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猫は笑う  作者: まのの
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猫は笑う

 今の俺の名はこげ太。


 だが他にも呼び名は沢山ある。一番長く呼ばれていた名はクロリア・ドルト・ケット・シー。

 妖精猫であり、猫王であるケット・シーの名を継いだのは千年以上前の話だ。


 猫王として過ごしたのは数百年ほどで今は隠居し自由の身である。様々な世界を渡り歩き、自由気ままに過ごしてきたこの俺を飼うと言ったのは真妃が初めてだった。妖精猫の俺が人間の小娘に飼われるという奇妙な事態になったが、この生活は結構気に入っている。

 こんな事態を起こしたのは真妃が幸運体質だからだろう。真妃の傍に居ると心地よいのはアイツから幸運なオーラが出ているからだ。それだけで傍に居るわけではないが、俺にとっての真妃は千年以上生きてきて初めて出会った特別な存在だった。


 俺を拾った頃は小さかった真妃がすくすくと成長していき、俺を撫でる手が大きくなるたび嬉しいような寂しいような複雑な気持ちにさせた。

 この世界での猫の寿命は長くて二十年ほど。俺はそれを過ぎる頃にこの家を出て真妃と別れなければならない。真妃が天に召されるまで一緒にいることは可能だが、それをこの世界の人間は受け入れられないだろう。化け猫扱いされるのも癪に障る。

 

 つまり、真妃と一緒にいられるのはあと十年。この十年で俺は大切な真妃を託せる奴を探さねばならない。

 俺がいつまでも守ってやれるわけではない。まぁ、この世界では守るような危険はないが。念には念を入れて俺の後釜を用意しておきたかった。俺の代わりに真妃の話を聞いてやって、傍に居て、支えてくれるような奴がいい。

 大福はダメだ。アイツじゃ話になんねぇ。もっと真妃にふさわしい奴を傍に置いておきたい。まだ真妃は渡さねーけどな。 

 

 高校に入り、真妃に好きな男が出来た。


 好きな奴の話を聞くのは初めてじゃない。中学の時に初恋をして散々興味のない話を聞かされた。その後失恋して泣きまくってたが。

今回も真妃の口から出る好きな男の話なんて興味がなくて適当に逃げていた。


 けれどある日、真妃の右手の小指か薄らと赤い糸が伸びていることに気づいた。


 【運命の赤い糸】なんて見えるのは稀だ。仲の良い真妃の両親の指にすら見えない。俺が感知できるほど強い結びつきのある相手が居るのかと、興味がわいて俺はソイツを見に行った。

 見た目も中身も普通の男だが、魔力があった。この世界では魔力がある人間はそんなにいない。魔力があっても何の役にも立たない世界だ。けどこの男には魔力がある。俺はソイツに興味を持った。コイツなら真妃に何があっても守ってやれるかもしれない、と。


 その男が真妃が話す好きな奴だと気付いたのはしばらく後だった。


 やはり運命の糸は繋がっているらしい。だが、今の状態で真妃を任せるにはまだ早い。この世界では使えないがきちんと魔力の使い方を覚え、人生経験をそれなりに積んだ状態で初めて真妃に歩み寄ることを許そう。


 てっとり早く異世界に飛ばして修業させようと企んでいた所でとある世界の魔王から泣きつかれた。なんでももう戦争はしたくないらしい。魔力も充分あって優秀な魔王だが、魔王に向いてないくらい優しい奴だからなぁ。なんで魔王になるの引き受けたんだよお前。

 自分の魔力では魔族をまとめることはできても人族との争いを完全に失くすことは出来ないとしょぼくれていた魔王に俺は名案を思い付いた。


 真妃の好きな男を魔王として送り込もう。


 そいつが魔族と人族をまとめるかはわからねぇが、五年くらいそっちの世界にいれば魔力の使い方も覚えるだろう。もし力に溺れ自分を見失うような奴なら真妃の隣は任せられない。魔王となれば言い寄る女も出てくるだろう。真妃の事を忘れて別の女に夢中になる程度なら即座に見限る。



