第8話 マッスルのニック
勇馬の腕を掴んだまま全力疾走するナナは、小屋のすぐ近くにある倉庫らしき建物へ向かっていた。
その建物の前では屈強な肉体の男が、馬車の荷台から荷物を降ろしている。
「やばーい!ご主人に怒られる。急げっ急げっ、ごしゅじーーん」
すると声に気が付いたその男が手を止め、ナナの方へ向かって歩を進めた。
「うるせぇナナ!使いもマトモに出来ねえのか?」
「やっぱ怒られたぁ……」
ムキムキの筋肉にスキンヘッドで口髭を蓄えた大男に怒鳴られ、シュンと落ち込むナナにようやく勇馬は解放された。
おそらくナナが叫んでいたご主人と思われるその強面男は、大人でも震え上がる程の表情で叱り付ける。
「おいナナ、オレが頼んだ事覚えてねえのか?」
「えーっと。拾ってきたやつが、起きてたら、連れて来い?」
これ以上怒られたら堪らないと、一字一句違わないように確認しながら話すナナを、大男は不機嫌そうに睨む。
「じゃあ何でお前の後ろで、そいつがぶっ倒れてんだよ」
「あれ?にゃんで?さっきまで起きてたのに」
「ナナさん……人を引き……ずっちゃ……だめ」
引きずっていたことに気付いていないナナに、勇馬は人としての道徳を伝えそのまま地面に突っ伏した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうか、お前迷い人だったのか。どおりであんなとこでぶっ倒れてる訳だ、ガハハハ」
気絶しかけた勇馬を介抱してくれているのは、先程ナナに怒鳴っていた強面スキンヘッドの男、ニックだ。
彼はこの街≪ドーブル≫でマッスルという名の商店を営んでいて、ちょうど別の街へ仕入れに行った帰りに勇馬を見つけ、街まで連れ帰ってくれていた。
一見、背中に龍の絵でも描いてありそうなニックは、見た目と言葉使いに反してとてもいい人だった。
彼の店で働いてるナナが勇馬に怪我をさせてしまったからと、ニックは勇馬に謝罪し今はその店の事務所で事情を聞きながら、勇馬の背に手を当て治療してくれている。
「ってえ事はお前のサカモトユーマってやつは、名前だけじゃなくて家名も入ってんだろ?」
「かめい?苗字のことですか?」
「よく分かんねえが、迷い人は大体付いてるって聞いてるぜ?ここらじゃ家名持ちなんて王族か貴族しかいねえけどな」
ナナがフルネームで呼び続けるのにずっと違和感を感じていた勇馬だったが、この世界全体でかは分からないが、少なくともこの街の大半の人が苗字がないということに驚いた。
「えっ、じゃあ同じ名前の人はどうすんですか?」
「ん?そもそも名付けの時に被らねえように気をつけんだよ。それでも被ったら頭に親の名前とか、店の名前とか付ければ困ることはねえよ。例えばオレならマッスルのニック、とかな」
マッスルのニック!……勇馬の脳裏に上半身裸でポージングし胸筋をピクピクと動かすニックの姿が浮かんだ。
思わず白目で絶句してしまった勇馬だが、背後にいるニックにはどうやら気付かれずに済んだようだった。
勇馬は慌てて頭に浮かんだボディビルダーを削除し、改めて名前を伝える。
「なら俺の名前は勇馬です」
「そうかユウマか。じゃあ終わったから服来ていいぞ」
そう言うと勇馬の背後から移動したニックは、テーブルを挟んだ向かいの椅子に腰を降ろした。
元々着ていた服が引きずられてボロボロになってしまったため、ニックが用意してくれた服を着ながら勇馬はお礼をしつつ治療について尋ねる。
「ありがとうございました。でも治療って手をかざしてただけに見えたんですけど、何してたんですか?」
「何って治癒魔法だよ。あー迷い人は魔法使えねえんだったか?」
「はい。やっぱり、魔法だったんですね。痛みも消えたし、凄い効果なんですね」
