第27話:トラブルはディナーの後も
「すみません・・・出航時刻、9時じゃなくて19時でした・・」
伊東、痛恨のミス。出航前に降ろすはずだった私たちを乗せたまま、船は動き出してしまった。今は7時15分過ぎだが、それくらいの遅れは発生するだろう。
「えっ、ちょっ、ヤバくない!?」
ヤバいよ? かなりヤバいよ?
「・・・・・・!」
自社印刷のパンフレットを持っている伊東の手が、プルプルと震えている。パンフレットが合ってるならツアー参加者は無事に戻って来てるだろうけど、私たちは降り遅れた。あちゃー、やらかしちゃったねえ。
「次の寄港先、台湾って言ってたわねえ」
「どうすんのよ鏡子!?」
「い、急いで交渉してきます!」
「待った待った!」
今にも走り出さんという伊東を、腕ずくで止めた。
「審査してない人が乗ったまま出航したってなったらその時点で大騒ぎでしょ。さっき自分で言ってたじゃん?」
「し、しかし・・・!」
このまま台湾まで連れて行かれるよりはマシだ。既に密航未遂だし、これバレたらブラックリスト入りも有り得るぞ?
「あ、このまま最後まで乗ったままってのはどう? なぁんちゃって・・・」
田邊さんが、ダメだろうなぁという苦笑いを隠さずに提案。確かに寄港先の港で降りるかどうかは自由なのだが、
「一番最後には全員下船後に審査だから無理ね。罪が重なるわ」
「だよねぇ・・・」
厄介なことに、今回のツアーは海外経由だ。
「ま、私に任せて」
という訳で、デッキに移動。伊東はもう顔面蒼白で、私たちの後ろについて来ていた。大変だねえ、社会人。バレたら完璧にクビっしょ。
デッキに到着。広い場所はそこそこ人もいるけど、幸いにもディナータイムだし、歩き回ればそうじゃない場所もある。
「まずはこれで、」
私はポケットから出したものを、親指で弾いた。
「なに今の?」
「蜃気楼玉よ。周りの人に都合のいい蜃気楼を見せることができるわ。今回の場合は、ここに誰もいないように見えるとか」
「なるほどぉ~。さすが厳木さん」
「で、その後はどうすんの」
「定番中のド定番」
続いてボワワ~~ンと現れたのは、ちっこい気球が3つ。
「ミニバルーンよ。鈴乃はお馴染みよね。これに捕まれば空飛べるから」
「え、まじ!? 空!?」
「さ、早く行くわよ。あんまり離れるとガス欠で届かなくなるから」
「それヤバいじゃん!」
という訳で、しゅっぱーつ。
「そんじゃ伊東さん、ばいばーい」
「「ありがとうございました~」」
「すげぇ・・・」
気球につかまりながら、唖然としている伊東に手を振ってお別れ。
「おぉ~っ、すっご~~い」
田邊さんは楽しそうだ。上昇と下降は火力の調整で、進行方向はスクリューの向きで調整できるから、色々いじって遊んでいるようだ。気球なのに方向転換も自在だなんてスグレモノだろ?
「あんまり離れないでよ? 蜃気楼の範囲から出ちゃうから」
「は~~い」
しばらくして、田邊さんは近くまで戻って来た。
「楽しいねこれ!」
「船からはだいぶ離れたけど、あんまり高い所には行かない方がいいわよ」
「なんで?」
パァン!
「こういうことがあるからよ」
「え?」
田邊さんが見上げた上では、気球が割れていた。そこにいたのは、1羽のウミネコ。
「ウソ!? きゃーーーー!!」
がしっ。落ち始めた田邊さんは私の腰にしがみついた。
「ちょっ、定員オーバー、定員オーバー!」
気球は少しずつ高度を下げていく。
「なんで!? アタシら2人でも100キロないっしょ!?」
「80キロまでなのよ、これ」
「えぇ~! それじゃ129キロのロボット飛べないじゃん!」
何の話だ。
「あ、じゃあ鈴乃のも合わせれば3人いけるんじゃない?」
「いけるわね」
鈴乃の体重は私プラス1キロだから大丈夫だ。プラス1キロだから。
(なんかムカつくこと考えられた・・・!) by 大曲鈴乃47キロ。
「鈴乃~~!」
田邊さんのヘルプの声に応え、鈴乃が近づいて来る。そして、
「ふぅ、助かった~」
と思うじゃん?
パァン!
