第28話:ぎっくり腰ティーチャー
その時は、突如として訪れる。
「うが・・・!」
とある日の放課後、日直の日誌を持って来た職員室で、日本史の吉野がなんか悲鳴を上げた。どこかをぶつけたような音はしなかったけど、なんだろ。
「大丈夫ですか・・・!」
近くにいた教師が駆け寄る。君津はトイレにでも行ってるのかいないし、日誌だけ置いてあっちを見てみるか。
「う、おぉ・・・!」
吉野は、うずくまって腰を押さえていた。すぐそばにダンボールが置いてあることから察するに、腰やっちゃった系だな。
「大丈夫ですか? せぇんせ♪」
私が来たからにはもう安心だ。目論見通り吉野は、痛みに耐えながらもすがるような目でこちらを見た。
「厳木か・・・! 腰やっちゃったみたいでな・・・何とかならないか・・・!」
なんか切実そうだな。学校に救急車を呼びたくないってだけではなさそうだ。
「どうしても今日やりたい作業があるんだ・・・何でもいいからすぐにでも痛みを抑えてくれないか・・・!」
よし、言ったな? 私はしゃがみこんで吉野に耳打ちした。
「3000円」
「っ・・・お前、こんな時にまで・・・!」
吉野の顔がこわばる。駆け付けていた教師も、聞こえたのかちょっと引いてるようだ。だが構わん。私は、吉野への耳打ちを続けた。
「病院に行ったらもっと掛かりますよ。それに、今すぐ痛みを抑えたいんじゃないですか?」
「くそっ・・・は、払えばいいんだろ。でも後払いだからな・・・!」
はいはーい♪
「じゃあちょっと薬作ってくるんで、待っててくださいね」
「頼んだぞ、厳木・・・!」
てなワケで早速、化学準備室に行きますかね。
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「おっじゃまっしま~す」
化学実験室に到着。
「ちょっとちょっと、何の用です?」
ここを拠点に活動しているケミカル部の生徒に呼ぶ止められる。
「ちょっとここ借りますね?」
「困ります。危険な薬品もあるんですから、部員以外には使わせられません」
「そこにも“部員以外”がいるみたいですけど? セルシウスじゃん、やっほー」
「・・・・・・」
せっかく声を掛けたのに人を冷めた目で見ているのは、向かいの家に住む幼馴染の摂津信司である。小学生の時にカタカナ書きで“せっし・つんづ”としてしまったために私はセルシウスと呼んでいる。彼は地学研究部のはずだが、何か分析でもするのか今日は地学仲間と共に化学実験室にいるらしい。
「地学研究部からは、事前に申請があり許可を出しています。あなたとは違うんです」
随分な言い草だぜ。
「それにあなた、物理実験室を出禁になっているそうじゃないですか。そんな人なら尚更です。ここにはスプリンクラーがないんですから」
物理実験室のスプリンクラーを作動させたことまで知られてたか。確かに化学実験室にはスプリンクラーがない。薬品や金属粉には、水に触れるとアウトなものがあるためだ。
「スプリンクラーがないからここでやるんですよ。作ってる最中に水かけられたら困りますからね。いざとなったら消火器使いますから、良いですよね?」
「良いワケないでしょう!?」
うるっさいなあ。と思っていると、セルシウスからも言葉が飛んで来た。
「だいたい厳木さん、君は薬品ぐらい家にあるんじゃないの」
こいつが私の味方をしてくれることはほとんどない。確かに薬品は家にもあるが、
「日本史の吉野先生がぎっくり腰やっちゃったみたいでね、何でもいいからすぐに痛みを抑えてくれって頼まれてるのよ。家で作ってまた持って来るなんて時間の無駄でしょ? 早く先生を助けてあげなくっちゃ♪」
セルシウスにそう返事をしたあと、私はケミカル部員の方を向いた。
「化学の力で、困ってる人を助けられるんです。化学に携わる者として、これ以上の誉れはないですよね?」
私にはあるがな。何かと言うと、もちろん金だ。現ナマ3000円が私を待っている。
「っ・・・部員を監視に付けます。それでいいですよね」
