について、よーーい、」


 始まるようだ。こっちはもうそれどころじゃないんだが。


「うガーー! 放せーーッ!」


 しかし、ロボットアームで押さえ付けるにも限度がある。緑組が突破するまで持ち堪えられるといいが。


 パァン!


 ピストルが鳴り、競技が始まった。


【さぁ2年生のレースが始まりました! スタート時の並び順も、先ほど4位だったチームが内側に、1位だったチームが外側になっております!】


 つまり、赤組が一番外側、その次が緑組ということか。うっわ・・・青や黄色狙うのもしんどいじゃん。


「よし! 青と黄色が遅れ始めたぞ! これは狙える!」


 内側スタートだとカーブで有利になる補正で少し後ろから始まるのもあって、青と黄色が遅れてくれたようだ。


 クーロンくんを押さえつつもチラリとフィールドを確認すると、赤と緑がもうすぐウチのテント前に来るといったところだった。外側を走る赤組を盾に横に並んで進む作戦を取りそうなものでもあったが、


「前に出て来た! 八雲さんは後ろだから前狙えるよ!」


 普通に抜いて前に出たらしい。それでも慎重に、こつん、こつんとボールを当てる程度に留まっており、緑組が前に出て行く。


「青と黄色が来たぞぉ! 狙えぇ!!」


 青と黄色も射程内に入って来たことから、そっち狙いにシフトが進む。この先でも緑を狙う勇者はいないだろうから、ここは2位を目指すのが得策だ。ところが、


「おい」


 緑が完全に赤を抜き去ろうかというところで、あろうことか八雲さんが龍の上に立った。


【あぁーーっと! これは、これは・・・!?】


「厳木とカオルーンを出しな。相手してやる」


 は・・・!?


 ペダルを漕ぐのを他の3人に任せ、そう言い放った八雲さん。4人全員が漕いでいる赤が追い付いて来るが、


「ん」


 八雲さんが顎でしゃくるだけで、赤組の運転手は蛇に睨まれたように凍り付き、停止。その後、ゆっくりと、緑の奥に入り込んで行った。これで、私たちのテント前に、障害物なく緑のドラグーンが走る構図になった。で、八雲さんの要求は、私とクーロンくんだって?


「アンタらはウチらの組でも要注意人物に指定されてる。こっちはカタギの世界。ビビッてばっかじゃメンツってモンが立たないんだよ」


「はぁ・・・?」


 いや、私はあなた方に対して結構ビビッてるんですが?


【何が起きているのでしょうか! ここでは声が聞こえてきませんが、現地に派遣している実行委員によりますと、八雲さんが厳木さんとカオルーン君に宣戦布告しているとのことです! 何ということでしょう!】


 マジで、“何ということでしょう”だよ。どうすんだよこれ。


「うガーーーーーーーッ!!」


「げっ!」


「「「わーーーーーーっ!!」」」


 ついにクーロンくんに脱出された。


「ム! まだいたカ! 強いキを持つもノ! オラと勝負ダ!!」


「来いよ、暴君カオルーン」


 マジか。


「ヤッ!」


 クーロンくんが投げたボールを八雲さんはヒョイッと飛んで避けた。反射神経で何とかなるレベルじゃないから、相手の動きを見てどこに飛んで来るか予想したのだろう。


「ムムムムム・・・! これでどうダ! ハッ!」


 クーロンくんは2個のボールを同時に投げた。縦に並び、飛んで避けるのは困難なものだったが、


 ひらり。


 八雲さんは体を反らしながら飛び上がり、ゆらりと体を回し始めて体操選手のスローモーションのような感じになり、体が完全に水平になったその瞬間にボールが上下を通過。そのまま体の回転に合わせてスラリと長い足を下ろして着地した。


「なにッ!」


 今のを避けられたことにはクーロンくんも驚きを隠せない。


【うぉぉーーっ! 八雲さん、華麗な動きでカオルーン君の攻撃を躱したーーーっ!】


「ムムムゥ・・・!」


 悔しさを滲ませるクーロンくん。そうか、普通に戦ったら竜巻起こしとか衝撃波ができるが、ここではボールを投げることしかできない。その状況を利用して、クーロンくんや私が八雲組にとってどれ程の脅威になるのか試そうって魂胆だな。


