絶対、違う
ネイトの屋敷の応接間で
「秘書さん! これとても美味しいですね!」
と、秘書が出してくれた茶菓子である帝都銘菓『紅い隣人』をほうばりながら、カスガは満足そうに言った。
「恐縮です、ではネイト様なにか御用がございましたらお呼びください」
そう言って秘書が退出する。
「っていうか朝あんなに食べたのによくまだ食べれるね……」
リックが呆れて聞く。
「『甘い物、美女に食われたが、胃に空きがないので異世界に消化を求め転生した!』みたいな感じ?」
「いや、なんか語呂悪いから、普通に別腹で良いから…つーか自分で美女って」
「結局菓子界最強だから、消化されないの、ははは」
「ダメじゃん……」
ネイトと出会って、頬擦りラッシュが思ったよりも継続したため、このままじゃひいおばあちゃんの皮膚どうにかなっちゃうんじゃないかな、とリックが心配した頃にようやくネイトが頬擦りをやめ、屋敷に招待された。
ネイトの屋敷は帝国の重鎮に相応しく大きなものだった。他の帝都の建物と同じくレンガ造りで、本宅の部屋数は20、同じ敷地内には植物園があり、真ん中に離れもある。
聞けばエルフはたまに自然に触れないと落ち着かなくなるそうで、帝都に住むエルフへの福祉を兼ねて、植物園は無料で公開しているらしい。最低限の料金を払えば、離れへの宿泊も可能との事だ。
「しかしあのリックがこんなに大きくなってるなんてね、そりゃ私も年取るってもんだわ」
「え、全然そんなことないですよー! めっちゃ綺麗で羨ましいです!」
「そ、そう? ありがとう」
カスガとネイトの会話を聞きながら、リックは複雑な心境でいた。
ネイトの事は、母から聞いていた。母がまだ竜神族の集落『竜神谷』に住んでいた頃、ベルルスコニの母、つまりリックの祖母に会いに年一回ほど訪ねて来ていたそうだ。
ベルルスコニの父は竜神族と人間のハーフなので、ベルルスコニ自体は人間のハーフでエルフと竜神族のクォーターと言うことになる。
ベルルスコニがザックとの結婚を父親に反対され、竜神谷を駆け落ち同然で飛び出した時に、何かとお世話になったのがネイトらしい。
その後今の村(正確には村外れ)に赤子のリックと共に移住したらしい。その後も母とは手紙でやり取りしているし、リックも手紙を書いたこともある。
返事には勉強を頑張りなさいという言葉と、押し花が添えられていた。
なので話には聞いている、聞いてはいたが、身内だという実感がない。むしろ……
「ネイトさんって、『シュザイン冒険録』に出てくる、あのネイトさんなんですよね! 私何度も読みました!」
「うん、そうよ、まぁ色々と権威付けの為に誇張されてるんだけどね、まぁ大体あってるわよ」
そう、その方が印象にある。
シュザイン冒険録は、家督を継ぐ前の初代皇帝シュザインが、まだ小国の王子だった頃、神の啓示を受け、各地に仲間を探しながら冒険したという事実に基づいて編纂された、帝国誕生の歴史書兼冒険活劇だ。
そこでシュザインは魔術、武術、神学術をバランスよく使う英雄として表記されている。
その冒険録の最初に仲間になるのがネイトだ。
「『あなたとなら、国境も、種族も、時間だって越えられるわ……』ってセリフ、大好きです!」
「お菓子が異世界にいくより、ちょっとだけ感動的かもね」
そう言って優雅にお茶を飲みながらネイトがクスッと笑う。
笑った顔が少し母に似てる……そう思った瞬間、急に実感が沸いた。
しかしカスガにも来てもらって良かった。いくら身内とはいえ、やはり女性同士の方が話が弾むようだ。
「でも、ネイトさんに子供が居るなんて、知らなかったですよー、冒険録には書いてないし」
「まぁ、当時は異種族間の結婚は、今よりも偏見が強かったから。シュザインの子を妊娠したなんてなれば、子供も危ないから隠してたの」
さらっととんでもないことを言う。
カスガは驚愕して……
固まり……
きょろきょろとリックとネイトの間を何度か視線を漂わせながら……
ようやく重い口を開く。
「呼び捨てなんですか……? 皇帝なのに……」
「彼気さくだったから。公式な場では勿論、ちゃんとしたわよ」
「いやいやいやいや! そこじゃない! そこじゃない! 絶対違う!」
リックが口を挟むと、二人が『えっ?』って顔して見てくる。
「僕、初代皇帝の曾孫なの!?」
「そうだけど……隠し子だし公式な記録も無いから一切なんの権利もないわよ」
「偉い人なんだから、隠し子くらいいるんじゃないの?」
絶対、違う。自分の方が絶対正しいリアクションのはず……そう混乱するリックを差し置いて二人の会話が続く。
「まぁでも、寂しくないって言ったら、やっぱり嘘になるわよね。この年まで、こんな広い屋敷に一人で住んでると……ね」
そう言って少し寂しそうに言うネイトに
「え? じゃあリッくんにここに住んでもらえばいいじゃないですか」
とカスガがあっさりと提案する。
「あ、そうね」
その発想はなかったわ、という感じでネイトが手のひらをポンッと合わせる。
「ちょちょちょ、何勝手に決めてんの!?」
リックは慌てるが
「なんか権力的なもの行使して、リッくんの事大学にねじ込めません? ふらふらさせとくとふらふらするんで」
「可能よ」
勝手に盛り上がる二人。
カスガに来てもらって良かったと思った過去の自分をぶん殴りたい、リックは強く思った。
作中の『甘い物、美女に食われたが、胃に空きがないので異世界に消化を求め転生した!』を短編で投稿しています。よろしければご覧ください。