「はいはーい♪」
では早速、ぎっくり腰に効く特効薬を作りましょー。本音を言えば無菌対応のクリーンベンチがあると良かったが、どうせ副作用のある薬だからいいや。というか、普通の場所でも手軽に作れるのと引き換えに副作用がくっついてくる。
「ところで厳木さん、今日は大曲さんはどうしたの」
そう言ったのはセルシウスだ。こういう時は大体鈴乃が一緒だからな。
「なんか、今日は用事があるってさ。不安ならセルシウスも私を監視していいのよ?」
「気に掛けるようにはしておくよ」
「それで自分の実験でやらかさないようにね」
「大したものは使ってないから大丈夫」
そうですかい。
「それで、何が必要なんです?」
監視係となったケミカル部員が聞いてきた。棚を私に触れられたくないらしい。
「まずは、乳鉢、乳棒、それからアルコールランプを2つずつ」
「はい」
ケミカル部員が棚に向かう。なんか、アシスタントができた気分だ。この間に私は、ポケットから材料を取り出す。
「それは何ですか」
ケミカル部長が聞いてきた。別に監視係に道具を取りに行かせた隙に何かしでかそうってつもりはなかったのだが、結構な視線が私に集まっている。
「主成分はジクロフェナク、要は鎮痛剤ですよ」
「そうですか」
こっちもビジネスでやってんだ。毒なんか作りゃしないさ。
「初めから薬を持ち歩いてないの?」
今度はセルシウスからの指摘。
「飲み薬ならあるけど、あの先生、どうしても今日やりたい作業があるからすぐに動けるようになりたいんだってさ。見た感じ筋肉ヤッちゃってたっぽいから、私お手製の薬を注射するのが一番よ」
「ふーーん」
何だよその目は。
「注射用の水って保存が効かないのよ。そもそも液体は持ち運びにくいし」
「そう」
それでセルシウスは、興味なさそうに自分の作業に戻った。
「で、そっちの方は?」
ケミカル部長もしつこいな。
「イブプロフェン由来のものです。長期的な回復は飲み薬で図るんで」
このままでも飲める粉薬だが、せっかく化学室に来たんだからちょっと改良しよう。
「主成分以外には何が入ってるんですか?」
「それは企業秘密ですよぅ。真似されると商売に響きますからね」
「っ・・・」
気にすんなって。あんたが飲む訳じゃないんだからさ。
「持って来ました」
ここで、乳鉢とかを取りに行った部員が戻って来た。手袋とマスクを装備して、作業開始! 骨組みだけの台座に乳鉢を乗せまして~、その下にアルコールランプ! 左の乳鉢にはジクロフェナク系の粉を3種類、右にはイブプロフェン系の粉を2種類入れるよ!
「精製水はあるみたいね。あれと、蒸留の道具もいい?」
「はい」
マジでアシスタントと化してるな。便利だ。待ってる間に、粉の入った乳鉢を加熱。ほどなくして、ボトルに入った精製水と蒸留の道具も来たので、水をフラスコに移して点火。蒸留水は、出口から出たものが直接左の乳鉢に入るように位置を調整。
「じゃあ次で最後、生理食塩水と酢酸をお願い」
「はい」
さぁ~て、乳鉢があったまってきたし粉ちゃんを擦り合わせますか。
「「「・・・・・・」」」
結局、ケミカル部一同がこっちを見ている。監視のつもりなのか、単純に私の作業に興味があるのか。生理食塩水と酢酸も届いたので、適当に机の上に置かせた。
さて、実はアルコールランプでは火力が足りない。仕方がないので、ポケットから新たに粉を取り出して、部長に何か言われるよりも先にランプの炎めがけてパッと投げた。
ゴォォォォォォッ。
「ちょっと! 何を・・・!」
「おぉっとぉぉ。近寄らない方がいいですよ? 唾の1つでどうなるか分かりませんからね」
「っ・・・あなたね・・・!」
過ぎてしまったものは仕方がない。そこで見守っててくれ。すると部長は、消火器のある方に歩いて行った。
「いざという時は、使わせてもらいますからね」
「吉野先生に消火器の粉を飲ませるつもりですか?」
「飲ませなければいいでしょう!」
全く、融通の利かない部長だぜ。そんなんで化学実験とかできるのか?