「アンタは何もしないのかい、マッド才媛」


 何もするもしないも、実行委員に徹底マークされてて生身での戦いを強いられてるからな。今日はほとんど普通の女子高生なんだよ。


【あっ、これは、八雲組の皆さ・・・チワーーーッス!! え!? はい・・・あ、はい。はい。はい。分かりました】


 なんだ? どうした放送席? 八雲組が詰めかけて来たようだが。


【えー、只今実行委員会にて協議されまして、今のこのタイミングに限っては、厳木さんにあらゆる手段の使用を認めることとなりました】


 絶対今の協議なんてしてないだろ。普通に脅されてただろ。


「ほら、来いよ」


 やるしかない、か。八雲組も公認なんだ。指をトばされることはないだろう。


「いいわ。乗ってあげる」


 まず私はロボットアームを召喚し、邪魔なテントと後ろの方にやった。屋根がなくなったところで、ミニバルーンで上昇。更に、


「とっておきを見せてあげるわ」


 私としてはヤクザとは関わりたくないのだが、向こうが私の力を確かめたいっていうなら、見せてあげようじゃないの。ロボットアームは1本や2本じゃないぜ? いでよ! からくり千手観音!


 実際は千どころか百もないのだが、とにかく大量にロボットアームを召喚。


「へ、へえ・・・」


 これには八雲さんの顔も少しひきつる。その後ろで、ペダルを漕ぐのが3人になった緑のドラグーンをこそこそを抜いて行く赤・黄・青のドラグーン。あっちは別にいいや。


「みんなは下がってて!」


 普通の人間が投げるボールなんて殴る蹴るで弾き返されるのがオチだ。だが? ロボットアームちゃんのものならそうはいくまい。クーロンくんのようなバケモノじみた火力はないが、


「っせい!」


 30本の腕から投げられるボールが、八雲さんを襲う。殴って弾き返すなんて無理で、できたとしても防御だろう。


 バァァン!


「マジか」


【あぁーーっと! 謎の乱入者が厳木さんの攻撃を止めたーーっ!】


 “謎の乱入者”は、言うまでもなく八雲組の皆さん。4人いて、飛び上がって腕を顔の前でクロスし、私が投げたボールを防いだ。その上で、


 シュバッ!


 勢いを失ったボールをつかんで投げ返してきた。だがこっちには30本の腕がある。敵の反撃に対してロボットアームの張り手でボールを弾き返し、それがまた防がれては投げ返される。


「こっちからも行くよ」


 八雲組のメンバーが盾に入ったことでボールが散らばり、緑のドラグーンの上に5~6個ほど乗っかった。八雲さんの手にも1つある。


「オラも行くゾ! ヤッ!」


「チィッ!」


 クーロンのボールは人間が防御できるようなものではないので、これは躱して対処するしかない。そんな感じで、ソフトバレーボールの投げ合い打ち合いが続く。


【何ということでしょーーう! 正に異次元の領域! “絶対に敵に回したくない四天王”の名前は伊達ではなかったーーーっ!】


 その後も赤組の生徒たちが後ろの方で呆然とするなか私たちの攻防は続いたが、


 スタッ。コク。コク。バババッ。


 3人がペダルを漕ぐことで進むドラグーンが私たちのエリアを出ようかというところで、八雲組の面々が地面に下り、何やら頷き合い、バババッと散らばってこの場を去った。


「ヤッ!」


「おっと」


 クーロンくんの最後の攻撃を八雲さんが躱し、


「楽しませてもらったよ。またな」


 彼女は前を向いて座った。この競技自体も勝つつもりなのか、ペダルも漕ぎ始めたようで加速した。次は緑組のエリアなので、妨害を受ける他の3チームとの差を詰めていく。八雲さんと一緒に乗ってる3人はやけにぐったりしてるけど。

 後に同乗者は語ったと言う、「あの戦いの中にいた時は生きてる心地がしませんでしたよ。早く抜け出したくて必至に漕ぎましたね」と。


 緑組のエリアを抜けた先は黄組のエリアで、そこでも八雲さんは龍の上に立ち上がったが、今日は神の力 (ガチ)を失ってる星岡が出て来なかったのか、苛立った様子でまた座った。

 後に同乗者は語ったと言う、「あの舌打ちを聞いた瞬間、体が石になるかと思いましたよ」 と。


 結局、黄組や青組には八雲さんの乗る緑を狙うような勇者はおらず、彼女のチームは普通に前のチームにほとんど追い付いた。


【うぉぉぉぉ~っ! 4チームほぼ団子の状態で後半戦に突入だぁ! 皆さん、総合暫定1位は赤組です! 蹴散らしましょう!】


 やはり集中砲火を浴びて3位に転落していた赤組だが、地力のペダル漕ぎが速いからか大して後れを取っておらず、青・黄・赤・緑の順位で一般客エリアに突入。放送席の言う通り差はほとんどない。


