意外な訪問者
帝都ノスト、貴族達の住む一画に立つ、レンガ造りの豪華な屋敷の書斎で、二人の人物が会話をしている。
大きな机に備え付けられた椅子に座った女性に、黒を基調としたシンプルなドレスを纏った女性が手に書類を持ち話しかける。
「明日の資料を纏めておきました」
「ん、ありがとう」
秘書の渡してくる書類を受け取りながら、椅子に座った女性、宮廷魔術師のネイトは楽しむことにしよう、と改めて思う。
二十代半ばから、後半くらいにかけての年齢に見える、ストレートの金髪、切れ長の目の美しい女性だ。
ただ少し特徴的な尖った耳が、流れ落ちるように滑らかな金髪の間を、清流のせせらぎを分割する岩のように飛び出している。
このことから、彼女がエルフであり、外見が実年齢の推測にはあまり向いていない事がわかる。
エルフに多い儚げな印象を彼女からは感じないのは、彼女が戦場を渡り歩いた古参の戦士だからだろうか。
彼女は初代皇帝シュザインの理想に共感し、竜神族の戦士アルルマイカと共に使えた最古参の人物だ。
彼女は書類を受け取りながら、改めて思う。何を楽しむか……それは「人との出会い」
シュザインは人との出会いを楽しむ人物だった。その中でもネイトとの出会いは格別だと言ってくれた。
その事を思い出すだけで、ネイトは頑張れる。
元々引っ込み思案で、人との交流は本来得意ではないが、あの人が楽しんだように私も楽しもう、そう思う。
明日はノスト大学の入学式だ。帝国の未来の人材の教育を担うノスト大学には、各地の有力者の子弟、優秀な能力、頭脳を持った生徒が集う。
特に今年は皇帝の娘、ミルアージャの入学も決まっている。やや奇行の目立つ彼女を、長く補佐するような人物が見つかれば良いなとの期待もある。
入学式には毎年(戦時でなければ)、宮廷魔術師であるネイトだけではなく他の三柱、また皇帝も参加し、未来のエリートへそれぞれ餞の言葉を掛ける。
さすがに入学生全てを覚えているわけにはいかないので、書類の中から特に優秀な新入生となる、奨学留学生の項目を探し、確認する。
出身地、両親、年齢、記載内容は様々だが、共通してるのは優秀な人材だということだ。書類を読み進めていくうち、一人の留学生の項目で目が止まる。
優秀な人材で、その評価を受けるに相応しい功績もあるようだが、それ自体は他の人物も同じだ。だが、出身地と追加項目を見て……
(まさか、ね……)
そう思いながらも、一度思ったことが頭から離れない。暫く悩んでから……
「ごめんなさい、午後の予定はキャンセルして。少し出かけるわ」
と秘書に告げる。
「……わかりました」
努めて不満は出さないように秘書が告げる。本来なら予定は詰まっている。ここで予定を変えれば当然、スケジュールを調整する秘書の負担は増える。
だがそれはもう受け入れるしかない。
ネイトが言い出した事を曲げるのを、秘書として彼女に仕えて四年間、一度も見たことがない。
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「結構広くて、モグモグ、いい部屋だったよ、モグモグ、ルームメイトの娘は地方の有力貴族の次女らしいんだけど、モグモグ、それを鼻にかけるような感じでもないしゴックン」
リックの泊まっている宿の一階の食堂で、カスガは焼き魚を美味しそうに食べながらリックに言った。
寄宿舎には訪問者の宿泊施設は無いので、二人は昨夜は別々となった。馬車の旅はそれなりに疲れていたのか、久しぶりにリックはグッスリ眠った。
「食べるか、話すかにしない? 魚はきっちり焼けてるから、きっと逃げないよ」
「なんで? 両立するならパクっ、同、モグモグ、時、にモグモグ、した方が効モグモグ率ゴックンパクっ良くない?」
「してないよ、両立……」
カスガは夢中になって食べるほど、この海の幸が気に入ったようだ。
二人の村は内陸部で、海魚を食べるのは初めての経験だ。
帝都から馬車で一日半の港町から、塩で加工した魚が、漁期には毎日届けられる。
魚は勿論、良質な塩も内陸部では貴重だ。
リックも口に含んで噛み締める。少し塩辛いが、それがまた旨味を増幅してるように感じる。内陸部では塩が貴重なため、基本的に薄味に馴れている為とも思える。それを証明するように次を求める手が止まらない。
とはいえ、食べながら話す気にはならないが。
食べ終わってから、リックが聞く。
「寄宿舎で朝御飯出なかったの?」
「出たよ。でもねアリー覚えてる? あの娘が帝都に旅行したとき、焼き魚が絶品だった、食べたことない人かわいそうとか言ってたから、私はかわいそうな人を早く卒業したかったの」
そのためにまだ入学もしてないのに寄宿舎を抜け出してきたカスガに、カスガならまぁと思ってしまうのは諦めなのか、進歩なのか。
「取り合えず、早く戻った方が良いんじゃない? 送るよ」
「あ、見てみて! キャラメル入りコーヒーだって! これを魔術でクラッシュアイスにして飲むのが流行ってるんだって! これを飲んだことない人は……」
「わかった、できるだけ卒業をしてから帰ろう」
これは、進歩だ。リックは自分に言い聞かせた。
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朝食を食べ終え、それで帰るのかと思いきや「帝都が見たい!」と駄々をこねるカスガに、食後の散歩がてら少し付き合った後、寄宿舎へと向かった。
「いやー、もう今日一日は、あの魚とコーヒーの味の余韻が残っちゃいそう!」
そう満足そうに言いながらカスガとリックが寄宿舎に戻った時、管理人は特に何も注意などはしてこなかった。
帝都に到着したばかりで、色々と観光したがるのはみんな共通の事らしく、門限さえ守れば特に心配要らないようだ。
「リッくんは心配し過ぎなんだって! アハハハハハ」
主な心配の種がなんか笑ってた。
「それよりお客様がお待ちですよ」
「お客様?」
リックもカスガも帝都の知り合いに心当たりが全くない。
「はい、とても偉い方ですよ、失礼のないように」
と、寄宿舎の近くに停めてあった馬車から、エルフの女性が降りて来て、カツカツと足音を鳴らしながら二人のもとへやって来る。
カスガを一瞥したあと、リックを見て言う。
「君がカスガの同行者、リックだな。単刀直入に聞く、君の母の名前は?」
迫力のある女性の問いかけに、リックは素直に
「ベルルスコニ……ですが……」
と答える。
その瞬間、リックが一瞬反応できないようなスピードでネイトが懐に飛び込んでくる。
虚を突かれたリックが固まっているとネイトは……
「あーん、やっぱりリックなんだー! もー! なんでウチに来ないのよー」
とリックに抱きつき、メチャクチャ頬擦りし始める。
「はあっ?」
カスガが、はあっ? って顔をする。
「あの……すみませんちょっと……どなたですか?」
とてもいい匂いをかぎながら、リックが押し退けようとする。
「もー、リックったら照れちゃって! あなたの曾祖母ちゃんよ!」
「え、ネイトおばあちゃんなの?」
「そうよ! あなたが生まれたばかりの頃にしか会ってないもんね! 覚えてるわけないか! 会いたかったわー!」
頬擦りを再開するネイトと戸惑うリックを見ながら……
(何コレ……)
とカスガは呆然と事態を見つめていた。朝御飯の余韻など、もう吹き飛んでいた。