「「え?」」
こうなるんですよ。
「ウソでしょ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~!!」
「ちょっと鏡子! 何とかして!」
「不時着するしかないわねえ」
私はポケットからカプセルを取り出し、
ボワワワ~~ン。
ゴムボートを出した。そして何とか3人そろって着地。
「なんでタダのボートなのよ。この間のホバークラフトは?」
「あれはまだメンテ中よ。誰かさんのせいで浸水したから」
「あれは鏡子のせいでしょ! 全く・・・」
「でもエンジンっぽいの付いてんじゃん! これ動かせるのよね?」
「もちろん動くわよ。私が作ったんだから」
「もしかして、鏡子が操縦・・・?」
「鈴乃がやる?」
「ムリムリムリムリ! って鏡子もダメでしょ! 免許は!?」
「手で漕いでたら夜が明けるわよ。それでもいいの?」
「ムリムリムリムリ! もっとムリ!」
だろ? 自分もピンチだからって無免許運転を許可するたぁ、鈴乃も人間だね。
「心配しなくても女子高生がゴムボートで沖合いから現れたらそれだけで警察呼ばれるから
「不安しかないわよ!」
「密航バレるよりはマシだと思って?」
「ホントよ。もう・・・」
「てかさっきの使えないの? 蜃気楼玉」
「あれは効果時間が短いから。それに、他の船が近付いてきたらレーダーに引っ掛かっちゃう」
「そっかぁ~」
「大丈夫よ紀香。反省文書かされるのは鏡子だけだから」
それじゃ私が安心できないんだが?
「あ、そうなんだ。さすが厳木さん」
“さすが”ってどゆことですか田邊さん。
「ま、これも1つの楽しみってことで」
ブォォォォォン!
しゅっぱーつ。
「おぉ~~」
夜の海を、ゴムボートで突っ走る。
「あ、やっぱ海って冷た~い」
田邊さんは海に手を突っ込んでいる。そうそう。何事も楽しまなきゃ負けよ。
「ギャー、ギャー」
ウミネコが近くに寄って来た。
「あ! さっきはよくもやってくれたな~!」
田邊さんが、虫をつかまえようとする猫のように手をヒョイヒョイと動かす。
「紀香、落っこちないようにね?」
「わかってるって」
尚もウミネコとじゃれる田邊さん。最終的にウミネコは田邊さんの猛攻をかわしきり、ボートの淵に着地した。
「ちょっ、ヤバっ! 離れろっ!」
「大丈夫よ。こっちは鳥のくちばし程度じゃ割れないから」
しかし、
べちょ。
「あ」
このやろう、フンをしやがった。私は立ち上がる。
「ちょっ、鏡子! 前! 前!」
ちょっとぐらいは大丈夫さ。
「てんめーやりやがったなこのぉ? 焼き鳥にして食うぞこのボケがぁ」
「ギャーギャー、ギャー!」
あ? なんだ? ケンカ売っとんのかワレ?
「ギャー! ギャー! ギャギャギャー!」
何か文句ありそうだなコイツ。翻訳玉食わしてみるか。まあ? まともに言葉を話せる知能は無さそうだけど?
パクッ。
ウミネコに翻訳玉を投与。その口から語られたのは、
「テメー! 花火の次は密航と無免許運転かよ! 堂々と犯罪ばっかやって、それで胸張って歩けるのか! 生きてて恥ずかしくないのか! あ!?」
「「「・・・・・・」」」
絶句。
「テメー、ロクな死に方しないからな! させないからな! おてんと様は見てなくても、オレたちはちゃんと見てるからな! アバヨ!」
バタバタバタバタ。ウミネコは飛んで行った。
「「「・・・・・・」」」
えぇぇぇ。なんだったんだ今の。
「あはは・・・ウミネコに怒られちゃったね」
「大丈夫よ。鏡子だけだから。 良かったじゃない。素敵な死に方できるらしいわよ?」
「返り討ちにしてやるわよ。私にケンカ売るとはいい度胸じゃねぇか。あぁ~ん?」
その後はボートの操縦に戻り、しばらく進んでいたのだが、
「あ、また来た」
またウミネコが来た。しかもたくさん。
「いたぞー、犯罪者だー」
「「犯罪者だー」」
なんでデフォで喋れるんだよお前ら。
「「「いーけないんだ、いけないんだ。おまわりさんに、いうてやろ」」」
そして大合唱。なんかムカつく。
「お前さ、アイツどう思う?」
「ナイナイ。ありえナイ。犯罪に手ぇ染めといて平然としてるやつなんかね」
「平然どころかむしろ上等ってカンジじゃんアイツ。人として終わってるわー」
随分と言いたい放題だな。鳥に人間否定されたの初めてだぞ?
「お前の母ちゃんでーべそ。孫の代まででーべそ」
「孫の代って・・・」
田邊さんが冷静にツッコミを入れる。てか、まじ、何なの、こいつら。
「よし、お前ら、1匹ずつ降りて来い。順番に料理してやる」
「うわー、料理だってー。犯罪者はやっぱ野蛮だねー」
「「「はーんざいしゃ、はんざいしゃ♪ きゅうらぎきょうこは犯罪者♪」」」
遺言はそれで満足か?