「それー!」


「やあー!」


「1位なら狙っていいっしょ!」


 もちろん赤組生徒の家族は他のチームを狙うのだが、やはり全体的には“総合暫定1位のチーム”という心理が働き、赤組狙いが多い。もちろん、街のみんなも八雲さんの顔は知ってるので、緑は狙われない。


【皆さん、その調子です! 赤組の2連勝は阻止しましょう!】


 2連勝阻止どころか、普通に4位になりそうだ。もう緑に抜かれたし、青や黄色に追い付けそうな雰囲気もない。


「あちゃー、やばいねー」


「でもここで4位なら、3年生の時も妨害タイム最後になるんでしょ?」


「それはそうなんだけどね」


 多分、簡単には勝てない。1年生の時とは違って、他チームは最初から赤組を重点的に狙ってくるだろう。クーロンくんが控えてる以上、下手に他のチームを遅れさせると共倒れになる。私が他チームだったら赤しか狙わない自信があるね。


 次の心配をしてる間に、


【緑組、1位でゴ~~~ル!】


 地力で一番速い上に八雲さん効果でボールが飛んでこない緑が1位。案の定、赤組は4位に下がっており、青が2位、黄色が3位という順でゴールした。


【先ほど1位だった赤組が4位! いいバランスになりましたね! しかし今度は赤組の妨害タイムが最後に戻ります! ここをどう切り抜けるかがカギとなるでしょう!】


「よーっし! みんな~、戻るぞ~!」


「緑がさっき2位で今1位だったんだから、落とさなきゃ!」


 そのとーり。他チームが赤組を狙うように、こっちだって好調のチームを狙うのさ。また緑に負けるようだと響くからな。もちろん3年に八雲さんのような人物はいない。



 移動を終え、最後、3年の操縦によるレースが始まる。


【さぁ、”ドラグーンパニック”、最後の3回目! 皆さん頑張りましょう!】


「位置について、よーーい、」


 パァン!


 スタート。今度は一番内側でのスタートだが、それは一番後ろからのスタートということでもあり、前のチームに追い付けなかった場合は、


「よっしゃー!」


「いけー!」


 狙われることになる。たださすがに、赤組しか狙わないという露骨なことはなく、ちょくちょく青や黄色にも分散されている。しかし当然、次の青組エリアでも赤組狙いが多い展開になった。


【やはり! やはり暫定1位の赤組狙いが多い!】


【次の騎馬戦もカオルーン君のいる赤組の勝利が濃厚ですからね。最後の“レインボーリレー”にもカオルーン君が出ますから、ここで差を付けられる訳にはいかないでしょう】


 観戦する立場からすれば、早い段階で優勝が決まってしまうのはつまらない。状況的にも赤組狙いは妥当な戦略という訳だ。だが、こっちも黙って狙われ続けてる訳にもいかない。


「クーロンくん、ゴーよ」


「ウム!」


 どうせ狙われるんだから、徹底的に敵として立ちはだかったやろうじゃないの。泥はナメてもマッドサイエンティストはナメるなよ?


「ヤッ!」


「嘘ぉ!?」


 まだ4体のドラグーンはここから黄色を挟んだ奥の青組のエリアを走っているが、クーロンくんの腕力ならば狙撃可能。後半の一般席エリアでは生徒による妨害はルール違反となるが、


【あぁーーっと! くっ、しかし、他チームのテント前への狙撃を禁止するルールはありません!】


 そういうこった。新競技なだけに、まだまだルールに粗い部分が目立つ。応援席同士もほぼ隣接してるから境目が曖昧だしね。


「いいぞカオルーン!」


「これくらいやんないと割に合わないぜーっ!」


「もっとやっちゃってーー!」


 ドラグーンに乗る選手たちの正面方向からの狙撃ということもあり、今1位を走っている青組が必然的に狙いやすい。間もなく黄組エリアに突入するタイミングで、クーロンくんが青組を失速させたために1位が黄組に入れ替わりそうだが、ルールの粗さを利用するのは私たちだけではなく、


「赤組の好きにさせるなぁ!」


「うわっ! 黄組の奴ら直接こっちに攻撃してきやがった!」


 隣の黄組は、私たちのテントに直接ボールを投げ込んで来た。


【あぁーーっと! もはやドラグーンとは関係ない場所で争いが始まってしまいましたぁーーーっ! しかし! これも禁止するルールがありません! いいぞ、黄組! やっちゃえよ、黄組! Fu-------ッ!!】


