3,裕紀〜学校〜
大貴に声が聞こえなくなる位置まで来ると、裕紀のそばに悟、勝也、圭介が姿を見せた。
「あの人が、そうなの?」
呻くよう名な声で悟が言った。真一文字に唇を引き結んでいるが、その唇はかすかに震えている。どうやら歯を食いしばっているようだ。
「ふん、嫌な野郎だな」
長身の勝也は裕紀の頭の上から、遠くを歩いている大貴を睨みつけている。
「裕紀君が引き受けてくれてよかったよ。もし俺だったら、我慢できなかったかもしれない」
髪をかき上げながら圭介は言う。その耳には銀色のボールピアスが光っている。
「ぼくもぎりぎりだったさ」
小さく首を振りながらため息をついた。感情をコントロールしようとしても、やっぱり難しい。これからのことを思えば仕方ないことかもしれないが。
「姉さんが顔を隠してくれなかったら、ばれていたかも」
裕紀はすまなそうに苦笑し、全員の顔を見回した。そして、小さくなっていく二人の背中に視線を流す。
「町の歴史だと、ぼくらは神の申し子らしいよ。随分きれいな解釈にしているよね」
「てめえらの都合で、俺たちがどんな思いをしてたか知らねえんだよ」
と言って勝也は腕を組むと、鼻から強く空気を吐き出した。勝也の気持ちもよくわかる。というよりも裕紀自身、勝也と同じ意見を持っていた。勝也の横で口の端を歪めた圭介が聞こえるように舌打ちをした。
「しかし裕紀君も挑戦的のところがあるな。握手で左手を出すなんてさ。あの男は気づかなかったけど、気づかれてたらどうなったかな」
「と言うより、握手なんて、普通はしないんじゃ、ないかな」
と悟がこわごわと言った様子で口を挟んだ。もともとが引っ込み思案だったが、あの事件以来、それに磨きがかかってきている。それもこれもすべてが大貴のせいだと裕紀は考えていない。というより、大貴はまったく関係ないかもしれない。それでも、彼には怨みを持っている。あるひとつの要素を持っているだけで、それは怨みの対象に変わる。
「そうかもしれないね。でも、姉さんが案内役なんだから、ぼくもそれなりに親しくしといたほうがいい。予定が変われば、ぼくが姉さんの代わりをすることになるからね」
「平気だよ。全員で考えた計画なんだ。失敗も例外も起こるはずねえさ。あの優男が俺らの考えがわかるはずねえ」
「確かに優しそうな顔しているけどさ、彼の狙いは決まっているよ。俺たちを、殺しにきたんだ」
圭介の言葉で全員の顔に緊張の色が走った。皆、平静を装っているが、それぞれ耐えるようにコブシを握りしめている。悟にいたっては、平静を保てず荒く息を乱していた。それに気づいた裕紀が悟の背をさする。気持ちがわかる。裕紀だけでなく、悟の気持ちを勝也も圭介も理解できるだろう。否、理解するだろう。
「大丈夫だよ。智美さんの恨みは忘れない。必ず、果たそう。この村の掟にしたがって」
裕紀だけではなく、その一言で、悟も勝也も圭介も瞳の色を変えた。誰もが無表情に大貴の背中を眺めている。それは、無意味なものを見るような顔。存在を否定しようとしている顔だ。
瞳の色は、心にあるだけの闇を怨みに変えた黒よりも、さらに深くに落ちこんだ色をしていた。