「ぷぎゃっ!」
私はロボットアームを取り出して、適当に1匹つかまえた。
「離せ! 離せ! 野蛮人! 犯罪者! サイコパス!」
「私はマッドサイエンティストだ」
上からもピーピーギャーギャー叫ぶ声が聞こえて来る中、ウミネコはアームの中でもがき続けている。
「離せ! 離せ! オレに手ぇ出したら呪ってやるぞ! あの地球人のように!」
どの地球人だよ。
「鏡子、そろそろ離してあげたら?」
(また襲われるのもヤだし・・・)
鈴乃がそう声を掛けるとウミネコは鈴乃の方を向いた。
「おお、なんと麗しい。この野蛮人とは大違いだ!」
「あら、その子は人を見る目があるみたいね」
きっと目がトリなんだよ。
「でもオマエ、なんか、ヤバいのが憑り付いてる。報われないね、こりゃ。ドンマイ」
「余計なお世話よ!」
「はっはっは! 面白いわねコイツ?」
そしてウミネコは、今度はは田邊さんの方を見た。
「な、何よ・・・」
昼間のこともあり、少し身を引く田邊さん。でも流れ的に、めっちゃ褒められそうだな。
「オマエ、さっき、タイジュウ、ごまかしただろ。キュウラギとオマエ、足したら100キロなるぞ。ヤセロ。ウソつくな。現実をミロ」
おぉっとぉ。まさかの爆弾発言。
「厳木さん、そいつ握りつぶしてくれる? 骨の髄まで」
「はいはーい」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」
苦しむウミネコ。とりあえず田邊さんは怒らすと怖いの確定だな。教えてくれてありがとさん。
ここいらで解放してやった。
「あっ。もうちょっと苦しめて欲しかったのに」
「の、紀香・・・」
私たちを罵って満足したのか、ウミネコたちは去って行く。
「ジャアナ! 犯罪者! 疫病神! 55キロ!」
「今度会ったら焼き鳥だかんな!」
「疫病神とか言わないで!」
「54キロよ!!」
アハハハハと笑うウミネコたちを、私たちは憎むように見送った。
「はぁ、ホントもうサイアク・・・」
鳥に体重を暴露され、肩を落とす田邊さん。
「まあ田邊さんちょっと背ぇ高いし、ぽっちゃりって感じでもないからそれぐらいの方が男ウケは良いんじゃない?」
実際、165センチ超えで54キロは、割と普通だ。田邊さんは筋肉量もそこそこだし。
「えー、ヤでしょー。男子どもの目の保養になるのは。二の腕とかむっちりよ」
あー、そりゃちょっと脂肪もあるねー。
「ダイエット食、いる?」
「どんな副作用があるのよ」
田邊さんに提案したのに鈴乃から横槍が入った。
「揚げ物とスイーツを食べると吐き気に襲われるわ」
「痩せる理由そっちじゃん!」
そうでもしないと欲望に負けちゃうだろ?
「あはは、やめとく。スイーツ無しは、ムリ・・・」
負けるの早いよ田邊さん。見た目に反して侮れないのは確かだが、割と普通の女子っぽいとこもあるんだな、この人。確かにレディフェでも結構食ってたからねえ。
その後は何事もなく進み、埠頭に着く前に途中で船に拾われ、漁業組合のお世話になり、「また君か」と言われてパトカーで送り届けられた。
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生徒会からゴーサインが出たので日曜日は体育祭用の乗り物作りに専念し、月曜日。
「なぜ呼ばれたか、分かるな」
私は案の定、担任の君津に呼び出されていた。
「だからなんで私だけなんですか」
「女子高生が沖でボートに乗っていた時点で、お前しかいない」
「そんなことはないです! 日本中探せばいるはずです!」
「“無許可で”に絞るとお前だけだ」
「何ですかそれは! もっと生徒を信じてください!」
「信じているからこそ、お前しかいないんだ」
「そのセリフちょっとキモいですよ?」
「うるさい。とにかく、」
バン。
「反省文だ。書いてから帰るように」
「生徒会に頼まれてるやつ作んなきゃいけないんですけど」
「だったらトラブルを起こすな。ネットではドーピング検査に加えて、女子高生が沖でボートっていうのも噂になってるぞ」
「え、マジ?」
「漁師の爺さんを甘く見ないことだな」
君津が卓上のパソコンに映し出したのは、SNSのサイト。そこには、昨日拾ってくれた漁師さんのアカウントで、
<女子高生がボートで漂流してたから助けたった>
という表示と共に、ゴムボート上でライトに照らされる私たちの姿が映っていた。ウミネコさん、肖像権の侵害も取り締まってはくれまいか。
てか、このコメントに対する返信の数すげー。合成だとかヤラセだとか、“マドコーなら有り得る”とか、そんな感じのことが書かれていた。
「真に受けてない人多いですし、大丈夫ですよ」
「既に警察のお世話になってることを忘れるなよ?」
「ケーサツもわざわざネットの噂を盛り上げるような真似しませんって」
そう言った瞬間、ポンっと新たな返信が表示された。
<俺、横浜沖のウミネコ。これ、マジだから>
ウミネコ!?
その後ネットは、更なる盛り上がりを見せた。
次回:ぎっくり腰ティーチャー