「・・・・・・」
セルシウスも、自分の作業を止めてこっちを見ている。ありゃ、何かあればこっちに飛んで来そうだな。
蒸留水が、ポタリ、ポタリと左の乳鉢に落ち始める。混ぜ続ける必要があるが、それで左手が封じられると不便なので、ロボットアーム召喚。
さて、右の乳鉢も良い感じで熱くなってきたので、酢酸を投入するとしよう。分量を量るなんて面倒だから、キャップを開けてちょいちょいチョイッ! 乳鉢が見えないほどに炎が燃え盛っているが、ロボットアームを使えば熱くない。
乳鉢がアッツアツなので酢酸はすぐに揮発してしまうが、粉に垂らしさえすれば大丈夫だ。最終的な完成品も固体だしね。
そうこうしているうちに、左の乳鉢に水が溜まってきた。蒸留水の供給はここでストップ。右の乳鉢の、一時的に強くなっていた火が本来のアルコールランプのものに戻ったところで、
「続いて生理食塩水を~♪」
生理食塩水は、両方の乳鉢に必要だ。キャップを開けてそれぞれに垂らす。左の乳鉢の方は、このまま混ぜ合わせて最後に冷ませば完成だ。右の乳鉢は、もう一度だけ火力アップ用の粉を火に投げ込んでから、高温状態でプレスする必要がある。てなワケで早速実行。
ゴォォォォォォッ。
「あなた、また・・・!」
「まあまあ、さっきと一緒ですよ」
「全く・・・」
さて、ロボットアームで乳鉢を支え、別のアームに乳棒を持たせてプレスしよう。ぎゅぅぅぅぅぅぅっ。
その作業をしている真っ最中に、ガララララッ、と誰かが外からドアを開けた。
「厳木ー、吉野先生が薬はまだかって・・・ってオイ!」
体育教師の権藤だった。多分、机の上で燃え盛る炎を見て驚いたのだろう。権藤はすかさず走り出した。手にペットボトルの紅茶を持っており、それを使って火を消そうとしているようだ。
「権藤先生! ちょっと待っ・・・!」
ケミカル部長の制止も間に合わず、権藤はペットボトルを持ったまま腕を振り中身の紅茶を飛ばして来た。
飲み薬は紅茶が多少混ざろうが構わないが、注射薬の方にはあんまり混ぜたくないな。飲み薬にも混ざらないに越したことはないので、私はアームで乳鉢を2つとも抱えて、後ろに退避した。アルコールランプの火に多少の水が掛かるぐらいも、大したことではない。
「厳木さん! 粉!」
「え? ・・・あ」
セルシウスの声で気付いた。机の上に、火力アップ用の粉を残したままだった。あれは水を掛けるとアウトなやつなんだよなぁ。もう間に合わないね皆ゴメン☆
ボォォォォォォゥゥッッ!!
「「「わあああぁぁぁぁぁ・・・!」」」
炎が大きく燃え上がり、悲鳴も上がる。ケミカル部長とセルシウスがすぐさま消火器を手に取り、火の方に向かう。薬に消火器の粉が混ざるのも嫌だな。もうちょっと離れるか。
「お前たち離れろ! ここは俺が…」
権藤がまた紅茶を掛けようとしたが、
「水はダメですってば!!」
「ぐお・・・っ!」
ケミカル部員が3人掛かりで取り押さえた。
プシューーーーーーー。
このまま、火は部長とセルシウスの手によって消し止められた。
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「もう二度と、ウチには来ないでください」
ピシャッ。
化学実験室から締め出された。こりゃこっちも出禁だな。まあいいや、その気になればいつでも侵入できるし。
「さて、ブツを持って行きますか」
薬自体は、何とか完成していた。飲み薬の方は錠剤になり、注射薬の方はケミカル部から注射器を拝借して移した。後は吉野に投与するだけだ。彼が悶え苦しんでいる職員室へと向かおう。
「失礼しまーす」
「おぉ厳木、やっと来たか」
君津がいた。この様子からすると、事情は聞いてるようだな。
「薬を作るのは結構なことだが、さっき化学実験室でボヤ騒ぎがあったって噂になってるぞ。お前また…」
「違いますよ。作業中のところに権藤先生が水を掛けたんですよ」
私は君津の言葉を遮って言った。火が上がってたからって迂闊に水を掛けないように言っとけ?
「普通はひと目みて咄嗟に水を掛けるような作業にはならないはずだが?」
「気のせいですって。そんなことより手伝ってくださいよ。注射中に患者が暴れてはいけませんからね」
「全く・・・」
そう言いつつも、君津も吉野を早く助けてあげたいのか、適当に教師を2人捕まえて吉野のもとに行った。
「う、おおぉぉぉ・・・」
吉野は、相変わらずその場でうずくまっていた。
「注射、か・・・」
私が持って来た注射器を見て顔が引きつる吉野。注射が来るとは思ってなかったらしい。
「だぁいじょうぶですって。痛くないですからねー♪」
「じゃあなんで俺は3人に押さえられてるんだ・・・?」
痛いからに決まってるだろ?