 なんで妙にノリノリなんだよ。


「クーロンくんは龍の乗り物狙いで! 左側にいる人たちで黄組と応戦よ!」


 そんな訳でもう、隣り合うテント同士で雪合戦状態になった。


 しかし、前半の最後は私たちの赤組エリア。他3体のドラグーンにクーロンくんの攻撃が入ることもあり、何とか逆転して赤組1位で後半戦に突入した。


【皆さん! 赤組が1位でやってきました! 狙い撃ちましょう! ファイヤーーーー!!】


 そのコールに結構な人が便乗し、集中砲火を浴びる赤組。2位の青組がやってくるとそっちにも多少は行ったが、やはり赤狙いが多い。


「なんか狙われてばっかりなんだけど~っ」


 口を尖らせる鈴乃。


「ま、1位のサダメってやつね。私はこのアウェー感、嫌いじゃないわよ? この雰囲気の中で勝って奴らの悔しがる顔を見た時の爽快感ったら、たまらないわ」


「鏡子って、そういう性格だもんね」


「ジャンケンで負けて借り物やらされた上に萌え猫のコスプレ引いた鈴乃ちゃんに言われたくはないわ」


「ホンットあんたって、そういう性格よね・・・!」


 結果が全てだ。悔しかったら来年のおみくじで大吉を引くんだね。


 さて3年の”ドラグーンパニック”だが、


【青組、1位でゴ~~~ル! みんなの力で赤組の1位を阻止しましたーーっ! ありがとーーーっ!!】


 なんかヒーローショーみたいな感じになってるし。しかも2位は黄組で、我らが赤組は3位。何とか緑には競り勝てたようだ。


【以上で新競技の“ドラグーンパニック”は終了で~す! 来年また新たな進化を遂げて帰って来ることでしょう!】


 改善の余地は多大にあるな。ルールは生徒会が考えるとして、ドラグーン本体に改良が必要となれば私も仕事が得られるって訳だ。いい商売だぜ!



【続きまして、第17種目、騎馬戦です。出場選手の皆さんは、準備を始めてください】


 よーし次は勝利確定の騎馬戦だな。


「カオルン君頑張ってね~!」


「ウム! 勝って来るゾ!」


「「キャーーーッ!」」


 などというお約束なやり取りがありながらも、選手たちがフィールドに向かう。


 ルールは至って単純で、3人で作られた騎馬に1人の騎手が乗り、ハチマキの代わりのツバ付き帽子を奪い合う。ハチマキじゃなくなったのは、髪の内側に隠して掴みにくくしたり、ハチマキを引張って騎手を落としたりする人がいたかららしい。指が目に当たることも起きたのか、素手ではなくミトンを装備して帽子を奪うことになる。もっとも、去年の初戦はクーロンくんの一撃で全滅したのだが。


 今年はそのクーロンくんから武術を奪い、彼のいるチームに他3チームを向かわせるという構図にしたかったのか、去年はトーナメントだったものが今年はバトルロイヤルになった。なお、1~3年合同であり、1戦限りだ。


 赤・青・黄・緑、それぞれの色の帽子をこの人数でかぶる姿は幼稚園か保育園かのような光景でもあるが、競技は騎馬戦なので男子が多く、もちろんみんな高校生で、荒っぽいことをする人もいるため微笑ましさはゼロである。


 女子が騎手として出ることもあり、普通に騎馬戦やってみたいって人、ヘボ男子をやっつけるという好戦的な人、か弱い乙女アピールで狙われないようにしてタイムアップまで生き残る戦術を取る人など、色々いる。


 あっ、そういえば。


「セーーーフ」


 八雲さんはいないだろうなとキョロキョロしていると、一般席にいる八雲組メンバーと一緒にいる姿が見えた。どうやら出る気配はなさそうだ。助かったぜ。いや、向こうとしてもクーロンくんと取っ組み合いになる騎馬戦は避けたといったところか。


【みなさん、準備はできましたでしょうかー? 間もなく開始しまーす!】


 騎馬の数は、各クラス2騎なので各チームで12騎、全48騎となる。赤組の作戦はもちろん、“攻撃はカオルーンに任せて他は逃げ回る”。そうこうしている間にクーロンくんが全滅させてくれることでしょう。彼の騎馬には、ラグビー部、レスリング部、ボディビル部の屈強な戦士を取り揃えてある。


「位置について、よーーい、」


 パァン!


