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1,大貴〜雨の村〜

 町からバスに揺られて三時間。見慣れた四角い建物が後ろに過ぎ去り、視界一面には人工的なものが見えなくなった。大貴はその風景をぼんやりと眺めていた。バスの中には老婦人が二人座っているだけ。町からこのバスに乗っているものは、もはや大貴ひとりとなっていた。

「次は雨の村、雨の村、終点です」

 目的地を告げるアナウンス。大貴は三時間ぶりに腰を上げた。

 再開発に伴う雨の村の特集。村と町をつなぐ絆。

 編集長にその特集を任されたのは三日前。三日間で町にある資料は調べつくし、生の空気を実感するため、会社から雨の村行きを言い渡された。大貴が会社に就職してから三年。ようやく大きな仕事がまわってくるようになった。誰の目から見ても浮き足立つように仕事に励んでいた。そのため大貴は意気揚々と雨の村行きを了承した。

 バスから降りると、そこはやはり都会とは比べようもない。ドラマなんかでよく見る小さな待合所。背景には小高い山がそびえている。少し村の中心部に目を向けると人工的な建物を見ることができるが、それまでの道のりは舗装されていない土が丸出しの道路。

 町にある資料は頭にいれ、漠然と村に対するイメージを構築していた。千人程度の過疎が進む村。村と町とをつなぐバスは日に十便程度しかなく、利便性は都会と比べようも無い。まだまだ多くの道路が舗装されておらず、多くの住民は畑仕事に従事している。何十年も昔、あまりの日照りが続き雨を呼ぶ神を祭るために作られた村。町の資料にはそう書かれていた。

 田舎に対する一種の憧れのようなものを持っている大貴は、この風景に満足していた。編集長は骨休みのようなものと言っていたが、まさにその通り。その上、何やら神聖な歴史を秘めた村だ。排気ガスとは無縁な空気を胸いっぱいに吸い込むと、それだけで大貴の心は弾んだ。

 バス停から町の中心に向けていくらも歩かないうちに、一人の女性を見つけた。その女性は大貴に気がつくと寄りかかっていた木から体を起こし、小さく手を振って近付いてくる。

「山中、大貴さんですね。お話は伺っています。深雪です」

 二十台半ばぐらいの、穏やかな雰囲気を持った女性だ。柔らかい目尻に、笑うと頬にえくぼができるのが印象的だ。軽くパーマをかけた髪は緩やかに胸の前に流し、光の加減により薄茶色にみえる。一般的な美人に該当するだろう。会社を出る前に連絡を入れた役場の人間が用意してくれた案内役だ。大貴も頭を下げ名を名乗った。

「驚かれましたか? あまりに田舎過ぎて」

「いえ、そんなこと無いですよ。自然が多く、きれいなところですね」

 これは本心だ。大貴は心底この村を気に入っていた。だが、この村に足を踏み入れた人間は総じて似たような台詞を吐くのだろう。大貴の言葉を聞いて、深雪は口に手を当てころころと笑った。

「お世辞はいいですよ。わたしも何度か町に足を運んでいますから、この村がどう見られるかなんてわかっています」

「町で仕事をなさっているのですか?」

「いえ、私はここで畑仕事をしています。町に出ることも考えましたが、私には合いませんでした」

 深雪は舌を出してへへっと笑った。町でこれほど無邪気に笑う人を見たことがない。これもこの自然から得られるものなのだろうか。それなら、ビルを全部壊して木を植えるのも悪くない。

「それで、この村について知りたいと聞いたのですが、私はどこを案内すればいいですか?」

「ああ、そうでしたね。できれば、この村全体を案内してくれませんか? それほど時間もかからないでしょう」

「村全体というと、小さい村ですがとても一日じゃ回りきれませんよ? それよりも、今日はお疲れでしょう? 宿泊場所に案内しますよ」

「いえ。今日見られそうな場所は、今日見ておきたいんです。どうにも、気分が高揚してしまいまして」

 大貴は歯を見せて笑った。期待感が体内の許容量を超えて表れてしまう。

「仕事熱心ですね。確か編集の方でしたよね。詳しく知らないんですが、どのようなことを中心にお調べになるのですか?」

「主にこの村の歴史についてですね。そうすれば、町との関係性も見えてきます」

「町との、関係性ですか……?」

「ええ、再開発に伴う雨の村の特集。村と町をつなぐ絆っていう感じなんです」

 にっこりと笑った大貴は、横を歩く深雪に顔を向けた。だが、大貴はそこで口をつぐんだ。いや、言葉が出なかったと言ったほうがいい。

「えっ……」

 一瞬、深雪の瞳が暗い淵の色に映った。それは大貴が身震いするほど、恐ろしい色。さっきまでの穏やかな深雪からは想像できず、大貴は息を呑んだ。

 だが、それもほんの一瞬で、すぐに深雪は微笑みを見せた。

「じゃあ、まずは学校を見せますね。小さい村ですから、学校もひとつなんですよ」

 深雪はもとの無邪気な笑顔を大貴に向けた。その瞳からは暗い色など一片も見えない。

「……ええ、お願いします」

 さっきのは何だったのだろうか。首を捻りつつも、大貴は深雪の後を追った。




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