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
吉野の断末魔の叫びが、職員室に響き渡った。
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「ふぅ、はぁ、あ゛あ゛・・・・・・」
注射が終わり、吉野は落ち着きを取り戻した。
「お、おぉ・・・確かに、痛みが引いた・・・! 凄いぞ厳木・・・!」
「どういたしまして~。あ、でも、気を付けてくださいね? 副作用で、12時間後に12倍の痛みに襲われますから。救急車を呼べるように、ケータイを抱っこして寝た方がいいですよ?」
「は? お、おい・・・!」
「だって先生言ったじゃないですかぁ、“何でもいいからすぐに痛みを抑えてくれ”って」
「いや、話が違・・・!」
違わないだろ? でも? そんな先生のために? 救済措置を用意しましたぁ~~!
「こっちは普通に長期的な回復を目指した飲み薬です。12時間後には、多少はマシになってることでしょう」
腰はな。と心の中で呟き、
ヒョイッ、パクッ。
有無を言わさず吉野の口に突っ込み、
「ふごっ・・・!」
水も流し込んで飲ませた。
「それにはどんな副作用があるんだ?」
君津が聞いてきた。
「12時間後に猛烈な吐き気に襲われます。なので吉野センセ、今日はバケツも抱っこして寝た方がいいですよ?」
「っっ~~~~~!」
暴れんなよ。せっかく作ったんだからちゃんと飲み込みましょ♪ ごっくん♪
「・・・・・・」
薬を飲んだはずなのに、顔が青ざめている吉野。
「なあ、明日もやりたい作業があるんだが、ちゃんと来れるんだよな・・・?」
懇願する様子で、そう聞いてきた。
「聞いてませんよそんなの。細かい事情は事前に話してくれませんと」
だってあんた、今日のことしか言ってなかったじゃん。
「そ、そうだ、副作用が出る前にまた注射すれば・・・」
「そしたら延長できますけど、144倍になって返って来ますよ? やりたいことは今日のうちにやったらどうですか?」
「そ、んな・・・あし、たの、小テスト・・・」
吉野は、魂の抜けた様子で自席に向かって歩き始めた。ちょっと待ったぁ。
がしっ。
「今度は何だ」
“何だ”じゃないだろ?
「3000円です♪」
「な、おま・・・」
「教師ともあろうものが、生徒との約束を破るんですか?」
「でもっ、お前っ、この腰、治った訳ではないんだろう? それに明日・・・!」
「今、誰のお陰で歩けてると思ってるんですか? いいですよぉ別に。吉野先生は生徒に助けを求めておきながらお礼をしない人だって言いふらしますから」
「お前っ・・・悪魔にでも育てられたのか・・・!」
「大手企業で働いてる人を悪魔と呼ぶのなら、そうかも知れませんね」
「クソッ・・・!」
吉野はしぶしぶと言った様子で、3000円を払った。こっちだって化学実験室の出禁を食らったんだ。手ぶらじゃ帰れないぜ。
職員室を出る間際に、君津が声を掛けてきた。
「お前、職員室のド真ん中であんなことやってたら、誰も頼って来なくなるぞ」
「そうですか? 給料もらって働く人ともなれば、半日後はどうでもいいから今だけは動きたいって時があると思いますけど」
「お前な・・・」
「私に頼らずに済むように、気を付けることですね」
そこで私は、職員室を出た。すると、
「厳木さん!」
「ん?」
ケミカル部員が、慌てた様子でやって来た。何だよ、まだ何かあるのかよ。
「ご、権藤先生が、化学室の復旧作業中にぎっくり腰に・・・! ら、ラグビー部で大事な用事があるからすぐに痛みを抑えて欲しいそうです・・・! ぶ、部長も良いと言ってますから、来れますか・・・!?」
おいおい、何やってんだか権藤のやつ。しかし、出禁にしたばかりだというのにOKするとは、よほど切羽詰まってるようだな。化学実験室に救急隊を入れたくもないだろうからな。
「喜んで♪」
今日は水曜なのだが、吉野と権藤は木金とも休暇を取ったらしい。合わせて6000円、ゴチです♪
次回:楽しいフリーマーケット




