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私は、婚約者に嫌われているのを知っている。
なぜなら・・・・。
(今、気づいたからです。どうして今、気づいてしまったのかしら)
学院の入学式へ向かう馬車の中。
いつもより早く起きて、気合いを入れて学院の制服を身に纏い、朝食を取って馬車に乗り込んだ。走り出した馬車に揺られながら、幸せな学院生活を送りたいと強く強く願っていると、ちょっと大きめの石に車輪が乗り上げて、ガタッと大きく馬車が揺れた。
それだけの衝撃で目の前が真っ白になり、気が遠くなるほど長いような、しかしとても短いようなよく分からない浮遊感とともに、頭がぼーっとして意識が遠のきそうになる。
『――――・・・』
誰かに何か言われたような気がした後、ハッと気づいたのだ。
自分が、すごく楽しかったゲームの、とても素敵な王子様の婚約者になってしまっていることに。
(そこまでは、嬉しいんだけど・・・)
その婚約者は、素敵な王子様に最初からとても嫌われているのだ。
(そう、嫌われている。今まで全然気づかず、会うたび猛アタックしていたけれど、嫌われている)
嫌われている理由も知っている。
本当は、王子様はゲームのヒロインと婚約するはずだった。
王子様とヒロインは幼馴染みで、お互いが甘酸っぱい初恋の相手。
なのに私が、我が屋敷の庭で催された、貴族の子どもたちの交流が目的のお茶会で、王子様に一目ぼれしてしまったのだ。親バカなお父様に私がお願いしたところ、公爵家の権力を行使し徹底的な根回しを行った結果、驚きの早さで婚約が成立したのです。
(それが12歳の頃・・・)
それから3年、私は婚約者という立ち位置を使い、王子様の心を掴もうと、押しに押して嫌われ続けるというなかなかにやらかしてしまっている生活を送ってきた。
もちろん、大好きな王子様に見合うように、勉強やマナー、美容とそれ以外にも、必死で取り組んできた。私の見た目だけならば、美しいと評判の父に似ているので、そう悪くないはずだ。だが、ヒロインの可憐さには遠く及ばない。
美人ではあるのだが、圧が強い系美人だ。
こんな女に執着されて、素敵な王子様もさぞ恐ろしい日々だっただろう。
毎日のように、日記かよ!とツッコミを入れたくなるような手紙をしたため、王子様宛に出していた。
是非、読むことなく、捨てていて下さるといいなと思う。
魔力を込めてはないつもりだけれど、嫌いな女からの手紙など、呪詛に近いと思うのよね。
そういえば返事など、一度も返ってきたことはなかったっけ。
まあ、王子様が好き過ぎて、私は全く気付いていなかったけれど。
月に一度の顔合わせに、ドレスアップして王子様が訪れるのを待つ気合いの入れようだった。
とはいえ、嫌われているので、毎月来てはくれなかった。
色々理由を付けて、3か月に一回ほどのペースだったと思う。
そして、滞在時間も30分ほど。
王子様との逢瀬はいつもあっという間だわ、なんてうっとりしていたけれど、今振り返れば30分ですからね。それはそう。
王子様には3か月に一度の苦痛な30分の面会であっただろうと思うと、いっそう申し訳ない。
そして本日、学院の入学式。
ゲームが始まる日だ。
ヒロインと、各種イケメンたちによる、ワクワクドキドキなスクールライフが開始となるのである。
(そう思うとよかったわね、今気づけて)
今までの私なら、学院到着後、真っ先に王子様に突撃していただろう。
そして、時間の許す限り王子様に付きまとったに違いない。
危うくとてつもない黒歴史を作り出すところだった。
いえ、すでに黒歴史は作っているけれど。
どうせ振られるのだから、これ以上黒歴史を厚塗りするのはやめたい。
(しかし、私、よく頑張ったわね)
いっぱい話し掛けても、碌に相槌も帰ってこない相手に、一生懸命あれこれと話題を探し、相手を褒めたたえて・・・。
王子様からしてみれば、好きな人との婚約目前で割り込んできた、最悪な女が私だったのだけど。
ゲームでどれだけ王子様がヒロイン大好きで、ヒロインと婚約したかったか知っているので、王子様の対応にあまり不満はない。
ヒロインに対しては、誠実そのものだったからね。
私もゲームでは王子様にそこまで思われて幸せだった。
むしろ、私に全く気がないことを示しているのに、全然気付いてなかった自分が恐ろしい。
恋は盲目っていうけど、見えてなさ過ぎではないかしら?
王子様の嫌そうな表情でさえ、格好いい!素敵!で済ませてたし。
どうかしていたわ。
でも、好きな人に振り向いてもらいたくて、嫌な勉強も辛いマナーの時間も乗り越えて、たくさんのものを身につけられたんだから、無駄な日々ではなかったとも思う。
でも、もう、頑張らなくていいかな。
入学式を終えて屋敷に戻ったら、お父様に今後のことを相談しよう。
お父様に先日言われていたばかりなのだ「本当に、王子殿下と婚約したままでいいの?」と。
きっと、一人で空回りしている娘を心配しながらも、見守っていてくれたのだろう。
お父様に感謝です。
でも、まだ、王子様のことは大好きだから、この婚約が無くなった後もしばらくは、婚約者はいらないわね。
馬車の窓から外を見れば、学院の建物が見えてくる。
私は入学に備えて誂えた、魔力制御の指輪を左手の小指に身につけている。それは、父と揃いの淡く青い色の宝石が付いたものだ。
私は生まれつき、父と一緒で魔力量がケタ違いに多い。この魔道具を着けていなければ、魔力が少ない者に恐怖と緊張感を与えてしまうし、近くにある魔道具を誤作動させてしまうこともある。
子どもの頃は、魔力制御の魔道具を着けると成長が阻害される副作用が出る場合もあるため、着けることは叶わなかった。15歳になってやっと、私専用の指輪を作って貰えたのだ。
だから今まで、子どもたちの交流目的のお茶会などは行くことがとても難しく、王子様を見つけたあの時だって、私は室内の窓から、離れた庭で楽しく過ごす同年代の子どもたちを見つめていただけだった。
この指輪は、そんな私が普通に学院に通うために欠かせないもの。初めてつけたときは目の前がぐらぐらと歪んでしまって、起き上がることさえ困難だったけれど、一週間ほどで慣れることが出来た。今は、問題なく過ごすことが出来ている。
私はその指輪を撫でて、小さくため息をついた。
馬車に乗り込むまでは、「王子様に会えるわ!」とあんなにはしゃいでいたのに。
今は、少し、王子様に会うのが憂鬱だった。




