プロローグ
人が人を殺すとき、人のためにと頭を垂れる
人が人を殺したのち、それを忘れて諸手を上げる
これを怨みと言わざるか、これを怨みと言わざるか
忘れし記憶に鐘鳴らし、雨と共に降らせよう
恵みの雨など与えるものか、我等の存在を知らしめよ
四つの人頭柱にし、怨みの欲を育まん
姉の犠牲は己が罪、そなたが無念を晴らすのだ
「これ以上入らないでください。下がってください」
雨が降っている。それまでの天気が嘘のような、盆をひっくり返したような激しい雨。その雨の下に、ざわつきうごめく人の群れがある。小高い丘が半分削り取られたような激しい土砂崩れ。その下に、一人の女性が倒れていた。その女性を取り囲むようにして、人々は群がっている。先ほどから上げられる声は、どうやら警察官のもののようだ。事務的に発せられるその声に、従う人間は誰一人としていない。何人もの警察官が広げた手の隙間から、いくつもの顔がそれに視線を注いでは目をそらす。口を手で覆うものもいれば、涙ぐむものもいる。
多くのものがそこここで囁いている。
「運の悪い」
「かわいそうに」
「安らかに」
「まだ若いのに」
その囁きの中で一際小さく、だがどの囁きよりもはっきりとした声があった。
「崇りだ」
この一言で、誰もが口を閉ざした。誰の呟きか、それを知る術はない。だが、みなが一様に心の奥深くで思っていたこと。決して口に出してはならない禁句。暗黙の了解であったはずの言葉。しかし、その縛りを破っても、誰も非難の声を上げることはない。
「うああぁぁぁ」
一人の少年が、村中に響き渡らん声を上げた。彼の体にはすでに三人もの警官がしがみついている。しかし、少年はそれらの制止など意に介していない。というよりも気づいていないようだ。少年の目は血走りもはや正気を失っているようにも見えた。
それを見た村のものは少年のために道をあける。村のものは誰一人として少年を止めようとしない。少年を止めようと奮起するのは町のものだけ。全身が泥にまみれ、何度額を地に打ちつけられて血を流そうとも、その血にすら意識を向けていない。自らの体がどれだけ傷つけられようとも、少年の目はある一点を凝視している。変わり果てた、彼の…………。
「崇りだ!」
誰かがもう一度囁いた。いや、すでにそれははっきりとした声となってすべての者の耳に届いたであろう。やはり、誰も咎める者はいない。それは何故か…………。
それは、それ以外の言葉が見つからないからだ。この惨状を表現するのに、それ以外の言葉が存在しない。大岩が転がり落ち、内臓は潰れ、四肢は散らばり、あたかも岩から手足が生えているかのように見える。体から流れ落ちる血は、激しい雨の下とどまるところをしらない。どれだけ強く雨が降り注ごうとも、地にこびりついた赤い色を洗い流すことはかなわない。死に顔には、目前の恐怖が刻み込まれている。生前は端正なものであったはずのその顔は、さながら修羅のように映っている。
ここにいる者すべてが同じ思いを心に刻んでいる。
いや、
一人だけいた。この惨状を目にし、別のことを思っているものが、一人だけ。
体を泥で汚そうとも、何度額を地に打ちつけられ血を流そうとも、その血にすら意識を向けていない。自らの体がどれだけ傷つけられようとも、ある一点を凝視している少年。そう、彼はたった一人だけ、心にあるだけの闇を怨みに変え、こう思っただろう。
「復讐だ」