 騎馬戦スタート。生徒会の思惑通り他のチームが共謀してクーロンくんを狙ってくれるかだが、


【あぁーーっと! これは・・・!】


 4つの陣営は正方形を作るように分かれているのだが、赤組の左前方にいる青組、右前方にいる黄組はそれぞれ、赤組の対角にいる緑組に向かって行った。


【青組と黄組! カオルーン君のいる赤組を避けて緑組の方へ向かったーっ!】


 おそらく彼らの作戦は、“カオルーンから逃げつつ他を削って2位を狙う”といったところだろう。生徒会、残念だったね。妥当すぎて涙も出ないだろう。


「よシ! オラたちも行くゾ!」


「「「ウォッス!」」」


 緑組の方に騎馬が集まって行く中、赤組の特攻隊長・クーロンくんの騎馬もそっちに向かう。他の赤組の騎馬はしばらくポツーンとしていたが、


「カオルーンが離れたぞー! 狙っちまえー!」


 クーロンくんから離れたい騎馬は、必然的に緑とは対角の赤の方にも集まることになる。しかしそれをクーロンくんが許すはずもなく、彼は急旋回と取り、まずは青組の騎馬を狙った。


「わーーっ! 逃げろーーーっ!」


 さっそく乱れる青組陣営。彼の騎馬に追い付かれたが最後、目にも留まらぬ速さでシュバッと動かされた手で、あっさりと帽子を取られてしまう。

 彼の騎馬を務める3人はいかにも脳筋って感じに見えるが、だからこそ目に付いた相手に迷わず飛び込んでいるようで、


【あぁーーっと! 青組の騎馬が次から次へと脱落していくーーっ!】


 クーロンくんの手によってサクサクと青い帽子が奪われていく。そしてちゃっかり、その安全圏に入っていく赤組の騎馬たち。一応は、クーロンくんから逃げた騎馬を囲んで帽子を奪ったりもしている。


 それでも赤組の塊から逃れる騎馬もいるが、


「青組を潰せぇぇ! 奴らを4位にするぞぉぉぉ!!」


「「「うぉぉーーーっ!」」」


 1つでも順位を上げたい緑や黄色が、赤組の魔の手から逃れた青組を狙い、潰していく。そして、


【青組、ここで全滅ーーっ! あっと言う間の崩壊劇でしたーーっ!】


 青組が全滅。さて次にどっちを狙うかだが、


「ド・チ・ラ・ニ・シ・ヨ・ウ・カ・ナ!」


 黄色に決定。日頃の行いが悪いようだね、君たち。


「逃げろーーーっ!」


「「「ワーーーーーーッ!!」」」


「待てーーーーーーッ!」


 逃げ惑う黄組の騎馬たち。しかし、クーロンくんのみならず、なんだかんだで慣れてきた他の赤組の騎馬、2位になりたい緑組の騎馬にも狙われることになり、


【黄組も全滅してしまったーーっ! 残るは赤と緑の一騎討ち! 緑組、いかにしてカオルーン君を攻略するのかーーっ!】


 作戦でなんとかなるレベルじゃないだろ。で、緑組の面々が取った戦略だが、


「みんな行くぞぉ! 当たって砕けろぉぉ!!」


「「「うぉぉーーーっ!!」」」


 結局そうなった。もう2位が確定してるからね。


「来イ!」


 クーロンくんが待ち構えるのと、


「赤組! 迎え撃てぇ!!」


 勝ちが見えてるからノッてきた赤組の面々。そして赤対緑の合戦が始まったが、


【あぁーーっと! やはり暴君カオルーンを前に緑組の騎馬が倒れていくーーっ! 為す術なしかぁ~~っ!?】


 絵に描いたように、緑の帽子が奪われていく。なんだかんだ言いながら奴らもクーロンくんを前にすると尻込みしてるのと、欲張って他の騎馬を狙いに行ったところをやられるなどしている。そして・・・、


 パン、パァン!


【勝負あり!! 緑組全滅により、赤組の勝ちです! 1騎も落とさない完全勝利となりましたーーっ!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」


 勝利に沸く赤組テント。


「いやーもーアタシちょー写真撮りまくったよ」


 今日、女子たちのスマホにはどれほどクーロンくんの写真が収められたのだろうか。


【いやぁ、さすがというべきか、ほとんど一網打尽でしたね!】


【そうですね。しかし、ここでの赤組の勝利は想定内。最後の“レインボーリレー”にもカオルーン君が控えている中、残りの2種目がどう動いていくかに注目したいところですね】


 残り2種目か。大詰めになってきたな。


【さぁ騎馬戦も終了し、残り2種目となりました! 今年の体育祭もいよいよクライマックスに突入していきます! 優勝の栄冠はどのチームが獲得することになるのでしょうか!】

次回:クライマックス!

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