第42話 黒い怪物
翌朝。アカネたちは捜索隊と共に森へ入った。目的は二つ。消息を絶った調査隊の捜索。そして大型種の確認。森は静かだった。静か過ぎるほどに。途中で発見したヴォイドの死骸は既に三十を超えている。
どれも同じだった。身体の一部が消失している。まるで喰われたように。
「大型種の仕業か」
隊長が呟く。だがアカネは首を傾げる。何か違う。上手く説明できない。そんな時だった。前方で悲鳴が上がる。
「いたぞ!」
兵士の声。全員が武器を構える。木々の向こう。そこにいた。黒い怪物。人型。だが人間ではない。漆黒の外殻。異形の腕。全身を覆う生体装甲。アカネの目が僅かに見開かれる。どこか見覚えがあった。
だが考えるより早く。
「撃て!!」
兵士たちが動いた。銃声。この世界らしい光景だった。乾いた発砲音が森へ響く。怪物が跳ぶ。弾丸を避ける。速い。異常なほどに。さらに兵士が突撃する。
「待っ――」
アカネが止めるより早かった。怪物が迎撃する。黒い腕が変形する。盾。槍。刃。瞬時に形を変える。
兵士が吹き飛ばされる。だがアカネは違和感を覚えた。殺していない。明らかに。急所を外している。
「サフィラ!」
「分かっている!」
二人が前へ出る。兵士たちを下がらせる。怪物が二人を見る。数秒。睨み合い。そして戦闘が始まった。サフィラの拳。怪物が受け流す。アカネの斬撃。怪物が回避する。強い。だが妙だった。攻撃が甘い。致命傷を狙わない。逃げ道を作っているような。
「殺す気がない」
アカネが呟く。
「私もそう思う」
サフィラも答える。数分後。怪物が突然後退した。次の瞬間。黒い液体が爆発する。視界が塞がれる。
「っ!」
兵士たちが混乱する。アカネが風を切る。だが遅い。怪物の姿は消えていた。森の奥。完全に逃げ切られていた。静寂が戻る。負傷者は数名。だが死者はゼロ。それが逆に不気味だった。
「何だったんだ……」
隊長が呟く。誰も答えられない。アカネだけが森の奥を見ていた。あの感覚。どこかで。本当にどこかで。知っている気がする。結局。負傷者が出たため捜索は中断。一行は砦へ戻ることになった。それと時を同じくして砦に到着したキアラ。そして目を見開く。
「神父様!?」
息を切らしたキアラ。その隣には。当然のようにエドガーが立っていた。
「予想よりすこし遅かったですね」
砦の門が開く。夕陽が差し込む。長い一日の終わりだった。アカネたちが帰ってくる。負傷者たちは医務室へ運ばれていく。兵士たちは疲れた顔をしていた。
「アカネ!サフィラ!」
「結局来たのか」
サフィラが呆れた声を出す。
「来た!」
誇らしげだった。全く反省していない。
「神父様は?」
アカネが聞く。
「いるよ」
キアラが指差す。その先ではエドガーが隊長と話していた。どうやら昔からの知り合いらしい。話しぶりが随分砕けている。
「怒られなかった?」
「もう怒られたよ」
「それで来たのか」
「じっとなんてしてられない」
サフィラが頭を抱える。アカネが少し笑う。
「似てる」
「何がだ」
「サフィラとキアラ」
「どこがだ」
「無茶するところ」
キアラが何度も頷く。サフィラは納得いかない顔だった。その時。エドガーが戻ってきた。
「お疲れ様です」
「ただいま」
「そういえば何かあったの?」
アカネとサフィラが顔を見合わせる。
「黒い怪物がいた」
アカネが答えた。
「黒い?」
「うん、人型、強かった」
「それにおそらく奴はヴォイドではなかった」
キアラが固まった。一瞬だけ。本当に一瞬。だがアカネは見逃さなかった。
「どうかした?」
「え?何でもないよ」
笑う。少しだけ不自然な笑顔だった。アカネの中の違和感が大きくなる。だがまだ繋がらない。
「それで?」
キアラが話を戻す。
「どんな怪物だったの?」
サフィラが説明する。黒い外殻。形状変化。高い戦闘能力。そして。
「殺意がなかった」
その言葉で。キアラの顔色が変わった。
「殺意?」
「うん」
アカネが頷く。
「兵士は何人もやられた、でも誰も死んでない、変だった」
キアラが左腕を見る。無意識だった。アカネはそれを見る。さらに違和感が強くなる。
「キアラ」
「ん?」
「何か知ってる?」
真っ直ぐな質問だった。キアラは少しだけ迷う。だが。
「知らない」
そう答えた。嘘ではない。本当に知らない。少なくともキアラは。その言葉にアカネも頷く。嘘をついている顔ではなかった。だから余計に不思議だった。夜。砦の一室。アカネは窓の外を見ていた。森が広がっている。月明かり。静かな夜。
「考え事か」
サフィラが隣へ来る。
「うん」
「怪物のことか?」
「それも、キアラのことも」
サフィラは黙る。そして。
「似ていたな」
そう言った。
「やっぱり?」
「ああ」
戦い方。形状変化。黒い外殻。全部ではない。だが似ている。偶然にしては。少し似すぎている。
「でも違う」
アカネが言う。
「違う?」
「うん」
あの怪物は。キアラじゃない。それだけは分かる。だから余計に分からない。その頃。砦から離れた森の奥。月明かりも届かない場所。黒い何かがいた。人型。異形。漆黒の怪物。その足元には。十数体のヴォイドの死骸。怪物は無言だった。意思もない。言葉もない。ただ目の前のヴォイドを捕まえる。喰らう。吸収する。それだけ。それだけを繰り返していた。キアラの敵を減らすために。その行動に善意はない。悪意もない。ただそう在るからそうしている。
そして。喰らう度に。少しずつ。確実に。大きくなっていた。




