18深雪〜失敗〜
体の芯が重い。体全体は空気のように軽いのに、体の真ん中に何か重い塊が居座りそれが体全体を押さえつけている。その塊を支えるのに、人間の体では力不足だ。
三島大貴は言葉通りに去っていった。背中を見ていないが気配でわかる。顔は上げられない。上げようとしても涙がとどまるところをしれず溢れ出してくる。自分は失敗してしまった。三島大貴を守れるのは自分だけ。それなのに、失敗してしまった。彼を殺そうと全員で考えた。しっかり練った。それぞれの役割を全うしようとした。でも、気付いてしまった。こんなことに、何の意味もないことを。
真弓のように先祖の無念を晴らそうとも思えない。
愛のようにただ純粋に村を守ろうとも思えない。
どれだけ辛い目にあってもそれは過去のことでしかない。今の時代とは違うのだ。真弓は亡霊に憑かれている。
いくら町の情報を仕入れても、どんなにみんなが頑張っても、町の利便性に比べればこの村なんてたかが知れている。その現実を愛はわかっていない。町の魅力に気付いていない。
そう思いながら、自分が一番時代に適応していると考えながら、そんな自分を毛嫌いし、純粋な二人を羨んでいる。そうなることができない自分を嫌悪している。あのまざまざしい光景を一番近くで、誰よりもはっきりと見ていたはずなのに、いまだに決心できない自分を侮蔑している。
町のものを怨んでいるのは本当だ。あの光景はとても人間の手で実行できるものではない。実際、それらは獣のように映った。全身に怖気が走り、それを淡々とこなしていくそれらに恐怖した。
三島大貴がこの村に来たときも、きっと心の内に獣を忍ばせているのだろう。そう思っていた。あの時の町の人間と姿をダブらせ、三島大貴にただならぬ怨みを抱くことができた。自分は計画通りに実行できる。怨みをきっと晴らしてくれる。そう信じることもできた。なのに、この人は悪人ではない。話してみて、今日一日村を歩いてみてわかった。三島大貴の心の内に獣はいない。そうわかってしまった。誰に話してもわかってくれないだろうことだけれど、深雪にははっきりとわかってしまったのだ。そして、本物の獣を飼っていたのは自分たちだったと。
思えば、深雪はこの計画に消極的だった。三島大貴に、というより町の人間にこの村の歴史を教えようと提案したのは深雪だ。皆は反対したが、深雪は町の情報収集のためだと、町に伝わっている村の情報を知るためだと皆を納得させた。しかし、本心はそうではなかった。深雪は少しでも罪の意識を消したかったのだ。教えることで三島大貴が死を意識すれば、すこしは楽に死ねるだろうと。もしかしたら自分たちに同情し、力を貸してくれるのではと。そんな淡い期待をこめていた。あの時、三島大貴は自分の心情を吐露してくれた。それをくだらないといって笑っていたが、あんな風に周りを思いやれる人がこの世にどれだけいるのだろうか。この人ならこの村の境遇に涙して、手を貸してくれるのではないだろうか。この村を救ってくれるのではないだろうか。そして、自分を救ってくれるのではないだろうか。そう思った。
でも、それはもう無理だ。自分は失敗してしまった。三島大貴は知ってしまった。愛の祖母が本当は自殺ではないと。それ以上先を知っているとは思えないが、それを知ってしまっただけでも、もう彼は生きてこの村を出ることはできない。いや、出すわけにはいかない。もしもその事実を公表されてしまったら、それこそこの村は終わりだ。きっとこの村は消滅してしまう。村民の多くがこの村を恐れて離散してしまう。もう、実行するしかないんだ。
深雪は息を大きく吸い込み立ち上がった。三島大貴が消えた方向を睨みつける。それは自らを鼓舞する行動であったに違いない。しかし深雪の瞳から漏れ出てきたのは、ただただ溢れんばかりの涙。それこそ、真弓も愛も持っていない深雪の純粋な感情だった。