一応、魔法があることは想定していた勇馬だったが、身を持って体感しその効果の高さに驚いた。
傷自体は擦り傷ばかりだったのだが、治療を受けるまではズキズキと痛みがあった。
しかしニックが手をかざすと、その部分がじんわりと温かくなり痛みが和らいだ。
そして治療の済んだ勇馬の背中は傷痕も痛みもすっかり消えている。
「ガハハ、こんなの大した事ねえよ。素質さえありゃ誰でも使えるヤツだしな」
「なら俺にも使えるようになりますか?」
こんな便利な代物なら是非身につけたいと思い勇馬が尋ねると、ニックは悪巧みを思い付いたかのように口角を上げて答える。
「ふん、ちょうどいい。オレから提案がある」
「えっ?」
只でさえ怖いニックの顔がニヤリと浮かべる笑みのせいで、周りに黒いオーラが漂って見える。
その邪悪な雰囲気に勇馬はその提案に嫌な予感がし身構えた。
「お前、住むとこも路銀もねえんだろ?」
「……はい」
ナナから迷い人の扱いを聞いていたので、ニックには突然別の世界から来てしまったと伝えていた。
もちろん神様なんかの話は控えたが、少し短慮だったかもしれない、と勇馬は後悔する。
そんな勇馬の顔を伺いながら、ニックは条件を提示した。
「ならオレが用意してやろう。その代わりにウチで働かないか?」
何となく予想していた言葉に勇馬の顔が引き攣る。
助けてくれた事もそうだが、治療までしてくれたニックを勇馬はいい人だと判断していた。
しかしそれはナナの過失あったからかもしれない。
もしくはそれすらも思惑の内で、こちらの弱みにつけ込んで強制労働的な事をさせるつもりなんじゃ――と勇馬の耳元にざわざわと幻聴が聞こえてくる。
「それは助かるんですが……」
何とかそれだけは避けるため断ろうとするが、ニックは慌てて言葉を遮る。
「待った、最後まで聞いてくれ。住むとこだけじゃなくもちろん給料も払うし、休みもある。更に!さっき言ってた魔法なんかのことも教えてやる。まあこれはオレにも限界があるから基本的な事だけになるがな」
ニックが話した内容は、勇馬が考えていた強制労働などではなく、至極真っ当な労働条件に聞こえる。
しかし先の仕事で痛い目を見ている勇馬は、なるべく顔に出ないようにはしているがどうしても怪しんでしまう。
「……本当にそんな条件なんですか?」
「もちろんだ。いや実を言うとな人手不足と足手まといのせいで困っててよ。だから……どうだ?聞きたいことがあれば何でも答えるぞ?」
興味示していることに気づいたのか、ニックは勇馬の話を伺う。
勇馬からしても、この世界の拠点は死活問題なので詳しく話を聞くことにした。
仕事の内容は簡単に言えばマッスルの店番。
接客と商品の補充、掃除、あとはお得意様への配達とのことだった。
その話を聞いたとき勇馬は「ホントにそれだけ?実はヤバいブツの取り扱いとか……」等と冷静になれば相当失礼な事を聞いていたが、「そんなもんねえよ」と笑いながら答えてくれたニックは本当にいい人なのだろう。
給料に関しては1日、白銀貨1枚と教えてくれたが相場や価値が分からないのでそれでいいと勇馬は伝えた。
他にも休みは週1とか住む場所などを確認したところで、ニックは真剣な顔で勇馬に尋ねた。
「こんなところだな。他に要求があれば言ってくれ」
「いえ充分です。役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします」
いろいろと不躾に怪しんでしまったが、勇馬にとってはありがたい申し出だったので雇ってもらうことに決めた。
するとニックにとっても頭を悩ませていた問題だったのか、嬉しそうに笑った。
「ホントか?よかった!いやこっちこそ助かるぜ、よろしくなユウマ。ガハハハ」
次回更新日は7/14 0:00予定です