 コレはそいつにとっての試練だ。俺の勝手で少し悪い気もするが真妃のためだから仕方がない。諦めろ。




 男を異世界に魔王として送り込み数日がたった。ようやく真妃が男が居ないことに気づいて俺に泣きついてきた。泣くとは思ったが、真妃の涙は予想以上にダメージが大きかった。俺が原因で泣かせてるようなもんだからな。周りまわって真妃の為だが、それを伝えるつもりはない。


 俺は内心溜息をついて真妃を連れて世界を渡る事にした。


 男は魔王として順調に魔族をまとめ、人族と歩み寄り、順調に平和な世界を作っていた。密かに何度も状況を見に行っていたから男の努力は知っている。言い寄ってくる魔族の女にも人族の女にも心は靡かず、五年経っても真妃一筋なのも及第点だ。

 だから、ほんの少しだけ褒美をやってもいいかと思い真妃を連れて行くことにした。

 世界を渡った先で人族の王に真妃を勇者として召喚したという嘘をつかせ魔王城に行くように仕向ける。どうせ時間はたっぷりある。それなら真妃と二人旅でもして行こうと思ったのだ。別に真妃と二人だけの時間が欲しかった訳じゃない。たまには大福抜きでとか思ってない。


 この世界では真妃の幸運体質は真妃自身に効くらしく、現れる敵が銀のスライムだけだった。奴等は見つけるのも難しい上に素早く逃げるため攻撃も当たりにくい。そしてとどめを刺す前に逃げられるのが普通だ。それを真妃は一発でクリティカルヒット。経験値がどっさり入りレベルが上がりまくった。

 本当に魔王を倒せるんじゃないかと思うほどレベルが上がった真妃だが、魔王と平和的解決をする! と意気込んでいて真妃らしさに笑った。


 お人好しでお節介で世話焼きで優しい。

 だから真妃の隣は心地よいのだ。



 魔王にあった途端、真妃は固まった。男はそれをいいことに真妃を腕の中に閉じ込める。ムカつく。

 まぁ、一度は許そう。俺は心が広いからな。ただし二度は許さん。しかも何どさくさに紛れてプロポーズしようとしてやがる。俺はまだそこまではお前を認めてない。黙れ。真妃はまだ嫁にはやらん。


 二人を連れて世界を渡り、家に帰る。


 真妃は言葉を話せなくなった俺に少しだけしょんぼりしたが「喋れなくてもこげ太はこげ太だもんね。私はどんなこげ太も大好きだよ。こげ太、色々ありがとう」と俺を撫でまわした。悪い気はしないな。今日は特別に頬を舐めてやろう。今日だけだぞ。


 次の日からあの男が真妃を誘いに来るようになった。便利な携帯ではなく直接家に来て真妃をデートに誘うのは俺に誠意を見せるためだろう。心意気はいいが真妃の膝の上から退く気はないぞ。どうだ、羨ましいだろう。真妃の膝は柔らかくて温かくて中々いいんだからな。お前にはまだ譲らん。そうだな、十年後くらいには譲ってやってもいいかもしれん。仕方なくだ。仕方なく。


 真妃の部屋で真面目に夏休みの宿題とやらをし出す二人の小指を見る。そこから伸びた赤い糸は二人の間でしっかりと結び合い、切れることはなさそうだ。


 俺は欠伸を一つして丸くなる。

 窓の外では蝉達が必死に鳴いている。クーラーの効いた部屋ではその声も遠く、夢うつつに聞こえるだけだ。 

 楽しそうに談笑しながらペンを動かす真妃からはいつも以上に幸せなオーラが出ていて心地よい。

  

 俺は丸まったまま「この幸せがずっと続けばいい」なんて、らしくないことを考えて小さく笑った。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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